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3 クエスト報酬が払えません(1)

「ユーマ、ちょっとちょっと。」


 ヒナ姉から呼ばれた。


「何?」


「待合席にいるおばあちゃんなんだけど……」


 待合席に目をやる。

 隅っこで小さく座るおばあさんが。


「あの人が?」


「クエストを発注したいそうなんだけど、報酬分のお金が無いんだって」


「クエスト内容は?」


「確か、コボルトの討伐」


 そこそこするな、3万Gはかかる。


 コボルトは二足歩行の狼、中級魔物。

 単体だとそこまで脅威ではないが、知能が高く群れで襲ってくる。


 それなりに危険性は高いから、できるだけ早く解決すべきだが。


「それでツケにしてって頼まれたんだけど……」


「ダメだね、絶対。」


 発注者が報酬のお金をどうにか用意する手段は3つある。


 1.銀行から借りる

 2.ギルド庁に補償金を申請する

 3.ギルドにツケにしてもらう


 1つ目は銀行からの借金。

 ただし担保または連帯保証人が必要になる。

 担保にできるものが無い、返済能力がある人を保証人に立てられない場合は借りられない。


 2つ目は補償金。

 このように報酬を払えない発注者を援助する制度がある。

 ギルド庁から発注者の収入に応じた補償金が給付される。


 しかし問題もあって、とにかく時間がかかる。

 以前、補償金を発注に使わず持ち逃げする、架空の発注を行うなどの不正受給が相次いだ。

 そのため審査が厳格化・長期化してしまった。


 申請してうまく認可されたとしても給付まで半年はかかる。


 3つ目はギルドのツケだ。

 困ってる市民を放っておけない……

 昔はそんな正義感からツケにするギルドも多かった。


 しかしそれは破滅の元。一度例外を認めてしまえば「じゃあ俺も」「私も」と次々認めざるをえなくなる。


 その結果ギルドの手元資金が枯渇し、泣く泣く借金を重ねるハメに。

 それが雪だるま式に増えていき、破産してしまったギルドはいくつもある。



「そういうワケですので、ギルドではツケを認められません」


「そこを何とか、お願いします」


「ギルドへの手数料は分割払いもできますが、冒険者への報酬分はそうはいきません」


「そうなんですか。でも、お願いします」


 おばあさんはずっとこの調子、参ったな。


「……いったんクエスト内容をお話いただけますか?」


 聞くだけ聞いてみよう。



 おばあさんの名前はアイシャさん。

 郊外にひとり暮らしで、農業で生計を立てている。


 三日前、畑にコボルトの群れが現れて作物を食い荒らした。

 それでコボルトの住処を突き止め、討伐するクエストの発注に来たということだ。


 担保にできるものは土地くらいしかないらしい。

 これで借金できるかもしれないが、アイシャさん1人の稼ぎでは返済もままならないだろう。

 差し押さえられて住む場所もなくなるのがオチだ。


 借金は避けた方がいいな。


「いくらまでなら払えますか?」


「7,000Gと銀貨と銅貨が少し、貯金でありますが……」


 到底足りないし、金貨以外は通貨として認められていない。

 これで引き受ける物好きはいないだろう。


「ご家族はどちらに?」


「主人は五年前に亡くなりました。息子家族は他の都市に住んでいます」


「息子さんからご支援いただけませんか?」


「頼みに行きました。でも『そんな畑捨ててこっちで暮らせ』と言われてしまって……」


 僕もそう思う、危険な場所から離れて、息子さんの近くで安全に暮らせばいい。

 だけどあえてそうしないのは、


「その土地から離れられない理由でも?」


「私が10代のころ、主人と2人で荒地を拓いた思い出の場所なんです。そこを捨ててのうのうと生きていく気には、どうしてもなれなくって……」


 思い出か、大事なんだけどな。


 息子さんに支援の意思は無い、保証人にもならないだろう。

 今から補償金を申請したところで、給付されるまでに畑はすっかり荒らされる。

 後からコボルトを討伐したところで元通りになるわけでもない。


 諦めてもらう方がいいかもな。


「改めて申し上げますが、ギルドが報酬分を肩代わりすることはありません。やはり息子さんの言う通り、安全な場所で暮らしてはいかがでしょうか?」


「そんな…… それじゃあ、あの土地が……」


 すすり泣く声。


「そんな、泣かないでください」


 どうする、アイシャさんの意思は思った以上に固いぞ。

 お金を調達できるアテもない、他にこの状況を打破する手段は……

 無いわけではない、か細いが。


「アイシャさん、でしたら1つ提案があります。」


「な、何でしょう?」


「僕を畑まで連れて行ってください」


「えぇ?」


 現地を見てクエスト内容を見直す、それしかない。




 ◇◇◇◇◇◇




 翌日。


 念のため憲兵に同行してもらってアイシャさんの畑を訪れた。


「こちらです。」


「これは…… 確かにひどいですね」


 目の前に広がるのは、かろうじて畑だと分かるような、デコボコの荒地。

 作物の残骸、無用に掘り返された土壌、時間が経っていてもその痕跡は生々しい。

 アイシャさんたちの長年の努力も形無しだ。


「憲兵さん、そちらでこの畑を巡回していただくことはできませんか?」


 一応聞いてみる、憲兵で対処してくれるならそれでいいのだが。


「難しいな、俺の一存では」


「憲兵に届け出ればなんとかなります?」


「分からん、上に聞いてみないとなんとも」


 憲兵は治安維持と防衛に従事する。

 たまに現れる魔物の群れ、その住処を突き止めて討伐するのは管轄外。

 やはり冒険者に頼めという話になるか。


 それにしたって塩対応では……


 やめよう、どうしようもないことだ。


 畑に入ってキョロキョロと見回すと、足跡があった。

 日が経って形が崩れているが、なるほど人間のものではなさそうだ。

 それがそこら中にあって……


「……?」


「ユーマさん、どうされました?」


「……おかしい」


「え?」


 顔を近づけてよく見てみる。


 やっぱり変だ、大きさが10cm強のものと、20cm弱のものがある。

 なぜ2種類ある?

 コボルトは二足歩行、足跡は1種類になるはずだ。


 さらに辺りを見回すと、食べかけの作物があった。


「これも変だな」


 歯型が小さい、5cmといったところ。

 それに噛み方も浅い、削り取るように食べている。

 コボルトなら大きな牙と強い顎で、一口で噛み切ってしまいそうなものだ。


 そして周りにたくさん散らばっている焦げ茶色の塊、これは、


「糞か?」


 2cmほどの球形。

 崩れて小さくなったとしても、コボルトの糞にしてはあまりに小振りに思える。


 そしてあちこちに掘り返された跡。

 そういえばコボルトにそんな習性は無かったはず。

 何のために掘ったのか? 


 これらの痕跡が指し示す答えは……

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