5 私たちのための制度です(3)
……ん?
「ハッ?!」
し、しまった。
何をしているんだ、僕は。
ここは、どこだ?
見知らぬ天井、どこかの部屋、ベッドの上。
薬とアルコールのかすかな匂い。
「診療所…… かな」
どうやら診療所の一室で寝かされている。
それで、何があったんだっけ。
少し頭痛がするが大丈夫、記憶をさかのぼってみる。
……ハロルドさんとナラカさんが助かったのを見た。
それに安堵した拍子で気絶してしまった、みたい。
はぁ、そんなさぁ。
「情けないなぁ」
穴があったら埋葬されたい。
意気込んで助けに行って、まさか自分が運ばれる始末。
ギルド職員として何たる体たらく。
「ナラカさん、大丈夫かな」
「……?」
「……!」
部屋の外、廊下から足音と声が近づいてくる。
「……あっ、あぁ〜?! ユーマ、ユーマが起きてるぅ〜!」
「あぁ、ユーマちゃん! 急に倒れたって聞いて、本当にびっくりしたんだからぁ!」
「ユ〜マァ〜! 儂を心配させおってぇ〜!」
ヒナアヤフミのトリプルタックル。
ぐ、ぐぇぇぇ……
嬉しいより苦しい……
「み、みなさん…… 僕は大丈夫です、怪我とかありませんから…… それよりナラカさん、ハロルドさんは……?」
「俺はなんともないぞ」
部屋の入口から声が。
「ハロルドさん……」
頭に包帯を巻いて体中に絆創膏を貼っているが、なんともなさそうだ。
これが元B級戦士の生命力か、すさまじい。
「ナラカも無事なんじゃろう? ハロルド」
「あぁ、右腕が粉砕骨折、両脚にヒビが入ってたが、僧侶とアイテムで応急処置できた」
そっか、アレも役に立ったんだ。
「あっちで医者に診てもらってるが、もうほとんど治ってるぜ。3日もあれば元通り動けるってよ」
「そう、すぐ治るのね。よかったわぁ」
「ねぇハロルドさん、ナラカさんに何があったの?」
「それはな」
「あの〜」
申し訳ないが、話を遮らせてもらう。
「ハロルドさんの話は聞きたいんですが、その前にみなさん……」
「「「え?」」」
「僕から離れてもらえませんか? 苦しいです」
さっきから3人にしっかと抱きつかれてた。
過保護だって。
「そ、そうだね! そろそろいっか、アハハ……」
「ごめんねぇ、つい嬉しくって……」
「老婆心が分からんか、全く……」
ようやく解放された、体が軽い。
「愛されてんだよ、ユーマ、良かったな」
それはいいんだけど、今はとにかく、
「ナラカさんの様子が気になります。病室まで歩きながら話しましょう」
ナラカさんの病室に向かう。
その途中にハロルドさんから経緯を聞かせてもらった。
「ナラカは渓谷のダンジョンに1人で潜ってた、大したヤツだよ」
「ナラカさん、どうしてそんなこと…… 私たちのせいなのかな……」
かもしれない、それを確かめに行くんだ。
「それにしてもハロルド、よく追いついたのう。昔の血が騒いだか?」
「それもあったが…… ナラカが苦戦して足止めくらってやがった。追いついたとき、アイツはオーガ4体を相手にしてた」
オーガは鬼の中級魔物。
体格は人間の倍ほどあり、武器を使用する。
しかし中級魔物が4体同時とは……
「え、それってA級指定のダンジョンなんじゃ?!」
「いや、難易度としてはB級の…… 上澄みくらいか? そのオーガも多分、ボスの手前の手前の手前…… くらいのヤツだな。」
「それでもB級の下層まで1人で…… ナラカちゃん、すごいのねぇ」
もはやC級の実力を軽々越えている。
メンバーの戦力も揃えばA級に手が届くかもしれない。
「本当にな、若いころの俺を思い出すよ」
「それで、そこからどうやって脱出を?」
「ナラカはボロボロだったが、それでもオーガを1体倒してた。で、残り3体に囲まれてたから、こりゃ倒さなきゃマズイなって思って、急いで叩きのめした」
……へ?
言ってること、理解できない。
「叩き、のめした? ハロルドさん1人で? オーガ3体を?」
「おう、ギリギリなんとかなった」
ケロリと言ってのけるが……
イヤイヤイヤイヤ、とんでもない。
実力は既にB級のナラカさんで、なんとか1体。
それでもすごいのに、この引退おじさん、3体まるごと倒したぁ?
しかもロクにダメージ負わずに?
ば、化け物……
これで現役時A級じゃなかったんだから、世界って広いんだなぁ。
「それでナラカを背負って戻ってたら、援軍ってパーティとバッタリ会って、一緒に入口まで戻ってきたってワケだ」
「そのパーティの人たち、残念そうに言ってたよ! 『俺たち何もしてない』って」
「まぁ来てくれただけありがてぇよ。万が一ってことがあるからな」
改めて我らがギルマスの偉大さを思い知った。
これが冒険者をまとめるに足る器なんだ。
「着いたぞ、ここだ」
角の病室、明かりが漏れている。
ここにナラカさんが。
僕たちのこと、どう思ってるんだろうか。
胸を押さえながら病室に入る。
中には1つのベッド、その上で足を組んで座る赤髪の少女。
体中包帯でぐるぐる巻きだが、寝てなくてもいいくらい元気なんだな。
「お〜うナラカ、しおらしいじゃねぇか。てっきり暴れてるもんかと思ったがよ」
ハロルドさんが明るく茶化す。
しかしナラカさんはこちらを見てくれない。
「……何しに来た」
かすれた声がする。
「病室でやることなんて見舞いしかねぇだろ。なぁ?」
そうだ、ナラカさんには言わないといけないことがある。
張り付く唇を剥がし、唾を飲み込み、思いをそのまま口にする。
「……ナラカさん、申し訳ありませんでした」
謝罪の言葉とともに深く頭を下げる。
「僕たちはギルドという立場に甘んじて、ナラカさんの気持ちを蔑ろにしていました。お詫び申し上げます」
ナラカさんの暴走と言えるのかもしれない。
だからといってギルドに何の責任も無いワケがない。
ギルドは冒険者のためにあるのだから。
「ユーマの言う通りじゃ、ナラカ、すまなかった」
「ナラカちゃん、ごめんなさい、話を聞いてあげられなくて」
「ナラカさん、ごめんなさい…… 本当に、ごめんなさい」
こうなるまで気が付かなった僕たちは反省すべきだ。
ナラカさんの言葉を待つ。
「……ハッ、立派なもんだな、尊敬するよ」
「え?」
「心でアタシのことをバカにしてんのに、口からはそれらしい言葉が出るんだもんな」
バ、バカにだなんて、
「決してそんなことは」
「あるだろうが! えぇ?! 『言うこと聞かないバカがこうなった』って見下してるくせによぉ!」
「おいナラカ、そんな言い方は」
「うっせぇんだよ! どいつもこいつも、もっともらしいことばっかり言いやがってさぁ! アタシを本気で心配する気なんか、サラサラねぇのになぁ!」
うぐっ。
痛い、言葉の1つ1つが。
「『弟がかわいそう』って同情するだけ同情して、そのくせ『規則は規則だから』って突き放しやがる! ふざけんじゃねぇ! アタシたち姉弟を、お前たちの偽善に使うんじゃねぇよ!」
呼吸が、できない。
「アタシのことなんて、何も見てくれなかったくせに!」
脳が、揺れる。
「欲しい言葉も…… かけてくれなかったくせに……! なのに…… 今さら…… 今っざらぁ……!」
……
「〜〜〜いいゴぶっでんじゃあ、ねぇぇぇ!!!」
涙が流れた。




