5 私たちのための制度です(1)
「だからぁ! そのダンジョンやらせろって言ってんの! アタシたちの実力認めてくれないワケ?!」
受付から女性の怒号が。
「もちろんナラカさんたちはすごいですよ! すごいんですけど、ナラカさんたちはまだC級なんです」
「だから?!」
「このダンジョンクエストはB級でないと受けられない、そういう決まりですので……」
ヒナ姉のたしなめる声。
ダンジョンクエストには適性ランクが設定されている。
パーティランクが高いほど挑戦できるダンジョンも多くなる。
「ランクがなんなんだよ! アタシたちが2度も落とされてんだよ、2度も?! おかしいだろうが!」
「そうですよね、ちょっとおかしいかもですね? でも決まりですから……」
「決まり決まりってうるさいんだよ! アタシたちを目の敵にでもしてんのか?!」
「いえいえ、そういうワケでは……」
ヒナ姉に詰め寄るのはつんつく赤髪の女性。
身長は低めだが、それに見合わない大剣を担いでいる。
ナラカさんだ。
ナラカさんは17歳の女剣士で、C級パーティのリーダーだ。
16歳になってすぐに冒険者になってパーティを組んだ途端、スライムやゴブリンを狩り尽くしてD級に昇格した。
その後瞬く間に低級ダンジョンを3つ攻略してC級にスピード昇格。
男性顔負けの腕力と技量、度胸を持つ、フウロギルド期待の新星だ。
しかしその後中級ダンジョンを2つ攻略するも、B級の審査に落ちてしまった。
中級ダンジョンをもう1つ攻略して再審査を受けるも、落第。
以降ナラカさんはギルド庁に不信感を抱き、僕たちにも攻撃的な態度を取るようになった。
「ナラカ、いい加減にしよう、な?」
メンバーも静止にかかるが、
「何だよ! やる気が無いなら黙ってな!」
聞く耳持たずか。
助け舟を出した方が良さそうだ。
「ナラカさん、お気持ちは分かりますが制度で決まっておりますので、ご理解をお願いします」
「はぁ?!」
ナラカさんの顔が僕に向く。
まるでライオンが怒っているよう。
だけど言うことは言わないと。
「ナラカさんたちの実力は僕たちも十分理解しています。より多くの活躍の場を与えたいというのも本心です」
「だったら!」
「しかし、です」
ナラカさんに喋らせない。
「僕たちの勝手な判断でランク制度そのものを揺るがすわけにはいけません。時代の逆戻りになってしまいますから」
ランクがあるから冒険者も発注者もギルドも安心できる。
ランク制度は全ての市民を守るためにできたのだ。
「ランクの意義はご存じですよね? もう1度説明いたしましょうか?」
「……気に入らない」
「はい?」
「アンタたちのそういうところが気に入らないんだよぉ!」
まずい、余計に怒らせてしまった。
「ほう、気に入らないか」
頭の上から低い声。
「だったらどんな態度なら気に入るってんだ? おぉ?」
「あ、ハロルドさん」
ハロルドさん、フウロギルドマスターで僕たち運営チームの雇い主。
元B級戦士で冒険者事情に詳しい。
引退して20年は経つそうだが、体格は萎んでないし眼光も鋭い。
強面で口調も荒いけど根は優しい、頼りになるギルマスだ。
「……何だよハロルド、文句でもあるのかよ?」
そう言つつナラカさんの語気が弱まった。
さすがにハロルドさんは怖いんだな。
「文句つけてるのはお前だろ、散々駄々こねやがって。もうガキじゃねぇんだ、受け入れろ」
「何を偉そうに……!」
ナラカさんは苦虫を噛み潰したような顔。
「だったらそのダンジョンはいい。その代わり、渓谷にできた新ダンジョン! そっちをやらせろ!」
「もう知ってるのか、耳が早いな」
ダンジョンは魔物の群生地に突如出現する。
その仕組みは定かではないが、魔王のような超級魔物のスキルによるものと推察されている。
それでつい一昨日、郊外の渓谷に新しいダンジョンが見つかった。
「誰かに盗られる前にアタシたちがやる!」
「ダメに決まってるだろうが。先遣隊の視察も済んでねぇよ」
新しいダンジョンができると、まずギルド庁から先遣隊が派遣される。
攻略ではなく視察を行い、適性ランクを把握するのだ。
その後公式クエストとして各ギルドに委託される。
「アタシたちを先遣隊にすればいいだろ! それくらいダメなのかよ?!」
「先遣隊はギルド庁が指定するっての。だいだいどこかのB級だ、諦めな」
「でも、でも……!」
「はぁ〜」
ハロルドさんはやれやれといった感じ。
「ナラカ、お前たちがB級に上がれない理由、分かるか?」
「は、はぁ?」
「ナラカ、お前だよ。お前の品性が足りない。B級はギルド庁、政府の依頼を受けることもある、国を背負って戦うんだ」
B級になるとA級の前段階として国に注目される。
国の戦力として数えられるのだ。
「それなのにお前がガキみたいな振る舞いしてたら、いくら強かろうが一生上がれねぇよ」
「……!」
ナラカさんの体はぶるぶる震えている。
「それも直していけよ、これからな」
「〜〜〜ッ、クソがぁ! もういい、知るか!」
ナラカさんはギルドを飛び出していった。
「あ、おい、ナラカ!」
「お前たち、ちょっと待て」
ハロルドさんがメンバーを呼び止める。
「は、はい?」
「聞かせろ。アイツの弟、体調どうだ?」
「あ、弟ですか……」
ナラカさんの弟さんが病で床に伏していることはみんな知っている。
両親はいない、2人は捨て子だった。
その治療費を稼ぐために実績を焦っているのだ。
ランクが上がれば報酬が増える、それにギルド庁から手当が出たり、公共のサービスも一部優遇されたりする、もちろん医療も。
その事情を知っているから、誰もナラカさんに強く言えないところがある。
「悪くはないですけど、良くもなってないみたいです。それでナラカのヤツ、『もっと稼いで中央の病診療所に移す』って……」
中央都市の診療所は高級だ。
入院期間にもよるが、年間で5万から8万Gはかかると聞いたことがある。
「なるほどな。まぁそれでも、冒険者なんてみんな何か抱えてるもんだ。アイツだけ特別ってワケにはいかねぇよ。」
「で、ですよね……」
「もういいぞ、ナラカを追ってやれ」
「はい、失礼します」
メンバーも去っていった。
「ナラカさん、何とかしてあげられないのかな……」
ヒナ姉がナラカさんを心配している。
僕も正直その境遇には同情する。
ただギルドとして特別扱いはできない。
それが制度というものなのだ。
「俺たちはやれるだけのことをやってる、後はアイツ次第だ。気にせず仕事に戻りな、ヒナ。ユーマもな」
「う、うん……」
「はい」
仕事に戻った。
でもどうしてだろう。
モヤモヤが胸に残ってる。




