表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/24

5 私たちのための制度です(3)

 ……ん?


「ハッ?!」


 し、しまった。

 何をしているんだ、僕は。

 ここは、どこだ?


 見知らぬ天井、どこかの部屋、ベッドの上。

 薬とアルコールのかすかな匂い。


「診療所…… かな」


 どうやら診療所の一室で寝かされている。


 それで、何があったんだっけ。

 少し頭痛がするが大丈夫、記憶をさかのぼってみる。



 ……ハロルドさんとナラカさんが助かったのを見た。

 それに安堵した拍子で気絶してしまった、みたい。


 はぁ、そんなさぁ。


「情けないなぁ」


 穴があったら埋葬されたい。

 意気込んで助けに行って、まさか自分が運ばれる始末。

 ギルド職員として何たる体たらく。


「ナラカさん、大丈夫かな」



 「……?」


 「……!」


 部屋の外、廊下から足音と声が近づいてくる。


「……あっ、あぁ〜?! ユーマ、ユーマが起きてるぅ〜!」


「あぁ、ユーマちゃん! 急に倒れたって聞いて、本当にびっくりしたんだからぁ!」


「ユ〜マァ〜! 儂を心配させおってぇ〜!」


 ヒナアヤフミのトリプルタックル。


 ぐ、ぐぇぇぇ……

 嬉しいより苦しい……


「み、みなさん…… 僕は大丈夫です、怪我とかありませんから…… それよりナラカさん、ハロルドさんは……?」


「俺はなんともないぞ」


 部屋の入口から声が。


「ハロルドさん……」


 頭に包帯を巻いて体中に絆創膏を貼っているが、なんともなさそうだ。

 これが元B級戦士の生命力か、すさまじい。


「ナラカも無事なんじゃろう? ハロルド」


「あぁ、右腕が粉砕骨折、両脚にヒビが入ってたが、僧侶とアイテムで応急処置できた」


 そっか、アレも役に立ったんだ。


「あっちで医者に診てもらってるが、もうほとんど治ってるぜ。3日もあれば元通り動けるってよ」


「そう、すぐ治るのね。よかったわぁ」


「ねぇハロルドさん、ナラカさんに何があったの?」


「それはな」


「あの〜」


 申し訳ないが、話を遮らせてもらう。


「ハロルドさんの話は聞きたいんですが、その前にみなさん……」


「「「え?」」」


「僕から離れてもらえませんか? 苦しいです」


 さっきから3人にしっかと抱きつかれてた。

 過保護だって。


「そ、そうだね! そろそろいっか、アハハ……」


「ごめんねぇ、つい嬉しくって……」


「老婆心が分からんか、全く……」


 ようやく解放された、体が軽い。


「愛されてんだよ、ユーマ、良かったな」


 それはいいんだけど、今はとにかく、


「ナラカさんの様子が気になります。病室まで歩きながら話しましょう」



 ナラカさんの病室に向かう。

 その途中にハロルドさんから経緯を聞かせてもらった。


「ナラカは渓谷のダンジョンに1人で潜ってた、大したヤツだよ」


「ナラカさん、どうしてそんなこと…… 私たちのせいなのかな……」


 かもしれない、それを確かめに行くんだ。


「それにしてもハロルド、よく追いついたのう。昔の血が騒いだか?」


「それもあったが…… ナラカが苦戦して足止めくらってやがった。追いついたとき、アイツはオーガ4体を相手にしてた」


 オーガは鬼の中級魔物。

 体格は人間の倍ほどあり、武器を使用する。


 しかし中級魔物が4体同時とは……


「え、それってA級指定のダンジョンなんじゃ?!」


「いや、難易度としてはB級の…… 上澄みくらいか? そのオーガも多分、ボスの手前の手前の手前…… くらいのヤツだな。」


「それでもB級の下層まで1人で…… ナラカちゃん、すごいのねぇ」


 もはやC級の実力を軽々越えている。

 メンバーの戦力も揃えばA級に手が届くかもしれない。


「本当にな、若いころの俺を思い出すよ」


「それで、そこからどうやって脱出を?」


「ナラカはボロボロだったが、それでもオーガを1体倒してた。で、残り3体に囲まれてたから、こりゃ倒さなきゃマズイなって思って、急いで叩きのめした」


 ……へ?

 言ってること、理解できない。


「叩き、のめした? ハロルドさん1人で? オーガ3体を?」


「おう、ギリギリなんとかなった」


 ケロリと言ってのけるが……

 イヤイヤイヤイヤ、とんでもない。


 実力は既にB級のナラカさんで、なんとか1体。

 それでもすごいのに、この引退おじさん、3体まるごと倒したぁ?

 しかもロクにダメージ負わずに?


 ば、化け物……

 これで現役時A級じゃなかったんだから、世界って広いんだなぁ。


「それでナラカを背負って戻ってたら、援軍ってパーティとバッタリ会って、一緒に入口まで戻ってきたってワケだ」


「そのパーティの人たち、残念そうに言ってたよ! 『俺たち何もしてない』って」


「まぁ来てくれただけありがてぇよ。万が一ってことがあるからな」


 改めて我らがギルマスの偉大さを思い知った。

 これが冒険者をまとめるに足る器なんだ。



「着いたぞ、ここだ」


 角の病室、明かりが漏れている。


 ここにナラカさんが。

 僕たちのこと、どう思ってるんだろうか。


 胸を押さえながら病室に入る。


 中には1つのベッド、その上で足を組んで座る赤髪の少女。

 体中包帯でぐるぐる巻きだが、寝てなくてもいいくらい元気なんだな。


「お〜うナラカ、しおらしいじゃねぇか。てっきり暴れてるもんかと思ったがよ」


 ハロルドさんが明るく茶化す。

 しかしナラカさんはこちらを見てくれない。


「……何しに来た」


 かすれた声がする。


「病室でやることなんて見舞いしかねぇだろ。なぁ?」


 そうだ、ナラカさんには言わないといけないことがある。

 張り付く唇を剥がし、唾を飲み込み、思いをそのまま口にする。


「……ナラカさん、申し訳ありませんでした」


 謝罪の言葉とともに深く頭を下げる。


「僕たちはギルドという立場に甘んじて、ナラカさんの気持ちを蔑ろにしていました。お詫び申し上げます」


 ナラカさんの暴走と言えるのかもしれない。

 だからといってギルドに何の責任も無いワケがない。

 ギルドは冒険者のためにあるのだから。


「ユーマの言う通りじゃ、ナラカ、すまなかった」


「ナラカちゃん、ごめんなさい、話を聞いてあげられなくて」


「ナラカさん、ごめんなさい…… 本当に、ごめんなさい」


 こうなるまで気が付かなった僕たちは反省すべきだ。


 ナラカさんの言葉を待つ。



「……ハッ、立派なもんだな、尊敬するよ」


「え?」


「心でアタシのことをバカにしてんのに、口からはそれらしい言葉が出るんだもんな」


 バ、バカにだなんて、


「決してそんなことは」


「あるだろうが! えぇ?! 『言うこと聞かないバカがこうなった』って見下してるくせによぉ!」


「おいナラカ、そんな言い方は」


「うっせぇんだよ! どいつもこいつも、もっともらしいことばっかり言いやがってさぁ! アタシを本気で心配する気なんか、サラサラねぇのになぁ!」


 うぐっ。

 痛い、言葉の1つ1つが。


「『弟がかわいそう』って同情するだけ同情して、そのくせ『規則は規則だから』って突き放しやがる! ふざけんじゃねぇ! アタシたち姉弟を、お前たちの偽善に使うんじゃねぇよ!」


 呼吸が、できない。


「アタシのことなんて、何も見てくれなかったくせに!」


 脳が、揺れる。


「欲しい言葉も…… かけてくれなかったくせに……! なのに…… 今さら…… 今っざらぁ……!」


 ……


「〜〜〜いいゴぶっでんじゃあ、ねぇぇぇ!!!」


 涙が流れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ