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黒猫は甘い吐息に包まれたい  作者: くどりん
ノーマルシリーズ
6/11

吐息その6『黒猫の懊悩』

 意識が水底の闇から浮上するのを感じる。

 導きは鼻腔を擽る甘ったるくて、でも不快ではない優しい香り。そして、

「ねぴ……ねぇ、起きて」

 耳元で囁かれた声に脳髄が痺れ、折角目覚めようとしていた思考回路が停止しそうになるのを何とか堪える。甘美な声に全身がむず痒くなり、身を捩らせゆっくりと瞼を持ち上げていく。

「なぁに、まだ夜で――」

 室内の暗さからまだ起床の時間でないことは窺い知れた。こちらを覗きこんでいる相手に何事かと問いかけようとして、その言葉を詰まらせてしまう。

 枕元の夜間照明が薄らと闇を退けていたことで、すぐ至近距離にいたといきの全容を捉えることができたのだが、その様相に息を呑む。

 熱に浮かされたかのように焦点が合っていない視線がこちらに注がれ、寝巻きははだけて透き通るような白い肌を露出させている。ほのかに汗ばんだ肌が異様な艶かしさを醸し出している。

「どう、し――」

 普段とは異なる様子に何かあったのではないかと、心配が顔を覗かせるが、今度は自分の姿に言葉を失う。

 目の前の彼女と同様に、衣類が乱れ、上半身に至ってはほぼ下着姿ということに気付き、頬が急速に熱を帯びていくのを感じる。

 咄嗟に捲れ上がったシャツを引き下げようとしたが、

「だぁ~め……隠さないで」

 目元を蕩けさせた視線でこちらを見据え、といきが腕を押さえ付けてくる。体重を掛けられた拘束を振り解くことは叶わず、といきの舐め回すような視線に晒される。

「ふふっ……綺麗だよ、ねぴ」

「きゅ、急に、どうした、の?」

 妖艶な笑みを浮かべる彼女に対して、どうにか言葉を絞り出す。それに対して、といきは一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにクスクスと鈴を転がすような笑い声を響かせた。

「どうしたも何も……これはねぴが望んでくれたことだよ?」

「え――」

 そう言って、といきが身を寄せてくる。彼女の豊かな双丘が服越しであっても、その柔らかさを伝えてくる。質量のあるそれが、こちらの身体に触れたところから押し潰され、形を淫らに歪めていく。

 何も考えられなくなったこちらに止めを刺すかのように、といきがこちらの耳に唇を触れさせながら、

「ねぇ――無茶苦茶にしていい?」



「――――っ!!」

 声にならない叫びが喉を突き抜け、全身を跳ね上げる。

 全身から汗が吹き出し、呼吸が乱れている。

 大きく息を吸い、どうにか呼吸を鎮めていく。

 肩を上下させながら、周囲の状況に視線を送ると、

 ーー寝室……

 先程見ていた光景と同じ場所であることを認めると、心臓が跳ねそうになるが、傍らで規則正しい寝息を繰り返しているといきを見つけて、胸を撫で下ろす。

 こちらに対して背を向けているせいで、起きているかは分からなかったが、覗き込んで確認する勇気は今の自分にはなかった。

 枕元に置いてあったスマホを手に取り、画面の明るさがといきに刺激を与えないようにこっそりと時計を確認する。

 ーーそろそろ起きないと……

 朝の配信の時間が迫っていたのを良いことに、彼女を起こさないように寝室を後にする。

 足早に配信用の部屋へと移動し、扉を閉めたところで力無く床に腰を落としてしまう。

 ーー思春期か、っての……

 夢の内容を反芻し、頭を抱えて悶える。

 まさかあんな夢を見るなんて、と思わないでもないが、先日の出来事が原因なのだろうと分析する。

 お酒の力に頼って、普段以上に踏み込んだ肉体的接触ーーそして、それを受けてのといきの反応が、先程の煩悩塗れの夢を見させたのだろう。

 ーーけど、私がそっちか……

 いつもの調子なら、夢の中でもこちらがといきを翻弄しているはずだろうが、実際に見た内容ではこちらが受け身になっていたのだ。

 ーーアレが、私の求めていること……?

 それが意味することに更なる羞恥心が湧き上がる。

「でも、きっと……」

 そういうことなのだろう、と腑に落ちるものがあった。

 この想いが成就するには、といきもこっち側に来てもらい、その気にさせなければならない。

 こちらの想いに気付いて欲しい、そんな感情があのような形で現れたのだろう。

「はぁ……顔、合わせづらいなぁ……」

 もう少しじっくりと攻めていけば良かったと反省するが、後の祭りだ。

 といきが今回のことでどう思ったいるのかが分からない以上、どう接するのが正解なのか分からない。

 仲の良い友達のコミニュケーションと捉えてもらえていれば、まだ良い。けど、そういう意味で捉えられて、それに対して拒絶反応を示されたならーー

「……………………あ、」

 頬を濡らすそれに気付いた瞬間、自分が如何に彼女のことを失いたくない存在として認識しているのかを、改めて実感する。

 流れる水滴は止めどなく、胸を締め付ける。

 己の不用意な行動の結果が招いてしまった、これからの変化に押し潰されそうになる。

 溢れる嗚咽は、誰の耳にも届かないーー

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