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黒猫は甘い吐息に包まれたい  作者: くどりん
ノーマルシリーズ
4/11

吐息その4『貴女の匂いに包まれて』

「ごめん! 行ってきます!」

「は~い、気を付けてね~」

 珍しく外出の予定があったようだったが、ギリギリまで作業に没頭していたせいで慌ただしい出発となったといきを見送る。

 ――さて、どうしようかな……

 家に1人というのも随分久し振りだったので、妙に落ち着かない気分になる。

 この後は特に配信の予定もなく、何をしようかと頭を悩ませる。

「あ、そうだ」

 折角だし、家中の掃除をするのも良いかもしれないと思い立ち、早速準備に取り掛かる。

 ――汚れても良い服に着替えて、と……

 寝室に足を運び、着替えを見繕おうとしたが、

「もぉ、こんなに脱ぎ散らかして」

 ベッド上の惨状を見付けてしまい、思わず悪態が漏れる。

 いくら時間がなかったからといっても、せめて脱いだものは洗濯機に入れて行って貰いたかった。

 帰ってきたらお説教だなと決め、仕方なくといきが脱ぎ捨てた衣類を拾い集めていく。

「…………」

 ふと、邪な考えが頭を過ぎる。

 先程までといきが身に纏っていたそれらは、まだ彼女の温もりを帯びており、ほのかに温かい。

 拾い上げた際に甘い香りも感じ取ってしまい、思考が良くない方向に傾いていくのが自覚出来た。

 ――え~っと……

 今日のといきの予定を思い返し、現在の時刻を確認する。彼女が帰ってくるまで6時間以上の猶予がある。

「ちょっとだけなら……」

 6時間という時間の長さがちょっとなのかどうかは審議が入りそうだが、期せずして手に入れたチャンスを前に細かいことは気にしていられなかった。

 意を決して、手にしたそれ――といきが着ていたジャージに袖を通していく。

 ――あ、これ、ヤバイ……

 ゆったりとしたサイズのそれに全身を包まれた瞬間、多幸感が怒濤の勢いで押し寄せてくる。

 といきがよく使っている香水やシャンプーなど色んなものが混ざり合ったことで生まれた絶妙な甘い匂いで全身を覆われている現状は、彼女に抱きしめられていることと等しく感じられる。

 ーーこれは、捗りそう……

 掃除が、だ。決していかがわしいことではない。

「さて、掃除始めよっか」

 思考が変な方向に向かないよう言い聞かせるために、言葉を口にする。

 実際、ジャージだと動きやすく、掃除が捗った。昼食を挟んだとはいえ、想像以上に早くに切り上げることが出来た。

「ふぅ……疲れたぁ」

 途中からはといきのジャージを着ていることも意識の外に、掃除に熱中してしまった。

 やり切った達成感と程良い疲労感を味わいながら、リビングのソファに飛び込み四肢を投げ出す。

 普段手が行き届いていなかった所まで綺麗に出来たのでやって良かったと、満足感に自然と頬が緩む。

 ーーとい、気付くかな……

 どうだろう。鈍い所がある彼女だが、変に鋭さを発揮するから目敏く気付いてくれるかもしれない。そうなると、きっと全身で感謝を表現してくるだろう。御礼を言いながら抱きついて来たり、頭を撫でてくれたりーー

「ふぁ〜……」

 なんて妄想を楽しんでいると、疲労感から意識が深い所に沈んでいく感覚に包まれていく。

 抗うことすら思い浮かぶことなく、睡魔の誘いに全てを、委ね……



「今何時!?」

 全身をバネのように弾けさせ、ソファから飛び起きる。

 窓から差し込む光が夕暮れの色に染まっており、思った以上に眠りこけていたことに冷や汗が噴き出てくる。

 ーーマズイマズイマズイ!!

 時計を確認すると、もうすぐといきが帰ってくる時間であった。それを認識するや否や、持ち得る最大限の速度でリビングを飛び出す。

 途中、玄関に視線を向けると、幸いなことに彼女の靴がなかったので、帰宅がまだであることが分かった。だが、だからといって今この瞬間にも帰ってこない保証はない。

 焦る気持ちに突き動かされ、寝室に駆け込む。そして直ちにどこぞの怪盗さながらの速さでジャージを脱ぎ、

「ただいま〜」

「ーーーー!!」

 直後、家中に響くようなといきの帰宅を知らせる声が聞こえて、肩が跳ねる。だが、驚きに硬直している暇はない。

 彼女に見つかる前にジャージを綺麗に畳み、さも洗濯を終えてあるかのように偽装しなければならない。

 ーー自分の服も着ないとーー!!

 流石に下着姿でご対面というのは気不味いものがある。いくら自宅で1人だったとはいえ、このような姿で過ごしていたのかと誤解を招くのは本意ではない。

 ーーいや、もっと凄いことしてたんだけど!!

 焦りで服が上手く着れず、それが更に焦りを増長させていく。

「ねぴ〜、いないの〜?」

 1人慌てふためいていると、彼女の足音が近付いてくるのを感じ、血の気が引くのを感じる。

「こっち、じゃないか……」

 聞こえてきた扉が開く音が寝室のものではなく、自分の配信部屋であると気付き、胸を撫で下ろす。

 どうにか着替え終えて、身嗜みを整える。

 深い深呼吸を数度繰り返して、心を落ち着かせると、扉を開けておずおずと廊下に顔を出す。

「あ、そこにいたんだ! ただいま~」

「お、おかえり~……」

 こちらを見つけたことで満面の笑みを浮かべるといきに、妙な罪悪感を覚えるが、なんとか表情を取り繕うことにするが、口元が引き攣っていないだろうかが心配だった。

「う~ん……」

 ジャージに着替えた時から感じていることに喉を唸らせる。

 自分の気のせいでなければ、これは……

「ねぴの匂いがする……?」

 洗濯してもらったはずなので、そんなことはないと思うのだが、

「へへ……」

 たとえ気のせいでも、そうであったら良いなと、頬が緩むのを感じる。

 今日は夢見が良さそうだ――

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