表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月と猫  作者: ジョーン
3/15

獣人たちの街

本稿は骨組みだけで、ほとんど詳細を描写していません

ご了承ください。

主人公の悩み、師匠との出会い、仁義を切る、主人公無双、マフィアの会合、処刑台の救出、主人公の追放


「世界は連続した(カイト)である」と父は言った。

「特殊潮汐は秘匿する必要のある技術なんだ」とも言った。

渡った先の文明、文化には開きがある。僕らは必要以上に介入しない。


俺もそれは正しいと思っている。


◇◇◇


 猫獣人であるカークは、流れ来る異世界をずっと放浪していた。

父を殺したナナバに必ず復讐をする。母を取り戻す。それがカークの願いである。

と、本人は思っているのだが、心の奥では自分が勝手なことをしたばかりに平和な生活が失われたとも思っている。


罪悪感を裏返すように、復讐心を燃やした。しかしその思いは長続きしなかった。

母に会えばこの思いの理由がわかるだろうか。

母は、自分を許しはしないだろう。母は、息子のことなどすべて忘れてお姫様として生きていたほうが幸せなのかもしれない。


特殊潮汐はタイミングさえ合えば母の世界につながってくれる。

しかし、カークには再びそこに飛び込む勇気がなかった。


父の墓を建てた汐見小屋には戻らず、生きるきっかけを探して、次から次へと別の世界を渡り歩いていた。


◇◇◇


 薄曇りの亜寒帯の空、石灰質の岩が羊のように背を見せる草原を一人さまよっていると、凧揚げをしている老人と出会った。

老人の飛ばしている凧は糸を張らず、糸がなくとも自在に空を飛んでいた。

「世界は連続した(カイト)である」と、誰に向けてということなく、つぶやくと、老人がカークを見て声をかけた。


「……お前、お前は世界を渡れるだろう」

「わかるのかい?」カークも足を止めて凧を見上げながら答える。

「長いこと色々見て来たからな、どこに行くんだ?」

「俺はかたき持ちの身だよ、父親の仇を討たなきゃいけねんだ」

「ホっ、それはそれは、いまどきお家再興のかたき討ち免状の持ち主かい?」

「免状なんかないよ、俺が討ちてえってだけのもんだ」

「やめとけよ、かたき討ちなんてくだらない、だいいち、おめえは武芸ができるのか?」

カークはかたき討ちがくだらないと言われ、ムっとした。

「できるとも、ひとの生きる目標をくだらないと笑ったからには、覚悟はできているんだろな」

「まあ見てな」老人がそう言うと、カークの足元に老人の(カイト)が落ちた。

(カイト)の先端は針のように尖っており、それは足元の蛇の頭に直撃していた。

見れば、毒蛇である。

「お前さんは、今毒蛇で死んだ。隙だらけだぞ、渡来人」

蛇なんてなんだ……と言い返すところだが、老人の凧の動かし方は、まるで父タムズが飛ばしていた凧のようだった。


カークは、この老人に悩みを聞いてほしいと思った。

「俺は、俺だけの世界で生きてきた。誰ともかかわらず、誰とも競わない」

「幸せなことだ」

「だけど俺は誰からも必要とされないんだ、俺がかたき討ちをやめたら何ができる、何もなくなっちまう」

「そいつは、かたきを討ってしまっても一緒だろう、とにかく、かたき討ちだけが人生じゃあねえよということは覚えておきなよ…………」

「じいさん、あんたは強いんだろう?俺を弟子にしてくれ」

「弟子がほしくて蛇を殺してみせたわけじゃあない」

「なら、強くなる方法を教えてくれ」


老人は、少し考えていたようだが、街に案内してくれた。

「しょうがねえ、来なよ、お前さんに見せたいものがある」


◇◇◇


 老人が見せたものは、獣人だけのスラム街だった。ネコ獣人だけじゃない。犬や小鳥や山羊、人の近くに住む動物はほとんどすべて見ることができた。しかしここに住んでいる者たちは笑顔で暮らしている。


「ここにはいろいろな獣人が住んでる。お前さんみたいに世界を渡れる力を持つものはいない。

獣人たちは親である人間や動物どもよりも優れた能力を持っているが、社会からは受け入れてもらえないんだ。ここにいるやつのほとんどは生まれた瞬間にここに捨てられる。人にもネコにもなれないお前さんとおんなじだよ」


「この人たちはここにたどり着いて恵まれてる」

「ばかな、自分の両親に、ここまで育ててもらったお前さんのほうが何倍も恵まれている」


カークは言葉に詰まった。自分の境遇をそんな風に考えたことがなかったからだ。

カークはしばらくここに滞在することにした。


◇◇◇


 スラムの町に名前は無い。名前は無いが、低い土地とされるためダラビーシュと呼ばれた。

スラムの町は、港湾都市の急速な都市化の結果作られた。

はじめ、その国の政府が海賊を取り締まるための砦を建てたが、海賊が出なくなると、あぶれ者たちが居座るようになった。

あぶれ者たちが居座ると治安が悪化するため、きちんとした者たちは港湾地域を離れ、より住みやすい場所に住むようになった。


 と、公的には思われているのだが、獣人たちが集まるこのエリアは、高度な技術を持った船乗りが多く住んだ。あぶれ者たちはあぶれていない者を排斥するし、あぶれた者にやさしい。そうして作られた治安の悪さだったのである。

砦として建てられた建物には、今では継ぎ足し継ぎ足し、安価な建材で小屋が増築され、外見からは砦には見えなくなってしまった。


 町には3つのギャング組織が存在したが、現在は抗争を終えアシマ会という自治組織に変貌した。


アシマ会の会長アシマ・ユキヒサは、廃墟の塔の頂上から、ダラビーシュの町を見下ろしていた。

ユキヒサは、先代会長の死からアシマ会を受け継いだ。

アシマ会に敵対する組織は2つあったが、ひとつめのトラガ組はアシマ会との縁故を強めて吸収し、もうひとつであるミスラ組は権謀術数を駆使して、ダラビーシュ外の富裕層連中に組織ごと傭兵として身売りさせた。


苦労して手に入れたダラビーシュの平和である。この平和をおびやかすものはなんとしても排除したい。そうアシマ・ユキヒサは考えている。


◇◇◇


 カークは渡世人である。そのため、アシマ会事務所に酒を持って挨拶に来た。

長居するつもりはないが、有力者に協力するという形はとっておかねば何もできないのである。場合によっては袋叩きに会うので、短刀を後ろに隠し持ったまま、玄関口であいさつをする。


「ご当家、軒下(のきした)にてご挨拶させていただきたく、お受けいただけないでしょうか」

カークが口上をはじめると、アシマ会の部下のひとりも軒下に出て、同じく半身に会釈の大勢で言う「これはご丁寧に、では、私が受けさせていただきます」

ユキヒサは久しぶりの来客を事務所の奥からじっと見つめている。


 カークは同じ姿勢のまま、部下の目をしっかり見据えて話をする。

「早速ながら、ご当家の入口を借り受けまして、当方の稼業と来し方お伝えいたします」


「私はこの家の若い者でございます、あなたは立派な方にお見受けされますのでどうか、お控えなさって、私の稼業を先にお話しさせてください」若い物も会釈の姿勢のまま、カークの目をしっかり見つめている。彼は犬の獣人である。


若い者は、カークを立てようと先に自己紹介をするというが、カークはそれを断る。

「私は旅の者でございます、ぜひともお兄さんからお聞きいただけないでしょうか」

「ありがとうございます、逆になってしまいましたが、わたしがあなたのお話をうかがいましょう」


「聞いていただけるようでありがとうございます、私は粗忽(そこつ)ものなので、口上途中で間違えました際、またはそちらに無礼のある際はどうぞご容赦いただきたく存じます。

向かいましたるお兄さんには初のお目見えと心得ます、私は生国を汐見の浜として、人間の母、猫の父の間に生まれました。

汐見の浜はここからは異世界になります、名前をカーク・ドゥマンドリと申します。浮き草暮らしの根無し草、追われる身ではございませんが、かたきを持つ身でございます。

ナナバという騎士を探して旅をしております。以後万事万端よろしくお願いもうしあげますよう、ざっくばらんにお頼み申し上げます」


若い者は、その言葉をうけて応答する。

「ありがとうございます、ご丁寧なるお言葉、申し遅れまして失礼いたしました。

私はこのアシマ会二代目アシマ・ユキヒサに従います犬獣人、カダカと申します。

稼業未熟の駆け出しもの、異世界というものがどのようなものか、無学なわたしにはさっぱりわかりません、また、ナナバという騎士もおそらくこの街にはおりませんでしょうが、微力ながらでも協力させていただきたく存じます、ぜひとも万事万端よろしくお願いいたします」


「ありがとうございました、どうか、お顔をあげください」カークは、お辞儀を先にあげてくれとカダカにお願いする。

「いえいえ、カークさんからお上げください」

「それでは困ります」

「じゃあ、一緒に上げましょうか」

「ありがとうございます」「ありがとうございます」

二人が同時に頭をあげる。


ユキヒサは、カークの来訪を歓迎してくれた。カダカについて、この町の事情を聞いて、最大限手助けをしてほしいと話をする。

カダカの言う通り、ナナバという騎士に心当たりはないという。

カークもまた、一宿一飯の恩に報いるつもりだと答えた。


◇◇◇


 カダカは、カークにこのスラムの内情を教えた。

スラムに住む人間は、半数以上が獣人である。スラムのマフィアはこのアシマ会だけだ。

しかし、現在このダラビーシュは存亡の危機にあった。


ダラビーシュの海には、政府の軍船が一隻浮かんでいる。なにかあればこの大砲がものを言うぞというのだろう。大砲は常に町に狙いを定めているようである。


政府がダラビーシュをすべてさら地に変えてスラムを潰そうと考えているのだ。

そして、政府が雇ったものたちの中には、元ミスラ組、アシマ・ユキヒサが外に追い出した連中が加わっているのだ。


「どこにも行き場が無いからここに住んでるのによ、土地全体を建て直すから立ち退けと言いやがるのさ」雨の降るスラムの軒先で、カダカはカークにそう言った。

「へえ、なんでそうなるんだろうね」カークにはまだスラムと政府の違いがわからない。


「マフィア同士の攻防戦の時にカークが来てくれればよかったのに、政府の軍だと戦いようがない、一方的にやられるだけの結果になるだろう。それにしても、元ミスラ組のやつらはいまいましい。あいつらだって世話になった場所なんだろうに。しかし、お客人には関係がない話だよ、カークさんは思うように滞在なさるといい」


◇◇◇


カークは、山の老人が住む魔術道場に来ていた。名をホシジマと言う。


ホシジマ老人が言う。

「カークさん、山では失礼したね」

「いいえ、とんでもございません、身に余る縁をいただいたと思っております」

「お前さんは真面目なかただ、異世界渡りなんてやめてずっとここに住んだらいい」

「もったいない言葉です」


カークはホシジマ老人に魔術と武芸を習った。

しかし、数合剣を交えると、ホシジマ老人はカークの技術の特異性に気が付いた。


「お前、タムズの子か」

「はい、父をご存知でしたか」


ホシジマ老人は、かつてもっと大きな道場を作って、スラムの住人に魔術と武術を教えていたが、タムズの来訪から魔術の考えを改めたことがある。


「タムズとお前の魔術は、体内に練られた魔術の放出を行わない」

「はい、地球と月の間の潮汐活動をもとに魔術を行います」

「地水火風の四元素からの魔法を行うわしらにとって、タムズの魔法は眩しかった。月の運行によって魔術の力にゆらぎはあるが、魔力の枯渇ということが無かった。画期的なことだ」

「ありがとうございます」父を褒めてもらえるのはカークにとって飛び上がりたいほどに嬉しいことだった。


タムズの潮汐魔術理論をもとに、糸を使用しない凧の研究を始めた。

ホシジマ老人は、その後作られた凧のコレクションをカークに見せてくれた。

・敵を自動で追尾し、急所にアタックする凧。

・幻術で数を数倍にも見せる凧。

・重量のある武器を運搬できる凧。さまざまなスキルを付与した凧を、老人は研究していた。


おそらく、カークであればすぐに使いこなせるだろう。

必要であればこれらの凧はすべてお前に差し上げよう。そう、ホシジマ老人は言う。


カークは、ホシジマ老人の凧の理論を学び、すぐに自在に操れるようになった。


ホシジマ老人が言う。

「タムズは言わなかったが、世界はこの(カイト)のように存在していると思う」

「父もそう言っておりました」

カークがそう答えると、ホシジマ老人は自分の研究成果を話したくなった。


映像板(グラフィックボード)をとりだして、カークに現在わかっていることを伝えた。


 多元宇宙論は、「距離」「泡」「重次元」「万物理論の自由系」「ホワイトホール論」それらの仮説が唱えられている。それらをもとに魔術を構成することも可能である。

ホシジマ老人は、世界はすべて(カイト)である。(カイト)が空中で接触する間、互いの世界が交わると仮説を建て、魔術と天文学を融合させる研究を行った。


「おそらく、父が考えていたものと同じと思います。特にこの凧たちは、父が使用していたものより高度に洗練されているように思います」


カークがそう言うと、ホシジマ老人は満足そうだった。


◇◇◇


 現時点でダラビーシュは政府から立ち退きを迫られている。

カークは、二週間あれば、アシマ会のために政府の船を沈めて見せようと言う。


「ルナカノン」は、ホシジマ老人の助けを得て、カークが開発した超兵器である。

月の光に含まれる「魔光エネルギー」は特殊潮汐の研究の副産物である。

多数の(カイト)を空に揚げ、「魔光エネルギー」をらせんを描くように反射させて収束させることで、強制的に異世界転移の力場を生成することができる。

しかし、特殊潮汐の転移とは違った強制転移である。飛ばされた物体は異次元にたどり着けず狭間に落ちる。永遠に次元の狭間をさまようのである。


カダカは、カークの言うことがにわかには信じられなかったが、アシマ・ユキヒサにとっては理解できたのだろう。

カークはダラビーシュの町の魔法を使えるもの全員を集め、凧の飛ばし方を指導した。

魔法を使えないもの、体力のあるものは、全員でホシジマ老人の設計通りに、特殊なレンズを中央にはめこんだ凧を作らせた。


二週間後の満月の夜、カークは住民に凧の浮遊を指示した。

住民たちは凧の揚力を、カークは凧の角度を調整し、月光がらせんを描くように飛ばした。


やがて月光の強い渦の中、住民をおびやかしていた軍艦は消滅し、人々は朝まで歓喜の宴を催した。



◇◇◇


 しかし、軍船消滅は幸せをもたらさなかった。 翌朝から、ダラビーシュの世論が二つに割れたのだ。それは、穏健派とダラビーシュ独立派である。

アシマ会は内部も、古くからアシマ会に在籍していたものと、トラガ組だった者とで分裂しはじめた。

旧トラガ組は政府からの独立を夢想するようになり、穏健派のアシマ会をおびやかすようになってきたのである。


カークのもたらした「ルナカノン」の力は絶大である。これがあればダラビーシュだけでない、この世界すべてに安寧をもたらすことができる。独立派はそう主張する。

穏健派は、あくまで政府が現在のダラビーシュの自治権をみとめてくれさえすれば良いと考えている。


政府側だったミスラ組の者たちの中にも、ダラビーシュに戻って来たものがいた。彼らはそれぞれ過去を清算し再度ダラビーシュでがんばりたいと言ったので、みな快く受け入れた。



◇◇◇


 カダカは、この世論を苦々しく考えていた。

カダカとて、犬獣人と産まれたゆえに(うと)まれてダラビーシュまで流れてきた。

しかし、彼にはダラビーシュに一緒に流れてきた人間の妹もいるのである。

獣人の連中はほとんどが独立派である。そして人間はほとんどが穏健派なのだ。

そしてダラビーシュには圧倒的に獣人が多い。アシマ・ユキヒサも人間である。

ダラビーシュが獣人の国として独立するのも良いかもしれないが、人間にとってはろくでもない結果にしかならないだろうと予想している。


ユキヒサは、カダカ、カーク、ホシジマ老人に加え、トラガ派幹部の兎獣人であるミミザキの4名で、プレジャーボートを出し、海上で今後のことを話し合った。

プレジャーボートの上には、ワインとつまみが並んでいるが、それに手をつける者はいなかった。


「ワシもこの歳になって船遊びとは思わなかった」とホシジマ老人。

「なにいってんだ、いっつも凧で遊んでるじゃないか」と、ユキヒサが言う。

「カークさん、お付き合いくださって申し訳ありません」と、カダカが頭を下げる。

「ユキヒサ親分に失礼が無いようにしろよ」ミミザキはカークにすごんでくる。



「まずこの状況を整理したい、そして、これから先どうするか、みんなの先見性に期待している」ユキヒサが取り仕切る。

「親分、まずルナカノンを秘匿して独占可能かを検証すべきじゃろう」ミミザキが言う。

「ルナカノンはカークにしか使えんぞ」ホシジマ老人が言う。

「いえ、技術自体は陳腐なもののはずです」カークが言うと、ホシジマ老人がカークをひじで小突きはじめた。カークは意図を理解し、押し黙った。

「カークの技術は、異世界を渡るものじゃ。これはカークの血によるもの。他人が真似できるようなものではない」


現在の内部抗争は、カークが存在するがゆえのものである。

そう印象づければ、独立派は自然と意見をひるがえす。独立推進はカークありきの作戦であり、カークはあくまで客人なのである。あれから凧を何度か飛ばしてはいるが、小規模でもルナカノンを成功させたものはいなかった。

しかし、ミミザキにとってはなんとしても独占しなければすべての作戦がおしまいになってしまう。技術自体は陳腐である。そう言うカークの言葉を聞き逃さないといった顔でカークを見据えた。


「元ミスラ組の帰還組がいるだろう?あいつらは、俺たちの分断を狙って、ダラビーシュ弱体化の工作を命令されている」

ユキヒサがそう言うと、ミミザキは激高して言う。

「誰がそんなことを言ってるんですか!仲間を疑うなんて会長は絶対にやってはいけないことで────」ヒュン!と、ユキヒサの剣が宙を舞い、ミミザキの首が海に落ちる。

「しまった、カダカ、あの首拾えるかな!」

「やってみましょう」

カダカは落ち着いた顔で、ミミザキの首を拾いに海にザバンと落ちた。


◇◇◇


 ミミザキは、分断派との会合で、アシマ会の解体を約束していた。

アシマ・ユキヒサを討って「ルナカノン」を政府にちらつかせ、ダラビーシュを牛耳るのである。

ユキヒサ自身は、その会合の記録を目にしたので、今回船の上でミミザキを殺すことを決めていたようだ。


ユキヒサはカークに問いかける。

「カークさん、現在の情報から住人が独自に『ルナカノン』を完成させることは可能ですか」

「はい、凧の製作さえできれば、ルナカノンを実現させることは、100%とはいわずとも、失敗を重ねながらでも、いつかは誰かが成功させるでしょう」

「ホシジマさん、凧の製作は特別な要素がありますか?」

「ああ、集光レンズは現在のところ、わしにしか作れんが、現物が存在する以上誰かは複製に成功するじゃろ」

ルナカノンがこの世にある以上、その力は誰かが行使することになる。

「二人はダラビーシュを追放する」


ユキヒサはそう言った。


◇◇◇


 アシマ・ユキヒサにとって、最悪の事態は、街がすべて政府に奪われることである。

すでに工作員が街に入っている以上、人の口に戸は立てられない。各自がもっとも良いと思える意見に賛同するならば、おそらく世論の分断は成功し、ダラビーシュの弱体化が起きる。

しかし、ミミザキが懸念したとおり、ルナカノンなしでは独立派の力はなくなる。

ミミザキが死に、政府の息のかかった独立派が力を失えば、ダラビーシュは再度団結して政府に対抗するようになるだろう。しかし、これではふりだしに戻る。いや、こちらが軍艦を一隻消滅させているのだから、より強力な兵力でダラビーシュを警戒し、即座に攻撃してくるようになるだろう。


カーク、あの猫獣人、なんてことをしてくれたんだ。

独立派の言うとおり、政府に対して獣人一揆でも起こすか?

そもそも、獣人はハイブリッド種なのである。獣人の国を作ったところで、獣人たちは子を成すことができない。獣人だけの国なんていうのは夢物語なのだ。

獣人にうまれたが、幸せに暮らしている政府の者も多い。ダラビーシュは獣人差別の終着点のように思われているが、差別されない獣人だって世の中にたくさんいる。

その政府側の分断をあおって、獣人をダラビーシュに集結させるというのもできるかもしれないが、誰も幸せにならない選択なんてやる意味がない。


煮詰まりきったユキヒサの耳に、カダカが耳打ちする。

「ユキヒサ会長、お母さまのお力を頼ってはいかがでしょうか」


アシマ・ユキヒサは女王の子である。

先代が現国王と政争に負け、このダラビーシュに住むことを余儀なくされているが、ユキヒサ自身はまぎれもなく女王の子。

しかし、スラムのマフィアの親分だろう。産まれを理由に母親に泣きつくなど。


「お母さまが、ユキヒサ会長を取り戻すためにダラビーシュ解体を命じているという噂も根強いのです」


カダカの言うことももっともだ。会いたくもない母親にダラビーシュ存続を「お願い」することで丸く治まるなら、それも良いかもしれない。


◇◇◇


アシマ・ユキヒサはダラビーシュ内に建設された磔台(はりつけだい)の上にいた。


まず彼は、「軍艦を沈めたのは自分の責任である、自分の命を差し出すので、住人を許してほしい」という要望を政府に送った。

政府はこれを受け入れ、受け入れたのちにダラビーシュの解体が進むだろうと誰もが思ったのだが、女王はなぜかそれを許さなかった。

「ユキヒサが死ぬことは許さない、ユキヒサはダラビーシュを統治せよ」という女王からの命令が届いたのである。

そうなると、ダラビーシュの市民はユキヒサが女王と繋がっているのではないかと疑いはじめる。ユキヒサは、ダラビーシュ市民の前で、自分の産まれを告白する。


「裏切り者アシマ・ユキヒサを殺す、殺したのちにダラビーシュ解体が進むならば、武装蜂起をためらわない」カダカは民衆の前でそう演説を行った。

ユキヒサは「ダラビーシュはあぶれた者たちの最後の城だ、俺はこの城のために人生を捧げてきた。俺は女王のもとには戻らない、殺したければ殺してくれ」そう演説を行った。


市民はユキヒサを信じれば良いのか、カダカを信じればよいのか揺れた。

分断派は殺せと言う。穏健派は当然殺すなと言う。

決断が出せない民衆を割って、カークの大音声がする。


「ユキヒサ!助けにきたぞ!一宿一飯の恩義に報いる!カーク・ドゥマンドリここにありだ!」

「わしもおるぞ!」ホシジマ老人は嬉しそうである。


上空にはルナカノンに使用するための凧が旋回していた。

カークは政府の側に立って、ユキヒサを拉致するのか。しかもルナカノンを起動させている。

そう市民は認識した。


この場所はすべて時空の彼方に吹き飛ぶのだ。それもカークの指先ひとつ。月は出ていないが、市民がそう思うには充分なハッタリである。

「マズイ、お前ら、あいつを捕まえろ!」

カダカが声をかけると、アシマ会の者たちが全員カークとホシジマを捕らえるために動き始めた。

二人は木刀を持って大暴れ。(カイト)をひとつひとつ組員にけしかけ、組員は恐怖から(カイト)の集光レンズ部分を粉々にしていった。


「いけねえ、ずらかるぞ!」ホシジマ老人がそう声をかけると、カークとホシジマはダラビーシュの町から逃げ出した。


すべての(カイト)を壊すと、市民と一緒になって、組員たちはユキヒサを助け出した。

この街が存続するためには、ユキヒサさんの力が必要だと思う。彼らはユキヒサによる統治を選んだのだ。


政府の視点からいえば、ダラビーシュの町は、平和裏に、政府のものになったのである。

また、従来からの住人の視点でいえば、なにも変わらず自分たちの権利が守られたのである。

カークとホシジマ老人は、超兵器を隠ぺいするために身を隠すことになった。


カークは特殊潮汐を待って汐見小屋に戻り、ホシジマ老人は山の奥地で凧を作ることを続けた。


◇◇◇


「とまあ、こういうのが俺のこれまでの話だよ」

カークがユーコフとカナリアにそう話し、二人の反応を見ていた。


「すげえ!凧ってこの壁に飾ってあるやつ?」ユーコフは楽しそうである。

「なんで追放されなきゃいけなかったの?」カナリアはわりと冷静である。


「ユーコフ、この凧はルナカノンの凧じゃないよ、別の用途に使用する。

カナリア、超兵器ってのはこの世に存在してはいけないんじゃないかと俺は思うんだ。

超兵器を持っている人は持っていない人に対して理不尽な要求をするようになるからね」


「ふうん?」二人にわかる話をしたつもりだったが。カナリアにも理解できる年齢だと思うが。カークは自分の話し方をもう少し工夫しなきゃと思った。



おしまい





お読みいただきありがとうございました。

主人公の悩み、師匠との出会い、仁義を切る、主人公無双、マフィアの会合、処刑台の救出、主人公の追放


黒船、フィラデルフィア計画、アルキメデスの船、などの詰め合わせでした。


昔のヤクザものは仁義と一宿一飯の恩義でうんぬん。


しかし共同製作者には不評でしたので、

次回から、ファンタジーお気楽魔物退治と行きたいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ