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8 おカネも金の沙汰次第です(4)

 それから銀貨の支払いは日に日に増え、銅貨の支払いも目立つようになった。

 銅貨は銀貨よりさらに半分ほどの価値しかない。

 それで払うしかない市民の、生活の逼迫具合がうかがえる。


 それで交換依頼は増えたものの、金貨が潤沢になったおかけで難なく応じることができた。


 加えて割引効果も大きかった。

 商工ギルドの会員数がどっと増え、冒険者利用申し込みが押し寄せてきたという。


「初めてご利用する店も多いです。『不安なときこそ勝負どき』とでも言いますか、みんな商魂たくましいですなぁ」


 後にフーリンさんはにこやかに語っていた。



「銀貨と銅貨で金庫がパンパンだ。ちょっくら銀行に運ぶとするか」


 ハロルドさんが銀貨と銅貨をケースに詰め、台車に積む。


「おぉ、強盗に遭わんようにな」


 普通なら冒険者を雇って警護してもらうのだが、ハロルドさんは……


「来たらギッチョンギッチョンにして豚の餌にしてやらぁ。行ってくる」


 ……必要無さそうだ。



 そして金貨借入から2週間もしたころ。

 ホンニュ鉱山にA級パーティが派遣されることがギルド庁より発表された。


「本当に来ましたねぇ、A級パーティ」


「これで討伐は見えたな。後は巣を滅して安全確保、通路整備、それから採掘再開…… もう少し時間はかかるがのう」


「おう、復活の目処が立ってよかったぜ」


 この件にも終わりが見えてきた。

 助かった。



 その2日後。

 A級パーティがゴールデンスコーピオンの巣に踏み入ったと発表。



 さらに4日後。

 ゴールデンスコーピオンの巣が完全に討伐されたことが発表された。


「早いな、さすがA級だ。仕事の出来が違う」


「金鉱石も来週あたり採掘再開じゃと。政府とギルド庁にしては、まぁまぁの対応速度じゃったな」


「金貨騒動もようやく終わりですね」


「そうじゃな。余波は残ろうがピークは過ぎた。中央流入も直緩和されよう。フーリンへの返済計画を考えねばな」


 金貨はただ交換しただけなので、銀貨と銅貨のレートが落ち着けばすぐに返済できる。


 僕たちはなんとかギルドを守り切った。




 ◇◇◇◇◇◇




 フーリン商会1号館。


 返済はまだ先になるが、計画ができたことを報告に来た。


「ゆっくりで構いませんのに、恐れ入ります」


「利子もちゃんと払うからの、覚悟せい」


 そこはしっかりしないと。

 馴れ合いで甘えてはいけない。


「採掘も再開されましたし、中央への流入もようやく落ち着いてきました。まだ油断できませんがね」


「そうじゃな。だが今回は利益も大きい」


「えぇ、結果としてウチの会員数は大幅に増加し、街全体で冒険者を介した協力体制が生まれました」


「ウチとしてもクエスト報酬の問題を回避できて、そのうえ新規発注も桁違いに増えた。受付のヒナから嬉しい悲鳴が飛んでおるよ」


 嬉しい、のかな?

 最近ヒナ姉からよく聞こえてくるのは、


『はい、はい! 分かりました!』

『あ、それは◯◯です!』

『え? ご、ごめんなさい! △△でした!』

『えっと、✕✕だと思うんですけど、ちょっと聞いてきます!』

『ユ〜マァ〜! □□が☆☆で※※の##〜!』


 どちらかといえば阿鼻叫喚……


 まぁ、嬉しいということにしておこう。


「そちらの3割引きに加え、私の方で冒険者利用料金キャッシュバックキャンペーンを実施しましたからな。いい波に乗せていただきました」


 商工ギルドは独自のキャンペーンを展開し、料金がさらに引き下げられた。

 結果として冒険者の商業利用の間口がいっそう広がった。

 今やどんな店もことあるごとに冒険者を呼んでイベントを行っている。


 やはりフーリンさんの商売センスはすごい。

 嗅覚に長けているというか、チャンスを見逃さない。


「国難というものは下々を結束させますな」


「同感じゃ」


 そんなフーリンさんに、どうしても聞いておきたいことがある。


「あの、フーリンさん。お尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「はい、何でしょう?」


「貸付を頼んだあの日、フーリンさんは1千万Gという金額に全く動揺しませんでした」


「あぁ、そうだった気もします」


「それで僕たちはフーリンさんがあのとき既に、金貨騒動が収束するような情報を握っていると予測しました」


「おぉ、まさかそんな…… いやぁ、お二人の前では何も隠せませんなぁ」


 否定しない。

 やっぱりあるんだ、情報網。


「実際、どうだったんですか? どこまでの見通しがあったのでしょう?」


 フーリンさんの商売を支える情報源、それが知りたい。


「どこまで、ですか…… そうですね、なかなかの見通しがありましたよ。金貨騒動はそれほど長引かないのが分かるくらいには」


「詳しいところは言えんのか?」


 フミさんも関心があるようだ。


「どんな情報をどこから仕入れているか、という細かいところは言えません。ですが、あの時点でどこまで知っていたかはお話しましょう」


 話して、もらえる。

 口に溜まった唾を飲み込む。


「えぇ、あのとき私は、どのA級パーティで討伐を予定しているかを知っていました」


「なっ……」


 なん、だと……?!

 そこまで知っていたのか……


「……だったらなぜ、それを儂らに言わなんだ?」


 フミさんが険しい顔になる。


「あくまで予定です。それに外部に漏れさせたくなかった情報でしたからな」


「むう……」


 あのとき既にA級パーティの派遣予定があったのなら、それを市民が知れば安心できたに違いない。

 フーリンさんはそれを分かっていて公にせず、隠した。


 恐らく、金貨騒動を終わらせないために。

 フウロ経済が活性化するタイミングを待っていたのだ。


「これ以上はお話できません、ご容赦ください」


「『お友だち』が多いんじゃな」


「人柄は良いという自負がありますので」


「商売人じゃな、フーリン」


「はい、天職だと思っております」


 フーリンさんはにこやかに笑う。

 いつもの優しい笑顔。


 だが今は、ほんのちょびっとだけ、不気味に感じた。




 ◇◇◇◇◇◇




 フウロギルド、会議室。


 営業が終わった後、1人残って今回の件を反省する。


 金貨不足から地方の経済格差が生まれることは察することができた。

 けれどその後、フーリンさんとの駆け引きがハードだった。


 相手の持つ情報、環境、背景……

 色んな要素を頭でフル回転させたうえで、その隙を突かないといけない。

 フミさんが金貨の非重要性を見抜いたように。


 今となってはあの芝居も見透かされていたような気がしてならない。

 フウロ1番の商人、果てしない奥深さ。


 うん、この学びは今後に生かさないと。

 そんな人の誘いを断ったんだ。

 やるべきことをきちんとやる。



「あらユーマちゃん、まだ帰らないの?」


「ふぇ?」


 あ、アヤさん。


「ちょっと勉強したいことがあって。アヤさんこそ遅くまでお疲れ様です」


「明日面談の子の資料を読んでたの。パーティをいくつもかけ持ちしてる子でね……」


「それはトラブルメーカーですね」


「そうなの、頑張り屋さんなんだけどねぇ」


 アヤさんが僕の隣に座る。


「でもここに、も〜っと頑張り屋さんがいるみたい。心配になっちゃうわぁ」


 アヤさんが僕の手をさすさすする。

 じんわり体温が伝わってきて、ポカポカしてくる。


「はい。でも頑張れるときに頑張らないと」


「ダメよぉ〜 うんと頑張る1歩手前で踏みとどまらないと、頑張り癖がついちゃうのよ?」


「ダメなんです?」


「その癖がついちゃうとね、『もう少しできる』ってずっと考えちゃって、だんだん心と体を削っていっちゃうの。『マズい』って思ったときにはもう遅いの、ボロボロになってるんだから」


「そうなんですか」


「そうよぉ〜 私ね、ユーマちゃんもそんな癖があるように見えちゃうの」


 スッ、と僕の頭に手が伸びて、トン、とアヤさんの胸に押し当てられる。


 トクン、トクン。

 大きくて温かい心臓の音、脳まで届いてくる。


 うぅん、落ち着く……

 あっ、あっ、赤ちゃんの気持ちになっちゃう……


「疲れたでしょう? 今日はもうお休みしない? お母さんからのお願いよ、ね♡」


 う〜ん、本当のお母さんじゃないけど、う〜ん……

 瞼が、重くなってくる……


「……そうですね、眠くなってきましたし、今日は帰ります」


「あらぁ〜♡ じゃあ一緒に帰りましょうね♡」



 外に出る。

 夜空に星がまたたいていた。


「ほら、ユーマちゃん♡」


 アヤさんが手を開く。

 真っ白で細長い指。


 ……握れと?


「どうしたの? ほらほら♡」


 アヤさんのにっこり笑顔。


 抗えなぁい。


 おずおずとその手を握る。

 温かい、むしろ熱い。


 キュッ、と握り返され、手を繋いで歩いて帰る。


「さ〜て、晩ごはんは何かしらねぇ?」


「……ヒナ姉の料理なら何でもおいしいです」


「ウフフ♡ そうよねぇ」


 少し冷える外気をよそに、アチアチ気分で帰路についた。

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