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1-1.辛い 辛い

 オレは旅をしている。ただ、純然たる愛を見つけるために。


 つい最近までは一人で色々な土地を巡っていた。帰る場所など何処にも無く、ただ歩き続けることしかできない道を、ずっと歩いていた。


 しかし、今は同行者が増えた。


 一人は、小さくて健気な白髪のツインテール少女、名をプニマという。もう一人は、赤髪のデカ乳女……なんだったか、まぁ、クソビッ乳だ。


 プニマはオレの旅路に同行し、ビッ乳はそんなプニマに同行をしている。二人に旅の目的など無く、ただオレと共に旅路を歩いているだけだ。


 そんな二人と共に、オレは現在空のトランクケースを片手に持ちながら、山の先にある次なる町へと歩みを進めている。


 目指している町の名はイエロ、鉱業で栄え、今もなお宝石や鉱石の採掘が続いている炭鉱町だ。ハープルから繋がる町の中で、一番興味が沸いた故に行き先はイエロを選んだ。特に深い意味は無い、ただ、興味がわいたから。それが当てのない旅にはもっとも必要な選別理由だ、これ以上の理由は要らない。


 オレ達三人は、そんなイエロを目指して、岩肌がむき出しで叡智な切り立った山に走る道を歩いていた。


「おぉー……! デルコイノさん、ニュークミルさん! 高いです、とっても高いです!」


 幅の広い、しかし横には山肌が、反対には柵などない崖が口を大きく開けている産――山道で、プニマは遠くの景色に眼を向けながら感動の言葉を発している。


 彼女は町にずっと住んでいて、このような景色を見たことが無いのだろう。オレが何度も見たような景色は、彼女にとって初めてみる景色で驚きに値するものようだ。その顔を見れただけでもこの道を選んだ甲斐がある。


「見えるか、プニマ。あそこが先日までオレ達が歩いていた平原だ」


「あ……! あんなにとーくに……! 凄いです、こんなにとーくです!」


「フッ、そうだな。あんなにとーくでこんなにとーくまで、だな」


今日明日きょうあすは山の上り下りで終わっちゃいそうね。もう少し歩ったらお昼にでもする?」


「お昼……景色の良い所でお昼ごはん……!」


「はぁんもぉ、ぷ、ぷにまがずっと可愛いわぁ……。で、でも、はしゃぎすぎて崖から落ちないようにしなさいよね、べ、別に心配してるわけじゃないんだからね! あーもー心配しーてーるーのー!!!!」


 相も変わらずビッ乳は煩い女だ。


「き、気をつけます……! 遠くだけじゃなくて、足元、見ます……!」


 相も変わらずプニマは健気な女の子だ。先ほどまで遠くへ向けていた眼を今度は足元に向けてジッと見始めている。


「この道の広さだ、そうそう落ちることもないだろう。そしてプニマ、下を見続けてるのも良いが、それでは視野が狭くなる。旅において狭い視野は勿体無く、同時に危険だ。広い視野を持って、注意をしながらも景色を楽しむと良い」


「注意をしながら……景色も楽しむ……あと、二つくらい眼が欲しいです……!」


「フッ……」


 あるあるだな。オレもちんちんが二本あれば、と思うときが良くある。


「でへへなにそれ可愛い……」


 オレはプニマの言葉に思わず笑ってしまい、ビッ乳は穢れた笑みを浮かべながら三人で岩山の道を歩く。


 先ほどから向かって愛する右手(デクストラアマータ)側に口を開いている崖は、見下ろせば底は暗く、落ちたらまず死ぬだろう。だが、そういった暗い底への畏怖とは、同時に吸い込まれてしまいそうになるものだ。意識をすればするほど意識がそちらへ向けられ、落ちないようにと思えば思うほど何故か歩みがぐらついてしまう。


 例えるなら、段差スレスレを歩いているときほど、何故か段差の方へ重心が寄ってしまい足がずり落ちてしまう現象に近い。


 危険視することは大切だが、危険視しすぎるというのは、そういった無意識な毒が意識に蔓延ってしまうというもの。故にプニマには“危険なことを見続ける”のではなく、“危険なことも見続ける”といった広い視野を持って欲しい。


 ――と、いうことも雑談に交えながら、オレ達は言葉を交わして道を歩く。自慢げに長々と高説を垂れるのはモテない男のすることだ。モテる男とは、話しの中でさりげなく伝えたい事を伝え、話の流れを邪魔せずに会話に華を咲かせることができる。まさに――オレのように――な。


「ふむ。ところで、今日の昼食は」


「えへへ、サンドイッチですよ。私とニュークミルさんで作った、ちょっぴり辛い刺激的なサンドイッチです!」


「辛い、か」


「なによ、文句でもあるの?」


 ビッ乳がオレの言葉に反応して、睨み付けるような視線を向けてくる。


 オレはこのビッ乳と関わる上で知ったことがある。


 この女は辛い物が好きらしく、以前に振舞われた料理は舌が燃え尽きるのではないかと錯覚するほどのモノをお見舞いされた。あの時はオレもプニマも水筒が空になるほど水をがぶ飲みするはめになったのだ。


「料理が出来ないアンタから文句言われる筋合い無いから。食べたくないなら食べなくて結構よ」


「オレは料理が出来ないのではない、しないだけだ。そして誰も食わないなどと言ってないだろう。旅の食料は貴重なものだ、どのような物であっても絶対に食う。現にお前の料理は全部平らげただろう。アレですらオレは食うぞ」


「……それって遠まわしにアタシの料理侮辱してない? アンタもぐもぐ食べてたくせに何その言い方ムカつく」


「侮辱などしていない。料理に罪はない故に正直に言ってやるが、アレは美味かった。煮えたぎるマグマを臓腑に落とし込む苦痛はあったが、味は普通に――いや、結構美味かった。お前という作り手は置いておいて、作られた料理はしっかりと評価している」


「……ふーん? そ。

 別にアタシだってアンタから褒められたいワケじゃないからどういわれてもいいわ。ドラ兄達は皆笑顔でいっつも美味しいって言ってくれるから、アンタから何を言われなくてもアタシの料理が美味しいって知ってるもの」


 ――――ドラゴ達の苦悩が忍ばれるな。


「……わたし、ごめんなさい……」


 プニマはしゅんとしながら謝る。それは、あの日のマグマ的スープと獄辣ごくらつチキンを残してしまった故の謝罪だった。美味かったがあえて言う、アレは人が口にして良い類の辛さではない。


「ううん! いいのぷ、ぷにまは! 辛いのはまだ早かったわ! ちょっとずつ慣れていきましょ! 今日の、二人で作ったホットハニーソースからゆっくり、すこーしずつ、辛いの慣れていこ!! アタシ激辛も好きだけどピリ辛も好き、甘いのも好き!! 今日のピリ辛は二人で作ったから一番好き!! えっと、あれ、なに言えば良いの……!? 結論がわかんない!! 友達を励ますのってどうすればいいの!!」


 煩い女だ。喚き散らかすな考えてからものを話せ。


「どうもこうもないだろう。此度の問答は食の趣向が主題だ、無理に互いを擦り合わせることはせず、それぞれの好き嫌いを理解し許容し合うことが何よりも大切となってくる。人の欲求とは遠慮して無理に合わせればひずみが生まれ不和が生じるぞ。

 故に、励ますのではなく、嫌いなモノははっきりと嫌い、好きなモノははっきりと好きと理解し合うべきなのだ。それはプニマも、ビッ乳も、互いにな」


「…………ぷ、ぷにま、辛いの嫌い……? 作らないほうが良い……?」


「き、嫌いじゃ、ないんです……! ニュークミルさんのお料理、美味しいです、今日のソースだってとっても美味しいです……! で、でも……辛過ぎるのは……。……はっきり、はっきり……。……口の中、びりびりして、食べられないです……。あ、けど、ホントにちょっぴり辛いお料理は好きなんです! 今日のソースも大好きです!」


「……なるほど…………辛いのが嫌いなわけじゃなくて、辛すぎただけ……うん。分かった。今後アタシが料理を作るときは、ぷ、ぷ、ぷに、ぷにまに合わせた辛さにすれば良いのね……。いつもの、アタシが食べる用のレシピじゃなくて、ぷ、ぷにま用のレシピを作る……。…………やり甲斐しか感じないわ……!」


「あ、で、でも……私も、とっても辛い食べ物、慣れたいです……。ニュークミルさんとお出かけして、辛いお料理屋さんに行ったとき、一緒のもの、食べられるように……!」


「…………なにそれ素敵過ぎない? えっ、あっ、そっか。アタシって友達とお店巡りできるんだ。人生ってこんなに華やかなものなのね。ぷ、ぴゅんぃ、ぷにまと一緒に居るとやりたい事がバンバン増えていくわ」


「私もです! たくさんがいっぱい、増えてます!」


 きゅっとしながらの表情はプニマらしい表情だった。


 プニマがやりたい事を見つけて行くことは喜ばしいことだ。親を亡くし、一人ぼっちになってしまった彼女にとって、それはとても大切な事だから。


 帰り道がない旅路はオレだけのものだ。プニマがずっと共をする義務はない。もし、彼女が腰を据えたいと思う居場所を見つけられたのならば、オレは祝福をしながら彼女と別れる。


 家族も、居場所も、帰る場所も失った孤独を、オレは知っている――――。


 ふむ?


 何気ない道中とは、時に何気なくないことが起きるな。本当に、何の前触れも無く。

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