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祠の影  作者: 西川 笑里
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最初の決意

 由美子が本棚の奥から引っ張り出した箱は、埃にまみれていた。蓋を開けると、古い紙の匂いが鼻をついた。町史の切り抜きや、寄贈された手書きのノートが無造作に詰まっている。彼女はカウンターに箱を置き、一枚一枚手に取った。優太の失踪が頭から離れない。美津子の震える声が、耳の奥で響いていた。


 窓の外では、パトカーのサイレンが遠ざかっていく。警察が祠の周辺を調べ始めたのかもしれない。でも、由美子は何か見落とされている気がしてならなかった。さっき見た写真集の一文——「戦後、行方不明事件が相次いだ」——が頭にこびりついている。あれがただの偶然とは思えなかった。


 箱の中から、黄ばんだ新聞の切り抜きが目に入った。1950年代のものだ。見出しに「藤尾町でまた子が行方不明」とある。由美子は息を呑んだ。記事を広げると、小さな文字がぎっしり並んでいた。戦後の混乱期、町で子供が三人失踪した事件。祠の近くで遊んでいたという証言があったが、犯人は見つからず、迷宮入りしたと書かれている。記事の最後には、「祠への供物が関係か」と地元の噂が記されていた。


 由美子は切り抜きを手に持ったまま、目を閉じた。70年以上前の出来事が、今の優太と繋がっているのだろうか。祠に子を捧げるという言い伝えが、こんな形で生きているなんて。彼女は首を振って、そんな考えを打ち消そうとした。でも、心のどこかで、それが迷信で済まない予感が膨らんでいた。


「由美子さん、いる?」


 突然の声に、由美子は顔を上げた。入り口に立っていたのは、この町で雑貨屋を営む田中節子たなか せつこだった。60代半ばの小柄な女性で、いつも穏やかな笑顔が特徴だ。由美子は幼い頃からよく知ってる。だが今日は、目が少し赤く、表情が硬い。


「節子さん、どうしたの」


「優太君のこと、聞いた? 町中がざわついてて……警察が祠の方に行ったって」


 節子が返しにきた2冊の手に持ったまま、ため息をつく。由美子は切り抜きをノートに挟み、立ち上がった。


「美津子さんから電話があって。私も何かできるかと思って」


「そうか。由美子さんなら、図書館で何か分かることがあるかもしれないね。あの祠、昔から変な噂あったじゃない。私が子供の頃も、親に近づくなって言われたよ」


 節子が目を細める。由美子は小さく頷いた。自分も同じことを母に言われた記憶がある。町の大人たちは、祠を避けてきた。それが今、子供たちを飲み込んでいるのだろうか。


「節子さん、昔の祠のこと、何か覚えてる?」


 由美子が尋ねると、節子が少し考えてから口を開いた。


「詳しくは忘れたけど、戦後すぐの頃、子供が消えたって話があったよ。うちの婆ちゃんが、祠の神様が怒ってるんだって怖がってた。お供えが足りないとか何とか」


「お供えって、供物の話?」


「そうそう。でも、そんなの迷信だよって笑ってたけどね。今思うと、気持ち悪い話よね」


 節子が首を振る。由美子はノートに「供物」「戦後」と書き加えた。節子の言葉が、さっきの切り抜きと重なる。偶然にしては出来すぎている。


「ありがとう、節子さん。少し調べてみるわ」


「気をつけてね。由美子さん、深入りしすぎないように」


 節子がそう言って出て行く。由美子は再び箱に目を戻した。次に取り出したのは、手書きの古い日記だった。表紙に「藤尾町記録」とある。ページをめくると、細かい字で町の出来事が綴られていた。戦後の記述に差し掛かると、「祠の近くで子が消え、村人が恐れて供物を置いた」とあった。由美子は目を凝らした。供物とは何だったのか。そして次の行には、「神が子を求めたとの噂が立ち、祠は封じられた」と続く。


 封じられたはずの祠が、今もそこにある。優太が消えた場所に。由美子は日記を閉じ、窓の外を見た。森の奥が、夕陽に染まって赤黒く見えた。あそこに何かがある。確かめなければ。


「優太君を、見つけなきゃ」


 由美子は呟き、ノートとペンを手に持った。図書館を出て祠へ向かう決意が、静かに胸の中で固まった。

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