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祠の影  作者: 西川 笑里
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土地の記憶

 由美子が森から町に戻った時、空はすっかり暗くなっていた。遠くに見えた町の灯りが、商店街の軒先に吊るされた裸電球の光だった。冷たい風が頬を刺し、彼女はコートの襟を立てた。手に持ったノートには、祠の裏で拾った布切れが挟まっている。優太と翔太の失踪、藤尾家の土地、開発業者の会話。頭の中で点が繋がりつつあるが、まだ線にはならない。由美子は足を速め、図書館へ向かった。


 図書館に着くと、すでに閉館しており、静寂が彼女を迎えた。鍵を開けて中に入ってカウンターにノートを置き、電灯のスイッチを入れる。薄暗い光が古い木の床を照らし、本棚の影が壁に伸びた。由美子はあの埃っぽい箱を再び引っ張り出した。戦後の記録や町史の切り抜きが詰まっている。藤尾家の土地について何か分かるなら、ここにあるはずだ。彼女は紙の束を手に取り、ページをめくり始めた。


 最初に見つけたのは、1950年代の新聞記事だった。「藤尾町、祠周辺の土地紛争」と見出しが付いている。読むと、戦後、祠の周りの土地が藤尾家の所有とされ、町が開発を計画したものの、反対で頓挫したとある。反対したのは、「藤尾家の老婆」と書かれていた。由美子は眉を寄せた。藤尾の婆さん。業者が言っていたのは、この人か。記事には、老婆が「祠を守るため」と主張し、町民を説得したとある。だが、その後の記録は途切れていた。


 由美子はノートに「藤尾の老婆」と書き加えた。自分の祖母は、彼女が子供の頃に亡くなっている。母方の親戚にも、そんな話は聞かなかった。だが、藤尾姓が町で珍しいのは確かだ。この老婆は、自分の家系とどう繋がるのか。彼女は次の資料を探した。町の古い地籍簿が、箱の底にあった。黄ばんだ紙に、細かい字で土地の所有者が記されている。祠の周辺は、確かに「藤尾」と書かれていた。だが、名前はなく、ただ家名だけだ。


 その時、図書館の扉の開く音がした。由美子は顔を上げた。美津子が立っていた。目を赤く腫らし、コートを握り潰している。


「美津子さん、どうしたの?」


「由美子さん、警察にキーホルダー渡してきたよ。でも……」


 美津子が言葉を切る。由美子は立ち上がり、彼女をカウンターの椅子に座らせた。


「でも、何?」


「警察、祠を調べるって言うけど、動きが遅いんだ。キーホルダー見せても、『証拠としては弱い』って。優太がそこにいたのに!」


 美津子の声が震える。由美子は彼女の手を握った。冷たくて、汗ばんでいた。


「翔太君のことは?」


「山本さんとこの子も、昼に祠の近くで遊んでたって友達が言ってる。でも、警察はまだ確信がないみたいで……」


 由美子は頷いた。警察が慎重なのは分かる。だが、優太と翔太が祠に引き寄せられた気がしてならない。彼女は美津子を見た。


「美津子さん、町長のこと何か聞いてる? 祠の周りを開発するって噂、本当かな」


 美津子が目を瞬く。


「商店街でそんな話、聞いてたよ。町長が急に土地を買い上げてるって。でも、こんな時に?」


 由美子はノートを手に持った。頭の中で、藤尾家の土地が絡んでいる気がしていたが、それはまだ美津子に話す時ではない。彼女は言葉を選び、言った。


「私、祠の過去と、子供たちがいなくなったことが繋がってる気がするんだ。もっと調べてみるよ」


 美津子が小さく頷く。


「ありがとう、由美子さん。私、優太を信じて待つよ」


 美津子が立ち上がり、図書館を出て行く。由美子は再び箱に目を戻した。次に取り出したのは、古い手紙の束だった。封が切られ、誰かが読んだ跡がある。差出人は不明だが、宛名は「藤尾様」とある。開くと、細かい字でこう書かれていた。


「祠の土地は、子守りの神に捧げられたもの。開発など許されぬ。子を奪う呪いが再び起きる」


 由美子は息を飲んだ。子を奪う呪い。戦後の行方不明事件と、今の優太と翔太が重なる。手紙の日付は1953年。藤尾の老婆が反対した頃だ。彼女は手紙をノートに挟み、頭を整理した。祠を守るため、藤尾家が町と戦った。だが、今、その土地が再び狙われている。町長と業者が、過去を隠そうとしているのか。


 外で、遠くに車の音がした。由美子は窓に近づき、カーテンを開けた。暗い道に、ライトが二つ揺れている。図書館の前を通り過ぎるときに灯りの下で見えたのは、この辺りでは見慣れない車のようだ。どこの車だろう。彼女は目を細めた。祠の土地が藤尾家のものであれば、自分にも何かできるかもしれない。だが、証拠が必要だ。


 由美子はノートを閉じた。明日、町役場に行って土地の記録を確認しよう。そして、藤尾の老婆が誰だったのか、もっと知る必要がある。優太と翔太を救うため、そして町の過去を知るために、由美子は一歩踏み出す決意を固めた。図書館の灯りを消し、戸を閉める。外の風が、木々を低く唸らせていた。

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