表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人肉レストラン

作者: 背骨

 街外れの古びた通りに、そのレストランはあった。看板には店名もなく、ただ「営業中」の札だけがかすかに光っている。

 肥満体の中年紳士がその扉を押した。派手なスーツに金時計、靴の先は鏡のように光っていた。


「ひとりだ。静かな席を頼む」


 彼の声には命令以外の感情が含まれていない。給仕の青年は片腕がなかったが、無表情で深く一礼した。


「かしこまりました、お客様」


 席に着くなり、紳士は分厚いメニューを手に取った。だが、料理の名前はどれも聞き慣れない。


—『胎児のコンフィ』『処女のフレッシュジュース』『人間のタルタルステーキ』…?


 彼は鼻で笑った。


「なんだこれは。冗談か? ふざけた店だな」


 それでも紳士は興味本位で注文を始めた。どうせ店の悪趣味な演出に違いない。客を驚かせる、そういう売りのレストランなのだろう。


 まず運ばれてきたのは、澄んだ黄金色のスープ。その中には、白く丸い…何かが浮いていた。


「これは?」


「眼球のスープでございます」


「フン、下らんジョークだ」


 スプーンで口に運ぶと、舌の上に乗るとろみと、ぷつんとはじける弾力。なにか、覚えのない感覚。しかし、旨い。異常に旨い。


 次々に料理が運ばれる。

 処女の生き血のカクテルは、ワインのように芳醇で、喉を滑り落ちる感触に官能すら感じた。

 胎児の丸焼きは香草の香りと共に肉がほどけ、脂の甘味が舌を包む。

 そして、人肉ステーキ——濃厚で深い、どこか懐かしさすら覚える味だった。


 料理を運ぶウェイトレスの片目は潰れていたが、彼女もまた完璧な無表情を貫いていた。


「本当に、これは何の肉だ?」


「人肉でございます」


 その答えに、紳士は笑うでもなく呟いた。


「……笑えん冗談だな」


 最後に脳みそのシャーベットを食べ終える頃、紳士の顔には満足の笑みが浮かんでいた。

 食後のコーヒーを啜りながら、彼は会計を求めた。


「お会計、こちらになります」


 片腕のウェイターが差し出した明細を見た瞬間、紳士の顔色が変わった。


「……何だこれは!? 一千万だと!? ふざけるな、ぼったくりにも程がある!」


 声が店内に響いた瞬間、どこからともなく黒服の男たちが現れた。無言のまま、紳士の両腕を掴み、店の奥へと連行する。


「離せ! 俺を誰だと思ってるんだ!? 大企業の社長だぞ!? 金ならいくらでも——!」


 暗い部屋の椅子に拘束されながら、男はなおも叫び続けた。

 そこへ、片腕のウェイターが歩み寄る。


「申し訳ありません。ですがお支払いができない場合、お客様には食材になっていただく決まりです」


「冗談はやめろ!!」


 叫ぶ声に応えるように、片目のウェイトレスが小声でオーダーを通す。


「……眼球のスープ、入りました」


 奥の扉が開く。

 血で染まった白いエプロンの、片足が義足の料理長が現れた。

 右手には金属製のスプーンのような器具が光っている。


「や、やめろ……来るな!!聞こえてるのか!?誰か、助け——」


 しかし、料理長の眼には、男の姿はすでに“客”ではなかった。

 ただの食材でしかなかった。


《終》


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ