6 勇者のタマゴがおりまして(1)
「ですからこの鉱石採集クエストの報酬は、採掘量じゃなくて納品ボックスの数で決まりますね」
ただいまクエストの解説中。
「あんまり大きな声ではいえませんけど、1つのボックスにパンパンに詰めるべきではなかったかもです」
「うっわ、マジかよ〜! あんなに掘ったのに変だと思ったわ~! ねぇ、ギルドが何とか言ってくれない?」
「最初から記載がありますし、こちらからは何とも言えません」
「ちぇっ、ケチ! もういいよ!」
ふぅ、こんなところか。
今日はそんなに忙しくないな。
ヒナ姉も鼻歌なんか歌ってる。
今日は早くあがれそうだ……
「うわぁ〜い! 突撃ぃ〜!」
「ギルド! 冒険! 勇者ぁ〜!」
「行っけぇ〜!」
どうぇっ?!
なんだなんだ?!
突風のごとくギルドに乗り込んできた6つの人影。
7歳? くらいの子どもたちだ。
テンション高く走り回っている。
「ちょちょ、ちょっと?! ボクたち、どうしたの?!」
「あ、受付のお姉ちゃん! クエストちょーだい! クエスト!」
「え、えぇ?」
「剣だ〜! かっこいい! 持たせてよ!」
「な、何だ? おい、危ないから触るな!」
ヒナ姉や冒険者に絡みつく。
子どもの知的好奇心、凄まじい……
って感心してる場合じゃない、止めないと。
「君たち、ギルドは遊び場じゃないよ。何か聞きたいことがあるんだったら」
「え?! 何?! 誰?!」
こっちのセリフだが?
「とにかく、騒ぐのは止めてね。さもないと」
「イヤ〜! 捕まる〜!」
蜘蛛の子を散らすようにバラッ、と逃げ出した。
「あぁ?! ヒナ姉、捕まえて!」
「う、うん! こらぁ〜! ボクたち、大人しくしなさぁ〜い!」
「受付ジョーだ〜! 逃げろ〜!」
子どもたちは冒険者の間をスルスル抜ける。
さらに待合スペースのテーブルとイスの下をくぐりにくぐる。
「ちょ、君たち、ちょっと…… ぜぇ、はぁ」
た、体力がすごい。
小さい体なのにエネルギッシュが過ぎる。
追いつけない……
「こ〜らぁ、捕まえたぁ」
「んあっ?! 誰?! お姉ちゃん?!」
「あら、お姉ちゃんだなんて♡ もうおばちゃんなんだからぁ♡ 元気いっぱいでいいわねぇ〜♡」
あ、アヤさんナイス、1人捕まえた。
「放せっ、放せよぉ!」
「ダ〜メ♡ ボク可愛いからぁ、う〜んとぎゅ〜しちゃう♡」
「あうっ…… うん……」
「いい子ねぇ〜♡ よしよし♡」
男の子が大人しくなった、さすがの包容力。
でもあと5人もいる。
「ちょっと! 止まりなさぁい!」
「へへ〜ん! 捕まるもんか!」
ヒナ姉が追っかけてる、あの子から行くか。
あの子とヒナ姉の進行ルートを予測。
2人の体の角度、壁との距離、テーブルとイスの位置、人混み……
空間把握能力をフル稼働させてルートを絞り込む。
よし、そこだな。
「ちょっとすみません、背中借ります」
「え?」
人に隠れてあの子の死角に入る。
後はタイミングを見計らって飛び出せば……
ここだ!
「よっ、とっ、とぉ。捕まえた」
「あっ?! どこにいた?!」
「ユーマ、ナイス!」
ようやく2人目。
いったんこの子たちを外に出しておくか……
そのとき、目にも止まらぬ速度で室内を駆ける、大きな陰があった。
「おわっ?!」
「へぇっ?!」
「だぁっ?!」
「きゃっ?!」
「こぉら、ガキども! 仕事の邪魔すんじゃねぇ!」
よかった、ハロルドさんだ。
片手に2人ずつ、4人いっぺんに抱え込んだ。
「なんだこのおっさん?! 魔物だ、オークだぁ!」
「何だとぉ?!」
「ハロルドさん、落ち着いてぇ。相手は子どもよぉ?」
「優しくしてるだけじゃダメなんだよ。覚悟しろよガキども、3時間は帰さねぇからな」
「「「う…… うぇ〜ん! オークジジイがいじめるぅ〜!」」」
「だからオーク言うな! てかジジイってなんだよ、おっさんから格下げじゃねぇか!」
「ほどほどにしてあげましょう、ほどほどに……」
結局6人にハロルドさんのありがたい説教を30分聞かせた後、ご両親に引き取りに来てもらった。
「元気な子たちだったね」
「ったく、ギルドを何だと思ってんだか」
「冒険者に興味があるんでしょうね」
冒険者を題材にした本や童謡はたくさんあふれている。
誰もが小さいころからその物語や武勇伝に憧れて育っていく。
ただし冒険者になれるのは16歳から。
まだまだ長い道のりに、猛る思いを抑えられなかったのだろう。
でも仕方ない、年齢はどうしようもないから……
年齢……
「ハロルドさん」
「ん?」
「ふと思ったんですけど、さっきみたいな子たちが冒険者のことを知る機会って、ほとんど無いですよね?」
「まぁな。ギルドはもちろん、酒場とかにも入れねぇしな。家族に冒険者がいない限りは、話も聞けねぇだろうな」
ふむ……
だったら、
「だったらさ! 子どもたちに向けて冒険者のお話会とか、やってみたらいいんじゃないかな? 『子どもたちの質問に何でも答えます』みたいな!」
そう、まさにそれ。
幼いうちから冒険者の実際を知ってもらい、将来をイメージしてもらう。
ギルドとしても、長期的視点に立った有益な活動だろう。
「あ〜 確かに、悪くはねぇかもな。面倒臭いかもだが」
「でもやった方がいいよね? 私、頑張るから!」
ヒナ姉はやる気だ。
子ども好きでお世話焼きだからな。
「場を設けて冒険者に話してもらうだけなら、そこまで手間はかかりません。ヒナ姉、アリだよ」
「でしょでしょ? やってみようよ! おばあちゃんにも聞いてみよ!」
会議室へ直行し、フミさんにアレコレを説明する。
「いいじゃないか、やってみるとい。児童への広報、第一弾じゃな」
あっさりOKが出た。
「本当?! おばあちゃん、ありがとう!」
「質疑応答くらいならすぐできるじゃろう。ユーマ、手伝ってやれい」
「分かりました。じゃあヒナ姉、準備しよっか」
「うん!」
受付をアヤさんにお願いして、2人でお話会の準備を始めた。
呼ぶパーティ、会場、日程、告知のチラシ……
簡単なイベントではあるけれど、ギルドの催しとして手を抜くワケにはいかない。
時間をかけて丁寧に準備した。
お話会前日。
「飾りつけくらいした方がいいよね? 作ろうよ!」
ヒナ姉は僕を奥の部屋に連れこみ、色テープ、画用紙、造花、風船とかが入った箱をドカドカ持ってきた。
つ、作るのか……
出来合いを買えばいいんじゃ?
「ヒナちゃん、ちょっといいかしら?」
「あ、お母さん、はい! ごめんね、何か作ってて!」
「何か作っててって、ちょっと?!」
……行ってしまった。
大量の材料を前に、ポツンと1人。
「はぁ〜」
ヒナ姉も頑張ってるし、協力してあげるか。
箱に手をつっこんで物色する。
何ができるかな。
僕はお世辞にも工作がうまいとは言えない。
小学生のころは通信簿で図工だけ5が取れず、3が最高だった。
頭で思い描いたものを指先で表現するまでにパケットロスが生じてるのだ、多分。
「おや、折り紙だ」
こっちの世界にもあるんだ。
懐かしい、フミさんから鶴の折り方を教わったな。
折ってみるか。
「確か半分に折ってから…… ここを折って…… ひっくり返して…… よし、こうだ」
バッタができた。
「……なぜ?」
対角線で半分に折ってから、折った先をそれぞれ折り返して、終わり。
世界一簡単に作れる折り紙、それがバッタ。
どうやら無意識に鶴からバッタにシフトしてしまったらしい。
いやいや、鶴くらいできるって。
もう1度。
「2回半分に折って…… ここを開いて…… こっちも開いて…… 折りたたんで…… 折り返す。そうそう、こんな感じ。よし、完成だ」
バッタができた。
「手順わい」
な、なぜあの手順を踏んでバッタになる?
全部放り出して新しく作り直したのか、無意識に?
おかしい、もう1度……
思い出せ…… 幼きあのころ、フミさんの手から創造された美しい鶴、その姿を!
「2回折る、開いて折り目をつける、折りたたむ、尖った部分を持ち上げる、先を引き出して羽を広げる…… 今度こそ、これで、完璧だ!」
バッタができた。
「なんでじゃぁぁぁ?!」
あ、ありえない……
僕の頭では理解できない現実が今ここに……?!
「ごめんごめん、お待たせ! 手伝うよ!」
ヒナ姉、見ないで……
「あ…… まだ作ってないんだね! 大丈夫、一緒に作ろう!」
明るい励ましが胸を貫く。
そうだよね、バッタ3匹作ったとは思わないよね……
自信をすっかり失った僕はヒナ姉のラジコンになった。
ちまちま画用紙を切ったり造花を貼ったりした。
◇◇◇◇◇◇
お話会当日。
「いやぁ、それらしくなったね!」
「うん」
待合スペースを会場として、それを彩るは折り紙、造花、テープ、水彩絵……
お遊戯会っぽさがすごいが、それでもいつもよりは華やかになった。
そして今回答弁してくれるパーティがやってきた。
「ユーマくん、ヒナちゃん、今日はよろしくな」
「よろしくお願いします」
呼んだのは1番若いB級パーティ、この前フーリンさんに提案した彼らだ。
……ナラカさんたちも頭によぎったが、
『はぁ? なんでガキのお守りしなきゃなんねぇんだよ』
脳内で拒否されてしまったのでやめておいた。
剣士、戦士、魔法使い、僧侶のベーシックな編成で、僧侶は女の人。
経験も豊富だし、幅広く質問に答えてくれるはず。
お話会、うまくいくといいな。




