月森景都
ボクは月森景都。
こんな名前だけど正真正銘の女。大学2年生でテニスサークルに所属している。テニスを中学から始めて、高校もテニス部、大学でももちろんテニス関係の部活やサークルに所属しようと思って、今のサークルに所属した。
今までの人生で男を見たことがなかった。漫画や小説の中ではあるけど、この目でしっかりと見たこともないし、たぶん一生見ることなく終わると思っていた。
そんなボクだったけど、今日初めて見た。
ボクよりも身長が高くて、中肉中世、とっても優しそうな人。男に対しての知識はあくまで小説や漫画しかないけど、もっと高圧的な印象があった。別に話したわけでもないので、本当は怖い人なのかもしれないけど、見た感じの印象だとやっぱり優しそうな人。
それから少ししてその男がボクのところに歩み寄って来た。
「あ、あの…ちょっと見学させてもらっても大丈夫ですか?」
とっても丁寧にお願いしてくるので、驚いてしまった。それに生身の男と初めて会話をしたことに脳がフリーズしそうになったというのもある。
「う、うん。大丈夫だと思う」
「ありがとうございます」
男は少し離れたところからボクたちがテニスをしているところを眺めている。別に誰かに見られているからって緊張するような性格じゃない。
それなのにあの男に見られていると思うと…なんか緊張する。
男に見られるなんてこと今までの人生で一度も経験したことはないわけだし、仕方ないと言えば仕方ない。同級生や先輩たちも男が自分たちのテニスをしている姿を見ているということもあって、かなり力んでいる。
一応、男が大学に来るということで男が初めて登校する前日に理事長から直々に全生徒に向けて連絡が来た。それは端的に言えば、男が登校するということと決して欲に負けて襲ったりするような行動を起こすなというもの。
理事長としても学内で犯罪が起こるのは避けたいだろうし。そして最期に『もし、危害を加えようとするものなら私がそれを許すことはないだろう。それを肝に銘じてくれ』。
理事長に会ったのは一度だけだが、かなり温和な印象を受ける女性だった。その理事長がここまで言うということに事の重大さが嫌でも理解させられる。
たぶん、うちのサークルの中にも襲いたいという欲望を持っている者もいるはず。ほとんどが初めて男を目の前にしているわけだし。
何より今の男の上半身はTシャツ一枚だけ。
この時期のことを考えれば別に不思議な服装ではないけど、無防備すぎる。あんなの襲ってくれと言っているようなもの。
でも、ボクは男からテニスへと集中をうつす。
男と話したいや触りたいという欲望は人並にあるけど、今はテニスに集中する場面。本能を理性で抑え込みながらもテニスを続ける。
少し動きが固くなっている感じがしながらも練習を続けているとまた男が近付いてきて、話し掛けてきた。
「とても素晴らしいですね」
「素晴らしい?」
「はい、僕は生まれてこの方、運動系の部活に入ったことがないのでこんな風に一生懸命に体を動かして練習しているところが凄いと思ったんです。特にあなたの真剣に取り組んでいる姿はとってもカッコよかったです!」
男はなぜか少し興奮しているように見える。
この男と初めて会ったけど、目を見る感じお世辞を言っている感じではなくて素直に思ったことを口にしているという印象を受けた。
それが今日初めて会った相手だとしても嬉しかった。やっぱり誰かに自分の努力を認めてもらえるのは素直に嬉しいし、頑張って良かったと思える。
「テニスサークルの練習を見に来てよかったです」
「…それならよかった」
自分でも思っていたよりも言葉を紡ぐのが難しい。いつもならもっと言葉が出て来るのに今のボクはただ『それならよかった』としか出てこない。
そう思っていると男の方から提案された。
「また見に来てもいいですか?」
「…構いません。それにボクに許可を求める必要はないと思う」
「じゃあまた見に来ますね!」
「…はい」
そして男と黒服に身を包んでいる理事長の娘が去っていく。その後ろ姿を見ていると自然と男の顔が頭に思い浮かぶ。
「可愛かった…」
顔立ちも少し幼い感じで、なんか子犬みたいだった。
あんな子がもし護衛なしに大学に来ていたらすぐに襲われていただろうというのは予想が付く。確かに理事長があれだけ警告をしていたのも納得がいく。
正直、警告程度であの子を襲わずにいられるのかは怪しいとしか言いようがない。自分だってテニスという熱中できるものがあるから理性を保てたけど、普通の女の子だったら保てない。感情的に行動を起こしてもおかしくない。
「次に会う時までに…もっと上手くなったらもっと褒めてくれるかな」




