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黒猫は甘い吐息に包まれたい  作者: くどりん
ノーマルシリーズ
8/11

吐息その8『オムライス』

「……うん?」

 悶々とした気持ちを抱えたまま、朝の配信を終えて作業に打ち込んでいたら、不意に嗅覚に届いた良い匂いに気付く。

 そこで時計を見ると針がお昼時を指していたので、

 ――といが何か食べようとしてる……?

 なら、今はリビングに行くのは止めておこう。

 どうしても昨日の件があるから、顔を合わせづらいのだ。それに、

 ――といが、どう思っているのかが分からない……

 酔っていたとはいえ、微妙な雰囲気にしてしまったことで、彼女から警戒、あるいは嫌悪されていないかと思うと、彼女の前に立つことすら勇気がいる。どんなにこちらが今まで通りに振る舞えるようになったとしても、その事が心を重くしてしまっている。

 ――やっちゃったなぁ……

 下手をすれば、この同居生活も解消されてしまうかもしれない。そう思うと、また視界が滲んできてしまう。それだけは避けたいが、独りよがりの気持ちではどうにもならない。

 誤ったら許してくれるだろうか、などと考えていると、

「…………ねぴ?」

 控えめなノックと共に、扉越しに声を掛けられる。

 声の主が誰かなんて分り切っている。

 といきが扉を挟んですぐ近くにいる。その事に心音が跳ね上がるのを感じる。

 何を言われるのだろう。

 いや、まずはこちらから声を掛けるべきではなかったのか。

 頭の中がこんがらがって、言葉を探している内に、

「ご飯作ったんだけど……食べる?」



 ねぴんに声を掛けて暫くすると、目の前の扉がゆっくりと隙間を広げていった。

 そこからねぴんが恐る恐るといった様子で顔を覗かせてくる。

「…………良いの?」

 ようやく開かれた口からはそんな、不安にまみれた問い掛けだった。

 そこで彼女もまた、昨日の件で思い悩んでいたことに気付く。

 自分と同じ悩みや不安を抱えているかは分からないが、少しでも彼女を安心させてあげられるよう、努めて明るい声で返事をする。

「ねぴに食べてもらいたかったんだから、勿論良いに決まってるよ~」

 この言葉にねぴんが目を見開き、そして意を決したかのように部屋から出て来て、後ろ手に扉を閉める。

「ありがと……それと、昨日は変なことしてごめん……」

 深々と頭を下げる彼女に焦り、彼女の肩を掴んで上体を起こさせる。

「ねぴが謝ることじゃないよ! そもそも、私が変なこと言っちゃったからだし……」

「でも悪ノリしたのはこっちだし――って」

「あ……」

 言い合う2人の顔が間近に迫っていることに気付いて息を呑む。

「ご、ごめん」

「うんん、大丈夫」

 気恥ずかしくなり、距離を取る。だが、このままではまた変な雰囲気になりかねないので、伝えるべきことを口にする。

「昨日のは、その……驚いたけど――嫌じゃ、なかったし」

「え――」

 ねぴんが鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたが、顔の火照りに気付かれないように、足早にリビングに向かうことにする。

 後ろからねぴんが何か言っているようにも感じたが、今は反応する余裕もなかった。



「……………………」

 先程のといきの発言が気になり、頭の中で幾度となく反芻している。

 嫌じゃ、なかった。

 腕を舐める行為は、仲の良い友人でもしないことだ。それを許容するということは、つまりといきも自分と同じ気持ちを抱いているということだろうか。

 ――いや、といだしなぁ……

 仲が良いとこういうコミュニケーションをするのだと勘違いしている可能性がある以上、突っ込んで訊いてしまうと、またしても微妙な雰囲気になってしまいかねない。

 先程までとは違う形で思い悩んでいると、

「お待たせ……って、どうしたの?」

「いや、何でもないよ」

 どうやら思い詰めたような表情になっていたらしい。心配そうに見てくるといきに首を横に振ってみせた。

 なら良いんだけど、とまだ少し怪訝そうにしていたが、気を取り直して配膳を続けてくれる。

 目の前に置かれたお皿には、お世辞にも上手に盛り付けられたとは言えないものが載せられていた。それを見た瞬間、懐かしさが溢れかえってくる。

 ――オムライス……

 それは何の変哲もないただのオムライスだったが、自分達2人には思い出の料理である。

「オフコラした時のこと、覚えてる?」

 といきからの質問に同じ事を考えていたのだと、嬉しさが込み上げてくる。

「勿論だよ」

 それ程長い年月が経っているわけではなかったが、遠い昔を思い返すような懐かしさを覚える。

 それだけ2人での暮らしが濃密な時間だったのだと、胸の奥が温かくなるのを感じる。

 ――手放したくないなぁ……

 改めて目の前彼女が自分にとって、どれだけ掛け替えのない存在となっていたのかを実感する。

「さぁ、冷めないうちに食べよ!」

 といきが満面の笑みを浮かべてスプーンを差し出してくる。

 ぎこちなさなどそこにはもう存在しておらず、満ち足りた時間が静かに流れていくのだった。

「……ねぇ、とい」

「な、なにかなぁ?」

「なんで毎回毎回量が多いの? ねぇ?」

「いや、ホントごめんて……」

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