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小久間岬

私、小久間こくまみさきは出会い系アプリを始めることにした。


こんなアプリで出会えないのは分かっているの。私だってこの世界で32年も生きているわけだし、男性と会うのがそんなに簡単に出来るとは思っていない。




まだ3歳の子供だっているし、そんなに自由に動けない。でも、やっぱり学生の頃にみた漫画のような恋愛と呼べるものをしてみたいと思ってしまう。

30代になったのにそんな夢物語を考えている女なんて……惨めだと自分でも分かっています。それでも縋ってしまうんだ。





もしかしたら…神様はまだ私のことを見捨ててないんじゃないかと。このアプリを入れれば運命の男性に出会えて、大好きな人と一緒に過ごせるかも。





プロフィールを作成して、写真の登録も終わると『繋がりたい人にいいねを押してください』と表示される。そこには男性の顔らしきものなどがあるが、こういうのは大概が詐欺や女が偽ってお金だけ取ろうとしている可能性もある。案外、こういうところはしっかりと頭が働いているんだと自分でも思った。


そして結果的に私はほとんどの人にいいねせず、そろそろ終わりかと思った時にいいねされましたという表示が出た。


無意識にそこをタップすると、私のことをいいねしたであろう人の写真が目に飛び込んできた。


「え…きれいな肌…」


最初に思ったのはそんな感想だった。漫画で男性の体と言えば、毛がたくさん生えていて、ワイルド的な感じ。それなのにこの写真の肌はそれを微塵も感じさせないけど、女性にしてもなんか違う気もする。



これも詐欺とかの可能性もあるはずなのに、なぜか引きつけられた。



1%にも満たないような確率を信じてみようかな。お金を要求とか、変なサイトへのURLを送られてきたらすぐに切ればいいだけよね。


そして私はいいねを押してみることにした。両想いになった。



まずはメッセージを送ってみるだけ、送ってみよう。



『こんばんは。いいねして頂きありがとうございます。私なんかでよければお話しませんか?』


こんな感じでいいでしょうか。変なところは何もないはずですし、この文章でいきましょう。



そこでメッセージを送って、何回かいいねを押した人にメッセージを送ったりした。






その日はそれから、少しして眠りに付くことにした。最初の方にいいねを押した人が詐欺だと分かって、やっぱりねという感情と寂しい気持ちが込み上げて眠るしかなかったのだ。



起きてスマホを見ると…メッセージが返ってきていた。



『返事が遅くなりごめんなさい。僕も岬さんとお話したいです!こんな僕でよければよろしくお願いします!!』


少しガッツいている感じが少し怪しい気もするけど、しっかりと返信がきただけでもまだ可能性はある。男性は騙しかの区別はまだ全然つかないけど、今は男性と信じて会話をしていくことにしましょう。




そこで急に現実に戻る感じがした。



今の自分は30代。


この世界で男性と女が結婚制度の上で結婚することなんて滅多にない。極稀にあるみたいだけど、それも20代まで。30代になればほぼ間違いなく、男性から選ばれることはない。それに私の場合は子供まで持っている。子供は女の子なのでこれからもしっかりと育てていく。


男性であれば5歳のうちに親元から離れることになりますが。


子供を育てて、パート、30代の女が男性から好意を持ってもらえる可能性はゼロ。



こんなことをしてもどうせ無駄…。



「諦めましょうか。それにもし本当に相手が男性であれば、こんな人間とやり取りをさせてしまうのは申し訳ないですし」


あの写真が本当に男性だったらそれを見れただけでも満足ですしね。





そして私は自ら子供のことを切り出すことにした。


『よろしくお願いします。私のような子持ちでもいいのですか?』


こうすれば本当に男性であっても興味を無くすはず。子供を育ててる女なんて魅力ないし、自由な時間もそんなにない。



だからこれで良いと思っていた。これで次の返信が来ることもないはずと思っていたのに、きた。



『岬さんとお話したいんです。それに僕は子供とか育てたことがないので分からないですが、子供を育てるのはとても大変だと思います。それをしている岬さんはとても素晴らしい方ですよ』


ま、まさかこんな返事がくるとは思いもしませんでした。子供を育ててることに対して誰かから褒められるなんて経験は今までなかった。




それは周りの友人たちからも母親からも。それなのにこのメッセージ相手である、ユウさんは褒めてくれた。


その言葉がとっても嬉しくて…自然と瞳から雫がこぼれ落ちていた。言って欲しかった言葉。今まで誰にも言われなかった言葉をここで…言われるなんて。





それからしばらく静かに泣いてから、私は返信した。




『ありがとうございます。そんな風に言ってくださる方がいるとは思ってもいませんでした。これからもっとユウさんのことを知って行きたいです!こんな私ですけど、よろしくお願いします』


この人とこれからも話したい。その気持ちがやり取りをしていく内にどんどん高まっていくのを感じているのは気の所為じゃない。100%相手が男性と信じたわけじゃないけど、これからもやり取りをして親交を深めていきたい。




ユウさんの返信速度は早くて、本当にスマホが手放せない。



『僕も岬さんのことをたくさん知りたいです。岬さんは趣味が散歩だと書いてありましたが、他にあったりしますか?』


趣味散歩というのは正直ないから適当に入力したんですよね。趣味っていう趣味がなく、ここまで生きて来ちゃってるし。



でも、ユウさんが私に興味を持ってくれているわけだし、ここはどうにかしてでも趣味をひねり出した方がいいはず。




しばらく考えた末に私が思いついたのは料理だった。この世界で女が料理するのは当たり前なので、あんまり面白みがない回答になってしまう。でも、さすがにウソを吐くわけにもいかない。どうせウソで充実した感じを出しても、どこかでボロが出てしまうだろうし。



『散歩以外だと料理を作ることとかですね。家事をしないといけないので、料理は絶対にするんですが、たまに休みの日になるとお菓子作りとかもしたりしますね』


面白みがないけど、これでいいかな。これでメッセージが打ち切れられちゃったらいやだな。



そう思うと自然と自虐のメッセージもすぐに送っていた。



『やっぱり料理と散歩が趣味の女ってつまらないですよね。ごめんなさい』


本当に自分のこういうところが嫌になる。こうやってすぐに自虐に走っちゃうし、面倒くさい女。これじゃあ、男性と出会えても絶対に好きになってもらえるわけがないよね。



そしてまた自虐に走っていると返信がきて、私は驚いた。



『いえ、そんなことありませんよ。僕もたまに料理をするのですが、やっぱり難しいです。なので、いつか機会があれば岬さんの手料理も食べてみたいです』


ユウさんって料理するんだ。男性が料理するなんて話は聞かない。だって料理をして火傷とかしちゃったら一大事だし。




それに何より私の手料理を食べたいと言ってくれた。それが嬉しい。これは会える可能性があるってことだよね。少しはユウさんも会うことに前向きだって考えていいのかな。



私はさっきまで落ち込んでいたのがウソのようで、今はとっても幸せな気持ちだ。返信を打つ手も早くてすぐに送った。


『ユウさんのためなら腕によりをかけて作りますよ!!絶対に美味しいって言ってもらえるように!!!』


本当にユウさんに作れる日が来たら……人生を掛けて美味しい料理を作らなきゃいけない。料理を研究し尽くして絶対に美味しいと言ってもらわないと。



いつかそんな日があったらいいなぁ…と思っているとユウさんから返信がきた。




『楽しみにしていますね。岬さんが作ってくれるんでしたら、僕もその日まで料理を勉強してしっかりと岬さんに美味しいと言ってもらえるようなものを作りますね』


ほ、ほんとに…。



ユウさんの料理を食べれるんですか。



そしたら本当に幸せで死ぬかも。だってユウさんが私一人だけのために料理を作ってくれるわけだよね。そんなの嬉しくて死ぬ。




そんなことを言われると絶対に…会いたい。その日はまだ先の話かもしれないけど、それまで絶対に生きていないと。






今まで自分に対して自信が持てなかったし、生きている意味もあんまり分からなかったけど、ようやくそれが見つかった。ユウさんと会えるんだったら自分に自信が持てるぐらいに磨かなきゃいけない。



そして会うまでは死ねない。


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