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7 初心者装備を貸しますが(3)

 それからも僕たちは回収を続けた。


 その5割は冒険者をやめて返すのが億劫になった人。

 4割は失くした・壊したことを言い出せなかった人。

 1割は新しく装備を買って返すのを忘れていた人だった。




 ◇◇◇◇◇◇




「ここで最後にすっか、日が暮れちまう」


「えぇ、こちらはサリルさん、31歳女性です。E級パーティのママさん戦士ですね」


「子育てで忙しかったのかもな」


「ですね。じゃあ行きましょうか」


 家の窓から明かりが漏れているので、いるのは確定。


 ドアをノックする。


「サリルさん、フウロギルドのユーマです」


 少ししてドアが開く。

 芯の強そうな女性が現れた。


「はい? ギルドが何のご用でしょう?」


「装備の回収に参りました。レザー装備を借りてますよね?」


「あ……」


 この反応、無いな。


「失くされました?」


「……はい」


「分かりました。それではこちらの報告書の提出と、補償金の支払いをお願いいたします」


「あの、補償金はいくらですか?」


「一部位につき50Gです。どこを失くされましたか?」


「……全部です」


 また全部?

 ひょっとしてこの人も魔物に?


「何か戦闘でトラブルがありましたか?」


「いえ、特には……」


 違うのか、ただ失くしたのか……

 全部を?


「本当に全部失くされたんですね?」


「はい、そうすると補償金は全部で……」


「武器1点に防具5点で、合計300Gですね」


「300G…… いつまででしょうか? 持ち合わせが無くて」


 持ち合わせが無い、と。

 まぁ、そういうときもあるのか。


「特に期限はありませんが、なるべく早くお願いします」


「分かりました」


「提出お願いしますね。では僕たちはこれで」



「サリルさん、いいか?」


 ハロルドさんが急に口を開いた。


「は、はい?」


「家族は今日どこに?」


「主人は仕事、息子は遊びに行ってますが……?」


「ならよかった。家の中、見せてもらうぞ」


「え、えぇ? あ、そんな勝手に! 困ります!」


「ハロルドさん?!」


 な、何してんのこの人?!


 ハロルドさんはズンズン中に入っていく。


「ちょっと、やめてください!」


「ここか? ……いや、ここだな!」


 ハロルドさんが防具立て横のクローゼットを開け、中を探った。


「……あぁっ?!」


「いやぁっ!」


 積まれた衣類で隠されていたのは、煌々ときらめく防具一式。

 黒光りし、禍々しい気迫すら感じる。


「すごい…… ただの鉄防具じゃないですね……?」


「メタルサーペント製だな。よくもまぁこんな高級品買ったもんだ」


 メタルサーペント、大蛇の上級魔物。

 全身が硬い鱗に覆われ、物理耐性がとても高い。

 魔法使いとの連携が必須になる手強い相手だ。


 その一式防具となると1万Gはするだろう。

 そんな代物、B級パーティレベルの装備だ。

 ただのママさん戦士がどうしてこんなものを……


「サリルさん、こいつはどういうことだ? D級で補償金にも困るくらいのアンタが、何でこんなモン持ってる?」


「あ…… う……」


 サリルさんはガタガタ震え、青ざめている。


「なぁ、サリルさんよ…… アンタ、装備を転売したな?」


「あぇっ?!」


 て、転売?!


「そうなんだろ? 違うのか?」


「……」


「だんまりか。でも転売したんならすぐ分かるぞ。なぁユーマ?」


「は、はい。ギルドのレンタル装備にはギルド庁のマークが刻印されています。分かりにくい場所にも多数刻印がありますので、全て取り除くのは不可能かと」


 ギルドの支給品は転売対策の一環で、基本的に刻印がある。


 今回の装備についてはアームカバーの指先の裏側や、ブーツのかかとの靴底を剥がしたところにもある。

 どこかに刻印が残っていれば、ギルドのものだとすぐに分かる。


「な? 後はこの辺で市場で聞き込みすりゃすぐだ。誰が売ったかなんて丸分かりよ」


「サリルさん、どうなんですか?」


「……そうです、その通りです」


「転売、したんですね?」


「……はい、しました」


 サリルさんが白状した。



 サリルさんはご近所の集まりでいくつかパーティを組み、たびたびクエストに参加していた。


 ある日、その中の1人が5,000Gの装備を着てきた。

 いかにも頑強そうな装備に、みんな目を奪われた。


 その人はこう言った。


『やっぱり冒険者はいいものを使わないと。装備にやる気が現れるよねぇ』


 それで射幸心に火がついたのか、みんなこぞって高級装備を買い漁るようになった。

 それは装備に留まらず指輪やネックレスなど、普段のファッションまでどんどん華やかになっていく。


 しかしサリルさんの家はそこまで経済的に余裕が無く、装備も何も新調できないでいた。


『サリルさん、まだそんな装備なの?』

『普段着もそうだし、冒険者としての自覚が足りないんじゃない?』

『困るな、パーティ内でレベル差があるの』


 サリルさんはご近所付き合いが悪いという理由で、だんだん爪弾きに遭うようになった。


 それで不安になったサリルさんは、家族に黙って貯金に手をつけ、高級防具やアクセサリーやらを購入した。

 レザー装備もそのときに売り、購入代金の足しにしたということだった。



「理解できねぇな、身の丈に合わねぇ装備で自慢し合うなんてよ」


「この防具は使っているんですか?」


「たまにクエストに着ていきます。そうするとみんな私を受け入れてくれるから……」


 集団意識というのは恐ろしい。

 ただ集まって言葉を浴びせるだけで、人をここまで突き動かしてしまうのだから。


「自分で何を買おうが自由だがな、借りたモンを売っちまうのはよくないわな。貸し出したときの規約、忘れたか?」


「サリルさん、転売の件はギルド庁に報告して調査を行います。結果が出ましたら報告しますので」


「はい…… はい……」


「なぁサリルさんよ、いずれは家族にもバレちまうことなんだ。さっさと話して楽になっちまいなよ」


「……」


 気が抜けたようなサリルさんに頭を下げられながら、家を後にした。



 帰り道。


「それにしても、よくメタルサーペント防具を隠してるって分かりましたね?」


「あぁ、サリルさんの体見たらなんとなくな」


 か、体?

 な、何をいやらしいことを……?


「イヤリングもネックレスも高えのつけてた。服の上下もシルクのいいやつだ」


 あ、そういうことか。

 失敬。


「それなのに家具は質素だったろ? テーブルしかり椅子も年代もので、防具立ても木製で小さい。アレを隠すスペースもクローゼットしか無かった」


 あの短時間でそこまで見ていたのか。

 視野が広いな。


「外に出る自分の見てくれに金かけ過ぎなんだ。あの辺りは金持ちの家も多いしな」


「なるほど、そういうことだったんですか」


「それでクエストはたまにやってるのに、持ち合わせは無いときた。それで冒険者としての見てくれへの浪費先もどっかにあるだろうなって思ったんだよ。半分賭けだったがな」


「……間違ってたらどうしたんです?」


「誠心誠意謝るしかないわな。許してくれるまで、地面に頭擦ってな」


 ご、豪快というか無計画というか……


 でもこの強引さでもうまくいくような、卓越した洞察力があるんだ。


 見習わないといけない、かも。


 沈む夕陽を見ながらそう感じた。




 ◇◇◇◇◇◇




 フウロギルド、会議室。


「そんなことがあったんだね! 返してもらうにも一苦労だなぁ」


「いっそのこと、貸し出しに条件でも付けちまうか? 最初に前金を取る、とかな」


「いや、そもそも貸し出しの目的はスタートアップじゃ。その門戸を閉ざすべきではなかろう。」


「そうですよねぇ…… あ、それとユーマちゃん、頼まれてた面談、セッティングしたからね。ヤンチャな子たちみたいだけど、ちゃ〜んと話聞くから安心して♡」


「ありがとうございます。フミさん、転売調査の件はどうです?」


「もうフーリンが見つけたそうじゃ。刻印がそのまま残っておったから簡単じゃったと」


 もう見つかったか。

 だったらサリルさんは……


「サリルじゃが、憲兵が出るような事態にはならん。しかしギルド庁から罰されるな。資格剥奪までいくかもしれん」


「そうですか…… 分かりました」


 逮捕は無いが、家族には知れるに違いない。

 きちんと話し合って、家族の形は崩れないでいてほしいものだが。


「私、借りた人が受付に来たら『装備の具合どうですか?』って聞くようにするよ!」


「私も面談のときにそれとなく聞いてみるわぁ」


「うむ、当面は各々リマインドして、現状把握を心がけるとしようかの」


 たかが初心者向けの装備ではある。

 だけどそれが思わぬ落とし穴になるときだってある。

 ギルドがその穴を埋めてあげないと。

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