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祠の影  作者: 西川 笑里
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町の噂

 由美子と美津子が森から町に戻った時、空はさらに暗さを増していた。遠くで聞こえた叫び声——「また子供が消えた! 今度は山本さんとこの子が!」——が頭から離れない。二人は商店街の角まで急ぎ足で戻った。そこには、近所の人々が集まり、ざわめきが渦巻いていた。誰かが泣き声を上げ、別の誰かが大声で警察は呼んだかと叫んでいる。由美子は美津子の腕を掴んだまま、人垣の隙間から様子を見た。


「山本さんとこの翔太君だよ。昼過ぎに友達と遊んでたのに、いなくなったって」


 聞き慣れた声が耳に届いた。雑貨屋の田中節子が、顔を青ざめて話している。節子の隣には、年配の男が立っていた。山本茂やまもと しげるだ。町の小さな工務店を営む男で、翔太の祖父だったはずだ。茂は拳を握り、地面を睨んでいた。


「警察が来るって言うけど、優太君のことだって、まだ何も分からないじゃないか。何なんだ、この町は」


 茂の声が低く響く。由美子は美津子と目を合わせた。美津子の唇が震えていたが、何も言わず、ただ由美子の腕を強く握り返した。翔太は優太の友達だ。学校帰りに一緒に図書館に来たこともある。丸顔で、優太より少し背が高い子。二人とも、祠の近くで遊んでいたと聞いた。


 由美子は祠の近くで見つけたキーホルダーのことを思い出した。


「美津子さん、あのキーホルダー、警察に持ってって。祠で見つけたって伝えて。私、図書館で何か調べてみるよ」


「由美子さん、私も……」


 美津子が立ち上がろうとするのを、由美子が止めた。


「警察に話す方が大事だよ。翔太君のこと詳しく聞けたら、それも教えて」


 美津子が頷き、キーホルダーを握りしめて人垣へ向かった。由美子は商店街を抜け、図書館へ急いだ。道すがら、耳に飛び込んできた会話が頭に引っかかった。「祠の周りを開発するって話、どうなるんだろうね」「町長が急に進め出したらしいよ」。立ち話をする人たちの声だ。由美子は足を止めず、頭の中でその言葉を反芻した。開発。祠の近くで、そんな動きがあるのか。

 由美子はこの町で生まれ育ったが、もともと人付き合いが苦手の上、本好きが高じて司書という仕事を選んだ。だから、そんな噂はあまり知らなかった。


 図書館に着くと、由美子はカウンターにノートを広げ、昨日見つけた箱を再び引っ張り出した。埃っぽい紙の束を手に取る。戦後の行方不明事件が、優太と翔太に重なるなら、もっと詳しい記録があるはずだ。彼女は新聞の切り抜きをめくり、新しい手がかりを探した。


 見つけたのは、古い手書きのメモだった。「1952年、祠の供物問題」とタイトルが付いている。読むと、戦後、町が貧困に喘ぐ中、祠に子を捧げる噂が広がったとある。実際には、子供を連れ去る事件が起き、村人が祠を封じるために石を積んだと書かれていた。由美子は目を細めた。封じられたはずなのに、今も祠はそこにある。そして、子供が消えている。


 メモの端に、小さな走り書きがあった。「藤尾家の土地」と。由美子は息を止めた。自分の苗字だ。偶然だろうか。彼女はノートにその言葉を書き写し、次の資料を探した。祠の土地が藤尾家と関係あるなら、なぜ今、子供が消えるのか。頭の中で、さっき聞いた「開発」の話が浮かんだ。祠の周りを開発するなら、土地の所有や歴史が絡むはずだ。もし、誰かがその過去を隠そうとしているとしたら——。


 由美子は立ち上がった。祠と開発が繋がっているかもしれない。優太と翔太の失踪も、そこに根がある気がする。彼女はノートを手に持った。町長や業者が関わっているなら、もっと証拠が必要だ。もう一度祠に戻り、あの掘り返された土を見なければ。


 由美子はコートを手に持った。商店街の噂、祠の記録、藤尾家の名前。点が線になりつつある。彼女は戸を閉め、森へ向かった。

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