1-2.少女 ケダルゲ
「た、た、大変です! 人、倒れてます!」
伸びる道の先に、一人の人間がうつぶせに倒れている。
遠目でも分かることは、黒い髪の小柄な女性だと言うこと――
「ぷ、ぴゅぃま、気をつけなさい。不用意に近づいて――ってちょっと!?」
――何事があったというのだすぐさま救助を開始しなければッ。
オレは即座に駆け出し女性へと接近して行く。
土を蹴り、ローブをはためかせ、一秒でも早く倒れている女性の元へ――。
「キミ、大丈夫か」
ケープを羽織っている女性、少女は、うつぶせに倒れているため表情は確認できない。ここは肩を叩いて――いや、仰向けにするほうが――
「へむぅ……」
――返答、というよりは声が上がった。オレの声に対する反応と見て取れるその声は、意識があることを証明している。
「すまないが、体勢を変えさせる。苦しかったらすぐに言え」
「へぁー……」
オレは彼女の体に手を差し込み、頭部を支えながら仰向けの状態にさせた。
片手で少し抱くような状態で彼女の上半身を支えながら顔色を診る。青くはない、唇の色も正常だが、少しカサついている。
彼女――少女の顔は不健康とも気だるそうとも取れる表情……元からこう言ったアンニュイな顔つきなのだろう。長髪の黒髪パッツンと気だるそうな半目の顔プラスマロ眉、紫色のケープの下はシャツと短いスカートで体型は慎ましやかだ、が、何より慎ましやかな体に比べて少し太めの足を包む黒タイツの光沢が良い、ベルトに携えた試験管と、ポーチもある意味では可愛らしさを生み出している。状態確認よし。つまり――
「空腹なのだな」
――結論は、コレしかない。
「んぇー……そー……よくわかったなぁー。た、たべものわけてぇ……水も……できれば食べさせて飲ませて欲しぃぞ……」
旅において食料や水は貴重なものだ。だが、この少女の為に分け与えるならば、何も厭う事は無い。
オレはローブの裏から水筒を取り出し、少女の『んあー』とともに開けられた口へ、そっと静かに水を注いで行く。
「――ちょっとアンタ不用意に近づきすぎよ! 罠だったらどうするつもりだったの!」
少女の細い喉がコクリ、と一回なったと同時に背後からビッ乳の声が聞こえてきた。少しだけ顔を振り返らせればオレと少女を見下ろしながらプニマと共に立っている。
「女性に振り回されるのも良いだろう」
「お願いだから会話して!?」
「だ、だいじょうぶですか……! なにかお怪我とか……ご病気……!」
「そこまで重い事態ではない、空腹で倒れていただけのようだ」
「あ、あ、でしたら、サンドイッチ……!」
心優しいプニマは、オレの言葉を聞くとすぐさまマジックバッグへ手を入れ小さめのバスケットを取り出す。その中から食パンを四つに切り分けた小さめの四角いサンドイッチを手に取ると、倒れていた少女の側にしゃがみ込み、口に差し出す形で食べさせ始めた。
「いひひ~、至れり尽くせり~……うんまぁー……も一口あーん」
「あーん、です……!!」
「ママぁ……」
片手で支えている少女は、もしゃもしゃという音が眼で見えてしまいそうなほどサンドイッチを頬張り、プニマにママ味を感じながらサンドイッチの味も味わっている。
そうして少女は小さいサンドイッチを三つ食べた後、『けぷ』と声を吐く。
「ありがとだぞ、心からの感謝ー」
「動けそうか」
「……あ、うごけないぞ。このままおんぶしてもらう必要があるぞ」
「ならばオレが背負おう」
少女が動けないというのならばそれは紛れもない事実だ。
「待ちなさい。そんな素性も分からないヤツにそこまでする義理なんてないわよ。食料と水与えただけで十分でしょ」
オレがいざ背負おうとしたところで、ビッ乳から義理人情の欠片もない言葉を言われる。
「何を言うか。旅において貴重な食料と水を与えたからこそ背負って体を堪能しても許される権利を得ているのだ、その権利を捨てろでも?」
「ひぇっ……ワタシ許してないぞ…………あー、んでもー……少しだけなら、セクハラしても良いぞー」
「何を言うか! 婚前の女性がそんなことをいうんじゃない!!」
「えぇ……このお兄さんこわ……。そっちのちっちゃい子、ワタシを変なヘンタイから助けてくれー……」
「で、デルコイノさんは少し変わってるけどとってもいい人です、大丈夫、です……!」
「でるこいのー……? あ、このダンナの名前? そういえば名前言ってなかったな、ワタシ、ケダルゲだぞ。よろよろー」
「ぷ、プニマです……! 変わった……お名前……ですね?」
「んまー、自分で付け――あわー、せおわれるー。ダンナは人の話を聞かないタイプの人間だな?」
ここに留まって長話をすることもない。オレは得た権利を有効活用して少女を背負い、移動を開始する。
――――軽く、そして柔らかい……が、少女、名をケダルゲと言ったか。ケダルゲの腰に携えられている試験管がゴツゴツとしている。まるで背後から複数のちんちんを押し付けられているようで興奮するじゃないか。
「キミは男だったのかな?」
「そんなわけないだろー……。乙女の体に触っておいてそんなこと言うの失礼だぞ、ほーめーろー、ついでにあーまーやーかーせー」
オレの背でもったりとぐらぐら揺れるケダルゲは、言葉遣いや動きから本当に気だるげな印象を齎す。名は体を表すというが、ここまでしっかりと表されているのも珍しい。
「ホントに連れてく気なのね……」
「赤髪のー……もしかして、Aランクハンターのニュークミルか?」
「こっちの素性を探るより、先にすることがあるんじゃない?」
「そーだなぁ……。おなかぽんぽんになったから、睡眠?」
「殺すわよ」
「じょーだんだぞっ、ほんとだぞっ。
ワタシの話しなぁー、聞くも涙語るも涙、お涙頂戴の珍道中だぞ。助けて貰ったお礼に覚悟して聞くといーぞ」
半ば得意げとも取れる声色で、背負われている気だるげなケダルゲは自らについてを話し始める。――背負っている間にこの薄く柔らかい体とタイツのすべすべ、ロリ体型の割りに太いもちもちふとももを静かに堪能させてもらおう。
「ワタシはなぁ、流れの魔工技師をやってるんだぞ」
魔工技師。それは、戦闘用から日用品まで幅広いマジックアイテムを製作する者達や魔導式の機械製作に携わる者達のことを指す。多くは工房に引きこもり、アイテムや部品の作成をしている故、流れとは珍しい。
「魔工技師さん……とっても頭が良くて、何でも作れる人たちって、聞いてます……!」
「わっはっはー、そーだぞ。ワタシはとっても頭が良くて何でも作れちゃう人たちの一人なのだー。因みにワタシは浅く広く色んなモノを齧っているぞ、でもどちらかと言えばくっだらないマジックアイテムばっかり作ってるからご入用のときは是非是非ー」
「購買心削ぐような売り文句ね……」
「くっだらないことがワタシにとっては素晴らしいのだぞ。けどそんなんばっか作ってるから家からも工房からも追い出されて一人旅をしてるんだぞ。商品を頑張って売りながら細々と材料費と生活費を稼ぐ日々……およよ……なんて嘆かわしい境遇なんだ……この世で一番不幸なのはワタシなのかもしれない……。ダンナ、もっと体触らせてあげるからお金くれたりしない?」
「――――なんだと? おい淫売女、お前まさか今までもそうやって金を稼いできたのではなかろうな」
「パンツは売ったぞ、良い値になって大助かりだったぞ」
「そう――か」
――なんだ、オレが背負っている者は穢れた売女だったのか。ならば背負う価値も無い。
「ひゃうん!? いったー!! お尻割れたぞ!!」
「チッ。助けて損をした。体を触る価値も無い」
「アタシ引いてるわ。最初は純粋な思いで倒れてる人を助けようとしてたのかなって思ってバカだけど優しいトコあるじゃないって思ってたのに思いっきり打算的だったししかも『損』だなんて言える切り替えの冷酷さがホントキモい」
「ケダルゲさん大丈夫ですか!?」
「美少女のお尻割れた!! ダンナに乱暴された!! 責任とってお金ちょーだい!!」
「良いか、お前の肉体が処女であろうが処女でなかろうが下着を売った時点で身を売ったも同然だ。そんな穢れた女にこのオレが金を渡すだと? その行為は風俗で女を買うにも等しい、つまりオレからみればお前は売女も同然ということだ。手ならばセーフか? 口ならばセーフか? 直接交わっていないなら処女か? 断じてそんな事は無い!! お前の心は非処女なのだ!! 体は綺麗でも心は穢れ切った女だ!!」
「なんだこの生粋の処女厨みたいな言葉……このダンナ頭おかしいぞ。女に夢を見て良いのは童貞の内だけだぞ、世の中の女は皆何処かしら穢れているぞ。なんなら非処女の方が多いぞ」
「主観でモノを語るんじゃない!!」
「ダンナこそ主観で語ってるぞ……。え……まさか、ダンナって童貞なのか? そんなカッコいい見た目してて?」
「勿論、誇り高き真なる童貞だ。何者にも穢されて居ない、無垢な体を持った純朴な童貞だ。ああ……世界に童貞と処女が溢れれば争いなど起きず、純粋な生命で溢れかえると言うのに――」
「溢れる前に生まれないぞ、子孫途絶えるぞ……」
「一応言っておくわ。気をつけなさい、コイツ頭おかしいから」
「身を持って体験してるぞ……」
「デルコイノさん! 酷いです! ケダルゲさんが下着を売ってしまったのは、お金が無くて仕方が無いことだったんだと思います! なのにそんな酷いこと言わないであげてください!」
「悪かった。先のことは謝る」
「お、おお……頭はおかしいけど素直な人なんだな……」
「アンタ、何が悪いか理解してる?」
「してないが?」
「ほらこれよ……」
「デルコイノさん!!」
クソッ。ビッ乳だけでもストレスだというのに、まさかこの場に追加でストレス要員が現れるとは……ッ。
純愛とは穢れなき愛、オレが大切にしている童貞は何も大切にしまい込んでいるのではなく、未来の相手へ奉げるために取っておいているのだ。穢れ無き体を差し出す分、相手からも穢れ無き体を差し出して欲しい。純粋な綺麗さが、純愛には大事なのだ。
もし将来、オレを好きだと言ってくれる人が現れたとして、過去に彼氏が一人でも居たのならばそれは過去の浮気だ。オレと出会う前に別な男と出会っているなど、時間軸を無視した浮気が成立してしまう。時空を超えた浮気は、純愛には要らない。生涯でただ一人を愛し、一人と愛し合うのが純愛なのだから。非処女なら尚のコト、オレの側に近寄るな。オレの周りに穢れた者が現れればオレまで連鎖して穢れてしまいそうになる。ただでさえビッ乳の穢れに対し童貞を保護しているというのに――
大切に取っておいている童貞は、穢れなきままで在れ。これからもオレがしっかりと守ってやるからな、オレの童貞よ……。
「ケダルゲさん、ごめんなさい……!」
「お尻いたー……。んまぁ、助けて貰った恩があるから水に流すぞ。一応穢れてないって事証明しておくけど、ワタシが売ったパンツは新品のパンツだぞ。ワタシが売ったのは性じゃなくて、ただの布だぞ」
「貴様男の心を弄んだのかァ……! そして少女から下着を買う男も男だァ……! ああ、人類が憎い……!」
「魔王みたいなこと言い出したぞこのダンナ……。ダンナはパンツ欲しくないのか?」
「欲しいが?」
「えぇ……」
能動的な売買はダメだが、偶然拾う、貰う、などと言った、受動的な受け取りや売買方式でなければ是非欲しい。それは男であっても女であっても、パンツを貰えるのなら是非貰う。
だが、ふむ。そうか。この女、いや、ケダルゲはギリギリだが処女だろう。しかし、純粋な処女ではなく、必要ならば性を売る手段をとりそうな淫らな処女だ。
オレの中でケダルゲはギリギリの綱渡りをしているような人物と評価をする。プニマのように穢れ無き者でもなければ、ビッ乳のように穢れきった者でもない、その中間辺りに位置するのが、ケダルゲだ。丁寧に扱うことも無いが、雑に扱うことも無い。何時どちらに転ぶかは、彼女の出方次第ですぐ決まる。
「ケダルゲ。キミを先の町、イエロまでは送り届けてやる。が、オレの前で迂闊な行動は取るなよ。場合によっては谷から突き落とす」
「頭おかしいダンナからようやくまともな言葉が出たと思ったら今度は脅迫されたぞ……。
でもらっきー、Aランクハンターが同伴してくれるなんて寝てても安全だぞー」
「寝てたら普通に置いてくわよ」
「ダンナー、置いてかれそうだからおんぶしてー、さっき落とした分丁寧に背負ってー。あと乙女に酷いこと言った分あまやかせー」
「まぁ、贖罪として背負うくらいはしてやる。
――故にプニマ、その可愛らしくムッとした顔をどうか治めてくれ。先ほどはすまなかった」
「私じゃなくてケダルゲさんにごめんなさいしてください! ちゃんとしたごめんなさいをちゃんと言ってください!」
「非処女と言って悪かった、ギリギリだがキミは処女だ。そう鑑みると一部発言はオレに非がある。オレの童貞に非は付いていないがな」
「ダンナってイケメンで頭良さそうな見た目してるけど、中身はお察しだなぁ。そりゃあ童貞なのも頷けるぞ」
「…………あの! 喧嘩終わったので、そーゆーこと、もう、あんまり言っちゃ、ダメ、です……!」
「見て見てダンナー、あのバッテンかわいいー」
「そうだろう、プニマのバッテンは癖になる」
「余計な同行者が増えたわ……アタシがしっかりプニマを守らないと……」
オレの背でヘラヘラと笑うケダルゲ、きゅっとした表情でバッテンをするプニマ、何かほざいてるビッ乳。
こうして四人で、オレ達はイエロという町を目指すこととなった――。――あと、良い景色を見ながらのサンドイッチは、とても美味かった。




