7 初心者装備を貸しますが(1)
「アヤさん、ユーマさん、お世話になっております」
フーリンさんの元を訪れる。
初心者装備の新調に来たのだ。
誰もが冒険者になれるこの世界。
しかしいきなり冒険者になったところで武器はどうする? 防具は?
お金を稼ぎに冒険者になるにも、まずお金が必要というジレンマ。
そのためギルドはスタートアップ支援として鉄製武器とレザー防具を無償レンタルしている。
それでクエストを攻略し、十分に稼いだらより高性能の装備を買い揃えて、初心者装備を返却する。
返却された装備は修繕して使い回すが、いずれガタがくる。
戦闘で破損することもある。
だから一定のタイミングでまとめて補充するのだ。
今日はアヤさんと一緒だ。
ハロルドさんもフミさんも別件で来られなかった。
装備の状態を確認するだけだから僕だけでも良かったのだが、一応とアヤさんがついてきてくれた。
「フーリンさん、お久しぶりですぅ」
「アヤさんもお元気そうで何よりです」
「本日は初心者装備の確認に来ました」
「分かっています。こちらへどうぞ」
フーリン商会2号館。
「こちらです。ご確認ください」
部屋の机いっぱいに置かれた装備。
剣、斧、弓、盾……
マスク、ベスト、アームカバー、ベルト、ブーツ……
新品なだけあってどれもピカピカだ。
身につけてしまえば低級魔物は倒せそうだな。
「拝見します」
武器を手にとって見る。
剣の刃に軽く指を押し当てる。
これだけでは切れない。
けど1ミリでも動かせば血が流れるだろう。
両刃の研ぎは問題無し。
斧はどっしりとした重量感。
斧頭のぐらつきは無く、柄の木製部分には薄く植物油が塗られており、手に馴染む。
それなりの破壊力がありそうだ。
弓は矢とセットになっていて、本数も潤沢にある。
前衛と組めば早々矢が切れるということはないだろう。
矢じりも磨かれていて、羽も綺麗に揃っている。
申し分ない。
盾は木枠に鉄部品をはめ込むタイプで、軽量化しつつ強度を担保している。
木枠も表部分は樹脂で補強されている。
裏で攻撃を受けなければ耐久性も十分だ。
防具を手にとって見る。
レザー製で軽く動きやすい、しかし防御力は心許ない。
あくまでチェーンメイルや鉄の装備が揃うまでの仮の代物だ。
マスクはヘルメットのように頭をすっぽり覆う形。
視界が狭まるのを嫌って着用しない冒険者も少なくないが、頭部の怪我は死に直結する。
ギルドとしては着用推奨。
ベストはチョッキのように羽織り、胸と腹を守る。
ナイフくらいの刃は通さないが、剣になるとキツい。
魔法耐性も今一つといったところ。
アームカバーは肘から指先にかけての防御力を高める。
手首より上の部分は取り外しできるので、武器を握るのに邪魔なら外せる、便利。
ベストは腰回りをサポートし、ポケットやベルトが多く、収納に優れる。
バッグを用意せずとも最低限のアイテムは携帯できる。
ブーツは膝下までの長さがあり、水場やぬかるみでも大丈夫。
合皮を重ねて作られており、撥水性も確か。
靴底の凹凸もバッチリ、滑りにくそう。
一通り見たが、どれも大丈夫だと思う。
いつも通りの品質だ。
「アヤさん、どうです? 特に問題は無さそうですが」
アヤさんは真剣にベストを見つめていた。
「う~ん、そうねぇ……」
「何か気になる点でも?」
「大丈夫だとは思うんだけど、気になっちゃうから一応ねぇ」
アヤさんはフーリンさんに向き直り、
「フーリンさん、仕入先替えましたぁ?」
「は?」
「え?」
アヤさんの突然の指摘に驚きを隠せない。
「ど、どうしてですか?」
「ここがねぇ、前と縫い方が違うのよぉ」
アヤさんがベスト裏の縫い合わせを指さす。
「前はもっと綺麗だったのに、これは縫い目の間隔がズレてて、ガタつきとかムラがあるのよねぇ。強度は大丈夫そうだからいいんだけどぉ」
ぬ、縫い方?
慌てて目の前のベストを裏返してみる。
「あ、本当だ……」
言われてみれば確かに、縫い方が雑で生地が少しヨレている。
マスクもベストもアームカバーもブーツも見直したが、どれも同じだった。
完全に見落としてた……
よく気付いたな。
「ねぇフーリンさん、どうでしょう?」
「……おっしゃる通りです。仕入れ先を前から変えました」
フーリンさんは申し訳なさそうに答えた。
「いえいえ、別に責めるつもりはないんですよぉ。ただ、替えた理由を教えていただけますかぁ?」
「コスト削減です。昨今の工房争議で人件費が高くなったのはご存じでしょうか?」
あぁ、そんなことが新聞で言われてた気がする。
「それで工房を新規のところに切り替えて、人件費を抑えようとしたのです。事前に品質チェックは行ったのですが、縫い目は失念しておりました…… 申し訳ございません」
仕入先の変更を隠していたのはいただけないが、フーリンさんの事情も理解できなくはない。
品質が全く同じでコストだけ削減できたのなら、まぁ、言わなくてもいいか、とはなるかも。
実際僕は気づけなかったし。
でもアヤさんが来たのが運の尽きだったな。
「あの…… 仕入先は戻した方がよろしいですか?」
「いえ、性能面は問題ありませんので、このままで大丈夫です。ただし以降は、このような変更をする際に僕たちにもご相談いただけますか?」
「はい、お約束します」
◇◇◇◇◇◇
フウロギルド、会議室。
「……ということがありましたね」
先ほどの件をみんなに報告した。
「フーリンの野郎…… 俺やフミさんじゃないからって舐めてんのか?」
「落ち着け。次からは相談すると言っておるし、今回はいいじゃろう」
「こういう細かなところが、案外フーリンさんの負担になってるのかもしれませんね」
「そうじゃのう、微妙なところじゃて」
フーリンさんは今までよくフウロギルドに付き合ってくれた。
小さなこときっかけで信頼関係を失いたくはない。
「あ、それで思い出した! 初心者装備ね、返却率が良くないんだよ!」
ヒナ姉が声を上げる。
「紛失・損壊の届出は?」
「ううん、それも全然! 借りっぱなしの人が多いんじゃないかなぁ」
よくないな。
それが積み重なれば新調の頻度が増え、大きな損失になっていく。
それなら、
「僕が回収に行きましょうか?」
フーリンさんの負担を減らすためにもちょうどいい。 テコ入れしよう。
「えぇ、ユーマちゃんが? 冒険者さんに『返して』って言いに行くの?」
「アリだな。督促状は何度も送ってんのに無視してんだ。回収に文句言われる筋合いは無いわな」
「うむ、ギルドが返却率を本気で問題視しているというポーズにもなるじゃろう。ユーマ、頼むぞ」
「はい」
「でもユーマちゃん1人は心配だわぁ。もう1人くらい必要じゃないかしらぁ?」
「そうですか?」
まぁギルドを無視するような冒険者だし、気性が荒いかもしれない。
人手はあった方がいいかもだけど。
「確かにな、俺は手が空いてるから行けるぞ」
「わ、私も行けなくはないよ! 受付代わってもらえば!」
「私も行けないことはないわぁ」
ん? なんだか変な雰囲気に……
「そしたらユーマ、この中から1人選んで連れていくといい。わ、儂でもいいんじゃからな?」
「へ、へぇ?」
と、唐突に恋愛イベントの分岐が始まってしまった……




