人肉レストラン
街外れの古びた通りに、そのレストランはあった。看板には店名もなく、ただ「営業中」の札だけがかすかに光っている。
肥満体の中年紳士がその扉を押した。派手なスーツに金時計、靴の先は鏡のように光っていた。
「ひとりだ。静かな席を頼む」
彼の声には命令以外の感情が含まれていない。給仕の青年は片腕がなかったが、無表情で深く一礼した。
「かしこまりました、お客様」
席に着くなり、紳士は分厚いメニューを手に取った。だが、料理の名前はどれも聞き慣れない。
—『胎児のコンフィ』『処女のフレッシュジュース』『人間のタルタルステーキ』…?
彼は鼻で笑った。
「なんだこれは。冗談か? ふざけた店だな」
それでも紳士は興味本位で注文を始めた。どうせ店の悪趣味な演出に違いない。客を驚かせる、そういう売りのレストランなのだろう。
まず運ばれてきたのは、澄んだ黄金色のスープ。その中には、白く丸い…何かが浮いていた。
「これは?」
「眼球のスープでございます」
「フン、下らんジョークだ」
スプーンで口に運ぶと、舌の上に乗るとろみと、ぷつんとはじける弾力。なにか、覚えのない感覚。しかし、旨い。異常に旨い。
次々に料理が運ばれる。
処女の生き血のカクテルは、ワインのように芳醇で、喉を滑り落ちる感触に官能すら感じた。
胎児の丸焼きは香草の香りと共に肉がほどけ、脂の甘味が舌を包む。
そして、人肉ステーキ——濃厚で深い、どこか懐かしさすら覚える味だった。
料理を運ぶウェイトレスの片目は潰れていたが、彼女もまた完璧な無表情を貫いていた。
「本当に、これは何の肉だ?」
「人肉でございます」
その答えに、紳士は笑うでもなく呟いた。
「……笑えん冗談だな」
最後に脳みそのシャーベットを食べ終える頃、紳士の顔には満足の笑みが浮かんでいた。
食後のコーヒーを啜りながら、彼は会計を求めた。
「お会計、こちらになります」
片腕のウェイターが差し出した明細を見た瞬間、紳士の顔色が変わった。
「……何だこれは!? 一千万だと!? ふざけるな、ぼったくりにも程がある!」
声が店内に響いた瞬間、どこからともなく黒服の男たちが現れた。無言のまま、紳士の両腕を掴み、店の奥へと連行する。
「離せ! 俺を誰だと思ってるんだ!? 大企業の社長だぞ!? 金ならいくらでも——!」
暗い部屋の椅子に拘束されながら、男はなおも叫び続けた。
そこへ、片腕のウェイターが歩み寄る。
「申し訳ありません。ですがお支払いができない場合、お客様には食材になっていただく決まりです」
「冗談はやめろ!!」
叫ぶ声に応えるように、片目のウェイトレスが小声でオーダーを通す。
「……眼球のスープ、入りました」
奥の扉が開く。
血で染まった白いエプロンの、片足が義足の料理長が現れた。
右手には金属製のスプーンのような器具が光っている。
「や、やめろ……来るな!!聞こえてるのか!?誰か、助け——」
しかし、料理長の眼には、男の姿はすでに“客”ではなかった。
ただの食材でしかなかった。
《終》