葉山の遺伝子
葉山優は遺伝子提供を行っている。ということは葉山優の遺伝子から子をなす予定の女性も存在するのだ。
女性は相手の名前も知らないが、男性の遺伝子から子供を作る。
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そしてここに葉山優の遺伝子から身ごもった女がいる。
名前は月森美桜。三十代後半で子持ち。子供はもう大学生になっていることもあって、もう一人作ろうと思い至ったのだ。年齢的なことも含めると四十代になってからの妊娠よりもまだ三十代のうちに身ごもった方がいいという計算。
「…おれがまた妊娠するなんて」
月森美桜は新たな命が宿った、自分のお腹をさする。
本人の言葉からも最初は妊娠するつもりはなかったのかもしれない。
「痛いのはあんまり好きじゃねぇけど」
美桜自身はこれから来るであろう痛みを想像して、少し苦笑いを浮かべている。
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月森美桜は男と会ったことはない。
だからといって、男を必要とすることもなかった。
それは最初から諦めていたのと興味がなかったからだ。
今の時代は死ぬまでに男と会える女など限られている。ほとんどの女は男と会うこともできずに一生を終えるだろうと言われている。そんな小さな可能性を信じるほど、月森美桜という女は夢見る人間ではない。会えないのであれば、別にそれでいいと割り切れるような人間だ。
会えないのであれば男に対する興味関心も捨ててしまえと本当に捨てたのだ。この世界のほとんどの女性が持っている好奇心を捨てた。
そんな彼女も子どもを宿した。
それは政府の方針として『30歳になった女性は子を宿さなければならない』というものがある。さすがに彼女も政府の方針に逆らうようなことはしないのだ。
この方針は少しでも男を増やそうというもの。男の比率を上げるために、少しでも多くの子供を生む。それでも男の比率はずっと上がらず、ほぼ停滞状態になってしまっているが、それでもこの政策は続いている。
子どもを産んだ彼女、今度は子育てに没頭した。初めての子育てはとても大変だ。何より彼女には母親もすでに他界していたため、頼れる人と呼べるものが存在しなかった。そんな中でも彼女は一人の少女は大学生になるまで立派に育てた。
そこでもう終わるはずだった。
きっかけは実に単純で、娘から「好きな人ができたかもしれない」という話をされたのだ。詳しく話を聞いてみると娘の大学に男が通って来ていて、その男のことを好きになってしまったかもしれないというものだった。
別に美桜は娘に嫉妬をしたわけではない。ただ彼女の頃は男と会うなんてことは絶対にあり得なかったし、大学に男が来るなんてこともなかった。
もしかしたら、娘は男と結ばれるかもしれない。
そんなことを考えると男なんていらないと捨てていたはずなのに、娘の報告する時の赤らめた顔が彼女の頭から離れなかった。男を知るとあんな顔になるのかと。
でも、自分には男と結ばれるチャンスというものがもうない。30代になってしまった自分に待ち受けているのはただ仕事をして、日々生きるだけ。
それ以上でもそれ以下でもないのだ。
そんな未来を少しでも変えたい。
男を知れなくてもいい。
彼女は二度目の妊娠をする決心をする。
誰の子種なのかも分からないし、健康で生まれてきてくれるか、自分が赤ん坊を生んで無事にいられるのかも分からない。
少しでも変えたかった。
いや、現実から少しでも目を逸らしたかったのかもしれない。




