猫族ミイアの親探し
「にぁぁぁああ……!!」
ゴロゴロゴロゴロ。
いたた……転がり落ちた斜面を見上げてから、自分の体を確かめてみる。
腕、足……うん、怪我は無い。よかった。
あ、いけない、剣を落としてた。
拾い上げてからじっくりと眺める。
「…………にゃ」
村を出て数日。
今でも思い出すと泣きそうになるけれど、今は泣いてる場合じゃない。
にじみ出そうになった涙をごしごしと擦って、立ち上がる。
改めて自分が転がり落ちてきた場所を確かめてみると、そこは街道。
道がある、ということは人が通るということ。
「怖い、けど……」
頑張らないといけない。
お父さんとお母さんを、見つけなくちゃ。
怯えて少し震える足を奮い立たせるように叩く。
乾いた音が木々に囲まれた街道に響き渡る。
うん、頑張ろう……!
変わり映えしない景色がずっと続いてた。
人に出会わないかビクビクしながら歩いていたけれど、遭遇することはなくって。
見えてきたのは、木の柵。
村……なのかな? 村みたいだ。柵の奥には民家みたいなものが見えてた。
「…………」
怖い。人は"私たち"に何をするかわからないから。
それに――お父さんとお母さんを拐っていったのも、人間だし。
でも、自分は情報が欲しい。
だから意を決して……村へと足を踏み入れた。
入ったからといって空気が変わった訳じゃない……けれど、より一層緊張しているのが自分でもわかった。
出歩いている人は誰もいない。
留守? それとも村のみんなで出掛けてるのかな?
少しだけ肩透かしをくらった気分で、キョロキョロと見回しながら村の中心へと歩いていくと……背中から声がした。
「どなたかな?」
「にゃあああああっ!?」
ビクーッと体が跳ねたのがわかる。
大声で驚いてしまった恥ずかしさと、人間に出会ってしまった恐怖が同時にやってきて、もうどうすればいいかわからない。
わたわたと隠れる場所を探していると、声を掛けてきた人は黙ったまま見つめてきていた。
……何もしてこない?
徐々に落ち着きを取り戻していく。人間をよく見てみると、フードを深く被ったお婆さん……だった。
「こんにちは」
柔らかい笑顔で挨拶される。
「…………こ、こんにち、は……」
挨拶を返した。挨拶は大事だってお母さんも言ってたし、うん。
返事をしたのが嬉しいのか、お婆さんはシワだらけの顔をより一層シワだらけにして笑う。
「猫の獣人さん……珍しいね、こんな所に」
「知ってる……の?」
「ええ、見たのは初めてだけどね」
そう言ってお婆さんは私の目ではなく、頭を見た。そこにあるのは猫の獣人である証の、耳。
腰から生えてる、ふよふよと動く尻尾もチラリと見てた。私はむしろ、人間のほうが珍しく思えるけど……種族の違いとかなのかな?
「あ、あの、ミイアね、お父さんとお母さんを探してるの」
このお婆さんには危険はない。
私はそう判断して、村に来た目的をたどたどしく話し始めた。
――――数日前の深夜、家の中に荒々しく入ってきた人たちがいた。
森の中にぽつんとある小屋、周囲には誰も住んでいる人はいないのに……。
きっと良くない人だ、お父さんとお母さんは私を慌てて隠して……そのまま連れて行かれちゃった。
背中しか見えなかったけれど、あれは人間だった。
翌朝、家にあった剣を持って、足跡を追いかけてこのあたりまで来たけれど……痕跡は無くなってしまって。
「だ、だから……人間の村なら、何か……知ってるかなって」
「……なるほどねぇ。猫の獣人は希少性が高い、その筋の好事家には高値に売れるんだろうね」
「…………ミイア、助けたいの」
友達も、知り合いも今までいない。私には両親しかいないのに。
二人が連れ去られちゃったら……私は……。
「実はね……この辺りには山賊が根城にしてるらしいんだけどね」
「にゃっ……! それは何処!?」
「それは――――」
お婆さんが口を開こうとしてる時だった。
村の外から男の人の下品な笑い声が聞こえてきた。
「こっちにおいで!」
「え、え……っ?」
「早くっ!」
お婆さんに引っ張られて、家の中に連れ込まれる。
た、食べられる……っ!?
と思っていたけれどそんなことはなく。物置に押し込められた。
食べられるんじゃなくて、捕まっちゃったっ!?
「おいババア! 飯持って来い!」
いきなりの怒鳴り声に体が竦む。
お婆さんの優しい声とはぜんぜん違う、低くて威圧的な声。怖い。
「あるわけないだろ、昨日根こそぎ持って行っちまったじゃないか」
「チッ……補充しとけや、使えねえババアだな」
「出来るならやってるよ、こんな辺鄙な村だと行商人も来ないし、そもそも金だってあんた達が奪っていっただろ?」
「口答えしてんじゃねえぞ!」
鈍い音がした。
もしかして、お婆さん…………私を匿ってくれてるのかな。
男の人は口汚くお婆さんを罵りながら、出ていったみたい。
……しばらくして、扉が開かれる。
「もう大丈夫だよ」
「お婆さん、血が出てる!」
「なに、これくらい平気さ。あいつらがこの辺りを荒らし回ってる山賊でね、村の皆は怖がって家から出てきやしない」
「……ありがとう、お婆さん。ミイア……ミイア……」
「礼なんていいよ。ほら、そんなことより」
お婆さんは家の外を指差す。
なんだろう、と小首を傾げる。
「あいつらの後を追えば、根城まで案内してくれるはず。さ、急いで」
「にぁ……そ、そっか!!」
「頑張りなよ!」
お婆さんの声を背中に受けながら、村を出た。
油断しきってる山賊たちに追いつくのは難しくなくって、すぐに見つけることが出来た。
森の中に入っていく。音を立てないように気をつけながら追いかけ続ける。
辿り着いた先は、山をポッカリと切り抜いたみたいな洞窟だった。
「おかしらぁぁ! 食い物ありませんでしたぜ!」
洞窟に向かって、男の人が大声を上げる。
すると、洞窟の中から人間が出てきた。
あれは……! 間違いない、お父さんとお母さんを拐った人間……!
「ありませんでしたぜ、じゃねぇだろが! 今日何を食うってんだ、ああ!?」
「って言われてもよ、いつもの村はもう備蓄も何もねぇし……流石に人を食うってわけにもいかねえだろ?」
「いつもの村が無ければ違う村まで行きやがれ! 次手ぶらで帰ってきてみろ、お前を食ってやるからな!!」
村に来ていた集団はまた街道へと引き返していく。
森の中に身を隠していた私に気付くことなく、文句を言いながら遠ざかっていった。
おかしら、って言われてた人はまた洞窟へ入っていって…………私も、それに続く。
中は少し……ううん、かなり埃っぽい。
肌寒くて、薄暗くて……でも、私たち猫の獣人は夜目が効く。少しもすれば暗さなんて気にならないくらい。
足音を立てないようにゆっくりと進んでいって……途中で灯りが漏れている道があった。
「……くんくん」
人が通ったばかりの匂い。たぶん、こっち……!
嗅覚は正しかったみたい。ぽっかりと開いた空間がそこにはあった。
一番奥には木で出来た牢屋があるけど…………中には、誰もいない。お父さんとお母さんは……!?
「――――誰だっ!?」
「にゃあっ!?」
物陰に隠れていた私に向かってお酒が入った入れ物を投げつけてきた。驚いた私は思わず声を上げてしまう。
これじゃもう、いるのを教えてしまったようなもの。私は観念して姿を現した。
「獣人のガキ……?」
「お、お父さんと……お母さんは、何処!?」
「あ……? もしかして、この前の二人のガキか?」
正面に向き合ってみてわかる。とっても大きくて……怖い。
特に威圧をされているわけでもないのに、見下されているだけで足が震えてる。私の震えが見えているんだろう、人間はにやりと不敵に笑う。
「こりゃあいいや。猫の獣人、それもガキと来ればさぞいい値段で売れるだろうぜ」
「……ひっ」
私を見る目は、人を見る目じゃなかった。
売り物……そう"モノ"を見る目。
一歩、また一歩と大股で近づいてくる。その足取りは油断しきっていて、警戒なんてしていない歩み。
……今が、チャンスなのかもしれない! 私は剣を鞘から抜き取り、鞘を投げ捨てた。
「……ふざけてんのか?」
「ふざけてなんか……ないっ! ミイアは、ミイアは、絶対助けるんだからっ!」
「ったく、めんどくせぇ。…………傷が残らないように痛めつけるのは、案外骨が折れるもんなんだぞ?」
人間は腰に差してた剣を抜き、剣先を私に向けた。
いとも簡単に殺すことが出来る凶器。それを私も、人間も、相手に向けている。
だけど……っ!
「う……にゃあああああぁぁぁあっ!!」
私は踏み込む。剣を振り上げて、ただただがむしゃらに走って――剣を振り下ろした。
「…………何してんだ?」
「にぃ…………え?」
「目を瞑って、何をするつもりだったんだ?」
だって、怖い。
人間の目は怖い、それに自分が斬ることも怖い。
だから目を瞑ってる間に終われば良いと思ったけど、流石にそこまで上手くはいかないみたい。
「人を斬るってのはな」
人間がゆっくりと振り上げる。
「――こうするんだよ!」
「にゃっ!?」
思わず飛び退く。さっきまで私が立っていたところに、剣の先があった。
……もしも、動いてなかったら。
「おいおい、どうしたよ猫ちゃん。ビビっちまったのか?」
「う、うにゃ…………」
図星だった。だけどそれがバレてしまうと、相手の思うつぼだから。
必死に顔だけは睨み付ける。例えそれが虚勢でも。
「ほら次!!」
「にゃっ!」
………………。
避けて、避けて、避けて。
何度も避け続けた。幸いここの場所は広く、避けるのが簡単だった。
人間はずっと動いていて、疲れてきたのかな、息が上がっていた。
「て、てめぇ……!」
「お父さんと……お母さんは、何処!」
ずっと目を見ていたおかげなのかな。人間の目を見ていても怖くはなくなっていた。
でも…………自分が斬るのは別。それは怖い。
「いい加減に……しやがれ!」
「にゃぁっ!?」
今までよりも早い振り下ろし。
間に合わないと思った私は、剣で受け止めたけど。人間の体は大きい、受け止めきれずに転んでしまった。
「やっと捕まえたぜ……」
「こ、来ないで……!」
にじり寄る。
起き上がって逃げようにも、後ろは壁。左右に逃げてもすぐに捕まっちゃう。
万事休す。こんな言葉が頭の中を過った。
油断しきった人間が私を捕まえようと手を伸ばす。それが嫌で私はぎゅっと目をつむり、闇雲に剣を振り回した。
「いや、いやっ! 来ないでぇっ!!」
「く、そ……うざってぇ!!」
「やああぁぁぁぁぁ!!」
私の剣を弾き飛ばそうと、人間が一歩踏み込んで剣を振り上げた。
人間は私にしか注意を向けてなかった。だから気付かなかったんだろう。
――人間の足元には、さっき投げ捨てた鞘があったことに。
踏んで、滑って、バランスを崩して。
「……うおぉっ!?」
私の手に持っていた剣が急に重くなる。
目を恐る恐る開くと……少し暗い。上を見上げてみる。
「あ、が……っ」
「にゃっ!?」
私の持っていた剣が、人間の胸に……刺さってた。
剣を離してその場から飛び退くと、人間は地面に倒れた。
……死んじゃった?
「ぅ、あ……」
まだ生きてた。
だけど流れる血が、人間の命が短いことを教えてくれた。だから私は人間の体を揺する。
「お父さんとお母さんは!?」
「も……もう、売っちまったよ」
「何処に!?」
「……………………自分で探せ、クソネコ」
沢山の血を吐いて…………死んだ。
もう、売っちゃった……? 見つけられないのかな……?
「う、ううん、ダメ。弱気になったら……!」
私は、人を殺した。
でもそれよりも、やらなくちゃいけないことがある。
後悔なんてしていられない。まずは二人を見つけないと……!
牢屋の中を調べてみる。そこには……。
「にゃ、お母さん!」
毛が一房落ちてた。この匂いはお母さんの匂い!
そうだ、この匂いを辿れば……!
出来るかどうかわからない。でもこれが唯一の手がかりなら……!
洞窟から走って抜け出す。
「にぁ……眩しい……」
外に出たおひさまの明るさは、憎いくらい眩しくて。
お母さんの毛は、おひさまで輝いていた。
「絶対、見つけるからねっ!」
私は歩き出す。
お父さんとお母さんを見つけるまで、絶対諦めない。
読んでいただきありがとうございます。
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