8 おカネも金の沙汰次第です(3)
「2割引き、そして2千万Gじゃな」
「そうなりますか、さすがはフミさんです」
「そうじゃろう。どうする、フーリン?」
「ふぅむ……」
フーリンさんが顎に手をやって考え込む。
どんな計算が働いているんだろう。
「では4割で2千万G、ではいかがでしょうか」
やはり通らない。
だが元より無茶なのは承知の上。
ここからは妥協の擦り合わせだ。
「やはりそうくるか、フーリン。ならば2割で1千万Gでは?」
「難しいですな。お二人の引き抜きも断れられてしまいましたので」
ヘッドハンティングの話まで引き合いに出してきた。
フーリンさんの焦点は割引幅で確定か。
「4割は譲れんのか?」
「えぇ、フミさんこそ2割にこだわりますか?」
「あぁ」
両者膠着、沈黙。
「……ならば3割引きで1千5百万Gでは、いかがでしょうか?」
沈黙を破ったのは、僕。
「んん?!」
フーリンさんが驚く。
ずっと黙ってたからね。
だけど僕だって、見学者ではいられない。
「3割と言ったか、ユーマ?」
フミさんが僕を見つめる。
老眼鏡が光っている。
「はい、問題無いと判断しました」
「その根拠は?」
「確かに手数料の減額は痛手です。しかし長期的に見れば、割引は新規顧客の獲得に繋がります。フーリンさんもそれを鑑みての提案なんですよね?」
「……まぁ、そうですね。フウロ全ての店で冒険者を宣伝に使えるのが理想ですから」
「商工ギルドでの冒険者利用の敷居が下がれば、商工ギルドに所属する店も増えるでしょう。フウロの経済圏はより強固になるはずです。それはやがて冒険者ギルドの活性へと昇華されます」
「ユーマさん、そこまで考えて……」
「フミさん、その経済効果を考えれば、1年間の3割引きは十分妥協できるラインかと思います。それに……」
「それに?」
「ウチの金貨確保は急を要します。あまり交渉で時間をかけるべきではないでしょう。どうでしょう、フミさん?」
やるべきことは、やった。
「……ユーマ、考えたの」
「フミさん、それでは?」
「あぁ、グダクダやってもしょうがない。3割で良かろう。お前はどうじゃ?」
「3割ですか、いやぁ、そうですか……」
フーリンさんが天井を見上げる。
まだ足りなかったか……?
「……ハハッ、せっかくユーマさんに援護していただいたことだし、まぁいいか、いいでしょう! 3割、お願いします!」
フーリンさんの明るい声に、張り詰めた心が解れる。
よ、良かった……
うまくいった。
「そうか、助かる…… それで金額じゃが、1千5百万Gで良かったか?」
「いや、2千万Gにしますよ。私からの気持ちということで」
随分なお気持ち、ありがたい。
「ありがとうございます」
「いえ、ユーマさん、こちらこそありがとうございました」
フミさん、やりましたね。
フミさんと目が合った。
パチン、とウインクが飛んでくる。
あぁ、敵わないなぁ。
◇◇◇◇◇◇
フウロギルド、会議室。
「借りられたんだね〜! すっごぉ〜い!」
ヒナ姉の抱擁がお出迎え。
ぎぇぇぇ……
「ホレ、証文じゃ。直に振り込まれる」
「信じてはいたが、こうもあっさり…… 言葉が出んよ」
「今回はユーマが大活躍じゃった。なぁ、ユーマ?」
「あらぁ〜 そうなのぉ〜♡ 頑張ったわねぇ〜 よしよし♡」
「ユーマはすごいねぇ、偉いねぇ〜! うりうりうり!」
「あの、子どもじゃないんで…… そろそろ解放を……」
耳打ちされたフミさんの考えはこうだった。
「恐らくじゃが、フーリンは金貨の貸付はそれほど問題視しておらん。重要なのは割引の方じゃ」
「そうなんですか? でも金貨の話をしに来たんですよ?」
「あぁ、じゃがフーリンの態度を思い返せ、『あっさり1千万Gという金額を受け入れたな』と思わんだか?」
あ……
「確かに…… 金額を値切ったりもしませんでしたね」
「じゃろう? ということはつまり、フーリンは金貨に余裕がある、もしくは鉱山がもうじき復活する算段がついておるということにならんか?」
「なるほど」
言われてみれば、納得。
さっさと割引の条件を追加したのも、金貨に重要性を感じていなかったからか。
「フーリンの態度から察するに、金貨保有に苦心しとるのは真実じゃろう。ならば鉱山復活の情報を仕入れたのかもしれん」
フーリンさんは大商人、独自の情報網持っていてもおかしくはない。
「でもそれを口にしないのは……」
「確証は無いからじゃろう。じゃが可能性は高いとみた」
そういうことか。
フーリンさんのスタンスは理解できた。
「それで、結局割引が重要なんですよね? 1年間とはいえ、4割減って大丈夫でしょうか?」
「まぁ〜 何とかならんではないのう。けれど3割に減らせるなら減らしたいところじゃ。そこが際どいラインじゃな」
「3割ですか…… どう持っていきますか?」
「悩んだがのう、からめ手を使ってみようかの」
「へ? からめ手?」
「うむ、儂とユーマで芝居を打つ」
し、芝居……?
「どういうことでしょう?」
「簡単なことじゃ。儂は割引4割を蹴って、強情に2割を主張するフリをする」
「2割は…… さすがに承知しないでしょうね」
「そう、となると話は平行線になろう。そこでユーマ、お前の出番じゃ」
「僕の?」
「さりげなく3割を提案せい。フーリンの味方をする形がよかろう」
フーリンさんの味方に……?
「フミさんを敵にして油断させるってことですか?」
「そういうこと〜 敵側と思っていたユーマから助け舟が出る、そんなチャンスをフーリンが見逃すはずないからの」
僕の演技でフーリンさんの懐に潜るのか。
で、できるかな……?
「これこれ、体が震えとるぞ。緊張しとるのか?」
「そりゃあしますよ…… こんな局面で僕の演技に全てがかかってるんですから」
「そんなに気負わずともよい。リラ〜ックスじゃ」
フミさんは再び僕を抱き寄せる。
「フーリンをからかうくらいの気持ちでいけ。安心せい、もし失敗しても儂がぜ〜んぶ何とかしてやるから、な?」
優しく頭を撫でられる。
「むう……」
そこまで言われたら、何としてでもやってやりたくなるじゃないか、もう。
「分かりましたよ、頑張ります」
「よし、それじゃあ行くか。儂らが互いに黙り込んだタイミングで切り出せばいいからの」
「はい」
こうして僕たちは一芝居打つことにしたのだ。
「……ユーマも役者だな、うまくやってのけたワケか」
「まぁ、なんとか」
「あらぁ~♡ すごいのねぇ〜♡ 頑張ったねぇ〜♡」
「ユーマ、偉い偉い♡ よちよち♡ よ~ちよち♡」
「ちょっと! あやし方がどんどん低年齢化してませんか?! 放してって!」
強引にヒナ姉とアヤさんから抜け出す。
「あ〜 ひどい……」
「とにかく、全部フミさんの台本でしたから。僕はそれに乗っかったにすぎません」
「しかしあの根拠、経済効果うんぬんはその場で考えたんじゃろ? 説得力十分じゃったぞ、大したものじゃ」
「それは、まぁ、そうですが……」
「ねぇ〜 すごいわぁ」
「ユーマ、立派だよ!」
「2人のおかげだぜ、ありがとな」
て、照れくさい。
面と向かってこんなに褒められると、どうも……
「ただ手数料、1年間の3割減…… まぁキツくはない、のか?」
「ちょっと不安にはなっちゃうね」
「そこは儂らの独断じゃったが、問題無いじゃろう」
「おトクになったんですし、かえってお客さんが増えるかもしれませんねぇ」
「そうじゃ。ユーマも言った通り、割引を機に顧客を増やせばよい。フーリンも勝手にプロモーションするじゃろう」
割引はもう決まったことだ。
だったら後はこっちの努力次第で商機を狙っていかないと。
「それでハロルドよ、鉱山に解決の動きは無いのか?」
「落盤で潰れた通路はだいたい直ったそうだぜ。後はゴールデンスコーピオンを討伐するだけだが…… それについては何も聞いてないな」
「フーリンさんが握ったかもしれない情報としては……」
「弱いの。もっと内密なところを知ったのかもしれん」
「もっと内密、ですか?」
「そう、例えばより具体的な討伐に向けての動き…… A級パーティの派遣、とかの」
A級、国の仕事請負人。
未開の地の調査や高難易度ダンジョンの攻略、魔王クラスの超級魔物への牽制……
国の有事を解決する最高戦力だ。
「A級が出てくるとなれば討伐は早いだろうぜ。B級より一回りは強いからな」
ハロルドさんより一回り強い人たちの集まり。
確かにとんでもない。
「本当にそやつらが来たならば、の話じゃが…… 今は気にしても仕方ないの。金貨交換の段取りに集中すればよい」
「そうだな。そういうワケだからみんな、どしどし交換してくれ」
「は〜い!」
「はぁい」
「分かりました」
「それとヒナ、フェルヴェールじゃぞ、ホレ」
「うわぁ〜い! 食べる〜!」
「ヒナちゃん、みんなの分は残すのよ?」
とにもかくにもギルド財源は潤った。
運営も一安心。




