8 おカネも金の沙汰次第です(2)
「すみません、報酬なんですが…… 銀貨の支払いでもいいでしょうか?」
ゴールデンスコーピオンの出現からわずか数日。
郊外のクエスト発注者から金貨以外での支払いを頼まれるようになった。
「クエスト報酬は金貨が普通ですよね? 冒険者の方は納得してくださるでしょうか……?」
「こちらで金貨と交換いたします。ご安心ください」
「あ、ありがとうございます!」
「実際どうです? 金貨が無くてお困りですか?」
「えぇ、夫と私のお給金も銀貨になりました。でも今のお店って『金貨でないと売らない』ってところが増えたでしょう?」
地方でも金貨の保留が露骨になってきた。
「そうですね」
「それで近所の商店で金貨の交換をお願いしてるんですけど、びっくりするくらいレートが高くなっちゃって!」
「レートですか。あなたのところはどれくらいに?」
「前は銀貨2枚で金貨1枚だったのに、今は銀貨4枚、もっていかれるんですよ?! 本当に生活が厳しくて……」
もう倍になったところもあるのか。
予想より事態が早い。
「だからギルドさんが銀貨でもいいのは助かります! よろしくお願いしますね!」
「はい、承りました」
今はギルドの金庫を開放して対応している。
だけど金貨の中央流入は想像以上に激しい。
早く鉱山が復活すればいいけどその見通しも立ってない。
フーリンさんの協力は必須だ。
フーリンさんとの面会当日。
「郊外の人の支払い、ほとんどみんな銀貨か銅貨になっちゃったよ!」
「地方都市部の人も金貨支払いが減ってきていますね」
「本当に金貨が流れちゃってるのねぇ」
「ウチの金貨量も危ない。直に限界が来るぞ」
「あとどのくらいですか?」
「ここの金庫と銀行分合わせて…… 300万Gってところか」
B級クエストで交換が続いたら、少し心もとないかも。
それに金貨を使い切るワケにはいかない。
100万Gは残しておかないと、今後の資金繰りや取引に支障が出る。
「最悪俺の貯金から移してくるけどな」
「いいの、ハロルドさん?」
「よくはないな、個人を犠牲にするギルドなんぞどうかしとる」
「それにナラカちゃんにいっぱいあげちゃいましたよねぇ? まだそんなに残ってるんです?」
「いや、まぁ…… 少しくらいは……」
あんまり無いな、これ。
あのとき「俺が出してやる!」ってカッコつけたんだ。
そりゃそうだ。
「やはりフーリンから金貨を貸し付けてもらわねば」
「行きましょうフミさん。全ての市民にとってギルド、クエストが健全であるために」
「その意気じゃ。行くとしよう」
◇◇◇◇◇◇
フーリン商会1号館。
「フミさん、ユーマさん、ご足労いただきありがとうございます」
「忙しいところすまんの」
「いえいえ滅相もない。ささ、こちらへどうぞ」
応接室に通される。
今日はいつもの会議と違う、こちらの要求を通さないといけない状況。
緊張するな。
「本日は金貨の話だそうですが」
「そうじゃ、貸してほしい」
いきなり切り込んだ。
「なるほどなるほど、そうですか」
だけどフーリンさんに動揺の色は無い。
予想してたのかも。
「どんな用途でしょうか?」
「分かっておろう。地方はおろか郊外は特に金貨が無い。今この瞬間も中央に流れておる」
「存じております」
「既に金貨に対する銀貨と銅貨のレートは暴落の一途、クエスト報酬に金貨を用意できん連中が加速度的に増えておるんじゃ」
「報酬が金貨でないことはデメリットですな。この時勢で通貨でないモノをもらったところで不都合でしかない。冒険者も受けたがらないでしょう」
すごい、ギルドで起きてる問題をもう理解した。
「そやつらの生活にも金貨は不可欠、ギルドが金貨支払いを強制するワケにはいかんのじゃ」
「彼らの生活まで保護するおつもりですか?」
「そんな大層なことじゃない、あくまでクエストに限った話よ」
そこまで発注者の面倒は見れないと言えばそれまでだ。
でも、できることなら見過ごしたくはない。
「なるほど、事情は分かりました。それで、おいくらで?」
「そうじゃな」
フミさんはニヤリと笑って、
「1千万G、用立ててもらおうか」
1千万G、みんなで話し合った結果、今後の安全な運営に必要とみた金貨量だ。
半年は余裕をもって交換できるだろう。
その間にスコーピオンの討伐も済むはず。
かなりの大金だが、果たして。
「……我々商工ギルドも金貨の保持に苦心してるのはご存知ですよね?」
「もちろんじゃ」
「今商工ギルドは一致団結して中央への金貨流入を最小限に留めています。地方商人が孤立しているとあっという間に食い物にされてしまいますから」
「賢明じゃな」
「無論、こちらとしても冒険者ギルドに協力する意思はあります。しかし、金貨については我々も手放しで提供できるワケはありません」
やはり「はいどうぞ」とはならないか。
だったらフーリンさんが求めるのは……
「フーリン、もったいつけるでない。何が望みじゃ?」
「話が早くて助かります。1千万G、ご用意しましょう。その代わり……」
交換条件か。
「向こう1年間、そちらからの冒険者紹介手数料を4割引きにしていただきたい」
「……なるほどの」
手数料の割引か。
商工ギルドからの売上のメイン、それが半分近く減る。
期限付きとはいえ、少し手痛いか……?
「加えて、です」
「なんじゃ、まだあるのか?」
今度はフーリンさんがニヤリと笑った。
「フミさん、それにユーマさん…… 冒険者ギルドを抜けてウチで働きませんか?」
「はぁっ?!」
お、思わず声が出てしまった。
ギルドを辞めてフーリン商会で働かないか、だって?
ヘッドハンティング、なのか?
「ハッ、儂らにお前の部下になれと言うのか? 冗談も大概にせい」
「いやいや本気ですよ。お2人の見識には常々舌を巻く思いです。ウチの戦力になっていただければ、これほど頼もしいことはございません」
フーリンさんはまっすぐな目をしている。
ほ、本気なのか?
借金に来てまさかこんなことになるとは。
フ、フミさん……
「……ちょっと席を外すぞ」
「えぇ、どうぞ」
「ユーマ、来い」
「は、はい」
フミさんに連れられて部屋の外に出る。
「ユーマ、どうじゃ? フーリンの下へ行きたいか?」
「どうでしょう、本気でしょうか?」
「本気だとして、どうする?」
「……魅力的な提案だとは思います」
フーリン商会はフウロ最大の商工業者であり、商工ギルドのトップ。
飲食、製造、運送、金融……
あらゆる業種を傘下に置き、その勢いは中央商人に迫る。
そんなフーリンさんから直接声をかけられたのだ。
将来はそれなりのポストが確約され、あり余る財をなすことができるだろう。
だけど、
「今、この提案を飲む気にはなれません」
「ほう?」
「僕はまだまだ半人前です。冒険者ギルドの運営チームとして学ぶべきことが山ほどあります。それをなおざりにして、うまい話に飛びつくことはできません」
僕の伸びしろはまだあるはず、そこを突き詰めるまでは今の環境から離れたくない。
それに…… 居心地も、いいから。
「僕は冒険者ギルドにいたいです」
「そうか、うむ、よく言った。さすが…… さっすがユーマじゃの〜♡」
フミさんが僕の肩を叩く…… に留まらず抱き寄せる。
ちょっとぉ。
「儂も行く気は無い。フーリンは本気と言ったが、やはり冗談にすぎん。儂らを動揺させて交渉で優位に立とうとしとるんじゃ」
「うっぷ…… やっぱりそうなんですね」
さすが大商人、一筋縄ではいかないか。
「ではその話は断るとして、手数料はどうします? 4割を受け入れますか?」
「それなんじゃが、ちょっと儂に考えがある。ユーマ、手伝ってくれるか?」
フミさんは自信ありげだ。
「えぇ、何でもお手伝いしますよ」
「よし、それじゃあ耳を貸すんじゃ。ゴニョゴニョ……」
あぁ〜 耳に吐息が〜
こそばゆい〜
しばらくして、応接室に戻る。
「待たせたの」
「いえ、大丈夫ですよ。お考えはまとまりましたか?」
「そうじゃの。まず、2人とも冒険者ギルドは抜けん」
「あれれ、なんということでしょう。それは手厳しい」
フーリンさんはわざとらしくおどけてみせた。
やっぱりただの脅かしだったのか。
「それで本題の手数料じゃが…… 4割は無理じゃの」
「……なんと」
フーリンさんの目つきが鋭くなる。
ここからが勝負だ。




