表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

「愛しているから妾になってくれ」と言われたヒロインの話

作者:
掲載日:2026/02/06

ちょっと特殊なシチュエーションを書いてみました。

アホではない王子と性格のよろしくないヒロイン、色々と強い悪役令嬢が出ます。

基本ヒロイン視点ですが、終盤は第三者視点かつ砂吐き注意。

「……はい?」

「聞こえなかったかい?『君を心から愛している。だから妾になってくれ』と言ったんだよ」


 ……やっぱり聞き間違いじゃなかった。

 ちょっと待ってよ待ちなさいよ! どうして私、乙女ゲーム『咲き誇る花の乙女』略して『花乙(はなおと)』のヒロインであるフローラが、妾になんてならなきゃいけないわけ!? 明らかにおかしいでしょそんなの! 王太子ヴィクトールルートのベストエンドフラグは全部回収済みで、あとは階段落ちと悪役令嬢の断罪イベントを残すのみだっていうのに!!

 必死で叫びたいのをこらえてうつむく私に、ふざけた提案をしてきた王太子は心配そうな言葉をかけてくる。


「……フローラ、怒っている? それともショックを与えてしまったかな」

「あ、ええと……すみません。その、予想もしていなかったものですから……いえ、私が男爵家の生まれで身分が低いことは自覚していましたけど。面と向かって『妾になってくれ』と言われるのは……そうですね。正直ショックです」

「そうだろうね、すまない。けれど現実問題、私が君を守ろうとするなら、妾になってもらうのが一番いいんだよ。まず第一に、私は次代の王となるためにここまで育てられてきたから、その立場を捨てて君をとることは許されない。優しい君もそんなことは望まないだろう? フローラ」

「はい。トール様が私のために王太子ではなくなるなんて、あまりにも心苦しいです」


 しおらしく言うものの紛れもない本心だ。

 グッドエンドなら弟王子に王太子の座を譲った彼に嫁ぐ公爵夫人エンドだし、それも悪くはないと思うけど。やっぱり選ぶならベストエンド、別名王妃エンドよね? あれだけ散々冷たく当たってきた貴族令嬢たちを超えて国内最高位の女性になれるんだもの。その点だけでもスカッと爽快、ざまぁ見ろってものよ。

 ……なのによりにもよって妾。側妃ですらないっておかしいわ。そりゃあ私フローラは男爵令嬢で、側妃になるには伯爵家以上の家柄の女性でなければならない原則は知ってるけど……でも私はヒロインよ? この世界の主人公なんだから、そんな原則くらい無視したって問題ない存在のはずなのに。


「そして私が王太子としての立場を盤石にするには、婚約者エリシエルとの結婚は必須になる。彼女は筆頭貴族令嬢だからね。むしろ彼女との婚約を破談にしたら、王家が筆頭貴族ひいては貴族全体を敵に回すことになりかねない。王太子として王族として、そんな愚かな真似は絶対にできないということは、聡明なフローラならば理解してくれるだろう?」

「あ……は、はい。その通りだと思います……」


 ……何だろう。背筋が冷えてきた気がする。

 貴族全体を敵に回すなんて、そんなことは有り得ないはずだ。少なくとも『花乙』のエンディングでは、「国中の皆が二人を祝福してくれました」ってナレーションがあったんだから。

 だから大丈夫だとヴィクトールに伝えれば、と思うけれど━━完全に決意を固めた様子の彼には、ろくな根拠を示せないあやふやな予測を話して効果があるようには思えなかった。

 ヴィクトールの言葉は続く。


「その上で、愛する君を私の側に置こうとするなら、君に妾になってもらうしか道はないんだ。━━フローラ。君はとても優秀な能力の持ち主である一方、純粋で健気でか弱い。その性質は愛すべき美点だが、未来の国王たる私の妃となるならばその美的は弱点となる。いい意味で物事の裏表を知り尽くし、どこまでもしたたかで揺らがぬ信念を持つ━━そんな女性でなければ正妃としてやっていくのは困難だ。仮にフローラがそうなろうと努力してくれるのだとしても、それは君の備える美点を完膚なきまでに潰すことになるだろう。私はそんなことにはなってほしくない。けれど公務のない妾であれば、君を変化を強いることなく守ってあげられるんだよ」

「っ……!!」


 まずい。「可愛くて健気なヒロインであるフローラ」を全力で演じて見せたことが仇になっている。

 でも実際の私━━日本からの転生者の記憶を持つ私は、純粋でもなければ健気でもないが、それだけだ。『花乙』というゲームの攻略についてならほぼあらゆることを知っていると断言できるものの、それ以外のことを知り尽くしているなんて口が裂けても言えない、ただのゲームオタクに過ぎない存在で……


「フローラ。君は以前、エリシエルとその取り巻きにいじめられたと言っていたね? 純粋な君のことだから、実行犯の言ったことをそのまま信じてしまったんだろうけれど、エリシエルには君をいじめるような理由はないんだよ。何故なら彼女は、私が彼女を娶らなければ王太子の座を返上しなくてはいけないと誰よりも知り抜いているし、未来の王妃として後宮を統べる覚悟を誰よりも持ち合わせている女性(ひと)だから」


 そんな覚悟の持ち主が、妾候補の令嬢などをわざわざ虐げるはずがないのだと語るヴィクトールの声音には、決して揺らがぬ無限の信頼がこもっていた。


 ぎりっ、と歯を食い縛る。

 ━━何よこれ。おかしいじゃない。


 確かに有象無象の令嬢たちからの数々の嫌がらせはあったけれど、エリシエルやその友人たちからのものは全くなかった。それは確かにヴィクトールの言葉を裏付けている。


(つまり、ヴィクトールは……(ヒロイン)の言い分よりも、エリシエル(悪役令嬢)のことを信じてるってことだわ。そんなの有り得ない。あっていいわけないのに……)


 信頼は恋愛感情ではない。そのくらいは理解している。分かりきっている。にもかかわらず、私はとてつもない敗北感を味わっていた。

 ━━幼い頃から培われていた婚約者同士の信頼関係を、絆を。ただただ目の前で見せつけられた気分だった。


(そんな二人が君臨する後宮に入って、妾になれですって? 要するにそれって、毎日のように二人の強い結び付きを見せられることになるのよね。━━冗談じゃないわ、そんなの)


 正式な妃ではない妾になること自体がまず嫌だが、それよりも……ヴィクトールとエリシエルの間には誰にも入り込めない領域があるのだと、ことあるごとに思い知らされるなんて真っ平だ。もしかするとエリシエルからの思いはさほどではないかもしれないけれど、それでも見ていて気持ちのいいものではない。


 だから、私はきっぱり答えた。


「トール様。私、決めました。私は妾にはなりません」

「……そうか。君が決めたなら引き止めはしないけれど……何だか顔つきが変わったね?」


 ヴィクトールは面食らったようだが、自分でも「健気で可愛らしいフローラ」にあるまじき表情をしていると思う。

 けれどこれは、紛れもない私の本心であり本性だった。


「私はこう見えて嫉妬深いんです。トール様はエリシエル様を、どうやっても揺るがしようがないほど固く信頼していらっしゃるでしょう? その事実が私には妬ましくてたまらないんです。たとえトール様がエリシエル様を、私に対するようには愛していらっしゃらないのだとしても。━━そんな気持ちを抱えたまま妾になどなってしまったら、私はいずれ嫉妬に狂って駄目になってしまうでしょうから」

「…………なるほど。分かったよ。政務や公務のことを考えず、フローラと過ごせる時間はとても楽しかったから残念だが」


 本当に引き止めてくれないらしい。止められたってお断りだけど、相手が潔すぎるのも何だか腹が立つ。こんなに可愛い私に未練はないわけ? どうしてもってすがってくれるならまだ考えてあげなくもない……わけないけど。




 何だかもやもやしつつもサロンを出て歩いていると、正面から筆頭貴族令嬢エリシエルが近づいてきた。

 ヴィクトールにでも呼ばれたんだろうか……そう考えていると目が合う。

 相も変わらずムカつくくらいの超美少女だ。あたりを払うという表現があるけれど彼女はまさにそれで、圧倒的な麗しさと存在感は唯一無二。生まれながらに王妃となるべき者だと神が定めたもうた美姫━━そう評していたのは攻略サイトだったろうか。「『*ただしヒロイン以外で』って注釈つければいいのにー」と笑っていた自分の姿もついでに思い出してしまった。


 そんなどうでもいい記憶が蘇ったところで、エリシエルと目が合う。

 不本意ながら下位の者として礼をとれば、軽く頷いたような気配がして、優雅に側を通り過ぎる━━かと思いきや、ぴたりと彼女の足が止まる。


「━━残念ですわ。わたくし、とても楽しみにしておりましたのよ。ヴィクトール殿下とわたくしがこの先作り上げる国の姿を、あなたに特等席で見せつけてさしあげるのを」

「っ━━━━!」


 確固たる自信に裏打ちされた小揺るぎもしない声音に、思わず唇を噛み締めてしまう。

 これ以上ない本妻の余裕を見せつけられると同時に、視座の違いというものを思い知らされた。意趣返しなのだとしてもスケールが違いすぎて、張り合えるレベルではないという現実がとてつもなく悔しい。

 ━━これほどの令嬢に、格下の存在に対してくだらない虐めをしたと冤罪をかけただなんて。ただ貶めるためだったにしても、あまりにもそぐわなさすぎる内容と、それを実行した自分の滑稽さがまた腹立たしかった。


(スペックが高いにしても、えげつなさすぎるわよ……!)


 内心で負け惜しみを並べ立てるうちにエリシエルが離れていったので、こちらも立ち上がり歩みを進める。

 が、どうやら婚約者を出迎えたらしいヴィクトールとエリシエルの通りのいい声が嫌でも聞こえてくる。


「やあ。来てくれたんだね、()()()

「はい。お会いしとうございましたわ、()()()()。フローラ様には振られてしまったようですわね?」

「ああ。フローラの、いやフローラ嬢の求める愛し方は、私には不可能のようだから」

「まあ、それは残念ですこと。わたくしでよろしければお慰めいたしますけれど……」

「そうだね、頼むよ。ありがとう、エリス」

「ふふっ、どういたしまして。では膝枕をしてさしあげますわ」


 ちょっと待って!?

 明らかに普通ではなく距離の近そうなやりとりに急いで振り向くものの、既にサロンの扉は閉まっている。

 と言うか先ほどまでフローラといた時は、ヴィクトールはさりげなく扉を開けていたというのに……いくら正式な婚約者同士でも、結婚前に二人きりで部屋に閉じ籠るなんてことは有り得ないはずだ。なのに。


「〜〜〜〜〜〜っ!!」


 本日一番の屈辱を覚えて真っ赤になった私は、令嬢らしからぬ大股の足取りで寮の自室へと帰ったのだった。

 そうしてようやく叫ぶ。


「あんなに仲のいい婚約者がいるなら、最初から浮気なんかするんじゃないわよーーーっ!! 誘った私が言えることじゃないけど!! と言うか私、恋人同士の変なプレイに付き合わされただけじゃないの!?」


 私の魂の叫びは学園寮の一室にしばらく木霊(こだま)したものの、さしたる名残もなく消え去るのみだった。




 一方、サロンでどんなやりとりがされていたかと言うと。


「それで、フローラ様との恋愛はいかがでしたか? ヴィク様」


 優しく髪を撫でられる感触に目を閉じて身を委ねながら、ヴィクトールは答えた。


「うーん……残念だったとは思っているよ。彼女が妾になってくれたなら、一人の女性としてもしっかり愛せただろうからね。フローラ嬢は能力そのものはとても優秀なくせに、マナーを含めたあちらこちらが色々と抜けていて危なっかしすぎる。何せ、王家に嫁ぐには全く向かない気性の人物を演じてしまうほどだ。

 だからこそうっかり彼女が破滅してしまわないように、王太子の名前で守りたいと思えたんだ。もともと私は次期国王として全ての国民を愛しているが、フローラ嬢にはそれ以上の感情を抱けたし、今も抱いているから。勿論、エリスに対するものと種類は違うけれど」

「あら、ふふっ。少しばかり嫉妬していましたけれど、そのお言葉で気持ちが和らぎましたわ」


 その言葉に目を開けると、愛しい婚約者がいたずらっぽく微笑んでいる。


「和らいだだけ? 嫉妬が消えはしないのか」

「ええ。だってヴィク様は、未だにフローラ様にお気持ちを残していらっしゃるのですもの。そこであっさり吹っ切れるようなお方ではないからこそ、わたくしはヴィク様をお慕いしているのですけれど」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、『できれば在学中に、側妃や妾候補の目星をつけてくださいませ』と頼んできたのはエリスだろう?」

「将来を考えれば必要不可欠なことですもの。けれどそのことと、わたくし個人の感情は別問題ですので」

「確かにそうだ。私も本音としては、自分の子は全てエリスに産んでほしいと思っているからね」

「まあ……ヴィク様ったら」


 頬を染めるエリシエルの愛らしさはフローラも敵わぬほどだと思いながら、ヴィクトールは身を起こして婚約者の頬に触れた。


「照れるエリスも可愛いな。キスしてもいいかい?」

「はい。お望みのままに」




 またその後、未来の王太子夫妻が王立学園を卒業し、婚儀を控えていたある日のこと。


「ご存知ですか、ヴィク様? フローラ様が提出なさった一年次の最終レポートが、最優秀の評価を得て表彰までされたのだそうですわ」


 楽しそうにエリシエルが聞けば、ヴィクトールも驚くことなく応じる。


「ああ、聞いているよ。何でも、『このままエリシエル様に負けっぱなしでいるなんて冗談じゃないわ! 私は私なりの方法で、エリシエル様とは違う方向でこの国の歴史に名を残してやるんだから!』と、何とも頼もしい気合いを入れて頑張っているらしい。将来的に研究者を目指すのか、マナーも相当改善されたという話からすると文官にでもなるつもりなのかな?」

「ふふっ、だとしたらとても素敵ですわね。場合によっては、わたくしや実家が彼女の後援者になることもやぶさかではございませんことよ」

「それは、フローラ嬢がとてつもなく嫌がりそうだね」


 苦笑するヴィクトールだが、エリシエルはすました顔で言う。


「あら、これはわたくしなりの激励ですわ。『それでしたら、わたくしたちの支援が不要になるレベルとなるまで全力で頑張ってくださいませね。応援しておりますわ』と言えば、フローラ様はさぞ奮起してくださるでしょうし」

「やれやれ。相変わらず私のエリスは、優しいのか厳しいのか判断に困るよ。勿論、両方の面があることは知り抜いているし、そんな君を誰より愛しているけれどね」

「……ヴィク様の不意打ちこそ相変わらずですわ。嬉しいですけれど……」


 いつも通り、婚約者からの愛の言葉に弱いエリシエルであった。

 そんな彼女をヴィクトールはやはりいつものように優しく抱き寄せ、ゆっくりと何度もキスを交わすのだった。




性悪お花畑のヒロインが、鼻っ柱を折られつつも性格悪いままお花畑から抜け出す話を書きたかったんですが、何だか違う代物になった気が。

ヴィクトールとエリシエルはもう存分にイチャイチャしてればいいと思います(  ̄- ̄)


ちなみにフローラに冷たくしていた貴族令嬢たちは、ヴィクトール×エリシエル過激派やエリシエルをお姉様と慕う厄介ファンです。未来の国王夫妻も彼女たちの存在は把握してますが、下手に咎めると加熱する恐れがあるので放置。フローラのマナーも令嬢としてはあまり褒められたものではなかったこともあり、度が過ぎないならと静観姿勢でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
『性悪お花畑のヒロインが、鼻っ柱を折られつつも性格悪いままお花畑から抜け出す話』←いやそんな話だと思いました。 後、王太子と悪役令嬢が割れ鍋に綴じ蓋w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ