5 私たちのための制度です(2)
それから2日後。
「すみません! ナラカ、来てませんか?!」
受付に誰か飛び込んできた。
あれ、ナラカさんのメンバーじゃないか。
「ど、どうしました?!」
彼らのただごとならぬ様子をヒナ姉も察したようだ。
「昨日からナラカがいないんです! 家にもどこにも!」
「えぇ?!」
行方不明だと?
「メンバーのみなさん、ナラカさんから何も聞いてないのですか?」
「聞いてません…… 結局あの後は口を利いてくれませんでしたから」
「ナラカさんの場所に心当たりは?」
「心当たりなんて…… ん、あぁ?」
「何か思い出しました?」
「そういえばナラカ、『やってやる、やってやる』ってずっとつぶやいてたなって。何か思い詰めたような……」
思い詰めて「やってやる」?
誰にも言わずに?
……まさか。
「ダンジョンに行ったのか……?! 1人で……?!」
「ハロルドさん!」
いつの間にかそこにいた。
目を大きく見開いている。
「ハロルドさん、その可能性があります! 急ぎパーティを送りましょう!」
「間に合わん、俺が行く!」
「え、ちょっと?!」
構わずハロルドさんが倉庫にすっ飛んでいく。
装備を取りに行ったんだ。
言い出したら聞かない人だ、こうなったら任せよう。
だが一昨日話題に上がったダンジョンは2つある。
B級ダンジョンと渓谷の新ダンジョン。
どっちに行った……?
「そんな、俺たちはどうすれば……」
「あなたがたはどっちかのダンジョンに行ってください! B級か、渓谷か!」
「な、ならB級に行く! 今すぐに!」
「分かりました、だけどくれぐれも無理しないように! 援軍も送りますから!」
「は、はい!」
ハロルドさんには渓谷に行ってもらえばいい。
とにかく、どっちにも援軍を送らないと。
「ヒナ姉! 連絡がつくB級パーティを2つのダンジョンに、今すぐ! ダメならC級のどれか、急いで!」
A級は中央ギルドにしかいない。
だから地方都市では実質B級が最高ランク。
「わ、分かった!」
そして、地響きみたいな足音が近づいてきた。
「……だっはぁぁぁ! 俺はダンジョンに行くぞぉ! 後は任せたぁ!」
ハロルドさんが鉄の鎧を着込み、斧を背負ってきた。
「ハロルドさん! B級ダンジョンにはパーティが向かいました! 渓谷のダンジョンに行ってください!」
「渓谷だな、よっしゃぁぁぁ!」
爆発した。
かと思うほど勢いよく飛び出していった。
は、速すぎ……
鎧着てるのに、もう姿見えない……
「ユーマちゃん、どうしたの?!」
「ユーマ、何ごとじゃ?!」
アヤさん、フミさん……
「緊急事態です!」
1人の少女を助けないと。
みすみす見捨てることになったら、何なんだ。
ギルドは何のためにあるんだ。
◇◇◇◇◇◇
ハロルドさんが飛び出してから、約1時間後。
僕はB級パーティと僧侶、医者を伴って渓谷の新ダンジョンに来ている。
岩場の中に不自然に佇む禍々しい扉、強引に押し開けられた痕跡がある。
ハロルドさんだな。
持ってきた荷物を下ろす。
僕は中には入らない、バックアップだ。
回復アイテムを山ほど持ってきた、準備は万端。
B級ダンジョンにも援軍は送った、そっちにはフミさんがついている、大丈夫だ。
「中にハロルドさんと、ナラカさんもいるかもしれません。彼らの救出を第1にお願いします」
「分かった、早速出発する」
パーティがダンジョンに入っていく。
僕は僧侶と医者とともに扉の前で待つ。
待つことしかできない。
準備は万端、どんな傷でも治療できる。
だが……
命無く戻ってきたら、どうしようもない。
この世界には蘇生の魔法もアイテムも存在しない。
教会に行っても復活することはできない。
もしナラカさんがここにいて、ハロルドさんが間に合わなかったら……
ちくしょう、もどかしい。
僕には力が無い、こんなときに誰かを救い出す力が。
事務仕事の方が向いてると思ってギルド運営を選んだ。
それが最善だと、疑いもしなかった。
だけど、冒険者になるべきだったのか?
魔法使いでも何でも、適性があったかもしれない。
ナラカさんともパーティを組めたかもしれない。
相談に乗って、支えてあげられたかもしれない。
冒険者にさえなっていれば……
やめよう、無意味だ。
今は自分にできることを。
祈る、ただ祈る。
彼女が無事に帰りますように。
パーティが出発してからおおよそ20分後。
「扉が開きますよ!」
僧侶に言われてハッとした。
誰かが内側から扉を開けている。
心臓が、痛い。
「ど、どうなりました……?!」
出てくる人影は……
ハロルドさんでも、ナラカさんでもなかった。
「よし、出られたな」
さっきのパーティの面々。
もう戻ってきたのか。
ということは、
「あ、あの?! ハロルドさんは、ナラカさんは?!」
「わわっ?! ユーマさん、落ち着いてくれ、大丈夫だ」
「大丈夫?! 何が大丈夫だって言うんですか?! あなたちだけ戻ってきて!」
「いや、違うんだよ!」
「違うって、どう」
そこまで言いかけて、聞こえた。
地面を踏みしめる足音。
鎧が擦れる音。
扉を強く押し開けて出てくる人影があった。
「んっ、しょっとぉ。あぁ〜 疲れた疲れた。お前たち、ご苦労さん」
たくましい体躯に鋭い目つき。
顔は擦り傷と血に塗れているが、微笑みが眩しい。
いつも僕たちを守ってくれる、その人。
「ハロルドさん……!」
よかった、彼はちゃんと帰ってきた。
彼は……
「ナ、ナラカさんは?!」
「おう、ビンゴだったよ、ほら」
ハロルドさんの背に、ぐったりとしたナラカさんが。
息はある、気を失っているだけのようだ。
あぁ、いたんだ、ここに。
良かった、無事で……
あ、あれ?
体に、力が入らない……
気が、遠く、なる……
「おい、ユーマ?!」
閉じていく視界の中で、ハロルドさんが駆け寄ってくれるのが見えた。
気がした。