第3話 子供達と一緒にいたい!
「……酷い朝食だった……」
ずずーん、と自分でも分かるほど影を背負って今、俺は副団長の執務室にいる。周りの部下が何事かとびくついているが、それに構う余裕もない。
今朝の散々な朝食会の後、ブランシュにはこう言われた。「すっごい進歩でしたよ」と。皮肉だ。絶対。
子供達に会う前は、あれだけ喋り倒していたのだ。もはや口から生まれたのではないかというくらい、自分でも話しまくっていた。
それが、子供達の前でのあの体たらく。俺じゃなくても目を覆う。泣きたい。実際泣いた。
しかし、仕事は待ってはくれない。容赦なく社会人に降りかかる。
俺ギルバルトは、サイコール王国の王国騎士団に所属している。しかも副団長だ。団長ほどではないにしろ、かなりの仕事量である。
王族をはじめとする城の警護や警備体制はもちろん、城下の巡回、地方への問題解決のための遠征計画、他国からの来客に対する対応などなど。実際に関わってみると、本で読むよりもよほど忙しい。騎士って凄いなと尊敬した。つまり俺の心は死んでいる。
「副団長、どうしたんですか?」
「さっきから元気が無いですよ」
部下達が心配そうに声をかけてくれる。
ここの部下達、こんなに無愛想で寡黙なのに、結構俺に普段から優しい。こんなコミュ障ばりばりだったギルバルトに声をかけてくれるなんて、出来た人間達過ぎる。泣いた。
「ありがとう。みんなの優しさで俺は生きている」
「……はっ⁉」
「副団長、どうしたんです? 頭がおかしくなりましたか?」
酷い言われようだ。
確かに、昨日までの俺ならこんなことは絶対言わなかっただろう。
だが、俺は俺だ。記憶を取り戻したからには、みんなともたくさんおしゃべりしたい。
「俺はな、最近深く深く悟ったんだ。だから開き直ることにした。いくら寡黙を貫いたって、肝心なことが言えなければ伝わらないことも多いって」
「はあ……」
「まあ、そうですね」
「まあ、つまりだ。今の俺の心境は……、……子供達に会いたい……っ!」
「――ほお。お前がそんなことを言うとはなあ。ようやく親としての自覚が出てきたか?」
めちゃくちゃフランクに声をかけられた。そんな人間など、この騎士団の詰め所には一人しかいない。
振り向けば、予想通りの人物だ。俺と同じ造形の顔をしていて、少しだけ年嵩を重ねた男性。つまり、父親である。
子供としての贔屓目は無いが、かなりダンディで顔が良い。その上実力も権力もあるとなれば、俺の家系は代々モテただろうな。
それはともかく。
「ええ。……今までが酷すぎましたからね。ちゃんと子供達と向き合いたいと思いまして」
「しょっちゅうオレ達親に子守をお願いしていたとは思えない殊勝な心掛けだな」
「うぐっ。……ええ。ですから、……今まで避けてきた分、ちゃんと向き合いたいと思いまして」
「ほお。すっごい進歩だな」
ブランシュと同じことを言われた。気持ちは分かる。泣きたい。
「でも、一日のほとんどが仕事じゃないですか。今朝も、まともに会話出来ませんでしたし」
「まあ、そうだなあ。騎士って忙しいもんだからな。平和でも」
相槌を打ってくれてはいるが、適当な気がする。今までが今までだから仕方がない。
しかし、こんな調子で、子供達と仲良くなれる日は来るのだろうか。甚だ疑問だ。
はあっとまたも溜息が出る。吐きたくないのに出る。
そんな息子を見て、重症だな、と苦笑してきた。この父は大人である。
「父……団長。休暇を下さい」
「良いぞ」
「そうですか。やっぱり駄目……って、は?」
あっさりOKを出した父に、俺は目を丸くした。そんな気軽に「ちょっとミルク買いに行ってくるわ」のノリで返されても困る。
「い、いや。俺、副団長ですけど。良いんですか?」
「ああ、いいぞ。一ヶ月やる」
「はあっ⁉ 一ヶ月⁉」
しかも一ヶ月ときた。どれだけ長期で休暇をくれるのか。大盤振る舞い過ぎて詐欺を疑う。
「え? あ、い、いや」
「何だ? 子供達と過ごしたいっていうのは嘘だったのかあ?」
「ち、違います! でも、え? 一ヶ月って……ほ、本当に?」
「ああ。思い立ったが吉日って言うだろ? せっかく子供達と話してみようって気になったんだ。やったれやったれ」
「父上……」
「今は大きなイベントの予定もないし、仕事はオレ達だけでも回る。今のお前にとっての最大の仕事は、子供との交流だ。そうだろ?」
なあ、とウィンクしてくる父の言葉は妙に軽いのに重みがある。伊達に長く生きていないということだろうか。
オーギュスト・デンツィーレ。それが父の名前だ。
俺が小さい頃から既に騎士として活躍し、民から人気があった。社交性もあるから敵も少ない。敵意を抱かれてもあっさり丸め込んでしまう力があった。
寡黙の俺とは正反対。
そんな父が、俺の憧れなのは事実だ。そして、更にファンになった。
「父上……っ!」
「さあさあ、そんな『俺の父上最高! カッコ良い! 愛してる! キャー!』って言いたくなる気持ちは分かるけどな。そんな目で見られてももう何も――」
「父上最高! カッコ良い! 愛してる! ありがとう!」
「――」
思わずおうむ返しをして笑ってしまう。本当に最高だ。副団長の仕事まで引き受けて気遣ってくれるなんて、普通はなかなか出来ない。ありがとう、父上。両手まで合わせて拝むポーズだ。
すると、思い切り目を丸くされた。やばっと反射的に身が竦む。
今まで寡黙で無口な方だった俺がいきなり笑ったら変だと思うだろう。頭がおかしくなったかと疑われても仕方がない。
しかも、周りの部下達の目まで飛び出していた。人の目って、驚いたら本当に飛び出るんだな。良い勉強になった。現実から逃げたい。
「あー! いや、今のは、その、ですね。父上、あー。喜びのあまり」
「……懐かしいなあ、その話し方」
「え?」
どう言い訳しようかと焦りまくっていると、思ってもいないことを言われた。
懐かしい。
どういう意味なのか。
「いや、お前は小さくて覚えてないかもしれねえが……昔は結構よく笑うしよく喋る子供だったんだぞ」
「え……」
「それが、ある時から急にめったに笑わなくなっちまって……心配してたんだが、お前は大丈夫の一点張りでなあ」
初耳だ。
そもそも、子供の頃をよく覚えていない。正確には思い出せない。前世の記憶を取り戻してから、はっきり掘り起こせることと曖昧なところがくっきり分かれている。
よく笑うしよく喋る。
それは、前世の俺と同じタイプだったということだ。
それがある時を境に寡黙になった。
――ぜっったい! 何かある。
トラウマ的なものだろうか。だとすれば、思い出さない方が良いのか。
いや。
子供達と交流を図るためにも、大事な部分は思い出さなければならない。
一ヶ月も猶予をもらったのだ。
これはもう、二度とないチャンスだ。絶対にモノにしてやる。
「と、とにかく。ありがとうございます、父上。俺、本気で家ごもりしてきます!」
「よし! では、行ってこい! いや、ちゃんと子供達を外に連れ出してやるんだぞ! 買い物行くって言っただけで、目ん玉飛び出るくらい喜ぶと思うぞ」
「は、はい!」
確かに、俺も子供の頃は親と出かけるというだけで嬉しかった。
七歳の子供達に今更通用するかは分からない。だが、やってみるだけやってみよう。
そのためには、まず。
「……にっこり挨拶するところからだよな」
「今のお前の顔、凶悪犯さえ裸足で逃げるからやめておけよ」
にいっと企みながら笑ったら、父から思い切り却下された。地味に傷付いたので泣きたい。泣いた。
少しでも「面白い」「先も読んでみようかな」と思われましたら、ブックマークなど応援お願い致します!
感想も、一言だけでもとっても嬉しいです!
更新の励みになります!




