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四
「もし……どこへ‥」
男は答えなかったが、振り返って口元だけで 笑った気がした。
「椿様…」
「染乃…あの方は一体‥」
しばらくして男が戻ってくる足音がした。
「山茶花、桜、牡丹、藤…これで全部か?」
「あ…はい。本当に有難うございます…あの」
「なんだ?」
「失礼ですが、お名前を」
男は一瞬間をあけて、静かに言った。
「景政」
―……景政様…。
景政は束の中から一枚、“椿”の描かれた紙を取った。
「それにしても上手いな。墨の濃さも色のつけ具合いも丁度いい」
初対面の人からの誉め言葉に、椿は頬を染め た。
「ありがとうございます…。あ、わたくしは‥」
椿は自分も名乗ろうとした。だが
「知っている」
「え?」
「椿…だろう?」
椿には見えないのでわからなかったが、景政はそう言って紙の中の“彼女”に唇を寄せた。




