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月と猫  作者: ジョーン
9/15

共感覚デビル

このお話は、大枠だけで表現されています。

共感覚、花屋、怪異とその客、妖精発見、デビル発見、デビル退治、エンディング


 共感覚、というものがある。男は楽しそうにランチを食べている。


「トマトを見てただ「赤い」と思うのはシロウトだ。トマトを見てFと感じ、玉ねぎを見てCと感じる。

これだけだと味気ないのでAなベーコンを焼いて油を出し、香りをつけるにはE♭な黒コショウとチーズ。


今日の一皿は、シンプルで基本的なFセブンスの和音のようなトマトのパスタ。


これだけでも十分な昼食になるが、D7に寄せたバジルのガーリックトーストを加えて

なんにでも合うEのコンソメスープに今日は黒コショウを多めに振ってE7に寄せる。


これだけで充分なコース。シンプルなイタリアンブルースのリフが完成する。


パスタ、パン、パスタ、パスタ。

パン、パスタ、パン、パスタ。

スープ、パン、パスタ、スープ。


こうすると、ずっと食べていられる。

この順に食べることで気分が良くなるんだよ。

ゴキゲンなランチだ。パンはちょっとずつ食べないと、すぐになくなっちまう。最後に綺麗にスープで終われるように計算しながら食べるのも食事の楽しみの一つだ」


そんな事を言う男を、カークは羨ましいと思っている。

「ミルミさん、僕にはそんな風に食事を楽しめるあなたがうらやましいですよ。FやCというのは音名ですね、音を重ねて和音にするんでしょう。そしてその食べる順で音楽を聴くように食事を楽しんでいるということですね」


ミルミと呼ばれた男は、ずんぐりとした身体にシンプルな黒いパンツと淡いブラウンのトレーナーに、エプロンをつけている。


「そんな、うらやましがられるような事じゃあないよ、一緒にメシ食ってて、今日のベーコンの音はよく伸びる、みたいな事を言っても変だろ?それにこんな食事ルーチンは俺だけわかってて俺だけ楽しめたらいいんだ。

それにな、カークさん、トマトはFだが単音じゃあない。それ自体も個性はあるけど和音なんだぜ?

Fじゃないトマトが出て来ることもある。Fじゃあなければ、その日のトマトに合わせて食事を構成するんだ」


「確かに、そこまで言われたらちょっと面倒ですね、勝手にしろよって感じ」

「ハハハ、そうだろ、だからよ、俺の花屋は、客に対して媚びたりできねんだ」


◇◇◇


 俺と、ユーコフ、カナリアは、ミルミ氏の経営する花屋を訪れていた。

ユーコフもカナリアもカラフルな店内を珍しそうに見ていた。


ミルミさんは、普通にしていれば普通な男なんだが、共感覚があるおかげで苦労している。


ミルミさんの花屋は、季節や花の種類によってレイアウトを変えることがない。

そのため、店に入ると七色の壁が出迎えてくれる。

左から、(せき)(とう)(おう)(りょく)(せい)(らん)()、そして黒、白。これは虹の配置ですね。

花の持つ色だけに注目しているとのことだ。仕入れによってやり方を変えることはしない。

赤のエリアはフロアから壁の棚の上まで赤い色の花だけを配置している。


「普通だったらよ、花屋といったら色とりどりに配置して、季節の花、お祝いの花と見栄えよくしてないといけないだろ」

「そうなんですか?」

「知らねえのか?あんまり花屋を知らないのか。客がこれくらいの金額で花束を作ってくれ。と要望があったら、その時はじめて花束にするんだよ。その時、お客の顔を見て、お客の求めることを聞いて、そのお客からにじみ出る色を見て、お客に合いそうな、好きそうな花束を作ってやるんだ」


「良いじゃないですか、ミルミさんにしかできない良い店だと思います」ユーコフが言う。

「わたしは、花束のことわかんないから、事前にこんなのもできるよ、って教えてくれてた方がいいなあ」カナリアが言う。

「お嬢ちゃん、いいこと言うね、花をあつかうにはそれなりに経験もいるんだ。自分のセンスを磨くためにいろんなものを見ておくのは必要なんだぜ、ここには写真集のようなものは無いがな」


「ありますよ!」


話に割って入ってくれたのはアルバイトのコユキちゃんである。

「店長は自分のセンスだけで花束を作るかもしれませんけどね、普通の人は色んなお勉強しないと花束なんて作れないんですよ」


店長と同じお花屋さんの厚手のエプロンをつけ、髪にバンダナを巻いているコユキちゃんは、カナリアに花束パンフレットを渡してくれた。


「わあ、ありがとうございます」


「それで、店長、この人たちが店の怪現象を見てくれるんですね」

「ああ、そのつもりだ」

「よろしくお願いいたします」コユキちゃんは深々と頭をさげる。


「で、どんなことが起きているんです?」俺たちはまだ怪現象の詳細を聞いていないのだ。


◇◇◇


「店長が『共感覚』というのは聞きましたか?」

「はい」

「この店に置いている花は、不思議と共感覚の花になるのです」

「共感覚の花?」


コユキちゃんが説明をしてくれる。


「お客様が入店して、私たちに花束の作成を依頼します。その際に、花の色が変わるのですよ、それは、波打つように、平均してお客様の周囲2メートルほどの花の色が変わります」

「ふうん」

「お客様の今の感情を、反映してくれるんです。お客様が喜びや幸せなどのポジティブな感情だったら、鮮やかで明るい色合いになります。逆に、悲しみや不安などのネガティブな感情であれば、暗く静かな色味にかわります。素晴らしいですよね、花の方が感情を読み取って、グラデーションを変えてくれるんです」


「馬鹿いうな、客ったって色々いるんだよ、自分のための花束じゃねえ、誰かに贈るための花束がそんな自分カラーにしかならないっていうのは最悪じゃないか。病気で入院してるのに結婚式みたいな花束持ってこられて嬉しいかってんだ」ミルミ氏が言う。


「それでも、誰か相手に渡せば相手の色合いになってくれるのでは?」ユーコフが聞くが


「それが、店を出ると色が変わらないのですよ」コユキちゃんが答えてくれる。


「なんとか、この店を普通の店にもどしてくれないか」そうミルミ店長が言うのだ。


◇◇◇


作戦タイムである。


「さて、どう思う?」二人に問いかける。


「店長さんはああ言うけど、私はそんなお店も素敵だと思うけどな?」カナリアは花束を作るということに少し興味が出たらしい。


カナリアの意見はこうだ。

「恋人が、本当に自分の事を好きかなってときに、『きみを思って作ってもらった花束だよ』なんて言われてこの店で作った花束を渡されて、それがすごーく優しいステキな色合いだったら、彼の真心を知ることができるんでしょ」

「カナリアがそんなことを言うなんて、似合わなーい、恋する乙女かよ」ユーコフが笑いながら言う。

「何よ、お花くらい贈れないとレディーに相手にされないわよ」茶化されたのでふくれている。


ユーコフの意見はこうだ。

「僕は、花には花の都合があるんだから、生まれた時の花の色を魔法か何かで変えられるなんていうのは、良くないと思うよ。やっぱり店長さんの言うとおり、ちょっと異常だと思うんだよね。花を買いに来たのに花じゃない要素を一緒に売られるんでしょ?」


俺はそれにこたえた。

「色が変わることは、お客さんにとって不要な付加価値と店長さんは思ってるみたいだね、コユキさんは好意的に考えてるようだけれど。でもその効果の功罪はどうあれ、原因を追究して止めるのが今回の仕事だよな」


「どんな場合が考えられるのかしら?」

「まず、店長さんが持っている『共感覚』について考えよう。『共感覚』は、俺の知ってるかぎりだと、たとえば、この小型のひまわり、ひまわりの花弁は黄色で中央の管状花の部分は黒い。この花を見てどう思う?」

「夏っぽい。ヒマワリといえば夏」ユーコフが言う。

「元気、健康、力強い感じ」カナリアが言う。

「そうだね、俺もそんなイメージだと思う。花束にこの花が入っていると、元気な気持ちになれる。だけど、たぶん『共感覚』の人は数字の3だったり、強い音を感じたりするらしい。

花が持っている要素は視覚、触覚、嗅覚を刺激するものなのだけど、それ以外のものを同時に感じてしまうらしいんだよ」


「言われてみれば、数字の3な気もする」ユーコフが言う。

「言われてみれば、音も強いかもしれないわね」カナリアが言う。


「まてまて、これはあくまで例えで言っただけだから、本当に店長さんがそう感じてると思ってるわけじゃないよ」

「そうなんだ……」ユーコフもカナリアも単純なのだ。

主観を証明することができるかどうか、という『クオリア』の話もしたいが、二人にはまだ早いかもしれない。


「その共感覚が魔術的ななにかを発生させているのかなあ?と、ちょっと思ってるんだよね」

「ミルミ店長さんなら、そういう力がありそうな気はするね」

「本人が望んでいないのに現れるかしら?」

「そういったところも含めて、よく観察してみよう」


カークは監視用ミニ凧を飛ばして別室で店内モニターをする。ユーコフは店長さんと一緒に配達のお手伝いをする。カナリアはコユキさんと一緒に店番をすることにした。


◇◇◇


 カップルで来店して、それぞれ相手のための花束を作ってもらって、互いに送りあう客があった。

コユキちゃんはしきりに

「ステキですね、彼女さん幸せですね」

「ステキですね。彼氏さん嬉しそうですね」

という言葉をかけてあげていた。商売上手だ。最初にカナリアが言っていたパターンはこれか。

確かに二人ともとても幸せそうだ。


 さほど仲がよくなさそうなカップルも出てきた。

コユキちゃんは同じように「ステキですよ」と連呼してあげているのだが、彼氏が贈るべき花が、妙に渋みのある色合いになっている。年上の彼女なのだろうか。ここからはよく見えない。

仲がよくなさそうというわけではないのか。これはこれで仲良しなのかもしれない。


 出て行くお客さんに、店の外で「その花を私に譲ってください」という女性もいるようだ。

自分で花束を作ろうとすると、どうしても暗い色になってしまう。という懸念だろうか。

ほかの花屋で作ってもらえばいいのに、この店で買った花束は真心なのだということが大切なのだろう。

その購入した真心をどうするのかはあまり考えないようにしようと思う。


 自分のために購入するという人も何割かあった。

自分の精神状態がどうなのか、を、考えるために部屋に飾って眺めながら瞑想するために使うのだという。

「ステキですね」とコユキちゃんは言う。

自己啓発にも使えるなら、なおのこと売れるだろう。


本当に、やめたいと思っているのだろうか?ミルミ店長は。


魔力の流れを見ていたが、客の足元から放射状に色彩変化の魔法が広がっていた。

目をこらしてじっとモニターを見つめていると、どうやら小さな妖精が(タクト)をフリフリしている。


「こいつかあ」肉眼では見えない、魔法のモニターでさえ見えにくいほどの妖精(ピクシー)が店内を飛んでいるようだ。


◇◇◇


妖精(ピクシー)妖精(ピクシー)がいるのね!」カナリアが嬉しそうだ。

妖精(ピクシー)はいるようなんだけど、こちらと会話はできないと思うよ、小さな妖精だから、お花ひとつひとつにたまについているエネルギー生命なんだと思う」カークが説明する。

「では、その妖精(ピクシー)を駆除してしまえば僕らの今回のミッションは終わりなんだね」

「そう。簡単なもんだ。バトルがなくて残念だったねユーコフ」

「だけどカーク、妖精(ピクシー)を駆除してもいいのかしら?」

「それが依頼だから良いと思うよ」

「お客さんたちは、この店でお花を買いたいと思ってくれてるのよ」

「店長さんは、ほかの店と同じように淡々と花を売りたいらしいよ」

「コユキちゃんは今のお店が大切なのよ、妖精(ピクシー)がいる今のお店が大切なの」

「そういえばそうだなあ」


妖精(ピクシー)を駆除するのは簡単なのだが、確かに駆除されるほどの悪事は犯していない。

妖精(ピクシー)がなぜこの店に来るようになったかを考えないといけないだろうか。



◇◇◇


すぐに駆除するのはしのびないので、現状ありのままミルミ店長に報告した。


「おお。妖精(ピクシー)が原因でしたか、ありがとうカークさん」ミルミ店長は笑顔を見せてくれた。

「だけど、なんだか可愛い妖精(ピクシー)がけなげにお客さんのために働いていると思うと、駆除がためらわれまして」

「そうだねえ、俺の『共感覚』が原因で怪現象が起こってると思ってたけど、そうでもないならしばらくほっといてもいいね」店長さんの考えが変わったらしい。駆除は無しか。

「じゃあ、がんばってくれている妖精(ピクシー)ちゃんに、お礼をしたいんだけど何がいいかしら?」

コユキちゃんがそう提案してくれた。ミルミ店長さんにとっても、それは同じ気持ちだったようだ。


「カナリア、じゃあなにが良いと思う?」

「そりゃあ、店長さんが心をこめて妖精(ピクシー)ちゃんに包んであげる花束が一番良いんじゃないかしらね」

「そうか、妖精(ピクシー)自身が花を贈られることはないだろうから、喜んでくれるといいが」


そうして、次の日、店内のもっとも目立つ場所に、妖精(ピクシー)さんありがとう、というメッセージカードと一緒に花束を飾った。


◇◇◇


 不思議なことに、次の日パタリと妙な現象が起きなくなった。モニターでも妖精が映らなくなった。


今までずっと起きていた不思議な現象が、全く起きず、お客さんもコユキちゃんも、普通の対応しかできなくなってしまったのだ。


「期待して来店してくれたお客様には残念だけど、まあそういうことなら当初の予定通りじゃないか」ミルミ店長が言う。

「出ていけといって出なくなるなら良いけど、ありがとうと言って出ていかれるのは困るわね」コユキちゃんが言う。


「ミルミ店長とコユキちゃんが正直で優しい人だから、小人が出てきて助けてくれたのよ」と、カナリアは言う。

「店長さんが自分の共感覚を肯定的にとらえることができるようになったから、神様がもう大丈夫と言って出て行ったんじゃないかな」と、ユーコフは言う。


カークはなんとなく腑に落ちない。もう少し何か裏がありそうなのだ。嫌な予感がする。


◇◇◇


 さらに次の日、嫌な予感は的中し、お客さんから異変が報告された。苦情が届き始めた。

今まで花を買ってくれていたお客さんの感覚に異常が生じ始めたのである。


・他人と会話が成り立たなくなった。

言葉を発する前に相手の考えがわかるので、恋人同士の間で会話が不要になった。

恋人同士と一緒にいるという点では問題が無いが、恋人以外の人との日常生活に支障が生じはじめた。


・恋人と別れた

相手の気持ちがわかりすぎるので、打算で恋人をやっていたカップルはみな別れた。

別れたあとも元恋人の気持ちが自分に干渉してきて日常生活に支障が生じる。


・世界の色彩に異変が生じた

なにもない壁に、絵の具を混ぜたようなカラフルなうずまきが見えるようになった。

今の感情、今食べている食事、聴いている音楽に対して、それを表現するかのような色彩が壁に描かれる。

もちろん気のせいで、よく見ると元通りの部屋なのだが、気を抜くとすぐにカラフルなうずまきが発生する。


・世界の音が聞こえるようになった

色彩異常と同じように、感情、食事、学習などに対してそれにマッチしたような音楽がずっと耳鳴りのように聞こえて離れない。



…………共感覚デビル。これは人の脳に巣食う感染型の悪魔である。



◇◇◇


再度作戦を練り直す必要がある。全員をあつめて会議を行う。


「妙な話になってきたわね」

「バトルができるならなによりだ」

「やっぱり俺の共感覚が悪さしてたんだ、すまねえ」

「店長、私たちに何もないんですから、まだわかりませんよ」


そう言うメンバーたちに対して、カークは「共感覚デビル」について説明する。


「共感覚デビルとは、人の脳に住む悪魔です。一度住み着いてしまうと、共感覚デビル同士で連携しあって、感覚を混乱させます。

倒すためには、一人一人の脳内デビルを地道に殺すか、一撃で全滅させる方法を探すことになります。

すでに想定しているようですが、ミルミ店長、あなたの脳から産まれたデビルと思われます。

あなたの脳のデビルを倒せば、感染者全員のデビルもやがて消滅します。

もしかすると、あなたのデビルを倒すと、あなた自身の不思議な共感覚もなくなる可能性があります」


「良かったじゃないですか店長、デビルを倒したら、店長の共感覚も治るんでしょう?」コユキちゃんが言う。


「いえ、共感覚は病気ではありません、治る、治療する、というような種類のものではないのです」


「じゃあ、もともとあった店長の感覚が、ただ単純になくなっちゃうの?」カナリアが言う。

「それは、ミルミ店長の独自の感性が失われることというようにも聞こえるね」ユーコフが言う。




「…………少し、考えさせてくれ」しばしの沈黙のあと、ミルミ店長が口をひらく。


「はい、この件はミルミ店長が決めていただくしかないです。しかし、お客さんに異常が出ていますので、私たちは一旦、クレームを言うために来店するお客さんにとりついている『共感覚デビル』をひとつひとつ退治することにしましょう」



◇◇◇

ミルミ店長は、倉庫にこもっているカークに相談した。


「カークさん、俺の共感覚は無くしたほうがいいかな?」


「わかりません、クリエイティブな仕事をするならばある種の異常性というのが必要な場合もあるらしいです」


「俺はさ、本当に小さいときからこの共感覚とともにあったんだよ。これでいじめられたりもした。

たとえばさ、本を読むにも、文字ひとつひとつに性格があるんだよ。

教科書に載ってる物語で、筆者の気持ちや登場人物の気持ちを考えよう、という時に、楽しい性格の文字ばかり使ってる悲しい話があってね。

『最終的に主人公は幸せと思います』って書いてしまったんだよね。そしたらそこからいじめられるようになって。


だけど、学校あがって花屋をやるとよ、お客の思うように花束が作れた。

フラワーアレンジ、フローリストの仕事は俺によく合った。

花の気持ちなんてわからないけどさ、今必要な水分や、コイツに必要な肥料というのはなんとなく見えた。

共感覚がなくなったら、この花を生ける能力も同時に無くなるんじゃないかなと思うんだな。


だけどな、カークさん。俺も普通の人と同じ感覚で生活したい。そうも思うんだよ。

普通の人がどんな風に毎日を生きてるのか、知りたい。俺は人とうまく話せないが、共感覚を持たない人はどんな風に人と話をするのだろう。

というのが気になるし、共感覚がなければもっと幸せな人生になるかもしれないとも思うんだよ」


「店長の幸せがどんな形なのか、私にはわかりません。今回悪いのはあなたでも、あなたの感覚でもなく、『共感覚デビル』なのです。あなたの感覚が変わろうとも、あなたの価値に違いはないということを理解しておくのが良いと思います」


◇◇◇

ミルミ店長は、お花の配達の途中にユーコフに相談した。

「ユーコフ君、きみならどうする?」


「僕はあまり、店長さんに良いことを言えるとは思えません。僕はたぶん、僕の常識しかわからないので、店長さんがどう考えているかもあまりわかっていないのです。僕の常識は、妹が大事ってことと、強くなりたいっていうことだけなので、他人を気にしないんですよね」


「ははは、妹ちゃんが大切なのか、それはけっこうだ。だけどさ、お兄ちゃんが常識知らずだと妹ちゃんも不幸になるかもしれないよ?」


「そうですね、僕の常識と、みんなの常識は同じものだと嬉しいですけど、一緒にするのは無理なんじゃないですか?妹が大事だけど、それにしたって妹の常識と僕の常識が違うと、意味ないですね。あれ?悪いのかな、妹の常識がなんなのかは、知ってないといけないのか。てことはみんなの常識もわかってないといけないのかな?」

ユーコフがぐちゃぐちゃと考えていたので、ミルミ店長が声をかける。

「ああ、すまんすまん、ユーコフ君が大切なものは変えるべきじゃないと思う。まず妹が大切、というのは素晴らしいことだと思うので、あんまり俺の話は気にしないでくれ」


◇◇◇

ミルミ店長はカナリアにも聞いてみた。


「カナリアちゃんならどうする?」

「私は、たぶん、デビルを殺しちゃうと思います。

自分の頭の中のデビルを殺して自分がおかしくなっても、たぶんお兄ちゃんは私を助けてくれるだろうし、自分のデビルを殺して感覚が他人と同じになったのなら、やっとわたしも『ひとの気持ちがわかる子』になれるんだろうから」


「カナリアちゃんは人の気持ちがわかりたいのか?」

「そりゃあ、わかった方がいいでしょ、人の気持ちがわからない原因が自分の中にあるんだったら、原因は退治したほうが健康なんじゃないかしら」


「そっか、確かになあ。でも俺にとっちゃ助けてくれるユーコフ君はいないし、他人の気持ちがわかったところで利用されるだけかもしれねえ。このままでいないと不幸になるような気もするんだよな」


「コユキちゃんがいるじゃない、助けてくれるわよ」


「そうかなあ?あの子はアルバイトだもん、従業員だもん。やっぱ違うよ」


「店長がそう言うならしょうがないけどね」


◇◇◇


ミルミ店長は、コユキちゃんにも相談した。


「わたしは店長の共感覚が羨ましいんですよ」


「へえ、羨ましい?」


「店長は天才です。店長のアレンジは、お客さんの要望にあわせて期待以上のものを出します。

それはどんな教科書にも書かれていない独創性にあふれているようで、ちゃんとセオリー通りに作ったようでもあるようで」


「それは共感覚デビルがさせてくれてたことだったんだぜ」

「それなら私も共感覚デビルにとり憑かれたいですね」


「カークさんはさ、悪いのは共感覚デビルで、そいつがいなくなって俺の感覚が変わろうとも、俺の価値に違いはないと言ってくれたんだ」

「私は…………もし店長がフラワーアレンジできなくなったら、店長の価値がなくなるような気がします」

「言ってくれるじゃん」

「あなたは、才能がある人で、私は才能がない人なんです。店長がねたましいし、うらやましい。店長が普通の人になるんだったら嬉しいです。店長にも『出来ないひと』の気持ちがわかるようになるかもしれない」


ミルミ店長は、コユキちゃんが自分に対してそんな風に言うことを驚いた。


◇◇◇


 ミルミ店長は、共感覚デビルを殺したくないと考えていた。


 もし、俺がユーコフ君と同じくらいの年齢で、いや、カーク君くらいの年齢だったとしても。

比較的人生の早い段階で自分の特異性から脱却できるというならば、やるべきだろう。


しかし、花屋の店長として生活ができてしまっている現在、この共感覚がなければもう仕事がうまくできなくなるかもしれない。コユキのように俺を羨ましいとまで言ってくれる人がいるならば、病気というわけでもない、この感覚異常は自分の個性としてそろそろ受け入れてやるべきなのだ。いまさら自分の常識を変えられても生きてはいけない。


 俺の頭の共感覚デビルは肥大化し、他人に影響するほどに大きくなってしまった。そして増殖して感染するらしい。俺だけの問題じゃあないが、みんなが仲間になるなら、いいじゃないか。みんな俺と同じ苦しみをあじわったらいいんだ。

しかし、それが間違っているってことは、子供にだってわかる。悪いのは俺の脳なんだ。


悩めるミルミ店長に、カークが語り掛ける。


「ミルミ店長、結論は出たでしょうか?秘密にしていたみたいで申し訳ないのですが、デビルの発生について、言っていないことがあります。


ミルミ店長が産んだ共感覚デビルであれば、店長のデビルを倒せば、お客さんたちのデビルも力を失います。

店長さんの共感覚は失われることがありません。失われるという表現は正しくないですね。変わりません。


しかし、ミルミ店長自身も誰かにデビルを植え付けられて、それを自らの脳で(はぐく)んできたのであれば、

退治することで、店長さんの感覚は一般的なものになると思われます」


「俺の感覚は、たぶん生まれつきだ。この感覚が失われるのは嫌だと思っていたが、カークさんにそんなことを言われたら、退治するほかないだろう」


「その通りです。デビルによって捻じ曲げられた感覚は正常化する必要があります。しかし、はじめからねじ曲がっているんだったら、それは個性ですから大切にしたいですね」


「ハハハ、言い方に気をつけろよ、でもまあ、デビル再発防止のために一旦俺を悩ませたんだろ、意図はわかった。他人に対して自分の感覚を押し付けるようなことはもうしない。どうか、俺の中のデビルを退治してやってくれ」


店長自身が共感覚に強い劣等感を抱いているままであれば、デビルは再発する。

しかし、時間を置いて店長に情報を開示することで、自分が共感覚であるという劣等感に、さまざまな感情が加わってきて、共感覚を逆に大切に感じられるのではないかと思ったのだ。


店長は深く頭を下げ、カークもまた頭を下げた。


◇◇◇


 月の出る庭園のあずまやで、ほかに灯りをつけることなく、ミルミ店長をかこんで、カーク、ユーコフ、カナリア、コユキが丸いテーブルに座っている。テーブルの上には複数のティーセットがあった。


「皆さま、集まっていただいてありがとう。これから、店長の共感覚デビルを退治いたします」


カークがそう言うと、誰も言葉を発しない。みんながじっと、カークの手元を見ていた。

テーブルの上の赤いティーセットに丁寧に紅茶を一人分作り、じっと香りが抽出されるのを待った。

できあがった紅茶を店長のカップに注ぎ、店長はその紅茶を一口、口に含んだ。


テーブルの上を回るように、まるで綿菓子を作る機械のように回転するもやが現れたので、カークはそれを小さなロッドで手元にすべて集めて、両手でギュっと圧縮した。


カナリアが手に持っている黒い糸車(リール)をクルクルと巻いている。

糸車(リール)にも黒い糸がついているので、周りの人には何を巻いているのかよく見えないが、ユーコフが黒い糸をたぐりよせ、カナリアがそれを巻き取っているようであった。


カークは新たに、白い陶器のポットで、全員分の紅茶を作り、全員のカップにたっぷりとそそいだ。


紅茶にあわせて、サブレとひとかけらのチョコレートを出した。先ほどカークが集めたものはサブレになり、カナリアが巻き取ったものがチョコレートになっている。


「では、このお菓子が共感覚デビルとその眷属です。みなさま同時にお楽しみください」


カークがそう言うと、全員が紅茶を一口飲み、サブレを食べた。

サブレは噛み砕かれる瞬間に口の中でバタバタと暴れ、甘さが強く鼻孔をくすぐった。

再度紅茶を一口飲み、チョコレートを食べた。

チョコレートはとても苦く、脂分が多く、口の中で融けにくいものだった。

やがて融けはじめ、舌にまとわりつくチョコのかけらは、スライムのようにじわじわと口の中に広がり、歯にしがみついた。

再度紅茶を口に含み、すべてを紅茶で洗い流した。


互いに言葉を交わさない。紅茶を飲み、お菓子を食べると、夜のお茶会はこれで終了。

店長のデビルを全員で退治した。


その後、互いに感想を寄せ合うまでがお茶会である。


「なんだか生きが良くて、いままで食べたサブレの中で一番うまかった気がする」と、ユーコフ。

「チョコをたべているのか、チョコに食べられているのか、不思議な味だった」と、カナリア。

「デビルを食べるというのは初めての体験だったけど、美味しいね」と、コユキ。

「俺のデビルを食ったんだろ?気持ち悪い。こんなまずい菓子があるものか」と、店長。

「楽しいお茶会ですね、お茶会はお茶やお菓子も大事ですけど、メンバーが大切なんです。今夜みんなでお茶を飲んでおやつを食べた。このことは、私はきっとずっと忘れないと思います」そうカークが言う。


確かに、ずっと忘れないだろうな、と、ほかの全員も思った。


◇◇◇


 その後、店長の共感覚はやはり、治ることはなかったが、妖精と、デビルの再発が無いのであればなによりだ。

たとえ再発しても、今度は二人で夜のお茶会を開くと言っていた。


「天才って大変だね」と、ユーコフが言う。

「私も天才って言われたい」と、カナリアが言う。

「お前らは天才だよ」と、カークが二人に言った。


ちょっと残ったサブレとチョコは、大事に真空パックして持ち帰った。

カナリアは素敵な花束をおみやげにもらい、ユーコフとカークには鉢植えの花をプレゼントされた。


「たぶん僕、水をやるの忘れちゃうなあ」とユーコフが言う。

「俺もだ」と、カークも答えた。



おしまい


お読みいただきありがとうございました。

共感覚、小人の靴屋、アマデウスなどの詰め合わせでした。


ダイアログ、会話部分、読みにくくてすみません。どうすればいいんだ。

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