14話_雨が育つ場所にて(上)
シューティングゲームを作ろう。と思いまして。
そのシナリオができればと思いまして書きました。
楽しんでいただければ幸いです。
「うはははは!わはははは!」
カークは汚泥の濁流の中、濁抗龍王の頭上で汚れた雨に打たれていた。
濁流の中で誰に見られることもなく流れを楽しんでいた。
汚れた水、濁った水、家畜の糞や食べかすにまみれた、くさい泥水。
それらはすでに発酵して一体となりヘドロとなる。
カークはその奔流の中にありながら、流れを制御してその水を乗りこなしていた。
「濁抗龍王よ、お前さんは最高だよ!」
カークが濁抗龍王を呼ぶと、濁抗龍王もカークに声をかけた。
「私もこんなに楽しく飛び回るのは初めてのことだ!さあどこだって行ってやろう!私こそが濁抗龍王だぞ!」
カークが指で示せばその場所に水柱が空まで登り、カークが両手を叩くとその柱同士がぶつかりあう。
カークはその穢れた水流をとても心地よいと感じた。
汚れの中にいるというのはこんなにも気分が良いのか。胸がスっとする。
もういい、わかった。俺が世界の汚れを引き受ける!俺が世界で最も汚れた男だ。
だれも俺なんかを見ない!誰も俺を愛さない!
ここが世界の最低な場所だ!俺は最低な男なんだ!
たくさんの異世界を見たとしても、大切なものを何一つ持たない!
これが俺の人生だ!俺の汚れた人生なんだ!
「ふははは!カーク・ドゥマンドリ!お前は最高の乗り手だ!お前のためなら滅んでいいぞ!」
「うるせえ!はした神なんぞに俺の心がわかってたまるか!お前は黙ってゴミを集めろ!」
「ははは!よしきた!でかいのが来るぞ!しっかり掴まってろ!」
さらに大きな濁流が濁抗龍王とカークを襲う。濁抗龍王はすべてを飲み込むように、抱かれるように波に飲まれた。
◇◇◇
数日前
カーク、ユーコフ、カナリアは、カークの生まれ故郷の世界に来ていた。
カークの生まれ故郷の世界はカークのお母さんが女王様をやっている。
広い干潟の上に浮かぶ寺院、[海蓮洞]に到着すると、猫である父タムズが待っており歓迎された。
ここは異世界渡りとなる特殊潮汐の研究が進んでいる国なのだ。
特殊潮汐の潮騒がおさまると、居並ぶ尖塔が美しく天を指す、重厚な寺院の中庭に立っていた。
カークのお父さんは幽霊の猫だ。
「おかえりみんな」
そう言って迎えてくれたカークのお父さんに案内されて、寺院を見学する。
この寺院は大きな湾の中にある。
湾の中に浮かぶ岩礁の島に、その寺院はある。
島は非常に壁が高く作られている。
中心に位置する大きな建物は修道院。
修道院のまわりに、それを助ける町が形成されている。
ユーコフがタムズに質問する。
「なんだか入るだけで大変そうなところだね?敵に襲われるからこんなに壁が高いの?牢獄みたい」
タムズが答える。
「いや、これは外敵から守るためだったり脱走を防止するための壁じゃない。この高さまで海面が上昇するんだ」
「へえ!こんなところまで!」
「満月の間、新月の間。沖合い18キロくらいまで引いた潮が、一気にここまでザザーンと押し寄せて来るのさ。
そしてこのあたりの高さまで海水が上がる。なかなかの衝撃だよ。
その流れが川に当たれば、それがポロロッカ現象となって水が波となって川をさかのぼる。
タイミングがよければそれでサーフィンで遊ぶ若者もいるくらいだ」
「ずいぶん変わったところに建てたんだね」
「もともとは、地元の聖職者が『ここに修道院を建てろ』と天使に言われたから建てたのだ。
だけど、特殊潮汐がよく観測できる最高の場所だから、今では異世界人もこの場所によく訪れるんだ。
異世界人たちは、ここから旅出ったり、ここから元いた世界に帰還する方法を探したりする」
「へえ、天使かあ、僕も会ってみたいな」
カナリアが言う。
「とってもきれいなところね、それにお家のデザインがかわいい。
カークも汐見小屋をこんな風にかわいいお家にしたらいいのよ」
「そうだな、作り方を聞いて帰ろうか」
「えっ、大工さんが作るんじゃないの?カークが作るの?」
「カナリアも手伝うだろ?」
「うーん、できるかしら」
カークは父にうながす。
「父さん、はやく城に戻ろう。はやくこの子たちを、この子たちの母親に会わせたいんだ。
ユーコフとカナリアのお母さん、ここにいるんだろ?」
「そうだよ、ツグミさんはここにいる。だけどツグミさんは大変な状態なんだ。
みんなが来てくれてよかった。ぜひカークの母と、ツグミさん、両方の話を聞いてやってくれ」
「大変ってなにが?」ユーコフが聞くとタムズは言いにくそうにする。
「まあちょっと、彼女は精神的にまいっててね。元気づけてやってくれよ」
言葉を濁されたような気がするな。とカークは思った。
しかし、直接聞くのがいいだろう。なんにしても。
◇◇◇
三人とカークの父は、カークのお母さんが女王をやっているお城に到着し、女王様にご挨拶をした。
女王様というよりは領主なのだそうだが、細かいところはカークにはわからない。
「まあ、あなたがたがユーコフ君とカナリアちゃんですね。お会いできて光栄です。
ぜひゆっくりして行ってください。あなたがたの知識と経験を教えてください。そして私たちの知識と経験を持ち帰りください」
「「ありがとうございます」」二人は深々と頭を下げる。
カークの母は、この挨拶を異世界から来た人たちに対していつも行っているようだ。
異世界人は基本的に友好であるという前提なのだろう。
しかし、彼らのことを常に監視し、把握しなければすぐに世界は崩壊するので、十分に注意しているはずだ。
母イアンナは、二人に引出物として金色の時計を進呈した。
これは特殊潮汐の予想や現在地の座標チェックに使用する機能がついている。
純金ではなく、黄銅だ。ひとりで特殊潮汐を探して渡ることもできるようになるだろう。
二人は丁寧にお礼を述べた。立派だとカークは思った。
ひとしきり儀礼的な挨拶がおわると、母は玉座を降り、三人とゆったりと話ができるように、お茶の席を作った。
カークの両親、そしてカークとユーコフ、カナリア。
庭園の温かい日差しの中で丸いテーブルを囲んで、召使いの人に紅茶を注がれる。
コーヒーには飽きているかもしれないから。と、母イアンナは笑って言う。
カークがそんな母に話をうながす。
「母さん、ユーコフとカナリア、この二人はツグミさんに会うためにここに来たんだ。彼女はこの二人の母親だから」
カークの母イアンナは、答える。
「ツグミさんも間もなくいらっしゃると思うのです、お誘いしているのだけど」
「ツグミさんはどのような形でここに来たの?」カークの問いかけに母が言う。
「ツグミさんがここに来た時、彼女はルサールカの一族を率いて、この国の湾内に彼女の城を築こうとしたので、私たちと戦闘になったの。
戦闘はさほど長くかからなかったわ。
どこからともなく沸いたルサールカたちが街を襲う、のでなく、特殊潮汐を使ってここに来た妖怪たちとわかっていたので。
それでも、一族の長が半分人間だとは当初気が付かなかった。
水の精霊だけを捕まえる小瓶に閉じ込めようとしたのだけど、彼女だけは肉体を持っていたのね。
ルサールカたちは元の世界に戻すことができたのだけど、彼女は錯乱状態だった。
なので、『魔力を吸い取り水に変える丸い皿』を頭にのせて、完全に人間に戻るまでここで面倒を見ているの。
今は落ち着いていると思うんだけど、少し変なことは言うわね」
「そんな変な事は言わないですよ」ツグミさんが現れた。
以前見かけたとおり、緑色の顔。
以前は帽子をかぶっていたけど、今はイアンナが言っていたように頭に皿を載せている。
ああ、カッパのようだ。とカークは思う。
「お母さん」「……」カナリアが声をかける。ユーコフは口を開かない。
カナリアはツグミとその父の子だが、ユーコフはツグミの卵子を提供され人工的に作られた猫獣人なのだ。
そのため、ユーコフはツグミに対して遠慮があるようだ。
というより、ツグミの緑色の顔に、カナリアさえも、これがほんとに母親なのか?という顔をしている。
別人なのかな?
「二人を連れてきてくださってありがとうございます、カークさん」
「いえ、過酷な運命に引き裂かれた親子です。こうして再会をお手伝いできたこと、私も非常に喜ばしく思っています」
「ご苦労さまでした、さあカナリア、ユーコフも。これからは私たちの国に戻って国民のための生活をしましょう」
「お母さま、私たちは無理に戻る必要はないのです。国は平和になりました」カナリアが言う。
「まあ何を言うの?」
ユーコフが、カナリアの国、ポルバエルはすでに大きな国のひとつの州になったという話を聞かせた。
しかし、ツグミにとっては理解しがたい内容だったのか。
「国が完全に無くなったわけじゃないのならカナリアは今でも女王なのでしょう」
「いえ、カナリアはもう女王ではありません、ポルバエルの宗教的な重要人物というだけです」
ツグミは混乱してきたようだ、落ち着かない様子である。
「であれば国家も同然、私たちはもとの世界に帰って国民とともに居なければなりません」
ツグミは聞き入れてくれない。
カークが話に入る。
「ツグミさん、二人の言ってることは正しいです。二人が国の危機を救って国民を守ったのですよ」
「カークさんは黙っててください、カークさんがこの二人に変なことを吹き込んだのではないですか?」
「何を言うのですか」
「私はあの国のことをよく知っています。この二人がいれば国家は保たれる。カークさんには関係がないでしょう」
「ちがいます、あの国はもうあなたがたが居なくてもやっていけます。そうできるようにカナリアが…」
「そんな事を二人に吹き込まないでと言っているのです。王家には王家のやりかたがあります。
あなたがそう思っていて、あなたの影響から、ユーコフとカナリアが変なことを言いだすんじゃないですか?」
「俺は二人を尊重している、二人を面倒みているのは俺だが無理に何かをさせることはない」
「あなたは王家のものがどのようにあるべきか、教えることはできますか」
「できません、私はただ、二人を本当のきょうだいのように接して来たつもりです」
「ではあなたとの暮らしは、二人にとって間違いだったと認めますか」
「なんでそうなる。そんな話はしていないはずです。あなたは少し混乱しているようだ」
カークはツグミさんのイライラに少しあてられてきた。何を話せばいいのかわからないし、向こうの出方を見ているとこっちも混乱してくる。この人とは話をするべきでないと思い始めた。
「……ユーコフとカナリアがあなたと一緒にいることは間違いでした。今わかりました」
「違うよ!カークはそんな人じゃない」ユーコフが言う。
「お母さん、なんでそういうことしか言わないの」カナリアが言う。
そこまでのことを聞いてイアンナが口を開いた。イアンナが話を始めると、全員が黙ってそれを聞く。
「カーク、あなたはまだ修行が足りないわね。
ツグミさん、あなたはまだ半分妖怪の状態です。この城から出ることは私が許可いたしません。
ユーコフ君、カナリアちゃん、お母さんは精神的に不安定な状態なので、どうかそれは許してください。
少し三人で散歩でもしてきたら良いのですよ。城の中でも楽しみはたくさんあります」
イアンナにそう言われ、ツグミ、ユーコフ、カナリアは席を立って散歩に行った。
◇◇◇
お茶会のテーブルには、カーク、カークの両親が残っている。
「父さん、父さんも何か言ってくれればよかったのに」
「馬鹿だなカーク、ああいう時は空気になるのが一番いいんだよ」
「助け船くらいは出してくれてもいいじゃないか」
「あの家族にはあの家族のやり方があるのだろうからな」
「そうよ、カーク。よその家庭にはよその家庭のやり方があるのだから」
そう母が言うので、少し聞いてみたくなった。
「父さん、母さん、ウチの家庭にはウチの家庭のやり方があるのかい?」
「ええ、あるわ」「なにがあるのさ」
先ほどのイライラが取れないカークは、両親に対して少し強い聞き方をする。
母が答える。
「私たちは、誰とも交わらず、誰とも競わない。それができる力を手に入れたら、静かに、心おだやかに日々を過ごすことだけが私たちの目的だったのよ」
カークが言う。
「そのために、俺は学校にも行かず、他人とのコミュニケーションもできず、自分がどれだけ何をでき、何をできないかを知ることもできず、自我の持ち方も理解しないままこんな歳になってしまった」
「それは不幸なことではないぞ、カーク」父タムズは言う。
「いや、父さんには悪いけどそれは不幸だったと俺は思う。
俺は自分の世界を持たず、次元のはざまに暮らし、誰も俺のことを知らない。
自分が死んでも誰も知りはしないだろう。それは気が付かなかったけど、孤独で寂しい暮らしだったんだ。
それを救ってくれたのがユーコフとカナリアだ。あいつらがいると、あいつらのために何かしてやろうと思う。
何を話し、何を着て、あいつらにだらしない、情けないところを見せないようにしようと思うだけで、しっかりした暮らしが送れるようになった。
ちょっときついなと思うことはあるけど、今、生きてるって思えるのはあいつらがいるからだ」
父タムズはそれを聞いて少し考え、イアンナは少し悲しい気分で言った。
「私は領主の子として不自由に育ったから、自由でいられるカークが幸せだと考えてるわ。
私たちのような苦労を、カークにはさせないようにしたかったの。
だから、カークがそんな風に悩んでるとは思わなかった」
タムズは言う。
「学校に行かずとも、私が教えたことは、比較的高度なことであったはずだ。
だから、学が無いということを悩むことはない」
それを聞いてカークは考えを改めるべきかと思う。
「それは……そんな風に考えてくれていたなんて知らなかった。いまさら反抗期というわけじゃない。
そういう事なら俺は、俺のこれからの正しい生き方を、自分で見つけ出していきたいと思う。
今まで育ててくれて本当にありがとう。これからは親孝行も考えていきたい」
カークがそう言うと、両親ともに笑顔を見せてくれた。
タムズが言う、
「しかし、さっきの話、ユーコフ君とカナリアちゃん二人のことも考えていないといけないな。
もし二人の母であるツグミさんが二人の将来を考えるなら、カークは二人と一緒に生活するのも終わりになるかもしれない」
「そうなるだろうか、きっとユーコフもカナリアも、俺と居たいと言ってくれるのでは?」
「お母さんの意見を無視してはいけないだろ」
「本人の意見よりも?」
「二人はまだ子供という年齢だ。ユーコフは14歳、カナリアは10歳。親の手にあるべき時期だ」
イアンナが言う、
「ツグミさんは半分妖怪。それはいつか治癒できるものだと思う。
だけど、そんなツグミさんを支えることができるユーコフ君とカナリアちゃんが来てくれたのだから、治療も進むかもしれないわ。
ツグミさんが妖怪に打ち克って、正しく自分を取り戻して三人が元の世界に帰る。そんな幸せな未来が待っているのなら、私たちがあの親子に口出しできることはないはずよ」
そう聞くと、カークは身体の力が抜けてゆく気がした。
そう、俺たち三人の旅はここで終わることになるかもしれない。
俺が今までやってきたのはなんだったのだろう。そんな空虚な思いがカークに去来した。
◇◇◇
ツグミは、いくつかの怪異を封じているこの城で「SCP-352」と呼ばれていた。
半妖の人間、水棲妖怪と人間の間の存在として。
ユーコフとカナリアは、彼女の子であるゆえに、その異変を戦慄とともに感じ取っていた。
SCP-352 またの名を「バーバ・ヤーガ」
彼女の髪は本人さえ気づかぬうちに伸び、人に幻覚を見せる。
幻覚から人を意のままに操る。
その特性から危険度が最上級に指定されている。
有害ではあるが制御する方法がある程度確立されているもののはずだ。
しかし、制御されているから人間に友好的であるという保証はどこにもない。そう知識として知っていた。
この「バーバ・ヤーガ」の制御をどのように確立しているかは不明だが、ユーコフとカナリアが、彼女とこうして三人で話をしろと言われた以上、イアンナが僕らに何かを期待しているかもしれないとユーコフは思った。
ツグミの後ろを歩きながら、ユーコフは、カナリアに精神防御のマウスピース。心琴丹を噛むように伝えた。
カナリアは、母を疑うことに少し抵抗があったが、カークに攻撃的だった母を不審に思うこともあるので、マウスピースを素直に口に含んだ。
「あなたたちと別れてどれくらいになりますか」
「もう3年以上になります」ユーコフが答える。
「3年、3年も一緒にいなかったらお母さんの事なんて忘れてしまうわよね?」
「忘れたことはありません、会えて嬉しいです」
「そうかしら、私は転移に失敗して、半分ルサールカになって、カッパみたいにお皿を頭につけて。緑の身体になって、こんな私でもお母さんと思ってくれますか?」
「もちろんです。僕たちの母はあなたです」
ユーコフは、緊張から言葉を選ぶ。
カナリアは何を言うべきかわからない。お母さん、なつかしいお母さんに抱かれたい。
だけど、これが本当にお母さんと言っていいのか。
その感情、ためらいがツグミにも伝わったのだろう。ツグミは淋しそうに言う。
「私は人間に戻りたい。こうしてイアンナさんが私をこの城に封じているのは、正しいことだと私は思います。
だけどね、私は故郷に帰りたい。ユーコフ、カナリア、私が帰りたいと願ったら、一緒に帰ってくれますよね?」
カナリアは、そんな母の姿をあわれに思い、目に涙を浮かべながらうなずく。
ユーコフは、そんなカナリアを見ながら、イアンナの本心はどうあれ、カナリアと母をずっと一緒にいさせたいと思う。
「カナリア、ユーコフ、あなたたちに会えてうれしい。さあ、母にハグをさせておくれ」
ツグミが手を広げ、カナリアがその胸に飛び込み、ユーコフもゆっくりと後を追う。
ツグミの両手が二人を包み込み、ツグミの髪が静かに二人に伸びてゆく。
この髪に触れると精神攻撃を受けるだろう。しかし、母の思いを理解したい。
ユーコフとカナリアは、精神攻撃の防御術を持ちながらも、母の攻撃に身をゆだねようと思い始めた。
母はいったい、私たちに何を望んでいるだろうか。
「そこまでよ、ツグミ・ルシバエ、あなたを拘束します」
5人の兵士と、白衣の女が三人のそばに現れ、ためらうことなく、ツグミに麻酔銃を撃った。
白衣の女、彼女の名はルキア・スーと言った。
◇◇◇
カークは凧を飛ばして凧に乗り、産まれてはじめて、両親の育った世界を飛び回っていた。
──俺は自由だ。俺は自由のはずだ。
だけど自由だからってなにをすべきなのか?俺はなにをするために生まれてきたんだ?
俺はこの世界で産まれた。この世界の生命だ。
俺の人生は両親とは関係ない。俺の人生は自分で切り開く。
だけど俺のやりたい事ってなんなのか?俺はやりたい事がないのかな?
ユーコフとカナリアが好きだ。だから二人のために何かしてやりたい。
ユーコフとカナリアのためだけに生きる人生って悪いことかな?
二人はもしかして、俺のことなんてどうでもいいと思っているかもしれない。
自分の生きる意味、自分の存在する意義。20歳を越えたところでそんなことを考える。
そんなことを考えているカークの目に、傷ついたドラゴンが見えた。
「あれは……ドラゴン。久しぶりに見たな。この世界にもドラゴンがいたのか」
イアンナが統治する領のなかで最も高い山。モン・コボ。
その山頂には槍が刺さっていた。この龍もイアンナが封じているのか?
「お前、ドラゴンとは珍しいな」カークが語り掛ける。
「お主、私に語り掛けるとは珍しいな」ドラゴンが答えた。
「お前はなんで掴まってるんだ?」
「私はこの世界に愛する者を追って来た。浄水公主と呼ばれる女神を知らないか?」
「知らんなぁ、女を追いかけて山頂に磔というのは情けない話じゃないか」
「その通りだ。我ながら情けない話だ。彼女を探して暴れまわっているところを封じられた」
「その浄水公主とお前はどんな関係なんだい?」
「私は濁抗龍王と呼ばれる汚泥、汚水の神であり不浄の山の神なんだ。世界中の汚いものを引き受ける。
浄水公主は俺の身体から美しい水だけを抜く」
「ふうん、上水と下水の関係なんだね」
「ありていに言えばそうだ。私たちは夫婦なのだ。互いの尾を噛みあう水龍の化身なのだ
しかし、彼女はこの世界で消えてしまった。行方がわからない」
「それで諦めて、唯々諾々(いいだくだく)と封印されてるのか」
「ああ、彼女のいない生命など私には何の価値もない」
「それは気の毒にな。どこから来たんだ?別の世界から流れてきたんだろう?」
「ああ、私と浄水公主はこの世界の存在ではない。一緒にもとの世界に帰りたい」
「浄水公主がこの世界にいるのは確かなのか?」
「そうだ。ツグミという名でルサールカの女王をやっているはずだ」
「ああ、ツグミなら会ったよ、嫌な女だ。しかもお前の世界出身じゃないだろ」
「お主になにがわかるというのか、人の妻をけなす権利はお主にあるのか?」
「そういえばそうだ、すまん、だけど俺はツグミと口論になってね。子育てが間違っているのだとか」
「お主、まさかツグミの…?」
「いやまさか、違うよ。あいつの息子と娘をしばらく預かってたのさ」
「ああ、カナリアたちのことか」
「知っているのか?」
「話は聞いている。彼女の半身について」
ツグミは特殊潮汐による転移に失敗し、生きるために半身を、水生妖怪ルサールカに憑依させた。
ルサールカたちの世界でルサールカにしかかからない病を治療し、ルサールカのリーダーとして世界を渡った。
彼女と融合したのが浄水公主であるという。
その後、浄水公主は濁抗龍王をかえりみることなく再度特殊潮汐によってこの世界に渡り、破滅に向かわせようとした。
「私は、彼女がいなくては生きて行けない」
「情けないな」
「私は汚れた存在、けがれた存在なのだ。彼女がいなければ、誰も私のことを知ろうとしない、誰も私を愛さない」
「まさか」
「お前は幸せだ。領主イアンナの子、誇り高き、愛情深き黒猫の子。
私はお前がうらやましい。私はお前のように美しい身体で産まれたかった」
「何を言い出すんだ、そんな風にやけっぱちになって暴れまわるから封印されるんだろ」
「ふふふ、そうかもしれん。少し子供じみた癇癪だと、自分でも思う」
「俺だって、誰も知らないところで生きて、誰ともかかわらない。誰にも愛されないのは一緒だよ」
「ユーコフとカナリアがいるじゃないか」
「あいつらは……本当の家族じゃあ、ないんだ」
カークは今まで口にしたことがなかった。彼らは本当の家族ではないという言葉。
ツグミと一緒にどこかに行ってしまうかもしれない二人のことを思うと、なんだか涙があふれてきた。
「どうした、黒猫獣人」
「カークだ」
「そうか、カーク。お前も孤独なのか」
「そんなことを考えたことはないと思っていたが、孤独はつらいな。そう思った。お前はツグミという感情の行先があってよかったじゃないか」
「何をいうか。恋し恋しと泣くセミよりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす。と言うだろ。
いまも俺の心は千々(ちぢ)に乱れていまにも狂いそうだ。こんなことならあいつを知らぬまま生きた方が幸せだ」
濁抗龍王の顔はいつも濡れているので、それが涙なのか嘘泣きなのかカークには読み取れない。
「ははは、じゃあ死んでしまえよ、ナイーブドラゴン。妻がいないから死ぬだって?俺なんて彼女いない歴イコール年齢なんだぞ、俺のほうだって死にてえよ!」
カークはユーコフとカナリアのことを忘れて濁抗龍王の言葉をおかしく思った。
「カークよ、カーク。私たちは協力しあって良いのではないか?」
濁抗龍王はカークに、暗に封印を解いてほしいと言っている。しかしカーク側にメリットはない。
封印の解き方もわかっていない。母も理由あって封じているはずだ。
「ツグミはお前がここにいるってことを知ってるのかい?」
「さあ、どうだろうな、感じているとは思うが」
「できればお前の願いをかなえてやりたいが、俺に責任はとれんからな。
ツグミは城に封じられ、お前は山に封じられている。縁があればすぐにでも会えそうなんだがなあ」
「そうか、城にいるのか」
「おっと、言わなきゃよかったかな?」
「それだけでも良い。いつか俺が助けに行かねば」
「健闘を祈る。何かあったら相談に来るかもしれない」
カークは、濁抗龍王を好意的に思うと同時に、ツグミの弱点が知れて少し良かったと思った。
◇◇◇
「さて、ツグミさん。あんたはその髪の能力で、息子と娘に幻覚を見せようとしましたね?」
「そんな事しません」
白衣の女、ルキア・スーは、彼女を縛り上げている。
「大人しくしていてくれれば監禁もしないんですよ、困ったオバサンだ」
「責めるのはやめてください、オバサンって言うのやめて」
「せっかくの親子の再会なのに、自分で水を差すことはないでしょう」
「そう思うなら手錠を外してください」
「ダメよ、あなたは監禁が必要な状況になってしまった。協力的に見えても裏がある。
しばらく反省していてください」
そう言って、ルキアは独房の扉を閉めた。
独房の外にはユーコフとカナリアがいる。
「お母さんは危険なのですか?」ユーコフがルキアに問いかける。
「気が付かなかった?あの人は複雑な状況なんだよ。
人間の女性であり、ルサールカという精霊であり、バーバ・ヤーガという妖精でもある。
今彼女が考えていることが、それらのどこの人格から発せられたものかがわからない以上、彼女を自由にはできない」
ルキアは二人に悲しい知らせをしたつもりだったが、ユーコフとカナリアは、その言葉に少し希望を持った。
「バーバ・ヤーガとルサールカを排除して、お母さんだけになったと証明できたら自由にしてくれますか?」
そうユーコフが言う。
「それは、そんな証明ができたら良いけど、危険度Keterだよ?知ってる?」
「収容プロトコルの規模が大きくなってしまうタイプの怪異ですよね」
「二人が呼びかけたらいい感じに分離できるかなと思ったけどダメだったんだよ?」
「本当にダメだったかはわからないじゃないですか」
「ダメだったんだよ。そんな認識なら君らに任せられない。この話は終わり。子供は口を出しちゃダメ」
ルキアは突然二人に厳しい表情になり、話を切り上げ、行ってしまった。
◇◇◇
ユーコフとカナリアがカークの部屋に集まった。
「で、俺に相談しにきてくれたというわけか」
城内に一人づつ個室をあてがってもらったので、リッチな気分で良い感じなのだが、結局いつも通り三人一緒にいる。
カナリアは一人で寝たくないというので寝る時もユーコフと同じ部屋になっている。
カークは、二人が自分に相談してくれたことを、いつも以上に嬉しく思った。
ツグミとは喧嘩したが、まあ嫌いというわけじゃないのだ。可能なら治療してやりたい。
「お母さんは一生ここにいることになるのかな?」
「どうだろう?ちゃんと分離できて、危険じゃないと証明できれば大丈夫と思うんだけど」
「危険じゃないと思うんだけどな、カークなら分離の方法を知ってるかもしれないって思って相談に来たんだ」
「俺がすでに知っているなら、俺の母さん、イアンナと父さん猫のタムズが分離してるんじゃないか」
「そうだけどさあ」
「方法はいくつかあるとされる。たとえば、体内の水分だけを蒸発させる。
ちょっと過酷だけど、昔の魔女狩りでやってたみたいな、火あぶりにするのだ」
「ひどくない?」
「直接肉を焼くわけでなく、サウナで汗を多くかかせる。そうするとルサールカがいなくなる。
その後、バーバ・ヤーガの霊力の源である髪の毛をすべて切り、ガラス瓶に封じ込める。
瓶に入れた髪の毛の増える量が、お母さんから伸びる髪の毛の量を上回ったら、髪の毛側にバーバ・ヤーガの本体がいるとわかる。そうなったら瓶を焼く」
「ひどくない?それで成功するならいいんだけど…」
「成功することはまれであるというね。魔女の分離はとっても難しいらしい」
「ええっ」カナリアが少し涙目になってしまった。いやあ、好きでこんなことを言ってるわけじゃないのだけど。
「もうひとつは、三つの存在をひとつひとつ個別に、召喚魔法で転移させる」
「召喚魔法なんて使えるの?」
「俺は使えないけど、使える世界に行って教えてもらってくる」
「そっかあ」ユーコフがうなだれる。
「ガッカリさせて悪いけど、けっこう難しい状況だと思う。これで成功するなら俺もユーコフも獣人じゃなくて猫か人に戻ってるかもしれない」
そうやって三人で頭をかかえていると、どこからともなく声がした。
「ハハハ!カークよ、お前もだらしないな!」
部屋のコップから声がする。これは濁抗龍王の声だ。
「おい、後をつけてくるのは感心しないなあ、ルール違反なんじゃないか?」
「私のような、はした神にはプライドなんていらないのさ」
「だれ?」ユーコフとカナリアが不安そうな顔をしている。
「はじめまして、ユーコフ君、カナリアちゃん。私はきみたちのお父さんだよ」
「変な自己紹介をしてるんじゃないぞ」カークが濁抗龍王の言葉をさえぎる。
カークは、ユーコフとカナリアに濁抗龍王の事を話した。
「……じゃあ、このコップさんは、お母さんの事が好きなのね」カナリアが元気になった。
「そうだ。わたしは君たちのお母さんと結婚していたのだ」ツグミと融合したルサールカの部分が浄水公主だったのだろう。
「浄水公主さんは、この国を乗っ取ろうと考えてたの?」
「いや、彼女にそんな意志は無かったと思う。ツグミの部分か、バーバ・ヤーガの部分がそう駆り立てたのだろう」
「私たちに幻覚を見せようとしていたのはなぜかな?」
「わからないが、ここから出るためにはうってつけの理由じゃないか。君たち二人が無理を言えば監禁を解かれたかもしれない」
「バーバ・ヤーガは悪いやつ?」
「どうかな、我は何を聞いてもそれほど悪いとは思わないだろう、なにせ私は濁抗龍王だぞ。どんな汚いやつだって私よりは美しかろう」
カークがその言葉を補足してやる。
「バーバ・ヤーガはただの魔女だよ。魔法使いである俺と変わらないはずだ。髪の毛の方が本体というのも真実かどうかわかったもんじゃない。」
「であれば話をしてみればよかったね」
「いや、幻覚を使う人と正直に話をするのは得策でない。まだ情報が少ないよ」
「それにしても、カークもだらしないな」コップの中で濁抗龍王は言う。
「お前なら分離の方法を知っているとでもいうのか?」
「分離なんてそもそも必要ない。私は彼女を愛しているし、彼女の望みは私の望みだ。
久しぶりに会った友人が悪い友達の影響で、悪いことをやっているからと言って、その友達が別人になったと思うか?」
「なんだいその例えは」
「心は一本の木のようなものだ。元気が良ければ枝葉も伸びる。遠目に別の樹形になっていたからといって、その幹、その根が失われたと思うか?」
「あーそうだけど、今回の場合は、その例えで言えば一本の木でなく複数の木だったということだよ」
「木が増えることは、たいした問題ではない。愛は不変である」
「それは、お前にとってはそうかもしれないが。じゃあ濁抗龍王はどうしたいのかい?」
「私の望みは彼女を自由にし、もとの世界で暮らしたい」
「ユーコフとカナリアはどうしたい?」
「濁抗龍王さんがそう言うなら、確かに、混ざっちゃったお母さんも大事なお母さんだと思う。
お母さんを傷つけるよりは元気でいてほしい。ずっとこのお城に居ても良いよ」そうユーコフは言う。
「私は……わからない。前みたいな厳しいけど優しいお母さんに戻ってほしい。
今はなんだか、わがままで私たちの事をなにも見てくれていない気がする」そうカナリアは言う。
カークは少し考えるが、しかしここで考えてもわからないなと思った。
ルキアさんか、母さん、イアンナ女王にこちらの要望も伝えてみよう。
◇◇◇
全員そろって研究員ルキアさんのところに行く。母は多忙だったため時間が取れなかった。
領主というのは忙しい仕事なのだ。
「ルキアさん、ユーコフとカナリアのお母さんについて、教えてください」
彼女の研究室に行くと、ルキアは、パソコンをカタカタと操作していたが、作業を止めてこちらに向き直ってくれた。
「カークさん、お会いできて嬉しく思います」ルキアは笑顔でカークを迎えた。
「こちらこそ、お時間とらせて申し訳ありません」カークはルキアと目をあわせると、
少し不思議な気持ちになった。どこかで会ったような。誰かに似ている。そうカークは思った。
ユーコフとカナリアの母親について教えてほしいと言うと、会議室に案内された。
こちらのやりたいことも伝えた。できればこの城から出て自由にさせてほしい。
ホワイトボードの前のルキア。
あらためて、図とともに現在のツグミの状況を教えてくれた。
「ツグミさんが母体となって浄水公主とバーバ・ヤーガが融合しています。
便宜上ツグミさんとお呼びして差し支えないと思います。
こちらでも、考えうる限りの分離方法は試してみたのですが…成功するものはありませんでした。
質問を受けるかたちで検討会をすすめましょう」
ルキアはいくつもの分離策を話してくれた。
カークが言ったようなちょっと過酷なものもあったが、ツグミ自身が望んで分離作業を行ったらしい。
それでも成功するものはなかった。
「そもそも、拘束している理由はなんですか?」
「彼女はこの地にルサールカの楽園を作ろうとしました。特殊潮汐の起点となる寺院。海蓮洞ですね。
あのサン・マロの湾を占拠して往来する船を沈めて住民を水に誘い込みました。
女王イアンナはそれを知ると、湾の中央に隕石を落としてその勢力を削ぎました。
眷属たちは特殊潮汐で元の世界に送り返し、ツグミさんだけ人の肉体を持っていたので一旦拘束しました」
「バーバ・ヤーガが融合した理由はわかりますか?」カークが聞く。
「不明ですが、バーバ・ヤーガはこの世界の者です。彼女は私の祖母、名をメアリ・スーと言います」
「えっ」一同が黙る。
「……じゃあ、ルキアさんは……」
「ユーコフさんたちの姪になりますね。よろしくねおじさん」ルキアはそう言ってユーコフに優し気に微笑む。
「おじさん…になるのか」ユーコフが驚く。
「しかし、私が色々やってもダメ、ユーコフ君とカナリアちゃんが話しかけてもダメ。
ちょっとお手上げなのですよ」
カークが言う。
「俺たちは、できればツグミさんを開放できないかなと思って相談に来たんです」
「それはそれは、お力にはなれそうにないですね」
濁抗龍王がコップの中から口を出した。
「やはり、頼りにならないなカークよ」
「お前、口をはさむなよ、話がこじれたらどうするんだ?」
ボトルの水に入っている濁抗龍王は、ルキアに要求を始めた。
「私の妻、カロフィステリを返してもらう」
「カロフィステリ?」ルキアさんが問い返す。
「浄水公主、わが妻の名だ」
「カロフィステリが浄水公主の名だとして、あなたは誰ですか?」
「我は濁抗龍王ラルヴァラーヴァなり。この地の山頂に封じられた不浄の竜だ」
「返せと言われて即答できないのはわかっているのでしょう?カークさんなぜこの方をここまでお連れしたのです」
ルキアはカークに詰め寄る。
「ああ、バカ、バカだな濁抗龍王。変な事を言わなければ奥さんに会えたかもしれないのに」
「なんだと?お主どちらの見方だ」
「お前の見方をした記憶はねえな」
「馬鹿な、約束しただろう私の妻を開放してやると」
「なに言ってやがる」
「カークさん?」ルキアが警戒の眼差しをこちらに向ける。
濁抗龍王ラルヴァラーヴァは瓶の水を使用して身体を顕現させた。冷たい空気が部屋を包み、悪臭が鼻をつく。
「人間なんぞに束縛される我らではない!」
そう言うとそのまま濁抗龍王ラルヴァラーヴァは部屋を飛び出し城の空に飛ぶ。
「カロフィステリ!カロフィステリ!迎えに来たぞ!ここから出よう!」
濁抗龍王ラルヴァラーヴァが城に向けて叫びをあげると、分厚い雲が空を覆い、汚泥が降り注いできた。
濁抗龍王ラルヴァラーヴァは城の内部からであれば、防御をすり抜け自在に移動することができる。
またたくまに、ツグミをさらって大河に向かい、川の中島に汚泥の城を建てた。
◇◇◇
汚泥の城の守りを固めると濁抗龍王はツグミに向かい合った。
「カロフィステリ、わが妻、ツグミとメアリ・スーを宿し幾度も生まれ変わる私の妻よ」
「ラル…まだ私の記憶が定まらないわ」
「ようやくそなたをわが手に取り戻した。ああ、清浄なるわが妻よ、どうか私のために私のそばにいておくれ、落ち着いたら私たちのもといた世界でまた二人で暮らそう」
濁抗龍王は、汚泥の城の最奥、王の間の祭壇にツグミを横たわらせ、語り掛けた。
「ああ、ラル、おいで、私のかわいいだんなさま、私こそがこの世界の女王。あなたがいればこの世界は私のもの。」
濁抗龍王の身体はだんだんと丸く、バランスボールほどの大きさになりツグミが抱えることができる大きさになった。
ツグミはそのバランスボールとなった濁抗龍王に体を横たわらせ、世界を清浄に変える魔法。メイルシュトロームを発動させた。
「ありがとう、私の愛するラル、世界の汚れ、混沌の主よ、私と一緒にこの世界を新しいものにしよう!」
メイルシュトロームは巨大な渦の魔法。
ツグミが持つ女王としてのプライド
バーバ・ヤーガの持つ人の精神を意のままにあやつる力
浄水公主カロフィステリの持つ清浄な水をもたらす魔法
三つの力で、この世界の人々をけがれなき世界に導き、永遠の清浄なる幸せの世界を実現する。
人は誰も苦しまない。人は誰も悩む必要がない。清浄な世界に行き、清浄な行動をし、清浄な思考をして清浄な存在のまま一生を終える。
「わたしがこの世界の神、私がすべての世界の神として、安定、安寧、安心をもたらすのだ」
メイルシュトロームはしだいに大きくなり、この国全体を1日のうちに包み込み、激しい風雨となって降り注ぐ。
その水を浴びたものは、やがて、すべてわけへだてなくカロフィステリの支配下になってしまうのだ。
◇◇◇
「とまあ、このような調子で、妻は手が付けられなくなりまして・・・」
城のコップの中でおとなしくしている濁抗龍王が、イアンナの城の女王の間で、一同の視線を一心に浴びていた。
濁抗龍王を城に連れ込んだ罪でカークも縛られている。カークが口をひらく
「お前さあ、奥さんが好きなのはいいけど、そのために人をだまそうなんてのはひどいんじゃないか?」
「すまなかった、カークには最も悪いことをした」濁抗龍王は申し訳なさげに言う。
女王イアンナが言う。
「あなたはつまり、ツグミとともにいる濁抗龍王とは別の存在なのですか?」
「我は汚泥の神。濁抗龍王である。彼女のそばにいるのはわが分身、
いまここでお話させているのが本体であると思ってかまわない。
山頂の封印を解いてくれたことを感謝する。
現在は再びこうして、イアンナ殿にこの城に封じられている状態であるが恩には必ず報いたい」
幽霊猫のタムズが問いかける
「あなたの奥様は、いま何をしようとしておられるのかな?」
「彼女は、ツグミの精神とバーバ・ヤーガの力と浄水公主の魔力を得たので、この世界を清浄な自分の理想郷に変えようとしている」
「理想郷とは?」
「人は、わかりあうことができる。わかりあうためには、互いに清浄であれば、互いのことを理解できる。
妻はいつもそのように考えていた。世界の争いやはかりごと、人をだましたり、奪ったりするのは、汚いことだ。
人がみな清浄に美しい精神を持つことができたら、世界は幸せに包まれるだろう?」
「あーなるほど。この城は、魔法でガードしているのですが、兵士の中にも雨に濡れて精神を病んだものが出てきました。
しかし他人に危害を加えるような変化ではなかったので…なんだろうかと考えていたところなのです」ルキアが言った。
白衣のルキアが問いかける
「止めることは可能ですか?」
「可能だ、彼女の手にわが半身がいる。彼女の清浄の力の源は、わが分身の力を使っているからだ。
止めるだけならば、我の分身を殺すがいい。しかし、止める意味はないだろう、この世界はやがて彼女の手に落ちる」
カークがいう
「お前、奥さんが幸せなら何をやっても良いと思ってるのか?というか、奥さんはそれで本当に幸せと思うか?」
龍王が答える
「彼女の幸せは、彼女にしかわからないだろ、カークは本当の幸せが何か知ってるっていうのか?」
「人の意思を魔法で意のままに操って従わせるというのは、俺にとっては悪だ。俺はお前の奥さんを殺す」
「何をいうか、それならば妻のためにこの城を壊してやってもかまわない」
「母に封じられたお前にそれができるのか?
お前は知らないかもしれないが、特殊潮汐を使用して世界を旅するこの世界の住人は、
メイルシュトロームを止めてお前の妻を無力化して殺すことができる」
「ばかな」言いよどんでコップの中の龍王は、イアンナを見上げる。
イアンナは何も言わずに龍王を見据えていた。
まさか、本当にそれだけの力が?いや、確かに彼らにとって我を封印することはたやすい。よもや、よもや。
龍王の顔色が怪しくなってくる。
父である幽霊猫のタムズが言う
「このままほっといたらイアンナが出て、彼女を無力化して殺す。この女王にはそれができるだろう」
カナリアが悲痛なおももちでユーコフに問いかける
「あの、お母さんはどうなっちゃうの?」
「わからない、お母さんを止めなきゃいけないみたい」ユーコフが答える。
カークが口を開く
「俺に行かせてくれ、このようになった責任は龍王を城に招き入れた俺にある」
龍王も答える
「我にも行かせてくれ、彼女を止めて、謝罪させよう」
ユーコフとカナリアも行きたいというかもしれないが、二人に母親を倒させるわけにはいかないなとカークは思う。
しばしの沈黙のあと、イアンナが口を開く。
「では、カーク、そして竜王、あと2日の猶予を与えます。
あと2日、明後日の満月の夜、ポロロッカ、潮の逆流現象が川をさかのぼり、ツグミの城を打ち壊します。
その時までに彼女の頭に再度、魔力封じの皿を乗せて救い出せばよし、それに間に合わねば、ポロロッカとともにツグミを殺します。よいですね?」
龍王は答える
「必ず止めて見せよう」
カークも答える
「責任を果たしてみせましょう」
二人は束縛を解かれ、雨の中を飛びあがった。
カークは龍の背に乗って、カロフィステリの待つ結界に向かって行った。
いよいよ戦闘ですがシューティングゲームがあると思ってくだされば幸いです。