前世の記憶と出会い系アプリ
前世というものを信じていなかった。
でも、そういうのがあったら面白いな程度のものでそれ以上のことは思わなかった。
だけど、あった。
ある日の朝に目覚めると断片的ではあるものの、誰かの記憶のようなものが波となって脳に流れてきた。なぜか自然とこれが自分の前世の記憶なのだと思った。なぜそう思ったのかは未だに不思議なことだけど。
そしてその世界では今のように男女比の問題なども起こっておらず、男女が普通に生きていた。逆に痴漢や強姦などの問題を起こすのは男性の方だったのだ。これは今、僕が生きている世界ではあり得ないようなことだ。
この世界で強いのは女性だ。男性は女性に守られるべき存在なのだ。そして圧倒的に男女比の偏りなども存在してるため、女性の中には一度も男性と会わずに命が尽きる人もいるらしい。
その前世の記憶が流れてきたことで、僕はもう一度勇気を出してみようと思った。
前世の記憶のお陰で少しは女性に対する恐怖というものが和らげられた気がする。一歩を踏み出すのはとても怖いし、また後悔することになるかもしれない。それでもここでずっと立ち止まっているよりは良い気がしたのだ。
「そろそろ…一度ぐらい大学に足を運んでみてもいいかも」
僕は今年で19歳だ。
大学1年生ではあるものの、大学には通っていない。
この世界はさっきも言った通り、男女比の偏りがあるため、女性が男性を襲うような話は珍しいことではない。
それはテレビやネットのニュースを見ればすぐにわかること。なので、僕のように女性に対して恐怖を抱いている男性は少なくないというか、大多数がそうだ。そうなると政府なども対策を取ってくれるもので、僕たち男には小・中・高・大の授業はリモートなどで受けられるようになっているのだ。それは女性との接触を極力避けることで事件などを未然に防ぐ問題がある。
そしてこれが前世と一番違うところかもしれない。僕たち男性と女性は住む場所をある程度規定されているのだ。というより女性が男性に襲い掛からないように男性だけが住めるような区域が存在するのだ。男性の人口自体が少ないこともあって、そういうことができるのだ。
女性が男性区域に入ることはすぐに取り締まりが起こるが、男性が女性の区域に入ることはできる。それでもこの世界の男性で態々女性の区域に入ろうと考える人はいない。それは自分が襲われて酷い目に合うからである。
僕の大学は女性の区域の中に存在している。普通であれば男は政府が用意した男専用の大学に通うことになっている。でも、それはあくまで通うことができるというだけで強制力のようなものが存在するわけじゃない。
正直、僕のような少しおかしい人でもなければ迷わず、男専用の大学に通うはずだ。自分でも自分は少しおかしいのは分かっているんだ。
普通の男性であれば女性は怖いもので、近付きたくもないような存在だ。それなのに僕は女性と話してみたいという気持ちがあるのだ。出来ることなら、友人と呼べるような人が一人でも出来ればいいと思っていたりする。そんな絵空事が叶うとは思っていないし、大学に通うようになれば後悔することもあるかもしれない。
それでもやっぱりその望みを捨てたくなくて、女性区域の中にある大学を受験した。受験と言ってもリモートでの面接だけで試験と呼べるようなものではなかったのを今でも覚えている。
でも、そう感じるのは僕の中に前世の記憶が流れたからであって、受験した時はその待遇に首を傾げたりすることはなかった。
大学に行くという、最初の一歩を踏み出すことを決めた。
――――――
大学に通う用意をするまでの間に少しでも女性と慣れよう。今まで僕は生み落としてくれた母親ともほとんど話していない。
それはなぜかと言うとこの世界では男が5歳になると親元から離れる。親元というより母親という方が正しい。なぜならこの国の父親というのは名ばかりなもの。
男は国から援助を受ける代わりとして精子を提供する。そしてその提供された精子を女性たちに配ることで受精をして生まれるのだ。なので、父親と母親という関係はあくまで名だけで見知らぬ男と女から生まれるというのがこの国。
だから、僕も母親のことは多少なり覚えていたりするが、父親のことは本当に知らないというのが現状。この話からも分かる通り、前世のように男女で恋愛して子供を宿すことはほとんどない。
そして僕は女性とお話したことがほとんどない。
面と向かって会うことに対して抵抗感がないわけでもないので、まずはスマホを通してお話するところが始めたい。
そこで僕が探して見つけたのが…出会い系アプリ。
このアプリの目的としては男女がメッセージをしたり、会うきっかけを作るものらしい。今の国の現状から言っても男性はほとんど利用しないもの。
だって会いたくはないですし。
でも、今の僕としては会わずに女性と話せるアプリはとてもいい。これを利用しない手はないよね。たぶん、このアプリに登録している女性も本気で恋愛できるとは思っていないはず。だってこの国で男性は女性のことを嫌っているし、根本的にはこれが改善されない限りは恋愛なんてあり得ない。だけど、登録者は100万人を超えているらしく、それなりの女性が利用しているようだった。
前世でもあったらしいけど、どうやら前世の僕はこういうものを利用するような人間じゃなかったようで全く分からない。
説明などを読んでみて分かったことは①男性は無料、女性は有料、②プロフィールや写真、挨拶などを入力する、③気に入った相手がいればメッセージなどでアプローチをする。そして結果的に会えば会うということもあるらしい。
いいね機能などもあるらしく、その辺りはやりながら覚えていくことにしよう。まずはプロフィールを埋めていく。ニックネームのところにはユウと入れて他の項目も埋めていく。大学生、19歳、AB型、うお座など埋めていき、5分もしないうちに全てが埋まった。
登録は思っていたよりも簡単で次は写真を載せる。さすがに顔写真はちょっとまだ怖いので、首から下の写真を撮って載せることにした。今の時間的に寝間着だけど、別にいいよね。そこまで恥ずかしいような恰好はしていないし。
どうやらこれで完了なようだった。すると『登録完了』の文字と今度は一人の女性の写真が画面一杯に表示される。そして右下に『いいね』というボタンがあり、気になった相手にこれを押せばいいようだ。
「ど、どうしよう……」
今回の目的はお話をするためだし、多くの人にいいねをした方がいいのかな。いいねを押したからって全員がお話してくれるわけではないと思うし。僕の写真やプロフィールを見て、お話してもいいという方だけということを考えれば、多くしておくに越したことはないよね。
そしてどんどん押していき、結果的に『いいねの上限数です』という表示が出るまでやり続けた。
「すぐにメッセージが始まるわけでもないと思いますし、今日はもう寝ようなかな」
スマホの電源を落とした。