エト・シーラン
本稿は詳細をあまり書かずに骨組みだけで表現されています
干支について、神へのおそれ、巫女服と侵入の緊張、緩和のオチ
世の中にはいろんな人がいる。いろんな人がいるし、いろんな神様がいる。
どんな神様だって神様は神様なのだ。
俺は神様の話は苦手だ。と、カークは思っています。
「羊神の時だけおかしいんですよ」
そう言ったのは巫女装束の年頃の女性でした。
彼女はレンゲと名乗り、シクシクと泣きながら訴えます。
カーク、ユーコフ、カナリア3名は、木造の拝殿入口で巫女のうったえを聞いていました。
「わたしたちの国では干支で暦を記します。日々の干支と、月の干支、そして年の干支。この干支神殿では神様の入れ替わりが毎月行われています。
年の干支とは違い、わたしが毎日、祝詞をあげて、お食事のお供えものをするのですが、今月の羊の神様の様子がおかしいのです。このままでは、その他のことにもさしさわりが出るかもしれません」
「それはいったいどのようにおかしいのですか?」とカークが問いかけると、
「干支ってなんですか?」とユーコフが重ね、
「羊がいるんですか?」と、カナリアも質問をします。
ちょっとまってほしい、ユーコフ、カナリア、質問は俺がするから。
と、カークは思いましたが、これも勉強かな、やはり黙っていようと思いました。
レンゲさんは、ユーコフのために干支の説明をしてくれます。
「干支はですね
12の干支(子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥)の順に数えるのです」
「へえ、じゃあ今月はウシ月だ、とか言ったりするんですか?」
「そうですよ、「うしがつ」よりは「うしのつき」という言い方です。でも最近はそういう言い方をする方はあまりおられません。そして、カナリアさん、私たちは神様のお姿を拝見することはないのです。神様がそこにおられるとみなして、お祈りをいたします。大切なのは神様のご意思ですね、神様に対してそそうがあったのかもしれません、神様が来なくなったら私の責任なのです」
レンゲさんはまたシクシクと泣き始めました。
「レンゲさんの神様が何を考えているのか、私たちにははかりかねます。ともかく、羊の神がいるだろう、とされている神殿に、異変が起きているということですね」
カークがそう言うと、レンゲは静かにうなずき言った。
「なにとぞ、なにとぞ羊神さまのご機嫌がなおりますよう、お願いもうしあげます」
◇◇◇
板の間でお膳に載せられた夕食をいただきながら三人で作戦を考えています。
「特殊潮汐だと思う?羊の神様が連れ去られてたり」ユーコフがカークに問いかけます。
「いや、特殊潮汐の痕跡はなかった。この件は、あくまでこの世界だけの問題なんだと思う」
「わたしは羊の神様が変わってしまったんだと思うなあ」
「なに言ってんだ?」カナリアの予想にユーコフが笑います。
「羊の神様はきっと毛を刈って欲しいからいじわるしてるのよ。幼稚なのよね」
「カナリアもだだっ子だもんな」
「ちがいます!私は駄々っ子したりしないもん」カナリアはふくれっ面です。
「俺、神様って苦手なんだよね」カークが言います。
「苦手?たいへんなの?」カナリアが聞きます。
「神様ってのは、怒らせると怖いんだよ、変な事言うと『くそスピ』って言われるし」
「?じゃあ怒らせないようにがんばらないとね」
「カナリア、お前そういえば何歳だ?」
「10歳だよ」
「ちょうどいい、カナリアが神様をお慰めできるかもしれない」
「ええっ私がやるの?神様と結婚するの?ヤダー」
「女の子じゃないと聞いてくれない神様は多いらしい。明日の祭事、レンゲさんと一緒に巫女をやってくれ、大丈夫、作戦は伝えるから」
カナリアは口ではそう言っても嬉しそうだ。よかった。
◇◇◇
こうして、カナリアはレンゲさんと巫女修行をします。
カークとユーコフは、異変の具合から、何が起きているかを予想します。
神主さんからも話をうかがうことができました。
「われわれの神様は、人間が存在するより前から存在し、われわれが御名を存じていない神様もたくさん存在いたします、神様はきっとこうお考えに違いない、と思った瞬間に神様のお考えと自分の思考に違いが産まれてきますので、神様は女の子が好き、と、決めつけなさるのも私は感心いたしません」
「はい、すみませんでした」
なぜ、俺はもう説教されているのだろうか、そんな風にカークは思いました。
「では、ご神意を拝察する方法はありませんか?」
「あらわれている事象が、神のご意向、神意でございます。私どもには解決が難しい案件です、なにとぞお力添えをお願いいたします」
腫れ物をあつかうように、神様に対して向き合っているんだな。
逆に、俺たちが生贄となり、神罰をこの人たちのかわりに受けてあげることが必要なのだろう。
俺たちはどうせ異界に渡る身、神のご威光も他世界には届かない。
と、思うけどどうかなあ?そんなわけないか。
カークは、すこし、不安になってきました。
◇◇◇
羊の月になって始まった異変はこういったものでした。
倉庫に積まれている祝詞を記載する紙が、鳴く。
「あれは、本当に紙が鳴いていたと思います。ええ、カサカサというのでなく、不気味な笑い声でした」(巫女B)
お供えとともに添えられる箸が勝手に動く
「私、見てました、箸がピっと飛んで、箸置きのところにスっと並んだんです。山羊の角でできた箸置きです」(巫女F)
拝殿から入口に戻る際に、男のうめき声が聞こえる。
「置いていけ、置いていけ、という声が聞こえました。そんな風に話しかける神様がいますかね?」(参拝客C)
◇◇◇
「なにがなんだかさっぱりだね」ユーコフは言います。
「そうだな、さっぱりだ」カークも首をひねっていました。
正直、たいした異変が出ていないのです。
紙が鳴いているからなんだ、箸が転がるからなんだ、不思議な声が聞こえるからなんなのだ。
こういったものに不安になるなんて、なんて繊細な人たちなのだろうとユーコフは思いました。
◇◇◇
レンゲさんはカナリアとお話をします。
「わたしが巫女を始めたのも、あなたくらいの頃だったわ」
「レンゲさんは毎日どんなことをしているの?」
「わたしは毎日、拝殿と境内のお掃除ばっかりだよ」
神様のおられる場所を常に整えることが、まずはじめに大切なことで、それが極意のひとつなのだそうだ。
巫女のレンゲさんは、実はまだカークに言っていないことがありました。
恋人のモミジくんが、今月はじめから姿が見えないのです。
こんな、不安が広がっているときにそばにいてくれたら心強いのに。
そう思っても、モミジくんは連絡がありません。
レンゲさんは不安で泣いて過ごしています。
いったいどこに行ってしまったのでしょうか。
◇◇◇
満月の夜、拝殿ではレンゲとカナリアが神様へのお供え物を用意して、祝詞をあげてお祈りをします。
「神様のお姿を見てはいけないのよ、見たら目がつぶれてしまう」
そうレンゲさんが言うので、カナリアはずっと下を向いて、懸命に祝詞を読み上げています。
「この世界の人は、神様を見てはいけないかもしれないけど、俺たちにとっては関係ない」
そうカークが言うので、ユーコフは拝殿の床下から、本殿の中に侵入します。
静謐な月明かりの中、祝詞が響き渡ります。
本殿は地下からの侵入ができないようになっておりましたので、屋根の一部、空気抜きになっている場所から、体をひねって侵入しました。
本殿の中には、あかりが灯っており、座して本を読んでいる影がありました。
「誰だ?そこに誰かいるのか!」影がユーコフに問いかけます。
「見てやったぜ、このユーコフさまがお前の正体を見てやったぜ」
そこにいたのは、山羊獣人の男でした。
「うわあああ、バレちまった!」
「観念しやがれ!」ユーコフが赤いトマトを投げると山羊獣人のヒゲにパシャっと当たりました。ひげを真っ赤に汚した山羊獣人は走って逃げだします。
ドタドタドタドタ!
本殿から大きな足音がするので、レンゲとカナリアはじっと目をとじて榊をささげもって耐えていましたが……
「れ、レンゲ!助けてくれ!」
「あんた、あんたなにやってんのよ」顔をあげたレンゲが驚いて答えます。
なんと、本殿にいたのはレンゲの恋人、山羊獣人のモミジくんでした。
この神殿では、毎月神様へのお祈りのために、
神様役の獣人が決められ、1か月の間本殿の中ですごしてもらうしきたりなのです。
巫女さんは、神様役の人のお世話をするのが仕事なのでした。
モミジくんは答えます。
「俺ぁよお、故郷を出るときに、ぜったいビッグになって帰ってくるって約束したんよ。
だけど仕事をしてても、ずっとうだつがあがらねえ。
こんな生活がほとほと嫌になって、なにか挽回するチャンスがないかとおもってたんさ。
そしたらレンゲが巫女さんやるって言ってたから、一度でも神様役をやったことがあるって、田舎で自慢できるかなあと思って」
「バカ!そんなんでつとまるわけないでしょ!何考えてるのよ」
のちにカークが異変を感じて拝殿に来ると、
レンゲに説教される、山羊男。それを遠巻きに見ているユーコフとカナリアを目にしました。
「なんだこれ?おおい、それじゃあ本物の羊男さんはどうなったんだい?」
本殿の祭壇の下から、ねむけまなこの羊男があらわれて言います。
「なんだいモミジ、バレちゃったのか、やれやれ」
ひつじ男さんは神様役をやりたくない、山羊ならちょっと似てるからいいよ。と、こっそり羊男が手引きしていたのでした。
◇◇◇
世の中にはいろんな人がいる。いろんな人がいるし、いろんな神様がいる。
やれやれは、こっちのセリフだぜ。と、カークは思いました。
おしまい
お読みいただきありがとうございました。
干支について、神へのおそれ、巫女服と侵入の緊張、緩和のオチ
キャラがブレてしまいます。
難しい。