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祠の影  作者: 西川 笑里
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祠の刻印

 由美子が祠へ向かうと決めたのは、夕方近くだった。美津子さんとの会話後、商店街のざわめきが耳に残っている。町長が土地を急ぎ、大きな会社が絡む噂。祖母キヨが守った祠が、今、再び脅かされている。優太と翔太を救うには、もう一度あの場所に行くしかない。彼女はノートと懐中電灯を手に持つと、家を出た。


 森への道は、風が強かった。木々が揺れ、葉擦れの音が低く響く。由美子は獣道を進み、祠の姿が見える頃には空が薄暗くなっていた。夕陽が石を赤く染め、昼間とは違う重い空気が漂っている。彼女は祠の前に立ち、じっと見つめた。石の表面に刻まれた苔まみれの文字が、かすかに浮かんでいる。昨日は読めなかったが、薄暗い光の中で何か分かるかもしれない。


 由美子は苔を指で軽くこすった。夕陽の残光が石を照らし、文字が浮かぶ。「子守」と読めた。

 ——子守りの神

 図書館の手紙にあった言葉だ。だが、その下に何か続く。彼女はさらに苔を払い、指でなぞった。「封」とある。由美子は息を止めた。子守りの神を封じる。祖母キヨが守ったのは、これか。彼女はノートに「子守 封」と書き、祠の裏に回った。


 掘り返された土が、まだそこにある。由美子はしゃがみ、土を少し掘った。指先に何かが触れる。金属の欠片だ。彼女はそれを拾い上げる。小さな錠の破片で、錆びてはいるが、かつて何かを閉じていた形跡がある。由美子は目を凝らした。老眼が進んで薄暗い中で細かいものは見づらいが、錠の形は確かだ。祠を封じるためのものか。それとも、別の何かか。彼女は欠片をノートに挟み、立ち上がった。


 その時、由美子が来た道とは反対側の町道の方から音がした。車のエンジン音だ。由美子は木の陰に身を隠し、様子を見た。祠から少し離れた場所にライトが揺れている。男たちの声が近づく。


「今夜で片付ける。町長が明日には結果を欲しいって」

「子供が消えたのは関係ないのか?」

「知るか。祠を崩してしまえば、危ないから早く片付けろということになるさ。誰も騒がない」


 由美子は息を潜めた。おそらく業者の声だ。祠を崩す、しかも今夜。彼女はノートを胸に抱き、頭を整理した。町長と業者が急ぐ理由は、祠の過去を消すためなのか。だが、優太と翔太が消えたのはなぜだ。子守りの神が封じられていたなら、開発がそれを解いたのか。祖母キヨが恐れた「呪い」が、今起きているのか。


 男たちの足音が近づく。由美子は木の陰で身を縮めた。二人だ。一人は背が高く、もう一人は工具箱を持っているようだ。祠に近づき、懐中電灯を照らす。


「これ、簡単に壊れるか?」

「石を崩せばいい。重機は明日持ってくる」


 由美子は唇を噛んだ。祠が壊されれば、手がかりが失われる。優太と翔太への道が閉ざされる。彼女が動こうとしたとき、足元の枝が折れる音がした。男たちが振り返る。


「誰だ?」


 由美子は息を止め、そっと木の裏に隠れた。由美子が隠れた木のすぐ先まで男が近づき、懐中電灯をこちらに振る。光が彼女の足元をかすめた。由美子は目を閉じ、心臓の音が耳に響く。だが、男が呟いた。


「風のようだな。気にせずやれ」


 男たちが祠に戻り、ハンマーの音が響いた。数回叩くと、祠の屋根が崩れ、鈍い音が森に響く。

 しばらくして、男の声がする。


「これでいい。この祠は崩れかけて危ない、とちょいと騒いで、明日、重機で一気に撤去して終わりだ。町長に報告しとけ」


 男たちは工具をまとめ、懐中電灯の光を揺らしながら車の方へ去った。由美子は息を潜め、彼らの足音が消えるのを待った。静寂が戻り、彼女は木の陰から出て祠に近づいた。崩れた屋根の下の石に、不思議な紋様が浮かんでいた。渦のような線が絡み、赤黒い染みが滲んでいる。由美子は目を凝らした。血痕か、それとも古い印か。彼女は震える手でノートにその模様を写した。さらに崩れた隙間の石を指でなぞると、「藤尾」という刻印が浮かんでいた。祖母キヨが刻んだのか。それとも、もっと古い誰かか。彼女はノートにその形も書き加えた。


 由美子は壊れた祠を見下ろした。屋根が崩れ、石が散乱している。金属の欠片とこの紋様が、祠の秘密を物語っている。彼女はノートを握り、森を出た。祠が壊されても、この手がかりが残っている。藤尾家の過去が、たぶん子供たちを救う鍵になるはずだ。


 町の灯りが近づく。祠の秘密を解き、優太と翔太を救うために、もっと調べなければならないことがある。由美子は固く誓った。


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