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黒猫は甘い吐息に包まれたい  作者: くどりん
ノーマルシリーズ
9/11

吐息その9『持たざる者の哀歌』

 柔らかい何かで全身を覆われて、甘美な香りに包まれる。

 夢心地とはきっとこういうことを言うのだろう。

 いや、きっとまだ夢の中なのだろう。

 覚醒しつつある意識とは裏腹に、身体は一向に動く素振りを見せない。夢ならば仕方ないと言い聞かせ、甘い空気に身を委ねる。

 それにしても、これはなんなのだろう。

 今まで味わったことがあるような、ないような……そんな不思議な感覚に疑問が生じるが、すぐにどうでも良くなってしまう。

 ――気持ち良いから、いっか……

 精神が根っこから堕落してしまうような気になるが、この心地良さには抗おうという気さえ起きなかった。

 特に顔周りが柔らかく、それでいて弾力に包まれているのが極上の気分を味合わせてくれる。

 このまま夢から醒めなければ良いなと思うが、顔を包んでいた柔らかさが、急に圧迫感を増し、呼吸が苦しくなってくる。

 ――お、溺れる!?

 水中という訳ではないはずなのに、呼吸が困難になって来たことに焦りを感じ始める。

 自由が効かない身体をどうにか動かそうと必死になり、空気を求めてもがき、そして――



「ぶはっ!」

 顔を何かから引き剥がし、肺一杯に空気を取り込む。

 肩を上下させ、ようやくの思いで呼吸を落ち着かせていく。

 そして自分が今どういう状況なのかを理解していく。

 場所は寝室、といきと共に使用しているベッドの上で横たわっている状態だ。しかし、身体の自由が奪われている状態だ。何故なら、

「……んにゅ」

 可愛らしい声を漏らす口がすぐ目の前にあることにドギマギしないでもないが、今はいまだ夢の中にいる彼女に対して、どのように文句を言ってやろうかと思案する。

 こちらを抱き枕かのように抱きしめられ、そして顔にその豊かな胸を押し付られてーー下手をすれば窒息させられているのだ。

 天国と地獄を同時に味わったかのような状況に複雑な感情を抱いてしまう。

「むぅ……」

 呼吸を確保出来た今となっては至福の時間を味合わせてもらっているのも確かだ。わざとではないのだから、あまり叱責するのもなぁという風に考えが傾いてくる。

 ――まぁ、今のうちに堪能しとこうかな……

 同性から見ても羨ましいプロポーションを、今だけは気兼ねなく味わうことが出来るのだ。このまま二度寝するのも悪くないかもしれない。

 そんな誘惑に溺れてしまいそうになるが、外が明るくなってきているのを見て、もうすぐ朝の配信時間になるはずだ。

 名残惜しいが何とかといきの腕を引き剥がし、離脱を試みる。

 しっかりとこちらを抱きしめていたので、その拘束を解くのに苦労する。

 ――これでも起きないか……

 かなりの力を込めてといきの腕を動かしているのだが、眠りが深いせいか起きる様子もなく、それどころか離れようとするこちらを引き戻そうとしてくる。

 幾度かの攻防を経て、どうにか身体を起こすことに成功する。といきの意識は夢の中にあるようだったが、こちらを求めて腕を宙に這わせては空を切っていた。

 その様子が可笑しくて、つい吹き出してしまいそうになる。

 ――流石にあのままで起きたら、前みたいに微妙な空気になっちゃうか……

 などと考えていると、

「ん~……どこぉ?」

 といきが寝言を口にしながら、手をあちらこちらに伸ばしてくる。その動きがあまりにも速かったので、

「――――――!?」

 といきの手のひらが、こちらの胸を包むように触れてきたせいで、身体が一気に硬直してしまう。

 突然のことに思考が停止しているこちらをよそに、といきは目当てのものを見付けられたことを喜ぶように口元を綻ばせ、しかし、

「? ??」

 何かを確かめるように何度もこちらの胸をぺしぺしと叩いてきて、

「……………………かべ?」

 ねぴんは激怒した。

 例え眠りの中にある者であっても、言ってはならないことがある。しかも彼女は持つ者だ。彼女のような人間が先の言葉を持たざる者に放つのは大罪を犯したに等しいのだ。

 所詮持つ者と持たざる者は分かり合えないのか。

 そんな悲しみと、地雷を踏み抜かれた怒りを乗せて、盛大に振りかぶった平手をその膨らみへと叩きつける。

「いったぁぁぁぁ!!? なに!? なんなの!!」

「うるせぇ、この駄肉がぁ!!」

「ほんとになんなの!?」

 持たざる者の魂の叫びと、持つ者の困惑する悲鳴が、穏やかな朝の空気を引き裂いていく。

 この後、近隣の方からクレームが入るまで醜い争いが繰り広げられるのだが、それはまた別のお話……

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