5-2.愛って憎悪なのよ
食事を終えたオレは、そして皆は、その足で町を遊び歩くこととなった。
様々な店や場所を回る最中、一部戦闘があった区域にも赴き復興の状況を確認もしたが――何処へ行っても、オレ達には声が掛かり、感謝の言葉や礼の品々、羨望の眼差しが向けられ、オレは少し居心地が悪かった。
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「た、たくさん買ってもらっちゃいました……」
日暮れ前の路地で、プニマは肩から駆けたベージュ色の鞄を撫でながら言葉を発する。
ドラゴ達は時間ギリギリまでプニマを可愛がり、生活に必要な物から雑貨までプレゼントしてくれた。というのも、プニマの境遇を話したところドラゴ達三人が同時に大泣きしながらありとあらゆる事を尽くしてくれた。
「プニマちゃん! おねーさんのことお母さんだと思ってくれていいからね!! いっぱいいっぱい甘えて良いからね!!」
一番泣いて、一番女性として必要な品々を買い与えてくれたふわふわお姉さんは、馬車の荷台に乗りながらまだ泣いて手を大きく広げている。
ドラゴ達はこのまま馬車を利用して王都に帰るようで、今は別れの時となっていた。
「困ったことがあったら何でも言いなさい。お兄さん達が力を貸すから」
「遠慮せず頼ると良い」
ドラゴとハイドゥは今日で一番高価なもの、マジックバッグという魔道具をプニマに買い与えてくれた。これは、バッグを器の外側とし、内部には膨張の、空間には収縮と浮遊の、魔導式加工を用いた大容量の鞄だ。容量は木箱一箱分程。元は重力と物体を圧縮する魔法を研究して居た魔導師が、研究費欲しさに片手間で作った産物であり、最初はみすぼらしい袋の見た目で露店販売から始まった。それが時を経て改良され、今では機能性と共に見た目の改善も行われ様々な形となって販売されている。
ただ、製法難度が高く鞄程度までしか加工が出来ない。生産できる者も限られていて量産はされていない。高い買い物、それこそ町で暮らす平民の年収ニ年分にも昇る代物だ。気軽に子供に買い与えて良い代物ではないし、子供が持っていて良いものでもない。それでも二人が買い与えてくれたのは、今日買った品々や貰った物が大量だったことと、何より旅をしていくに当たってプニマに必要だからと感じたからだろう。あと、非力な彼女が沢山色んなものを持てるように、と。……呪附が、内側に忍ばせてある。こっそりハイドゥが仕掛けたのをオレは目撃した。
トランクケースを持つよりも邪魔にならず、いつでも身に着けている分盗まれる危険性も低い。が、最悪目をつけられて襲われる危険性はあるので――オレがカモフラージュの為に自腹でダミー用のトランクケースを買った。手ぶらな旅人ほどマジックバッグを持っていると思われる率が高く、治安の悪い場所では眼を付けられるからな。因みにオレはバッグすら持っていないから襲われることは無かった。
何故だか、オレの手持ちが増えた。だがコレも必要経費だ。プニマの為なら惜しくは無い。
そんなマジックバッグを買い与えた二人、ドラゴは馬を撫でながらプニマに眼を向けており、ハイドゥは荷台に呪附を張る作業を行い――そして。
「じゃあ、デルコイノ、プニマちゃん、ニュー。俺達は王都に帰るよ」
「デルコイノ、プニマ、ニュー。達者でな」
「デルコイノちゃん! プニマちゃん! ニューちゃん! また会いましょうね! 絶対会いましょうね!」
「みなさん……今日は本当にありがとうございました……! このご恩は絶対に忘れません!」
「ドラ兄達も元気でね。王様への報告はちゃんとやってよ」
「…………おい、待て」
「「「ばいばい!!」」」
「ばいばい、です……!」
「ばいばい、ドラ兄達……」
馬車が遠ざかっていく。ドラゴが手綱を握り、ハイドゥとふわふわお姉さんが荷台に乗って、三人が大きく手を振りながら去って行く。
…………おかしい。何故か忘れ物をして去って行く。要らん物を投棄して三人は去って行く。
「ドラゴ!! ゴミは指定の場所に捨てろ!!」
声が――届かない。去り行く者たちへ、オレの声は届かない――。
何故だ、おかしいだろう、どうしてビッ乳がここに残っているのだ。しかも、だ、オレ以外の全員がこのことをさも当然の如く受け入れている。皆、ビッ乳に愛想をつかしてシカトでもしているのだろうか。
「アンタ今絶対にアタシをゴミ呼ばわりしたでしょ」
「そのようなことはない」
「そ?」
「呼ばわりではなく真にゴミと言ったのだ」
「そ」
――直後、オレの腹部へ強烈な蹴りが放たれ、臓腑が裏返るのではないかと思ってしまうほどの衝撃を浴びせられた。
鍛えていた腹筋が無ければ即死だっただろう。オレは両膝を地に着けながら、トランクケースに体重を預けて<チン静化>を使う。痛みが、引いていく……。
「で、デルコイノさん、今のは、ダメ、です! 酷いです!」
「そう、か……。すまなかったな、ビッ乳。何が悪いのかなど一切理解できないが、謝っておこう」
「――アタシね、思うことがあるの。好きの反対って無関心っていうじゃない?」
「異議を唱える。好きの反対は嫌いだ、無関心はゼロの点であり、そこからプラスには好き、マイナスには嫌いと振れる。無関心とはどのような感情の反対位置にも在らず、全ての感情の基準点だ」
「あら、奇遇ね。アタシもそう思ってるわ。無って、無いことだもの。プラスでもマイナスでもなく、ゼロだもの。だからね、アタシね、アンタに対して無になれないの。――ホント、心底嫌い。なのに大切な友達が、そんな心底マイナスの奴と二人で旅をするのを見送れると思う?」
「ふむ。確かに一理あるな。オレもお前がプニマと二人旅を始めようとするのならば全力で止めるだろう」
「ドラ兄達には許可取ってる。ぷ、ぷにまからも、アンタが了承するなら是非一緒にって許可を貰った。実質全員から許可を取ったようなものよね、これって」
「オレは了承していないのだが? ……断じて……断じて認めない……お前と旅をするなど――絶対に嫌だ!!!!」
「出会ってから一番デルコイノさんの意志が感じられる心からの叫びです……デルコイノさんと、ニュークミルさん、仲良いのにどーして……ですか?」
「仲良くないのだが?」
「ぷ、ぷにまからはアタシたちどう見られてんのよ……」
「え、え……だって、お二人とも、いっぱいお話してますし、おかーさんも、『嫌いって好きなのよ』って、言ってましたし……」
「逆説的に好きって嫌い理論が出来上がるな。好きとは言い換えれば愛、嫌いとは言い換えれば憎悪だ。『愛って憎悪なのよ』と言い換えてしまうと途端に拗れた関係が出来上がってしまうではないか」
「大丈夫よ、ぷにゃ、にま。アタシはぷ、ぷにまのことが真っ直ぐ好きで、コイツのことは真っ直ぐ嫌いだから」
「皆、仲良いって思ってた、の……私だけ、だったんですか……」
「「……」」
しょんぼりしてしまったプニマを見て、オレとビッ乳は無言で顔を合わせる。
そして――互いにガッチリと手を握り合わすと――
「冗談だ、プニマ。親しい者とはこう言った少し過激なじゃれあいをしてしまうもの。仲が良いに決まっているではないか」
「そ、そうよ。アタシのも、ハンターなりの荒いコミュニケーション? ってヤツ、なのよ! こう、ね、そう、馴染みのヤツと交わす的な冗談的な荒い的なコミュニケーション的な?」
――オレ達は互いの手を潰さんばかりに握り合いながらプニマへとアピールをする。上辺だけの、偽りを。
「そ、そだったんですか……! じゃあやっぱり、皆仲良し、ですね……!」
青筋を立てて体の中ではミシミシと音を立たせているオレ達は、プニマの笑顔を持って手を放す。やれやれ、握られた跡がしっかりと手の表面に残ってるではないか。
その跡を隠すように、オレとビッ乳は片手を背に隠しながら先の話題へと戻る。
「で? アンタがなんて言おうとアタシはぷ、ぷ、ぷにま付いていくけど、まだ文句ある? あるなら黙ってなさい」
「それではオレが後生無口になってしまうではないか。…………ふぅ……。
プニマはこの女と一緒に居たいのだな」
「は、はい……!」
「……やれやれ。キミが望んだのならば、オレも譲歩せねばなるまい」
親を亡くして一人ぼっちになってしまったプニマは、これから生きていく上で頼れる人との繋がりを多く持っていたほうが良い。それは安心や平穏に繋がる。
だが何よりも、一緒に居たいと思った者が出来たのならば、その者はプニマにとっての周りの人となる。ビッ乳はクソビッチだが、プニマの前では淫猥なクソビッチぶりを見せることは無い。共に居れば可愛く可憐で儚げ健気なプニマのボディーガードとして良く機能してくれるだろう。
オレを中心にして考えればこの女は今すぐにでも捨てたい。だが、プニマを中心にして考えれば、友達でありAランクハンターであるビッ乳が側に居るメリットは大きい。
――――と、どうにか無理矢理にでもオレの中で納得できる理由を作り、そして何よりプニマにはママになってもらったりメスガキになってもらったりボロ布を頂いたり小さなお手手を教えてもらったりと多大なる恩を思い返すことによって不満と怒りの溜飲を強引に飲み込む。
「おいクソビッ乳。お前がオレ達の旅に同行することを許そう。その代わり、何があってもプニマの安全を優先した行動をしろ」
「言われなくてもそうするつもりよ。ぷ、ぷにま、Aランクハンターとしてアタシが旅の安全を保障してあげる。だから、何時でも側に居させて? 捨てないで? 守ってあげるからずっと友達で居て?」
「だ、だいじょぶ、です、居ます、お友達、ずっとです……! わたしも、出来ることをして、お二人のサポート、します……!」
ふんすとプニマが自らに気合を入れる。居るだけで良いというのに、サポートもしてくれるとは……健気な子だ。
オレはもう、夜のサポートを十分にしてもらっているから十分だ。だがそれでも、プニマ自身ができることを見つけ、旅での役割を獲得することは彼女の自立や自信に繋がる。サポートをするサポートを、オレもしていこうではないか。
「ほ、ホント? ずっと友達? べ、別にアタシね、このまま王都に返ったらぷ、ぷにまから忘れられちゃうんじゃないかって心配になってたワケじゃないけど、離れても側に居てもずっと友達なのって変わらない?」
「はい……! ずっと、お友達です……!」
プニマの返事を聞いたビッ乳は、口に手を当てるとオレ達へ背を向けてなにやらブツブツと独り言を呟き始めた。
「離れててもずっと友達なのに近くに居続けたらどうなっちゃうの……? 大親友? それとも同化して一つになっちゃうの? ……混ざり合って一生一緒なんて素敵なことじゃない……旅に同行しようとしたの正解だったわ……」
その呟きは断片的にしか聞き取れなかったが、断片的であっても憎悪を感じる類の発想だと言うことは分かった。プニマには護身用のナイフを買い与えてあるが、それでは心もとないな。何時でもこの女を殺せるようオレが眼を見張らせておこう。
ビッチが背を向け一人で思考に耽っている最中、プニマから袖を引かれる。
「デルコイノさん、この後はどうしますか?」
「ふむ……。衆目に晒され疲れた、宿屋に戻るとしよう。それと、明日にはこの町を出る。今夜はしっかりと体を休め出立の準備をしてくれ」
「はい! ……え、もう、ですか……!?」
「ああ。この町においてオレはデルコイノではなく、町を救った英雄の一人となってしまった。オレはただ、ありのままのオレを愛してくれる人が欲しい。この町では、もはや叶わぬ願いだろう」
純粋たる愛には、純然たる眼を。羨望の眼差しでもない、侮蔑の視線でもない、真っ直ぐな眼で、オレを見て欲しい。
そう思うとオレは、この状況を齎した四天王に対してある意味では敗北をしたのかもしれんな。オレの旅の目的は四天王の討伐に在らず、愛を見つけたいだけ。戦いに巻き込まれ勝利し要らぬ栄誉を押し付けられたオレは、そのせいで旅の目的から遠ざかってしまった。
「ありのままの自分を愛して欲しいですって!? なにそのピュアッピュアでドーテー極まった小っ恥ずかしい言葉!! あーっはっはっは!!」
「フッ。まさかお前からそこまで賞賛されるとはな」
「えっ、褒めてないんですけど。ありのままのアンタとかドヘンタイでバカ過ぎて好きになってくれる変人探すのなんて夢のまた夢でしょさっさと諦めて現実見なさい」
「わ、わたし、デルコイノさん、カッコいいよくて、可愛いって、思います……! きっと、素敵な女性、見つけられます……! わたし、同行させて貰ってる身として、お手伝い、しっかりします……!」
「そうか。ありがとう、プニマ」
オレはダミー用のトランクケースを片手に、穢れたビッ乳から賞賛を、プニマからは確かな意思を向けられながら、宿へと足を向ける。オレの後ろでは、二人が会話をしながら付いてくる。
宿屋へ向かう道は、やはり来た道を戻るだけ。帰り道とは思えない。
オレはいつか返り道を歩けるときがくることを望みながら、少し早いが心の中でハープルに別れを告げたのだった。




