第4話 ただいまと言おう!
馬車を断り、街中を巡回しながら屋敷に着いた俺は、まず門の前で深呼吸をした。すーはー、と両手を広げて閉じて何度も深呼吸する俺を、出迎えてくれた使用人達が異様な目で見て来る。まあ仕方がない。今までのギルバルトとは全く違う行動だからな。
使用人達には、「もう取り繕うのが面倒になった。素の俺はこれだ。そのうち慣れてくれ」と朝に伝えてある。半信半疑だった使用人達は、これで確信したのではないだろうか。俺が本気であるということを。
朝の駄目駄目さに深く嘆いた俺は、帰宅の挨拶で子供達に挽回したいと考えていた。
ただいま。
たった一言。たった四文字。これだけで良い。これほど優しく簡単な言葉は無い。
挨拶も出来ず、「可愛い」を抜かしてただの「俺の子供」としか伝えられなかった俺よ、さらば。今から俺は、子供達に優しい父親になってみせる!
「さあ、行くぞ!」
「え、どこへ。……あ、いえ。おかえりなさいませ、旦那様」
「ああ。いつも出迎え、ありがとう」
「――」
今の今まで、ずっと俺が何か言葉を発するまで待ってくれていた使用人達に軽く片手を上げて応えれば、物凄く驚いた顔をされた。
今日はずっとこんな感じだ。仕方がない。今までは「ああ」とか「そうか」とかくらいしか言っていなかったもんな。つくづく前の俺は言葉が足りなすぎる。
「とりあえず、まずは子供達に会いたい」
「――」
使用人達が再度固まる。これも仕方がない。今まで放置していた様に見えたのだからな。事実、放置してたしな。前の俺、許すまじ。
だが、今日からの俺は一味違う。努めて「何も気付いていません」というフリをして淡々と聞き返す。
「どうした?」
「ああ、いえ。ディアン様とカーラ様でしたら――」
「お、おかえりなさい、父上」
「……お、お、おかえりなさい、おとうさま」
「――」
――天使が迎えに来てくれたっ。
ごーんごーん、と頭の中で祝福の鐘が鳴り響く。
目の前には、ディアンとカーラ。二人の子供が、ブランシュと共にエントランスに立っていた。
今まで、出迎えてくれたことなど無かった。いや、かなり小さい頃にはあったと思うが、俺があまりに無視するので諦めたのだろう。
しかし、今また再び俺の前で出迎えてくれている。しかも少し不安そうだ。恐らくブランシュが手を回してくれたのではないだろうか。流石幼馴染兼執事。俺の理解者。最高。ありがとう。
さあ、俺、年貢の納め時だ。子供達に笑顔で「ただいま」と言ってハグをするのだ。
さあ。さあ。
――さあっ!
「……」
「……」
「……………………」
「……………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
ザ・沈黙再び。
――俺のばかああああああああああああっ!
何故だっ。
何故、口が開かない。開かないどころか、仁王立ちで直立不動。どこをどう見ても、小さい子供達が怯える佇まいだ。ありえない。
何とか必死に口をこじ開けようとするが、中途半端に開けているせいできっと顔が恐い。現に子供達の顔がどんどん青褪めていっている。大きな目が潤み始めていた。
まずい。これは非常にまずい。
だが、俺は対策をしてきたのだ。
そうだ。口が開かないのならば――文字がある!
「――っ、……ふんっ!」
気合を入れて鞄からスケッチブックを取り出す。ばーん、と効果音でも鳴り響きそうなほどに大きくスケッチブックを掲げた。――どうでも良いが、気合の声は出るんだな。学習した。
すると、ディアンの方に変化があった。きらっと、瞳が輝いた気がしたのだ。
何だろう。俺の行動に何か見るものでもあったのか。
疑問には思ったが、まずは挨拶だ。朝の様な失態は犯さない。
しかし。
「……っ、……おおおおおおおおおおおおっ!」
文字がっ! 上手く! 書けない……っ!
嘘だろ!? と気合を入れて、右手をふんふん握り締める。ペンが折れそうだ。
しかし、物凄い気合を入れても、右手はぴくりとも動かなかった。
「おおおおお……! ぐ、ぐぐぐぐぐぐおおおおおおお……っ!」
「ち、父上……?」
「のおおおおおおおおおおおっ!」
「お、おとうさま……?」
「そ、……そんな、馬鹿な……っ!」
何度やっても上手く書けない。
ありえない。文字が書けないとかありえない。
何故だ。喋れなくなるどころか、何故文字まで書けなくなるのか。騎士団の詰め所で仕事をしていた時は、あんなに流暢に綺麗な文字を書いて仕事をしていたというのに。
ギルバルトは何なんだ? 子供の前でだけ極度の緊張でポンコツになるのか?
これでは、対策をしてきた意味が無くなってしまう。
しかし、これで終わるわけにはいかない。
父が、一ヶ月も休暇をくれたこの機会。何より子供達の幸せのため。文字を書けない程度、負けるわけにはいかない。
「……うううううううおおおおおおおおおっ!」
俺は気合を入れた。ふんす、と気合を入れて唸りながら必死に文字を書いていく。あまりに動かない右手を左手で握りまくって動かし、何とか最後まで書き出した。――その間、子供達や使用人達がおろおろと右往左往していたが、もちろん俺はそれどころではない。
たった四文字。されど四文字。
これだけの文字を書くのに、精魂尽き果てるほどに疲労困憊になるとは。このギルバルト、ポンコツどころの話ではない。
だが、とにもかくにも書き上げたのだ。もう後は見せるだけ。
気合いだ。気合いを入れろ。
「――ふんっ!」
書き上がった文字を、子供達に見せる。
子供達は、目を丸くした。――それはそうかもしれない。
『た だ い ま』
たった四文字。されど四文字。
その文字は、ミミズさえもっと上手にくねるだろうほどにぐねんぐねんに曲がりくねったものになっていた。泣きたい。
書いた俺だから辛うじて読めるが、小さな子供が書いた方がまだ綺麗だ。こんなに酷い文字をかつて見たことがあっただろうか。いや、無い。
心の中で盛大に泣きながらスケッチブックを子供達の前で掲げ続ける。何か言ってほしい。いや、言えないかもしれない。「お父さん、字がへたー」なんて明るく笑い飛ばせる関係になど無いのだから。
しばしの無言。
だが、次に子供達からもらった言葉は、思いも寄らないものだった。
「うん、父上。おかえりなさい」
「おかえりなさい、おとうさま!」
「――――――――」
ささやかだが、子供達は笑っていた。
はにかむ様に、嬉しそうに。
さっきまで青ざめていたのに、笑ってくれたのだ。
こんなまともに喋ることも出来ない父なのに。文字さえまともに書けなくなる父なのに。
この子供達は、笑ってくれるのだ。
――こんな、父親失格過ぎる俺のために。
「――っ、……あ、あ」
た だ い ま 。
果たして声になっていたかどうかは分からない。
だが、唇だけは何とか動かした。読唇術でも無ければ読めないだろうが。
それでも子供達は、もう一度はっきり「おかえりなさい」と笑ってくれた。
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