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黒猫は甘い吐息に包まれたい  作者: くどりん
ノーマルシリーズ
1/11

吐息その1『朝の日課』

「あ……ちょっと待っててねー」


 朝の配信をしていると、設定していたアラームが鳴り、ここ最近の日課の時間になったことを告げてくる。

 リスナーに離席する旨を伝えて、自分の配信部屋を出る。


「さむっ……」


 春先の明け方、廊下の空気はまだまだ寒々しく、暖房を効かせていた部屋から出ると身震いしてしまう。

 フローリングにスリッパ越しの足音を響かせながら、目的の場所――同居人と共有の寝室までやって来る。


 そこで息を大きく吸い込み、高まる気持ちを抑えていく。

 もう何度も行っていることだが、未だに平静を保つのに苦心する自分にやれやれと溜息が漏れてしまう。

 自身の家でもあるが、同居人に対する礼儀として扉をノックしてから声を掛ける。


「といー、起きてるー?」


 扉越しの呼び掛けに反応が返って来ないことを確認したところで、ドアノブを捻り、室内の様子を窺う。


 淡い色のカーテンから朝の柔らかな光が差し込み、部屋の大半を占めているダブルベッドを照らしていた。


「――――」


 自分の体温も微かに残っているであろう寝具に包まれて、規則正しい寝息を立てている同居人の姿に、呼吸するのも忘れるくらいに見入ってしまっていた。


 絹のように柔らかで透き通った肌や閉じ合わせられた長い睫毛、鼻筋が通って均整のとれた顔立ちに、こちらの心が掻き乱される。


 ――可愛い寝顔しちゃって……


「すぅー……はぁー……」


 改めて深呼吸し、乱れた心を落ち着かせる。

 数秒間を置き、平静を装いベッドの淵まで歩み寄る。

 同居人の寝顔を覗き込むように前屈みになると、静かに繰り返されている寝息が肌を撫でているかのような錯覚を覚える。


 艶のある桜唇に吸い込まれそうになるのを堪え、起床を促すよう声を掛ける。


「といー、そろそろ起きないとだよー」


「う……ん……」


 意識が覚醒し始めたのか、彼女が身動ぎし始める。だが、目を覚ますには今一つ足りないといった感じであった。


「起きないと、配信時間に遅れるよー?」


 駄目押しの言葉と共に彼女の頭を撫でてあげる。

 掌に伝わるさらさらとした髪の感触を味わっていると、ようやく彼女――甜飴(あまい)といきの意識が深い水面の底から顔を覗かせてきた。


「んー……抱っこぉ……」


 それでもまだ眠気と戦っているようで、目を開くこともせず、しなやかな両腕を宙に伸ばしくる。

 起きなくてはいけないのは分かっているが、まだ寝ていたいという欲求と戦っている様子に笑みが溢れてくる。

 伸ばされた両腕の間に身体を滑り込ませて、彼女の背に手を回す。


「よっと」


 掛け声と共に彼女の上体を抱き起こす。こちらの動きに合わせて、彼女の腕もこちらの背後に回され、密着感が増す。


「~~~~っ!」


 こうなるだろうとは分かってはいたが、鼓動が跳ね上がるのを止めることは叶わなかった。

 彼女にこちらの緊張が伝わっていないか心配になるが、どうやらそれは杞憂のようだった。


「ねぴ~おはよ~……」


 眠気で目尻が下がった瞳がこちらを捉え、気の抜けた声で朝の挨拶が送られてくる。


「おはよ、早く準備しないとだよ」


「は~い……」


 もぞもぞとベッドから這い出てくる彼女を見届け、配信中であったことを思い出し、部屋に戻ろうとすると、


「ねぴ」


「ん?」


 といきから呼び止められ、振り返る。

 すると、陽光を背にした彼女が淡く微笑み、


「いつもありがとうね」


 可愛らしく首を傾けるその姿に、口元が緩みそうになる。


「――ん。どういたしまして」


 どうにか、どうということはないという風に言葉を返して、今度こそ寝室を後にする。


 足早に配信部屋へ戻り、待っていてくれたリスナーの皆に御礼を伝える。

 すると、気になった1人がどうしたのかと訪ねてきたので、


「ん~……猫を撫でてきただけだよ~」


 と嘯く。

 その声は特別な何かがあったわけではないといった平坦なものに出来ていただろうが、きっと耳や頬は紅く染まってしまっていることだろう。


 ――馴れないなぁ……


 ルームシェアを始めてある程度の期間が過ぎてはいるが、自身の感情に蓋をしながら愛しい子と過ごす日々は刺激が多過ぎる。


 いっそ、この気持ちを伝えてしまえば楽になるのではと思ったこともあるが、それで今の関係すらなくしてしまうのが怖い。

 だから、この気持ちを悟られてはいけない。


 人付き合いが希薄だった彼女は、人との距離感を測るのが苦手である。

 初めて会った頃はカチコチに凝り固まって、彼女のリスナーから固飴さんなどとからかわれていた程だ。そんな彼女がここまで心を開いてくれたのは、自分に対して友情を感じてくれているからこそだ。


 自分の劣情で、その気持ちを裏切りたくない。

 だが、いつまでもこの感情を抑え込むのは辛過ぎる。

 だから、


 ――といをその気にさせる!


 向こうにこちらをそういう対象と思わせることが出来れば、想いを伝えることへのハードルが低くなる。

 そのためにも、こちらの気持ちに気付かれない範囲でアプローチを掛けていく必要がある。


 ――棘の道だなぁ……


 我ながら困難な道を選んでしまったと思うが、この気持ちを諦められない以上、仕方がない。

 いつか想いが成就する日が来ると信じて、今は一歩ずつでも前に進んでいこう。

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