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9 いつまで勇者気取りですか(3)

「『サンダー』!」


「うわっと」


 火以外も出せるのか。

 一応B級というだけはある。


 魔法をかわしつつ、野郎を無力化する方法を考えないと。

 僕は魔法はおろか、なんのスキルも使えないただの市民。

 フィジカルも冒険者には及ばない。


 でも、やりようはある。


「ちょこまか逃げてんじゃねぇ! 『アイス』!」


「冷たっ。逃げないワケないでしょ」


 まずはこの魔法をどうにかしないと。


「そこの冒険者の方々! 手伝ってください!」


「て、手伝う? 俺たちが? そ、そんな……」


 やっぱりビビっちゃってる。

 だけど協力はしてもらわないと。


「その鎧と剣は何のためにあるんですか! コイツを引きつけてください!」


「え、えぇ?」


「お前らもやる気かぁ?! 『エアロ』!」


「うわあああっ?! やられる、やられるううう!」


「たかが風です、日和らないで! 4人がかりなら止められます!」


「でも、でも……」


 全くもう。


 息を深く吸って、


「勇者ぁ!」


「「「「え?」」」」


「勇者を目指して冒険者になったんでしょう?! なりたくないんですか?!」


「勇者……」


「どうなんです?!」


「なりたい、なりたいよ! 勇者になってチヤホヤされたい!」


「金持ちになる!」


「女! 男! 全員俺のモノ!」


「えぇ結構! で、その第1歩として、このトンチキ魔法使いを止めましょう! 止めてくれたらギルドから恩賞を出しますよ!」


「だぁ〜れがバカトンチキカス魔法使いじゃあああ! 『ダークショック』!」


「ぎえええ! 怖いよおおお!」


「しっかり! 魔王に比べたらこんなのカス! いけるいける! 勇者へのウィニングロードは今ここにあるんだぁ!」


 発破をかけてやった。

 さぁ行け!


「〜〜〜うおおお! やってやらあああ!」


 1人が果敢に突っ込んでいく。

 よし、これで他のメンバーも……


「『ホーリーショック』!」


「ぶっべえええ?! 足、足があああ!」


「だ、大丈夫かあああ?!」


 え。

 ちょ、直撃してないのに……

 ただ目の前の床に当たっただけで、大げさな。


「勇者だぁ〜? 調子乗んじゃねぇぞ! 『ファイア』!」


「「「「びえええ!」」」」


 ダメかぁ。



「おいおい、低級魔法しか使ってねえぞ?! ヘナチョコもいいとこだなぁ?!」


 「使ってない」んじゃなくて、「使えない」んだろ。


 魔法の発動は杖や魔導書を媒介する必要がある。

 自分に発現したスキルを呪文として媒体に刻む。

 その媒体に魔力を込めることで呪文が反応し、魔法が具現化されるのだ。


 だけど高ランク魔法使いになると、媒介無しで発動できる者もいるという。

 自分の体を媒体として魔法を具現化する高等技術。

 手ぶらからいきなり魔法を飛ばせるのだ。


 本当にもったいないな、あの野郎の才能。


 ただデメリットもある。

 発動まで自分の体内で魔力を循環させるから、身体への負荷が大きい。

 威力の大きい魔法なんて使おうものなら、先に全身の肉が裂け骨が折れ血が沸騰するだろう。

 

 だから野郎も低級魔法しか使ってこない。

 それで体力は少しずつ削れていく。

 このまま体力切れを狙うのもアリ。


 でも……

 それまでに建物がボロボロになっちゃうな。

 修繕の手間はなるべく省きたい。


 やはりアクションは起こすべきか。

 

「オラオラオラァ! 避けてみろよぉ!」


「「「「やめてえ〜〜〜!」」」」


 ヘイトが僕から逸れてる、今がチャンス。


 腰を落とし、思い切り踏み切る。

 そのまま野郎に一直線……


 ではなく、近くの書類の束をひっつかんでから、突撃。


 「……あァ?! 来んじゃねぇよ!」


 気づかれた。

 まもなく魔法が飛んでくる。


 ここが勝負どころ、魔法の弱点を突く。

 指向性と発音性だ。


 まず杖にしろ指にしろ、相手を指し示す必要がある。

 それに注目していれば魔法が飛んでくる方向が分かる。


 そしてスキル名を口にしないといけない。

 「ファイア」にしろ「サンダー」にしろ、口頭で発さないと魔法は出ない。

 口元を見ていればタイミングも分かる。


 「食らえ……!」


 野郎の手に稲妻がほとばしる。

 来る。


 足先をやや左に向け、左に膨らんで走りながら、上半身の重心は右に残す。


 左に引きつけて……


 野郎の指先が、僕の体の中心を捉える。


「『サ』」


 刹那。

 左足、全集中。

 勢いを殺さぬまま足先を右に急転換し、全体重を蹴り跳ばす。


 一気に右へ!


 「『ンダー』!」


 「うおおおあああ!」

 

 放たれた雷撃が左に流れる。

 ギリギリ僕の左耳をかすめて後方へ。


 ちょっとピリピリするけど、無問題(モーマンタイ)


「あっ、クソ?! 外した!」


 もう野郎とは至近距離。

 魔法の間合いは潰した。


「このっ……」


 野郎が体勢を立て直す前に、こっちから。

 顔面目がけて、手刀……!


「ぶべっ?!」


 はフェイク。

 紙束を顔に投げつける。


 本命は、体を反らして無防備になった、股にぶら下がってる、


「金的ぃぃぃ!」


 蹴り一閃。


「ふっぎえええ?!」


 足の甲にもっこりとした感触。

 命中。


「くっ、うぐ……」


 前のめりにうずくまる野郎。


「ふぅ、やったか……?」



「〜〜〜んっがあああ!」


「ぐえっ?!」


 ゆ、油断した……!

 あの体勢から、タックル……!


 馬乗り、された。

 動けない。


「よくもやりやがったなぁ?! オラァ!」


「がっ?!」


「オラオラオラ、オラァ!」


 何度も拳を打ち下ろされる。

 両腕で頭を守るのがやっと。


 痛い。

 肉が潰れて骨が軋む。


 蹴りが弱かったか。

 破裂するくらい本気で蹴ればよかったな。


 こうもあっさり復活されるとは……

 悔しい。


「おいアンタ、それ以上はヤバいって!」


「雑魚は失せろぉ! 『アイス』!」


「「「「ぎゃあああ!」」」」


 せめてC級くらいの手助けがあったらな。

 まぁ仕方ないか。


「この距離なら外さねぇ…… 燃えカスにしてやるよ!」


 野郎の手に火が灯る。

 避けられない。


 両腕をしっかり構える。

 テーブルを焦がすくらいの威力なら、腕で受け止めれば頭は大丈夫。

 多分。


 連発されたら危ないかもだけど。


 『怪我したら泣いちゃう!』


 ごめん、フミさん。

 泣いてもらうことになります。


「くたばれえええ! 『ファイ』」



「ゴオオオッルアアアガアアア!!!」


「んあ?!」


「え?」


 建物が揺れるほどの雄叫び。

 声の主は……


 出入り口に、誰か……?


「……あぁ」


 目がかすんでよく見えないけど、多分怖い顔をしてくれている。


 全身の力が抜ける。

 もう、大丈夫……


「いたのかよ、クソジジイ」


「そこどけ、ゴミクズ」


「はぁ? 今イイトコだろうが。こう、コイツの顔を消し炭に」


「どけって言ってんのが……!」


 爆発。

 と思えるほどの轟音。


「聞こえねぇのかぁ?! ボゲェ!」


「あぶえっ?! ぐっ、げほっ!」


 僕の体が自由になる。


 見上げると、野郎の首をつかんで持ち上げるハロルドさんが。


 踏み切りの一歩、その一瞬で間合いを詰めたんだ。

 僕はあれだけ苦労したのに。

 ほぼ瞬間移動、反則だよ。


「ユーマ、頑張ったな」


「まぁ、それなりには」


 腕がジンジン痛むが、許容範囲。

 時間稼ぎできてよかった。


「っざけんなぁ……」


「ふざけてんのはどっちだ? 市民に魔法向けやがって。処分確定、終わったな」


「っせえ…… うっせえええ! 『ファイア』!」


「おっ……」


「ああっ?!」


 火の玉が、ハロルドさんの顔に直撃……

 いくらなんでもこれは……


「きひひ…… ひっ? は、放さねえ……」


 ん? でも野郎の首はつかんだままだぞ?


「……ペッ、ペッペッ。あ〜俺のオキニのコート、焦げちまったじゃねぇか。弁償しろよな」


 む、無傷……

 人間の皮を被ったゴーレムですか?


「B級の魔法なら火傷くらいするもんだが、まぁ〜 屁みたいな魔法だこと。弱くなりすぎなんだよ」


「くっ、うぅ……」


「さ〜てさてさて、わざわざ先に食らってやったんだ。コレは正当防衛、だよなぁ……?」


 ハロルドさんが拳を振りかぶる。


「やめっ、やめてえええ!」


「やめねぇよ……!」


 拳からギチギチと音が鳴る。


「ギルドォ…… なめんじゃあねええええええ!!!」


 拳は綺麗な弧を描き、野郎の腹へ。


「ぶっごえええ?!」


「ぬおおおあああ!!!」


 拳が振り抜かれる。


 すっご……

 人って飛べるんだ、殴られて。


 野郎の体は宙を舞って舞って、


「あげえっ、でふうっ、ぶべらぁっ?! きゅううう……」


 2、3回床にバウンドして壁に叩きつけられ、気絶した。


 実に芸術点が高いやられ方。

 胸がスッキリすることこの上ない。


 終わった……

 ギルドは、守られた。



「ハロルドさん! 間に合ったんだ!」


 ヒナアヤフミが出てきた。


「なんとかな」


「憲兵とギルド庁への通報は済んだぞ!」


「ユーマちゃん、怪我してない……?」


「はい、全くもって平気です」


「ウソこけ」


「え?」


 ハロルドさんが僕の腕をとり、ぎゅっと握って……


「あ、痛い! 痛ぁ〜い!」


「しっかり青アザになってんじゃねぇか。診療所行くぞ」


「ユーマ、怪我しとるのか?! だだだ、大丈夫なのかぁ?!」


「大丈夫ですから、心配無く…… 痛い、痛いってばぁ! ハロルドさん、もう握るのやめてぇ!」


「おぉ、悪い悪い」


 散らかったギルドの中、両腕の痛みを感じつつ、討伐の成功を噛み締めた。

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