カークの巻
本稿は、ほとんど詳細を描写せずに概略のみで表現されています
ご了承ください
反抗期の少年の喪失、少女との出会い、黄泉の冒険と駆け落ち、城の脱出、ラストバトルと敗北。
カーク・ドゥマンドリは、猫獣人です。
猫獣人として人間の社会で生活をしています。
馬の母とロバの父のあいの子をラバといいます。
虎の母とライオン父のあいの子をライガーといいます。
人の母と猫の父のあいの子がカークなのです。
◇◇◇
三方を海に囲まれた岬の先に、かれらの暮らす汐見小屋がありました。
カークのお父さんは、カークにお勉強を教えています。
「ではカーク、地球の大きさが半径6371キロメートルだとして、太陽の中には地球が何個分はいるか、わかるかい?」黒猫であるお父さんは、目の前の画像板に現れる天体の運行図を拡大して見せながら、カークに問いかけました。
「はい」カークは手元の紙でそれぞれの体積をはかって地球の個数を出して、お父さんに答えます。
太陽の体積は地球の130万倍。その驚愕の事実にもカークは淡々として、驚くことはなく、それらを自分の計算でみちびき出せることの感動も無いようでした。
「では月と地球の大きさの比率はどれくらいだい?」
カークはこれにも、手元で計算して、おおよそ1/4だと答えました。
「他の惑星、地球以外の惑星でこれほど大きな衛星を持っている星は無いんだ。とっても大きいけど質量は、月自体の重さは地球の81分の1しかないんだよ」
カークには、大きさと重さの違いがいまひとつわかりませんでした。
しかし、わからないまま父の話を聞いていました。
「この不思議な地球という星に僕らは住んでいる。そしてもっと不思議な月が、僕らの暮らしに重要な波をもたらすんだよ、太陽と地球、地球と月、月と僕ら。こういう風に、お互いの違いを考えながら、お互いの特徴を知ることは、理解の第一歩なんだ」
カークはだまってうなずきました。父と母は、種族が違うけれど、結婚して自分が産まれたのだ。それは、きっと父と母、地球と月のように違いがあるからよかったんだろう。
そんな風に思っていました。
カークにも、そんな星があらわれるだろうか。
カークは、最近ずっと寂しさに自分の心を支配されていました。
お父さんの話す大切な話も、だんだんとぼんやり聞こえにくくなってくるようです。
両親は外で色々な人と会っている、自分だけがこの牢獄に閉じ込められているのではないか。
そんな思いにさいなまれると、カークはいてもたってもいられません。
しかし、誰に相談できるというわけでもありませんでした、授業が終わり、身体トレーニングを終わらせると、カークは一人で砂浜をあるき、蟹をとって遊びました。
◇◇◇
孤独なカークの耳に特殊潮汐のさざめきが聴こえてきました。
母さんが帰って来た。だけど今は母さんと話をしたくないと思っています。
「カーク、そこにいるのね」お母さんの声がします。
しかしカークは黙ったまま、お母さんから逃げるように、特殊潮汐の残響に飛び込み、潮だまりに入って行きました。
波音に流され、カークは異世界へと旅立っていったのです。
◇◇◇
カークは異世界にはじめて一人で迷いこみました。
しかし、父から異世界での作法を十分に学んでいると考えているカークは、いつも持ち歩いているポーチの中の道具さえあれば帰還できると考えました。
明るい日差しの中、目の前には見渡す限りの草原。麦畑です。
麦畑の真ん中に敷かれている道の真ん中に、カークは立っていました。
道は左右に長く、カークの立っているところは円形に整えられています。父さんから聞いた、ここで馬車が旋回できるようにしているんだろうとカークは思いました。
遠くに綺麗な建物がありました。レンガづくりのカフェのようでした。
誰かと話をしたいと思ったので、カフェに誰かがいるかと尋ねて入って行きました。
「いらっしゃいませ」
そこにはシワひとつないエプロンをつけた男性がカウンターに立っていました。
彼はカークを見ると歩み寄り、席に案内します。
促されるまま、テーブルに座り、コーヒーを注文しました。
「ミルクと砂糖は?」
「お願いします」
しかしカークはコーヒーを飲んでいてもどうも落ちつきません。
言葉は通じる、母と同じような人々。自分がなんでここに来たか、さっそくわからなくなってしまいました。
カフェの客なのか、店員なのか、赤いエプロンの女の子に声をかけられました。
「ねえ、あなた、猫獣人なのね、このへんでは見ない顔だね、旅行?」
「はい、旅行というか、そうですね、遊びに来ました」
「このへんはずっと麦畑でなにもないよ、街から来たの?」
「いえ、外の世界から来たのです」
「外の世界?」
女の子は、カークの言葉を不審に思いました。
「まさかあなた、イアンナの子?」
「イアンナ?イアンナは母の名前です」
「へえ!」
女の子は、エプロンの男性と目配せをして、何か合図をしていたようでした。
しばらくカークは、女の子から、この国がどういう場所か教えてもらいました。
ここは、街道から離れた農業の町。城にはこの地域の領主様がおられます。
領主様には娘がいましたが、娘を守る猫の近衛兵長と駆け落ちしてしまったのです。
領主様はそれから大変心を痛めて、娘の帰りをずっと待っているのでした。
「領主様には悪いけど、イアンナは良くやったと思うわ、私あこがれちゃう」
「そうかな?」
「ねえ、どっちから駆け落ちしようって言いだしたんだと思う?」
「わからない、両親からはそんな話を聞いたことがなかったんだよ」
「ええっ?そうなんだ、でも帰ったら聞いてみてよ、私も知りたいし」
「いやだよ、なんで君なんかに」
カークは、なれなれしく家の事情を詮索する女の子をうっとおしいと思いました。
しかし、女の子は次々とお菓子を出し、おもてなしされるので、カークも逃れられません。
そのうち、カフェの外には黒い制服姿の男たちが並び、カークはなぜか、取り囲まれてしまいました。
◇◇◇
カークは領主の前に立ちました。
領主は背が高く、大きな赤いマントを羽織り、金の冠を付けています。
威厳にあふれ、不思議な力も味方につけているような力強さがありました。
「はじめまして、わが孫」
「カーク・ドゥマンドリです」
「ああ、うむ」
「私の滞在について──」
領主はカークの発言を手でさえぎり、言いました。
「私の大切な娘が猫と結ばれるなど、到底許しがたいことだ。家畜同然に落ちた娘を、私は救わねばならんと考えている」
「母は、家畜ではありません、父は高潔な心を持っています」
カークは、そこではじめて両親の秘密を知りました。
◇◇◇
この領では、猫は魔術を使用するため、猫の軍隊が編成されていました。
猫は気まぐれと言われていますが、この領では言葉を話し、契約を重視したので、人間と同様に扱われていました。
カークの父、タムズは領主の命令で姫様の護衛任務を行っていました。
しかし、タムズはやがてイアンナと結婚させてほしいと思うようになったようです。
イアンナ自身はタムズを大切に扱いました。タムズはたゆむことなく護衛任務を続けました。
しかし、領主はその結婚を許しませんでした。
ある時、領主の妻、イアンナの母が病に倒れ、死の淵をさまようことがありました。
「領主様、私が奥様の魂を冥界から呼び戻します。それができたら、イアンナ様との結婚をお許しいただきたいのです」
領主は、最愛の妻の死を逃れられるならばと、タムズの申し出を受け入れました。
タムズは特殊潮汐を利用して冥界に渡り、7つの門をくぐり、かぎ針に心臓を貫かれてぶらさがっている領主の妻を、助け出し、死の国に代償として自らの肉体を与えて蘇らせました。
イアンナは母が戻ると、タムズの肉体を取り戻すように、出発前に抜いておいた彼の爪を薬とともに飲み込みました。
やがて、イアンナは清い身体のまま子供をみごもり、生まれた子供はタムズの肉体となったのです。
◇◇◇
しかし領主は、妻を救ってくれた英雄であるタムズと、イアンナの結婚を許しませんでした。
そのため、彼らは父のもとに二度と帰らないという言葉を残し、満月の夜に家を出たのです。
◇◇◇
────カークは縛られ、城に幽閉されました。汐見小屋に戻りたくなりました。
父のいなくなった穴を埋めるように任命された、現在の近衛兵長と会いました。
現在の近衛兵長は人間です。名前をナナバ・ゴルドマンと言いました。
「私は姫をこの城に呼び戻さねばならない」
「お母さんは、きっとここには戻りません」
「タムズは狂ってしまった。私はタムズを討って姫を取り戻す」
「狂っているのはあなただ」
ナナバの手にはカークの持っていた特殊潮汐を計測する金時計がありました。
「彼らの座標はお前が教えてくれた」
「待て!戻れ!待ってくれ!ナナバ!やめろ──!」
月の輝く夜、カークの叫びが城に響き渡りました。
◇◇◇
城の一室に閉じ込められたカークのもとに、窓の外から石が投げられます。
「カーク!カークってば!」
庭で石を投げているのは、カフェで出会った女の子。
「お前!お前のせいで大変なことになったんだぞ!」
「わかってる、だから助けに来たんじゃない!」
少女の名はメイ。メイの父はかつてタムズの部下だったのです。
メイの父は、彼らの幸せのためと思い、領主に会わせようとしたのですが、カークが幽閉され、イアンナ姫のために軍が出されることを知り、行いを後悔しました。
メイは自分自身のゴーストを操り、カークを助けます。
カークは、メイのゴーストとともに、衛兵からカギを奪い、地下道を通じて城を脱出しました。
◇◇◇
夜のカフェにたどりつくと、メイの父が謝罪します。
「私達が余計なことをしたばかりに、こんなことになってすまない、あなたの両親をどうか、助けてください」
メイの父は奪われていたカークのバッグと、金の時計をナナバから取り戻しており、カークに返してくれました。
「これは私の大切なもの、これからの旅に役立ててください」
メイの父はカークの鞄に、コーヒー豆の袋を入れました。
このコーヒー袋は、無限にコーヒー豆が出る。このコーヒー豆で煮だしたコーヒーは、どのような毒のある水でも飲むことが出来るようになると言われました。
カークはありがたく受け取り、潮だまりへ駆け出しました。
特殊潮汐の時間はとっくに始まっている。兵隊たちよりはやく家に戻らなければ。
◇◇◇
「父さん!」
カークが汐見小屋に戻ると、小屋は火が放たれています。
兵士がカークのお父さんをかこんで、攻撃をしています。
「カーク!来るな!逃げろ」
お父さんと戦っているのは、ナナバでした。
お父さんのしっぽは炎につつまれ、ナナバへ無数の火球を吐き出します。
ナナバは魔法の戦いに慣れているようで、細剣を突き、火球を簡単に落とします。
お父さんは目が青く輝き、砂の兵隊を作りました。
砂の兵隊たちは、ナナバとその部下たちにかさにかかって攻撃をします。
父さんとナナバは、互いに魔法を交えて戦闘をする中、
少し語り合っているようでしたが、やがてナナバの細剣がお父さんの身体を真っすぐつらぬいたのでした。
「やめろ!」
お父さんに駆け寄ろうとするカークに、お父さんの砂の兵隊の一体が止めに入りました。
砂の兵隊に阻まれ、汐見小屋は燃え、お父さんは死んでしまいました。
◇◇◇
やがて、兵が去り、お母さんも連れ去られ、死んだお父さんと燃える家だけが残された汐見小屋で、カークは一人いつまでも泣いていました。
お読みくださりありがとうございます。
シュメール神話、里見八犬伝、その他の要素詰め合わせでした。
反抗期の少年の喪失、少女との出会い、黄泉の冒険と駆け落ち、城の脱出、ラストバトルと敗北。
次回はカークの修行シーンです。