9 いつまで勇者気取りですか(4)
診療所で治療を受け、帰宅。
自室のベッドに腰掛ける。
「そこそこの怪我だったじゃねぇか。やっぱ鍛えなきゃいかんぞ」
「はぁい」
両腕の骨にヒビが入ってたらしい。
カルシウム足りてなかったかな?
まぁポーションかけたらほぼ治ったけど。
明日明後日には完治らしい。
念のためとアイシングして包帯でぐるぐる巻きにされた。
手首と肘が曲がらない……
「隠れててもよかったんだぜ? 何が壊されようが直しゃあいいんだからよ」
そうするのが普通だろうな。
でも、
「あんな野郎に僕たちの居場所を好き勝手されるの、我慢できませんでした」
屈服なんてありえなかった。
そうなんだもん。
「全く、ギルマスとしては注意すべきなんだろうな。 だが、あくまで俺個人として言わせてもらうなら、だ」
僕の肩に手を置く。
「よくぞ立ち向かってくれた。最高にかっこいいぜ」
かっこいい。
僕は、かっこいい。
「あっ」
「どうした?」
「なんでもないです。目にゴミが入って……」
勇気を褒められた。
いけないいけない、目から汗が。
ありがとう。
「今日1日休んでな。どうせ憲兵とギルド庁の立ち入りで営業できねぇんだ」
野郎は憲兵に連行されていったが、フウロギルドは事情聴取と修繕で営業中止になるそう。
「でも手伝えることはありますよね? 早く通常営業に戻したいです」
「その手でか?」
「でも、何かしらは」
「1日くらい大人しくしろって。無理して悪化なんてさせてみろ、さすがに怒るぞ」
悪化、ダメだよな。
くぅ……
「俺はギルドに戻るぜ。アイツらも事情聴取が終わり次第、代わりばんこに見舞いに来るからな。こってり絞ってもらえ」
「絞ってもらう?」
「分かんだろ。じゃあな」
う〜ん?
◇◇◇◇◇◇
「ユーマちゃん…… そんなことになっちゃって……」
1人目、アヤさんが来た。
「ほとんど治ってるのに大げさなんですよ。ただ冷やすのにここまでぐるぐる巻きにされちゃって」
「もう…… もう!」
「わわっ、ぷ?!」
ガバッと抱きつかれた。
「私はどうしたらいいの……? 子どもを危ない目に遭わせて、自分だけ助かって……」
「アヤさん……」
体が震えてる。
鼻をすする音も。
泣いてる。
僕を引き止めなかったから?
僕が怪我する未来を防げなかったから?
いや、そんなの僕自身の意志だ。
誰に止められても振り切るつもりだった。
この未来は僕が導いた。
それなのに。
「ごめんなさい、ダメなお母さんで……」
僕を抱く腕に力がこもる。
お母さんってみんなこうなのかな。
どうしようもなかったことまで自分のせいにしちゃって。
理解できない。
でも、心がキュッとする。
「ごめんなさい。心配させちゃった」
「……そうよぉ」
「もう危ないことしないよ。約束する」
「約束ねぇ。だったら、私も」
アヤさんが離れて、僕と顔を合わせる。
ありゃ、目が真っ赤。
ごめんなさぁい。
「次こんなことがあったら、ユーマちゃんを突き飛ばしてでもかばっちゃうから。分かった?」
う〜ん、危ないことできないな。
「分かった」
「うん、いい子、いい子……」
強く強く抱きしめられる。
温かいけど、いつもよりちょっと冷たい気がする。
体温、分けてあげる。
動かない腕でなんとか抱き返した。
しばらくして。
「お母さん、いる? おばあちゃんが呼んでるよ。まだ話聞きたいんだって」
ドアの外からヒナ姉の声。
「はぁい。今行くわ」
アヤさんがゆっくりと僕を放す。
ちょっと寂しい。
「じゃあね。いい子にしててね」
「気をつけて、いってらっしゃい」
お母さんが出ていった。
絞られちゃったなぁ。
「腕、平気なの?」
2人目、ヒナ姉。
「うん、もう治ってるよ。一応アイシングしてるだけ」
「そう…… よかった」
「ヒナ姉こそ大丈夫? 火傷とかしてない?」
「全然、なんともないよ。カウンターに当たっただけだから」
今思えば、野郎なかなかにノーコンだな。
至近距離で「ファイア」外してるし。
手から直接出すの、やっぱり難しいのかもな。
「ユーマ、ごめんね」
また謝られた。
みんな自責の念がすぎるって。
この腕、自業自得なんですよ?
「私がケントさんにあんなこと言わなかったら、暴れなかったかもしれないのに」
「『ハッキリ言って迷惑です』って言ったヤツ?」
「うん」
「いやいや、アレは言ってよかったよ。スッキリした。ヒナ姉が言わなくても僕が言ったから」
これは本当。
そもそも野郎と険悪だったのは僕なんだし。
ヒナ姉は緩衝材として助けてくれたまである。
「遅かれ早かれああなったんだ。何も気にすることないよ」
「でも……」
「ねぇ、ヒナ姉。僕、かっこよかった?」
「え、かっこ、えぇ?!」
「ヒナ姉の前でかっこつけたかった。ハロルドさんだけじゃない、僕も戦えるってとこ、見せたかったんだ。」
結局ハロルドさん頼りだったけど、そこはご愛嬌。
「だから自分を責めないで。僕の頑張りまで責めることになっちゃうよ?」
「……それはダメ。ユーマ、本当にかっこよかったもん」
「えっへん。惚れちゃった?」
「……うん」
お、ノリがいい。
だったら。
「じゃあご褒美がほしいな〜 明日から元気に働けるようにさ」
なんて言ってみたり。
「……いいよ」
お?
言ってみるもんだな。
「じゃあ、あっち向いて」
「あっち? 何かあるの」
CHU♡
え。
ほっぺに2つ。
柔らかい、熱い、小さい。
息がふぅっとかかる。
髪がさわさわ離れてく。
「……?」
思考が止まったんだが。
「じゃ、じゃあね! 後でおばあちゃんも来るし、私戻るから! バイバイ!」
スパッと出ていった。
ほっぺたをちょんと触る。
「……されたよな? ここに、チュッと」
まだ温かさが残ってる。
あ、いや、違うな。
「はぁ〜 もう。やられちゃった」
僕の顔が熱くなってるんだ。
恥ずかし恥ずかし。
さらにしばらくして。
「ユーマ…… 起きとるか……?」
ドアの外からか細い声。
「起きてますよ。どうぞ」
フラフラとフミさんが入室。
疲れてるのかな。
「ユーマ…… ユーマァ……」
なんか様子がおかしい。
怒ってる?
まぁ仕方ないよな。
それだけのことしちゃった。
でももうしないから……
「うっ、うっ、ううっ……」
フミさんはぷるぷる震えだして……
あれ?
「……うわあああ〜〜〜ん! 怪我しないって、ゆった、ゆったのにい〜〜〜! ユーマ、ウソついたあ〜〜〜!」
「ちょちょ、ちょっと、フミさぁん?!」
そっちモードなの?!
マズい、この腕じゃよしよししてあげられない!
「怪我してるう〜〜〜! 思いっきり怪我してるう〜〜〜! ウソつきい〜〜〜! びえええ〜〜〜ん!」
「治ってます、治ってますから! あぁもう、ほら、膝枕してあげますから! おいで、おいで」
「ふぐう〜〜〜 膝枕あ〜〜」
フミさんが頭を僕の太ももと腹に押しつけてくる。
「約束したのにね、ごめんなさいね。ちょっと怪我しちゃいました」
「うえう〜〜〜 死んじゃったらどうするの〜〜〜 ユーマが死んだら儂も死ぬう〜〜〜」
「もうこんなことしないから、ずっと一緒にいるから。いい子だから泣き止んで、ね?」
「う〜〜〜 う〜〜〜」
2分ほどして。
「あのときユーマを止めんかったからな。この怪我は儂のせいとも言えるな」
見事に調子を取り戻してくれた。
「僕の意思を尊重してくれたんですよね。ありがとうございます」
「儂も反省した。次は無いぞ。よいな?」
「はい」
「よし。では事の顛末について話すとしよう」
野郎もといケントの処遇だが、当然冒険者資格剥奪。
それと懲役が最低15年で、執行猶予無しがほぼ確定。
「ただの市民にスキルで攻撃したんじゃ。重罪じゃの」
ギルドは壁や床に穴が空いたり椅子が壊れたりしたが、そこまでひどい損傷は無かった。
1日あれば通常営業できるらしい。
「これはユーマの功績じゃな。褒められたことではないが」
「ですね」
「それと、協力してくれたE級パーティにはそれぞれ3000G渡してやった。よいな?」
「はい」
ちょっと弱い中級魔物倒したくらい。
貢献度考えたら十分すぎるよな。
「さて、まだいてやりたいが、もう少しやることが残っておる。いったんギルドに戻るな」
「えぇ、お手数おかけします」
「……寂しくないのか?」
「大丈夫ですよ」
「本当か?」
「まぁ」
「本当に本当か?」
ワケが分からないな、本当にもう。
「……ちょっとは寂しいです」
「そうじゃろうそうじゃろう! というワケでおっきい熊ちゃんのぬいぐるみを買ってきた! モフモフじゃぞ! これで寂しくない!」
それは本当にワケが分からない。
「いつ買ったんですか。てかどこから取り出したんですか、今。それに大きすぎ、僕の背丈くらいありますよ」
「いいからいいから! ほれ、儂の代わりだと思って! 存分に使ってくれい!」
ベッドの枕元に押しつけられる。
じゃ、邪魔……
「儂は行くからな~~~! でもすぐに帰るから~~~! 寂しくて泣くんじゃないぞ~~~! よよよ……」
「そっちが泣かないでくださいよ。はいはい、いってらっしゃい」
なかなか出ていかないフミさんを追い出し、一息ついた。
今日は慣れない頑張り方をしたから、疲れた。
明日の仕事のために、ちゃんと休もう。
ベッドに潜って毛布を被る。
「僕も怪我しない方法があったかな? いや、結果論だろ……」
モフッ
「ギルドの損害と僕の怪我を天秤にかけて戦った。ベストな選択だったはずだ……」
モフモフッ
「でもそれがみんなに負い目を感じさせた。その要因は考えてなかったな……」
モッフリ
「そうだな、僕だけじゃない、みんなにとって最大の利益になるような選択をすべきだ。反省だな。他にも……」
モフモフモフリーノモッフモフ
「だあああ! モフモフうっさあい! 邪魔だよこれえ! 寝返りするたびに引っかかってさあ! フミさん、返してきてえ! クーリングオフウウウ!」
熊のきれいな毛並みに憤りを感じつつ、ギルド職員としてのあり方を見直す1日になった。
(ぬいぐるみとこんなことがあったかもしれないお話)
「全く、フミさんの無駄遣いだよ」
こんなにおっきくて、まんまるで、つぶらな瞳で、どこもかしこもモフモフで……
うず
うずうずうず
「……うわっきゅう~~~!」
あ~~~んも~~~
モフモフきゅんきゅんすぎる~~~
顔をうずめるしかないじゃんね~~~
ふさふさな毛に、お日様の匂いがちょっぴり。
ふう、落ち着く。
誰かに甘えるんじゃなくて、1人きりで思い切り楽しむ。
心が開かれていく感覚……
久しく忘れてたな……
……
ん……
危ない、寝そうだった。
(((……)))
お前のモフモフが悪いんだぞ。
このこの。
(……?)
(……!)
(……♪)
ぬいぐるみ、悪くないかも。
ちょっと大きすぎだけど、たまにはこういうのも、アリ。
「きゅううう~~~」
(((………♡)))
……いや?
おかしいよな?
さすがにな?
「誰か、誰かいるよねえ?!」
「ふあっ?!」
「ええっ?!」
「あらぁ」
顔を上げると、そ、そこには、見慣れた3人がベッドの傍らに座り込んでいた……
「い、いつからいたん、です、か……?」
「違う、違うんじゃ、ユーマ……」
「あのね、心配だったからね……」
「ユーマちゃんのスヤスヤ寝顔が見れるかなって思って、みんなで忍び込むことにしたの~♡」
「アヤさん?! 言っちゃダメじゃあ!」
こ、この人たちは本当に……
「ノックもせず、勝手に入ってきて…… そもそもコレを押しつけたのはフミさんなのに……」
「それは、その……」
「それで入ったら、熊ちゃんに抱きついてるんだもの~♡ うんうん唸って、ほおずりまでしちゃって~♡ 食べちゃいたいくらい可愛かったわ~♡」
「お母さん?! 正直に言いすぎだよ!」
見られた、全部……
ハ、ハハ……
「……だああああああ! 出てけ、出てけえええ! サボるな、仕事しろおおお!」
顔も見たくない!
今日は!
腕の痛みも忘れて3人をぐいぐい部屋の外に追いやる。
「大丈夫だよ、私もぬいぐるみ好きだから! 仲間仲間! 今度買いに行こうね!」
「ユーマちゃんが小さかったころを思い出すわぁ~♡ お気に入りのぬいぐるみがあったわよねぇ~♡」
「アレは儂の代わり…… つまり儂に甘えたいということ?! そうなのかぁ?! 婆の胸はいつでも空いておるから! 飛び込んできてくれて構わんからぁ!」
「さっさと出てって、出てってよ~~~!」
少しの格闘の後、なんとか追放した。
「はぁ、はぁ…… お前のせいだからな! もう!」
熊の頭をバシバシはたく。
ぬいぐるみなんて嫌い!
いらない!
……でも床に置くのはイヤだから、ここに置いといてやるけど。
ふて寝しよ。




