ビッグブリッヂの死闘
この話は大枠だけで表現されています。
依頼→女王について→国について→各自の行動→大橋での戦闘→エンディング
地響きが聴こえる。大きな地響きだ。
「また、女王陛下は大きな夢を見ておられる」
やがて地響きは小規模な地震となって、家屋を揺らした。
「明日は女王陛下の恵みがもたらされるのだ」
そう言いながら住人たちは家財の倒壊を防ぐように棚に体重をかけ押さえつけた。
国民はみな笑顔で、彼らは地震の恐ろしさを知らない。
◇◇◇
街に住むまじない師のユカリちゃんは人嫌いである。
だけど不思議なものを扱うお店を経営しているので、ユーコフたちはとてもお世話になっている。
彼女のもとに舞い込む依頼は様々だが、今回はとある世界の人から彼女に直接依頼があった。
そのため、カークに対応できないかという相談をうけたのだ。
「こんな金額!?なにか裏があるんだろう?」
「裏はないわ、それだけ危険なものだってことなのよ」
どうやら高額な依頼のようだ。
カーク、ユーコフ、カナリアは、ユカリちゃんのお店で商談を行っている。
魔法使いの三角帽子に、ゴシックな黒い服で現れたユカリちゃんは、
「チョコバッキー、食べるでしょ」と言いながらアイスクリームを出してくれた。
ユーコフはじっくりパキパキとチョコの歯ごたえを楽しんでいた。
カナリアは早く食べられないので、溶けてゆくアイスを下から舐めていた。
「ちょっと変わった世界だから、事前に説明するわね」
まだ受けるとは言っていないが、ユカリちゃんは事情説明を始めてくれた。
◇◇◇
ユカリちゃんのお店、奥の部屋に案内されたことは無かったが、彼女の生活スペースのようである。
所せましとならんだアロマの瓶、魔法陣の書かれたタペストリーが複数壁に掛けられ、キノコの傘デザインの卓上ランプが目立つ。
そして大きな本棚。
本棚を隠すように、ホワイトボードが立てかけてあり、多数のメモが貼り付けられている。
ユカリちゃんはホワイトボードの表面をアルコールのティッシュで拭い、「グレンバニアの眠れる女王」と書いた。
「グレンバニアという都市国家があります。都市国家というのは、比較的小さな領域に存在する独立した政治的実体のことです。小さい国ってことね。そのグレンバニアは大きな橋『ビッグブリッヂ』を隔てて二つの島を領有しているの。東のモンノール、西のジゴリアというエリアね。
住人は、モンノールとジゴリアを20~30年ごとに行ったり来たりしながら生活しているの。
グレンバニアの国は議会制都市国家という体制で運営されているのだけれど、ある期間は市民全員がモンノールに住み、別の期間は市民全員がジゴリアに住むように決まっているの。
それは、その地に住む『夢見る女王陛下』がそうさせるのよ」
カーク、ユーコフ、カナリアは、ユカリちゃんの話をじっと聞いている。
カナリアは、まだアイスに夢中である。たぶん聞いていないだろう。
出だしを聞きそびれると、後半はわからなくなるぞ?と、カークは思ったが、必要あれば俺が説明すればいいかと考えた。
グレンバニアの女王陛下には『夢を実現する力』がある。
グレンバニアの女王陛下が崩御すると、住人はみな大移動の準備に入る。
多くの国民にとって、女王の死は未来を失った悲しみであり、また引っ越し準備開始の合図である。
女王陛下は夢を見る。女王陛下の夢は現実のものとなる。
女王陛下は10歳の少女のうちから「発見」される。モンノールに住んでいた少女「エウフローネ」は発見と同時に女王として目隠しをされ、議会の決定によって拘束される。
それまでモンノールに住んでいた人間は、大急ぎでビッグブリッヂを越えてジゴリアへ入植し、再度生活基盤を作ることになる。新しい女王が発見された瞬間に、一斉に大移動を行うのだ。
最後の一人まで移動してしまえば、エウフローネ女王もジゴリアの宮殿に移動させられ、その後は目隠しをしたまま宮殿暮らしをすることに決められている。
女王陛下は夢の中でモンノールでの暮らしを思い出す。
モンノールは、彼女の夢に出たとおり、大きな獣が徘徊し、モンノールの小学校はエウフローネ女王が幼少期に住んでいた家と合体し、モンノールの教会がミニチュア化し、教会内部にまた教会が存在する。そういった荒唐無稽な配置、デザインに変わる。このような怪現象が、女王陛下の夢で登場した通りに現実化するのである。
女王の在位期間中、モンノールは女王の夢の庭としてすべてをささげられ、人々はジゴリアで新しい世界を構築する。
「これはまた、難しそうなお話ですね」カークが言う。
「そうかな?危険な夢を見るから避難するってだけでしょ?」ユーコフが答える。
「それはそうだけど、ただ夢を実現させるだけで、そこまでの仕掛けをつくるかな?」
カナリアはアイスを食べ終わったようだ。
「あなたたちには、現在のエウフローネ女王の、魔術の根幹である目隠し布の交換をお願いしたいの。
女王の現在の夢フィールドはモンノールに限定されているのだけど、それは目隠しがあるから限定できるの。
彼女はジゴリアが現在どのようなものか全く知らないし、モンノールが彼女にとって世界のすべてだと信じさせられてきたのよ。
世界の果ては大きな橋がかかっている。女王になる可能性のある子には皆、そうとだけ教えられてきたの。
だから、ジゴリアにいる今、目隠しをとったらジゴリアまでもが夢フィールドになってしまう可能性がある。
その目隠し布の魔法は期限付きで効果を持っているものなので、期限内に女王に謁見し、目隠しを交換するのが依頼よ」
ユカリちゃんは、そこまで話を終えると、カークたちを見渡した。
カークは情報が少なすぎるなと感じていた。
ユーコフが質問する。
「目隠しを、お付きの人が変えてはいけない理由はなんですか?」
「お付きの人が夢に出てはいけないからよ。お付きの人はみな偽名で女王陛下に奉仕しています。定期的に交代もします。目隠しをしている女王陛下が個人を認識することはありません」
「僕らが変えるぶんには夢に出ませんか?女王の両親などはどうなってますか?」
「あなたたちが女王陛下の夢に出るかどうかは、女王陛下にもわからないわ。だけど、夢に出るのは顔と名前が一致した人。顔がわからなければ、たとえあなたたちが本名を名乗ったところで、女王陛下は想像でしかあなたたちを夢に登場させないでしょう。家族や友人たちは名前を変え、女王とは会えなくなるので本人が登場することはなくなります」
「大変そうな仕事だ。今聞いた印象だと、だいぶ遠い世界の話な気がする」カークの言葉に、ユカリちゃんが答える。
「へえ?どうしてそう思ったのかしら?」
「国民は引っ越しの負担があるし、女王の負担も大きすぎる気がする。俺の常識でいうならば、こんな生活やめてしまおうと思わないのが不思議だ」
「そうね。私の住む世界の常識とは大きく離れてるようだわ。カークの常識からも離れてるなら、高額報酬はその苦労代金と思っていればいいんじゃない?」ユカリちゃんは依頼を受けてほしいのかな。
「そうは思えないだろ、お前たちはどう思う?」カークはユーコフ、カナリアに問いかけた。
「僕は、女王に顔を見られずに目隠しを変えるだけなら簡単な仕事と思った。サっと行ってサっと帰るなら危険は無さそうな気がするけど、カークが割に合わないかもというなら、たぶんそれが正しいかな」ユーコフが言う。
「私は、女王がどんな人か見てみたいという気がするわ、王がいなくても、ちゃんと議会はあるし、女王は国にいらないとは言われなかった?」カナリアが言う。
カークはカナリアの質問にぎょっとした。お前は本当に10歳なのか?
この質問自体は、彼女のもとの世界にかかわっているのかもしれない。
「議会と王権が両立することは珍しくないのよ。だけど、この国でも女王不要論は定期的に立ち上がったみたい。立ち上がったけど、結局このビッグブリッヂを中心とした移住生活を止めることはできなかった。女王を廃位させてモンノール、あるいはジゴリアに永遠に閉じ込めるという案もあったらしいけど、それを決行できた議員はいなかったみたいね
理由のひとつには、女王陛下は宗教的に重要な人で、とっても美しい人がなるとされるからよ。美人はお得ってやつ。
もうひとつには、女王陛下が豊漁の夢や豊作の夢を見ると、季節にかかわらず食料に困ることがなかったからね。
女王陛下が目覚めている時は、住民たちも夢フィールドに入ることができます。
女王陛下が想いを具現化した不思議な品物は、女王が目覚めている間は自由に持ち出すことができるの。
グレンバニアは海洋国家で、貿易だけで暮らしてゆく平和な島なのだけれど、外の国に輸出するのは女王が夢見た美しい海洋生物のプリントされた壺や、奇抜な形状の水甕などなの。グレンバニアの女王としての役割は、他の女王様よりももっと具体的なので、女王がいなければ国は成り立たない可能性もあるわ」
女王が輸出品を生産している?女王がいなければ国が成り立たない?
すさまじい力を持った女王なのだな。
「…………」カナリアが黙っている。
カークがカナリアを抱き上げて、そこからは、そのまま話を続けた。
「名前はバレても、顔がわからなければ問題がない。名前が割れても、顔が知られてなければいい。失礼の無いようにふるまい、女王の目隠しを交換する。本当にただそれだけのことなのかい?」
「ええ、受けてくれるならすぐにでも旅立ってほしいの。先方への返事と同時に」
「夢の住人にさせられて理不尽に殺される可能性がある。のであれば、確かに国民でやりたがる人はでないだろう。
受けてみようかカナリア、女王陛下に謁見して、どんな人なのか見てみよう」
カナリアがうなずく。決まりだな。
「交換する目隠しはこれよ」
ユカリちゃんは、細長い桐箱をとりだして中をあらためさせた。
中には、白い亜麻布の布に、牛の角のような紋章が見てとれた。
これを女王陛下の目に結ぶのだな。
◇◇◇
俺たちは、グレンバニアのジゴニアの、ビッグブリッヂのたもとに来ていた。
聞いていなかったが、近くの島で火山がモクモクと煙を吐いていた。
「…………暑い!」「暑いわね!」「今から着てないといけないわけ?」
全員がクマの着ぐるみを着て、約束の時間を待っている。
ネコ獣人がクマのぬいぐるみを着る。つまり毛皮の上に毛皮だ。毛皮のミルフィーユ状態で、内側の毛皮は危険温度の領域である。
「やあやあ!カークさんですね!来てくださってありがとうございます!」
そう言って、出迎えてくれたのはウシ獣人のロース氏。
ビッグブリッヂは馬車と人が十分渡ることができるよう、幅広く作られた巨大吊り橋だった。
海上に大きな支柱を作り、ワイヤーロープを張る。地上部分も巨大な石でワイヤーを固定して、ちょっとやそっとの風や波では吊り橋が落ちることはまったく無いだろうと思えた。
「いや、こんなデカイ道が頭上にあるって怖いよ、怖くない?」ユーコフが言う。
「そう考えたら怖くなるから、考えないようにするのさ」カークが答える。
「ハッハッハ、魔術師殿にも怖い物はあるのですね」ロースさんは嬉しそうだ。
カナリアはあれからすぐに元気になった。心配しすぎるのもよくないな。
しかし、どこで何があるかわからないので、ずっとクマのぬいぐるみをかぶったまま、馬車にゆられて宮殿まで到着した。
「われわれの事情は聞き及んでおりますでしょうか?」
「はい、ある程度は。なんとも素晴らしい宮殿ですね。これはいつ建てられたのですか?」
「ジゴニアに現在あるこういった建物は、先代女王が死ぬ間際に見てくださった夢から作られております、国民の幸せを常に願い、私たちのために夢をみてくださる。前女王は非常にすばらしい女性でした」
確かに、工業的に作るにはちょっと複雑すぎる作りに見える。屋根瓦は青く、白磁の壁に奇抜な窓枠を作り、光を室内に取り込んでいる。
「ロースさんは、昔から女王様にお仕えしているのですか?」
「ええ。私の家、ミノタウロス家は牛獣人を排出する家系なのです」
「ご家族全員牛獣人なのですか?」
「いえ、わが家系は、牛獣人が50%の割合で産まれます。しかし、これもまた女王陛下の恩恵かもしれません。
女王陛下の夢領域に、女王の睡眠中でさえ自由に入って良いのは、我らミノタウロス家の牛獣人の特権なのですから」
「なるほど、えっと、女王陛下の座は、血族による継承ではないですよね?」
「はい。女王陛下に選ばれるのは、先代女王陛下の予言の夢によってえらばれます。実際に夢を実現させる力を持っているかは任命後に徐々に判明しますが、予言の夢は比較的明言された内容になりますので、取り違えることも少ないです」
「いえ、そうではなく、それも知りたかったですが、女王の娘が次期女王、ではないですよね?」
「はい、ほとんどの場合、市井の普通の少女が実は女王だった。と判明するかたちです」
「それなのにロースさんは過去の女王の血によって特別な職についておられる」
「その通りです。我らのような獣人たちは現実と夢の間の存在とされています。そのため、特殊な仕事を割り振られています。カークさんもそう、くま獣人ですね。美しい毛並みですね」
「ありがとうございます、わたしはこの中身は猫獣人なのですよ」
「ははは、ややこしいですね」ロース氏は静かにわらう。良い人だとカークは思う。
そのような話を聞きながら宮殿を歩く。まもなく女王の住む部屋である。
「ユーコフ、カナリア、お前たちは声をださなくて良い。顔はかくしているので名前を知られてもかまわないが、余計なリスクは控えよう」
◇◇◇
クマの着ぐるみをした3人は、女王陛下の前に立った。
「異世界を旅する魔術師、カーク・ドゥマンドリです。女王陛下においてはご機嫌うるわしく、拝謁の機会に恵まれましたことをわが祖霊に感謝してやみません」
滝見の間と呼ばれる部屋に案内された。御簾の向こうにいるのがエウフローネ女王陛下なのだろう。
近習はみな女性で、女王陛下の両脇に5人づつ立っている。男性は一人、ロース氏だけだ。
「大儀であった。異世界からわざわざ来られたのだ。すぐに旅立つことなく、ぜひ異世界のお話をたくさん聞かせてたもれ」
「女王陛下に歓迎の意をいただき、恐悦至極です。御心のままに」
カークはそう言うと、顔を隠すように頭を下げた。
目隠しを交換する、玉布奉還の儀は、カークたちの来訪から4週間後となった。
◇◇◇
さっそく作戦会議である。あてがわれた宿舎で、着ぐるみを脱いで話し合う。
食事は豪華でワインも出た。カークの常識では、子供は飲んではいけないのだが、この国では子供も気にせずワインを飲んでいるらしい。
「思っていた以上に、俺たちのよく知ってる世界から大幅に離れているな」
「ワインを飲ませるところが?」
「そうだな、どうだろうか。俺たちの常識でお話をすること自体がこの国にとって『異世界の技術』かもしれない。それくらい離れてる」
「へえ、そんなことあるんだ」
「ああ、よくあることだよ。しかしまあ、想定できるもんでもないし、万一を考えて言葉に気を付ける。というのも無理な話だ。失礼があったらとにかく謝るしかないよ」
カークは、町の様子をチェックし、ユーコフは女王の夢フィールド全体を把握させてもらい、カナリアは女王陛下のそばで、異世界の冒険譚をお話することにした。
カナリアの言うことであれば、女王陛下としても異世界の楽しい冒険譚として受け入れるだろう。
そして、カナリアも、女王陛下とお話することで、自分の国に帰るきっかけがわかれば良い。
◇◇◇
ユーコフは、女王陛下の覚醒時間にあわせて女王の夢フィールドであるモンノールを探索させてもらった。
女王陛下の睡眠時間は決まっているので、時間までに戻らなければならない。
凧を飛ばして凧に乗り、国をぐるりと旋回する。
ここグレンバニアは小さな海洋国家であり、火山国家であり、夢国家なのだろう。
夢フィールドでは結界が張られているようで、常に溶岩が流れ込みおそらくは女王陛下の夢製品の素材となるものはこの溶岩から得られるのである。
世界は、ドロドロとした液体が固まってできた。という神話を思い出していた。
ビッグブリッヂはあれだけ大きくする必要があったのだろうか。橋の長さは1キロメートルほど。
馬車が互いに何台もすれちがうことができる25メートルほどの幅がある。海面までの高さは50メートルほどありそうだ。
地上でロース氏に出会った。
「夢フィールドにも層がありまして、過去の女王が見た夢が強く残されている迷宮が地下にあるのです」
「へえ、地下があるんですね」
「火山の土や溶岩は積み重なるものですからね、女王陛下は過去の女王陛下の作品の上に自らの作品を作ることが普通です」
「ということは、女王が入眠状態になっても、地下に逃れれば安全といえば安全ですね」
「そうですね、物理的に地下で何かが起こることはまれです。そのため地下世界で過ごすことを許可された牛獣人、ミノタウロスもいるのですよ」
「この魔法のしかけを作ったのは誰なのですか?初代女王?」
「このシステムを組んだのは、外から来た者だと聞いています。宇宙や、もしかしたらユーコフさんたちのように異世界から来た人なのかもしれません。
初代女王は偉大な方です。国民のため、人間のためにこの力を利用し、決して争いのために使用してはならない。という教えでした。
そのため、この国では他国で見るような城壁がないのです。島国だからということもありますがね。平和に統治されているのも女王陛下のおかげなのですよ」
◇◇◇
カークは、町の住民の様子を見ていた。
住人は、肌の色、髪の色、目の色。さまざまな人がいるようだ。
神殿内を探索していると、男性が女性神官たちにひれ伏して貢物を差し出していた。
「今日は、大漁でした。わたしの仕事の成果をお納めください」
そう男が言うと、神官である女たちは嬉しそうにヒソヒソと話し合っていた。
「ご苦労様です、あなたに神様のご加護がありますように」
そう神官が言うと、漁師である男はさらに頭を地面にこすりつけ、言う。
「女神様にお願い申し上げます。暗闇を嘆き、この世に荒々しき破壊をもたらそうとする、私の獣性を鎮めてくださいませんでしょうか」
女たちはその言葉に嬌声をあげ、誰が相手をするか、ヒソヒソと話をした。
やがて、一人の女性神官が男の前に立ち、顔を上げさせて手の甲に口づけをした。
まずい、これは『神聖娼婦』と、別の世界で呼ばれているシステムだ。
想像以上に文化に開きがある。カナリアは、逆に、女王に変なことを吹き込まれなければいいが。そうカークは思う。
『神聖娼婦』とはなんだろうか。
『神聖娼婦』と呼ばれるが、これは実際には娼婦ではない。ただの社会の仕組みである。
この『神聖娼婦』システムをとっている国は男女を明確にわける。男と女が対になってひとつの組をつくり、子をなして、その「家」が国家の最小単位である、一般的なその他の世界にくらべて、国家全体がひとつの家となるように形成される。
男女は同じ家に住まず、男は女に会うために狩猟、採集、農耕、牧畜をがんばり、その成果物をもって神殿を訪れる。
女とその子は全員神殿で暮らし、男たちにとって必要な道具を手入れしながら男たちの帰りを待つ。
毎週のように男女が混合でスポーツをするお祭りが催され、多くの人が肉体を鍛え、技を競って楽しむ。
やがて男が女を選び、女がそれを受け入れ、子を成すと、社会全体が神殿でその子を育てる。
互いに男を独占すること、女を独占することは許可されていなかった。
一度も許されない男、一度も選ばれない女も出て来るが、神殿が中心となってそういった男女も幸せに過ごすことができた。
そして、その神聖娼婦システムの社会では、その仕組みを守るため、精神的支柱となる『女王陛下』が最も重要なのである。
ここまで聞けば、おそらくはこのグレンバニアの国は、幸せな国、理想的な国であると感じる人もあるかもしれない。
しかし、カークが見たものは、その末期的症状でもあった。
『議会』のメンバーはその立場から、すでに多くの私財をたくわえるようになっている。
肉や穀物をささげてきた社会から、神殿に金をささげるようになる。
そして、より多くの金をささげた方がより立派であると考えるものが増えているようだ。
また、個人が武力を持つ。具体的には剣で武装した市民が出て来ることが増えている。
それは、もともとグレンバニアに住んでいたものではなく、外からやってきたものが多いのだが、武装した市民は、女性神官を脅すようになり、乱暴を行うことが多かった。そのため武装したものは神殿に入ることを禁じた。
しかし、議会は、個人で武装するものが増えることを止めることができなかった。
次に見ておくべきは、なんだろうか。
カークは人々が幸せそうに歩いて歌って、踊っている姿を少し悲しく感じていた。
◇◇◇
クマの着ぐるみを着たまま、女王陛下と語らうカナリアは、女王陛下と一日中一緒にいた。
(カークが着ぐるみに空調をつけてくれたので、少しはしのげるわ…)
カナリアは城のテラスで、女王に対し思い出せるかぎり、楽しい異世界の話をしてあげた。
エウフローネ女王は、ユーコフと同じような年齢じゃないかと、カナリアは感じていた。
もっとも、カナリアにとっては、年上のひとたちはみな等しくお兄さんお姉さんなので、具体的な年齢はわからない。
日常会話は、姫としての言葉遣いではなく、比較的普通の話し方になるようだ。
「まあ、ではその羊獣人さんは、ただずーっと寝てただけなのね?」
「そうなの、ヤギと羊じゃあ全然ちがうわよね?」
「巫女さんに恋人が見つかって、よかったわね」
「巫女のレンゲさんは怒ってたけど、恋人のモミジさんが見つかったのは、やっぱり少しほっとしてたようにも見えたわね」
「カナリアちゃんは恋をしたことはある?」
「ええ、ないですよぉ、女王様はあるんですか?」
「うーんわからないわ」
女王とカナリアは、様々なことに対して意見交換を行った。
特に、男と女の間の話を、女王は知りたがったが、カナリアはあまり知らないので、本で読んだ内容を話してあげていた。
王女は言う。
「わたしは、10歳のときに女王として目覚めてしまったので、それ以来ずっと家族ともお友達だった人たちとも二度と会えないのよ。人づてに、父は議会で『この国も武力を増強して要塞を作り、他国からの侵略を阻止するべきだ』と言っていたようなんだけど、誰かに殺されちゃったみたい。どうせ会えないんだけどね」
そう言って女王陛下は口元に笑顔をつくった。
「カナリアちゃん、わたしは不幸だと思う?幸福だと思う?」
女王の睡眠時間は明確に決められていた。
そして、薬を飲み、可能な限り半覚醒状態で多くの夢を見るように行動が組まれていた。
朝目覚め、食事のあとに運動をする。ひとしきり汗をかき女官たちの手伝いでしっかりと筋肉を作ると、入浴し、議会のメンバーとの会食の準備に入る。女王陛下には目隠しがあるため見えないが、女王陛下自身が過去に夢に見たドレスをまとい、夢の女王としての威厳ある姿で民衆の前に登場する。
議会のメンバーと会食をするなかで、現在の夢フィールド「モンノール」からの成果物がどうだったか、という報告を聞き、各人の要望を聞く。
女王陛下がその意味を理解できるようならば、要望通りの夢を見るようにイメージトレーニングをする。
多くは、絵のついた壺が輸出対象製品なので、たくさんの様々な壺を夢に見るように女王陛下はイメージする。
女王陛下は自分の想像力だけで夢の中で壺に絵付けをする。
次の日の覚醒時、それらのものは現在の覚醒フィールドである「ジゴリア」で検品され、多くのものが物々交換のための材料となる。これにより、グレンバニアは豊かな生活が送られるのである。
女王陛下の毎日の平均覚醒時間は8時間ほど。できるだけ寝る。1日16時間は睡眠にあてる。
しかし良い夢を見ることができたと女王陛下が女官に伝えると、逆に覚醒時間が24時間を越える。
夢フィールドから覚醒フィールドへ物品を人々が持ち出す作業時間のあいだ、女王陛下は一睡もすることなく過ごす。
時には3日以上覚醒しつづけることが求められることもあった。
カナリアは、女王陛下に兄であるユーコフの話をしてあげた。
「お兄ちゃんは、とっても強くて優しいのよ、いつも私と一緒にいるの」
女王陛下は、カナリアが兄の事をとても嬉しそうに話すので、やがてその兄に会ってみたいと思うようになった。
「お兄ちゃんが帰って来たみたい」
テラスから、凧に乗っているユーコフが見えたので、カナリアはくまの着ぐるみのまま、大きく手を振った。
ユーコフはカナリアを見つけたので、テラスに凧を着陸させた。
「やあ、カナリア、女王陛下も。ここにいたんだね」
「お兄ちゃん、いま女王陛下にお兄ちゃんの話をしてたんだよ」
「へえ、変な事言ってないかな?」
女王陛下が着ぐるみを着ていないユーコフに声をかけた。
「ユーコフさん、わたしの国の様子はいかがでしたか?」
「はい、とても有意義なフライトでした。とても複雑な魔法なのですね」
ユーコフは、目隠しをしている女王陛下を見て、とても美しい女性だと思った。
この目隠しをとったらどんな女性がそこに座っているのだろうか。
女王陛下は、ユーコフの声を聴いて、もっと聴いていたいと思った。
この声の主の夢を見たいと思った。
それからしばらく、女王の夢の中心は、想像のユーコフが多数登場する恋の夢ばかりとなった。
◇◇◇
さて、作戦会議である。
カークは二人に、神聖娼婦という要素は伝えず、だいぶ変わった国で、そろそろ亡びると伝えた。
「滅びるの!?」
「そうだと思う。カナリア、女王陛下は、良い夢を見ることを強要されてるだろう?」
「そうね、そういうことは言っていたけど、女王陛下もそれは納得したうえで夢を見ているのだから、問題はないのではないかしら?」
「睡眠というのは、内臓を休ませるためや脳を休ませるために行うものであって、薬で強制的に夢を見せられるというのは実際には全く睡眠をとった状態とはいえないと思う」
「あぶないの?」
「議会の人たちと直接話をしたのだけど、議会の人たちは女王陛下を逆に自分たちのものだと考えているみたいだ。夢を見る機械、生産力としての女王を、議会はコントロールできると信じてた。それに。20から30年で引っ越しをすると言っていただろう?つまり30歳から40歳の間でほとんどの女王は死亡している」
「本当か?カーク」ユーコフは怒りがわいてきた。
「カーク、女王陛下は、私に『自分は幸せに見えるか、不幸に見えるか』って聞いてきたの」
「それは、女王陛下自身がきっと今不幸だと感じているから言ったんだろうな」
「やっぱりそう思う?」
「それなら、僕は女王陛下を助けてあげたい」ユーコフは言う。
「さすがにそれは無理だろう、女王陛下は短命で自由もなくかわいそうだが、国民のために生きる女王が不幸であるとこっちが決めつけたらいけないと思う」
「明らかに不幸だろ?」
「本人が直接そう言ったか?」カークは冷静に答えた。
「救うべき命じゃないの?」カナリアも疑問だ。
「女王の生産性を私物化する議会の人間には俺だって吐き気がするが、例えば牛獣人の人たちがいただろ?女王の夢が産んだミノタウロス、彼らはおそらく女王陛下がいなければ生きていけない。外の世界では生きられない」
「どうして?夢フィールドの探索は許可されたミノタウロスでなくてもできるだろ」
「ミノタウロスは、外の世界ではいじめられる存在なんだよ。最悪、肉として食べられる。残酷なものだけど」
カークは、神殿の女たちも、男性が司祭になると最悪の人生を歩むことになると知っている。
そして、外部からの敵に攻められると1週間もせず町は破壊しつくされると知っている。
だけど、そのために外の世界から来た自分たちが勝手に何かをすることが正しいとは思わないのである。
「カークは、冷たすぎる」ユーコフが言う。
「女王陛下だけでも助けてほしい」カナリアが言う。
「馬鹿なことを言うな」カークはそう言い、少し沈黙があった。
「────でも、お前たちがそう思うなら、手伝ってもいいよ、チームだからね。俺もしっかり助言もするし応援してあげる」
カークが、以前にカナリアが言っていたようなことを言うと、二人は笑顔を見せた。
では、とにかく依頼のあった目隠し交換をしっかり行うか。
カークが、ユカリちゃんから預かった桐箱を取り出して、中身を確認する。
そこには、まじない師の館で見たリネンの目隠しはなく、茶色い羊毛の目隠しがあった。
すり替えられているのである。
◇◇◇
「すり替えによる効果は不明だ。しかし、現状をよく思わない者がいるのは確かだ」
と、カークは言った。
女王陛下に、より多く生産させるための魔法がついているか、夢フィールドの効果を広げるためか、女王の精神をより削るような効果がついているか。
いずれにしても依頼とは違う内容のはずだ。
それならばと、ユーコフは女王の夢フィールドにその痕跡がないかを探した。
女王陛下が見る夢は、議会のメンバーが要望したものだから、女王陛下自身が微かな異変を感じ取っているならば、その異変が大きく夢に出るかもしれないからだ。
今朝の女王の夢フィールドは、カラフルで大きめの芋虫が大量にひからびていた。夢の中で生産され、目覚めとともに死にいたる。これらの生命がどのような理屈で発生するのかまったくわからないが、ろくな夢ではないなとユーコフは思った。
夢フィールドの城の中庭に、クマのぬいぐるみが血を流して倒れていた。猫のぬいぐるみも血を流して倒れていた。
ろくな夢じゃないなとやはりユーコフは思う。
「ユーコフ・ナナロ」呼び止める声があった。振り向くとそこには牛獣人が立っている。ロース氏の倍はあるかという巨漢である。
「お前がユーコフ・ナナロか」
「その通りだが、お前は何者だ?」
「俺は女王陛下のしもべ、シャンクと呼んでくれ、そして、お前に渡したいものがある」巨大ミノタウロスが言う。
シャンクはユーコフを夢フィールドの地下に案内してくれた。
「俺は、エウフローネ女王陛下が即位するより前から、このモンノールの地下に住んでるんだ」
地下は迷宮のようになっているが、豪華な石造りの家が立ち並ぶ地下都市のようにも見えた。
比較的浅い場所に、目的の場所があった。
そこは大きな石扉を開くと到着できる部屋で、中には、大きな黄色い金属のインゴッドが置かれてあった。
「これはすべてオリハルコンだ」
「オリハルコン?伝説の?」
「伝説がどうか知らないが、銅とすずを良い感じに混ぜ合わせた金属だよ」
「へえ、かっこいいね」
「すずの比率を変えると、色が変わる。ほっとくと青さびが浮くので、青銅と言う人もいる」
「ふうん」
「見てなよ」
シャンクが持っている飾りのついた棒を、オリハルコンインゴッドに当てると、接点が熱をもちオリハルコンが融けてきた。飾りのついた棒を引き抜くと、その先には両刃の斧がついていた。
「すげえ、武器になった」
「この棒は、『夢拵』と言う、女王陛下の魔力で産まれた刀の柄だ。こうしてオリハルコンに触れると、オリハルコンを溶かして自分の望む形の武器を引き抜くことができる。そして、これはお前に持っててほしい」
そう言って、先ほど両刃の斧をつけた夢拵とは別の柄を、ユーコフに渡した。
ユーコフが、シャンクと同じようにオリハルコンインゴッドに柄を当てると、大型の剣を引き抜くことができた。
「素晴らしい。ユーコフ・ナナロ。女王陛下が認めただけのことはある」
そこには鏡のように磨かれた、白く輝く極太の片刃の剣が握られていた。
刀身は大きく反り、切っ先から刀身の半分までは鋭い刃がついているが、残り半分は刃ではなく、ギザギザとした山が切られている。
つばぜり合いの時に機能するのだろう。近距離での斬り合いは行わず、格闘にも利用できる形状である。
「なぜ僕にこれを?」
「お前は女王陛下を守る勇者になってくれ」
「どういうことだ?」
「間もなく、女王陛下は夢を見る。今彼女は、お前の夢ばかり見ている。どうか、夢の中だけでも彼女を受け入れてはくれないだろうか、女王陛下の夢の中で、本当のお前が女王陛下とキスをする。そうすれば、お前は永遠に女王陛下とこの夢の中で幸せに生きることができるだろう」
シャンクがそう言うと、ユーコフを取り囲むように、部屋に複数の牛獣人が現れた。
◇◇◇
女王陛下が言う。
「カナリアちゃん、わたしも、あなたのお兄ちゃんのことが好きみたい」
「ふうん?そうなんだ」
「さっきね、ロースが私に言ったの。いつもより早く睡眠をとると、良い夢が見られるかもしれませんよだって。
私の望む夢は、本当のユーコフさんに、この手を握ってもらって、キスをしてもらうことなんだ」
「それが、エウフローネ女王の望みなら、きっとお兄ちゃんは夢じゃなくて、現実世界でキスしてくれるよ、私もいつもキスしてもらってるもん」
「現実で?現実でそんなことをしてくれるかしら、それは夢のような現実だわ。
だけどユーコフさんに直接そんなことを言うなんてきっと私はできない。わたしは女王だしさ、だから、きっとロースがそういう夢を見れますよって言ったんだと思う」
「夢を現実にするのが女王様なんでしょ?現実に望んだらいいじゃない」
「なんだか、眠くなってきたわ、おかしい、早すぎるわ、カナリアちゃん、早すぎる」
しかし、話が終わらないうちに、女王陛下はうとうとしはじめる。早すぎるってどういうことだろう?
「だめよ、時間より前に寝ちゃだめ!」カナリアが呼びかける。
「うん、わかってる、ごめん」
「だめ!起きて!寝たらお兄ちゃんが死んじゃう!」
◇◇◇
カークは、監視用の凧を夢フィールドと現実フィールドに同時に飛ばしている。
ユーコフが夢フィールドにいるのに、夢フィールドの地響きが始まった。女王の夢が始まるのだ。
カークはビッグブリッヂでユーコフを待つ。女王が寝静まる前にユーコフはここまで脱出せねばならない。
ビッグブリッヂの向こう岸から、多数のミノタウロスが向かってくる。皆、手に金色に輝く武器を持っている。
「行かせないつもりか」
牛獣人たちが大音声で呼びかける
「ここは通さないぞ、カーク・ドゥマンドリよ!」
「やってみろ!行くぞ!」
カークは短刀を両手に、ミノタウロスの群れに駆けてゆく。頭上を見上げても真昼の月は出ていない。
いつもの魔術は使えない。太陽が地面を照らし、陽炎が揺れ、黒猫獣人はミノタウロスの群れに飲み込まれた。
◇◇◇
ユーコフは女王の夢フィールドを生身で駆け抜けている。
女王陛下と月明かりの中でキスをする僕が見えた。
女王陛下は、現実で見た女性よりももう少し大人だった。僕の姿も現実よりだいぶ筋肉質だ。
理想の自分と、理想の相手ってあるよね、と、ユーコフは思った。
この現実の僕が、夢の中の女王陛下とキスをしたところで、女王陛下にはそれが本当の僕だとはわからないんでないか?そんな風に思う。
ミノタウロスたちも追いかけてくる。ミノタウロスは僕を倒そうとはしないらしい。捕まえて、縛って、女王陛下の夢にささげる生贄にしたいのだ。
それなら、うまく魔法が使えない、今の僕にも戦いようはある。ユーコフは担ぎ上げている夢拵の刀を振り回し、ミノタウロスの角を折ってまわった。
ミノタウロスは、角を折られると力を失うのだ。
ユーコフはビッグブリッヂを目指して駆け抜ける。
いくつかのシチュエーションで、女王陛下と僕がキスをしている姿を見た。
馬車の中で、海が見える公園で、学校の放課後で、屋上で、友人たちに隠れて、帰り道に、農夫の仕事終わりに、小舟の上で、医者と看護師で、教師と生徒で………………
気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!
ユーコフは、どれもユーコフには似ても似つかないその自分自身をたくさん通りすぎ、ミノタウロスの角を折りながらビッグブリッヂを目指した。
気持ち悪い!女王陛下が気持ち悪い!
うおおおおお!
一刻も早くこの夢から逃れなければならない。カーク!カナリア!助けてくれ!
◇◇◇
カークがミノタウロスの群れと戦う中で、使うことができた魔法はいくつかった。
しかし、ユーコフとカナリアのために、彼らを必要以上に傷つけることはできなかったし、
カークの持つ短刀ではミノタウロスの角を折ることができなかった。
一度に複数のミノタウロスにのしかかられ、身動きが取れなくなったところを瞬間移動で逃れたまま、手をこまねいていた。カークはビッグブリッヂのワイヤーを登り、何か手はないかと考えていたのである。
下から、ミノタウロスたちの叫び声が聞こえる。
このまま凧でユーコフを迎えに行くべきか、そうしたら俺まで夢フィールドに入ってしまう。
夢フィールドに呑まれたユーコフを救う方法も考えておくべきだろう。
カークが悩んでいると、地響きが大きくなってきた。
なんという地響き。火山の活動が危険領域に近づいてきたようだ。
「ブオオオオ」
「女王陛下の夢が始まった」
「これほど大きな夢は初めてのことだ。女王陛下万歳!」
本当に、女王の夢か?異常な地鳴りに、大きな噴火を伴う火山弾が飛んできた。
カークはミノタウロスに叫ぶ。
「お前ら!全員逃げろ!橋が落ちるぞ!」
ミノタウロスたちにはその意味がわからない
「女王陛下のお考えだ、火山の噴火も陛下の意向だ!」
ミノタウロスはそう言うかもしれないがな……これは本当に火山弾だぞ!
大岩が降ってくる。ビッグブリッヂにも大岩が降ってくる。カークはどうすればミノタウロスを避難させられるか考えた。
「わかった!降参だ!俺も城に戻る!はやくお前たちも安全なところに移動しろ!」
「ハハハハ!異世界の魔術師というのも口ほどにないな!」
ミノタウロスたちがカークから離れはじめた時に、遠目にビッグブリッヂを渡り始めるユーコフが見えた。
「来たか!」
カークは、凧を飛ばしてビッグブリッヂを飛ぶ。
静かな滑空はビッグブリッヂの下部を旋回しながらユーコフに叫ぶ。
「飛べ!ユーコフ!飛べ!」
ユーコフは巨大な剣を持ったまま、海へダイブ。もはや彼に凧は残っていなかったが、カークを信じて飛び込んだ。
空中でユーコフを掴みあげたカークの乗っている凧は、大きな水しぶきの音を立て、そのまま海中へ落ちた。
◇◇◇
眠る女王陛下と、地響き、そして火山の大噴火。
カナリアは次にどういう行動をするのが正しいのか、わからなかった。
やがてロース氏が女官たちとともに女王陛下を避難場所に運ぶというので、女王陛下は輿に載せられカナリアはそれに付き従った。
カナリアの耳にも、噴火が異常なサイズだということはわかった。
どこに逃げても火砕流、土石流、火山弾、溶岩が迫ってくる恐怖が追いかけてくる。
カークがいたらどうするだろうか、一人でも多くの人を救わなければならない。
カナリアはロース氏に通話のできる魔法道具、侵入帽を渡し、クマの着ぐるみを脱いで火山弾の飛び交う大空を飛翔した。
カナリアは上空から、火山の様子を確認し、グレンバニア全土が危険だと判断し、その旨をロース氏に伝えた。
「本当かい?カナリアちゃん」
「そうよ!地面からの絶大な圧力を感じる。長い間魔力でねじまげられた火山の怒りが開放されるようよ!」
「ひええ!」
国民全員を乗せる船などあるはずがない。
あるはずがないのだが、大噴火の中、ビッグブリッヂのたもとに大型のガレー船が数十隻あらわれた。
「ロースさん!船が!船が出てきた!たぶん女王陛下が作ってくれたのよ!」
「わかった!引っ越しには慣れたもんだ!3時間以内に国民全員を乗せてみせる!」
ロースはそう言うと、女官たちに指示を出し、議会の連中全員に避難指示をした。
やがてロースが宣言した通り、3時間で国民は全員、ミノタウロスたちも全員船に乗せて、ガレー船は出帆した。船団の背後でビッグブリッヂが落ちてゆく。
水平線の彼方に大火山で消えるグレンバニアが見える。
凧の上からずっとカークとユーコフを探していたカナリアは、凧を船のように変形させて水に浮いている二人を見つけると、涙を流し叫んだ。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!カーク!」
上空から二人に向かって落ちてきたカナリアを、ユーコフがしっかり受け止めると、小舟は大きく揺れた。
「お前も無事だったか、よかった」ユーコフがカナリアを抱きしめて言う。
「もう、早く帰ろうよ」
「ああ、わりに合わない仕事だったなあ!」カークが言う。
◇◇◇
国民を乗せたガレー船団の上で、三人は再度女王陛下の前に立った。
「大きな火山により、グレンバニアは滅びてしまいましたが、カナリアさんのおかげで国民全員命を落とすことなく避難できました。心より感謝申し上げます」
「国を失った悲しみより、我らに気遣ってくださる女王陛下の御心に深く感謝いたします」カークが答えた。
「国民はなんて言ってる?女王様が癇癪を起こしたと思ってない?」ユーコフの問いかけにロース氏が答える。
「カナリアちゃんが言ってた通りだと思う。長年火山を私利私欲のために使って来たんだ。むくいを受けたのさ。国民みんな反省してる。俺たちはこれからどうするか、しばらく難民生活だけど、どこかでまた国を作るよ。今度は、女王様だけに頼らない、自分たちで良い国を作る」
「おや、私はそれでは必要ないですね?」女王が言う。
「とんでもない、女王陛下あっての我らです。これからも我らをお導きください」
カナリアが、そんなロース氏の言葉を、少し硬い表情で見ていたことにカークが気が付いた。
カークはカナリアを抱き上げて言う。
「女王陛下は、そこにいることが大切なんだよ。みんな女王陛下が好きなんだってことがわかってよかったね」
「そうなのかしら?もう珍しい物を生産しない女王なのに、愛してくれるの?」
ロース氏がそれに答えた。
「厳しい言葉ですね、カナリアさん。私たちは自由です。この何十隻もあるガレー船は、それぞれ、もしかしたら別の土地に流れつくかもしれません。しかし、女王を愛して女王を支えたいと思う船は、きっとこの女王の船に付き従って航海を行うでしょう」
これから先どうなるか、ロース氏にもわからないのである。
女王陛下がユーコフに言う。
「ユーコフさん」
「はい」
「お願いがあります、私にキスをしてくださいませんか?」
もう、夢フィールドが消滅し、普通の女になった女王陛下は、目隠しが不要になったので、ゆっくりと目隠しをとり、その瞳の中を光で満たした。
目の前に、夢にまで見たユーコフがいる。
ユーコフもまた、はじめて女王陛下の瞳を見つめて、目の前まで進み、跪いて、手の甲にキスをした。
「ありがとうございます、あなたがたさえよければ、一緒に…」
「申し訳ありません、女王陛下、しかし。あなたにはすでにたくさんの騎士がいるではありませんか」
そう言って、ユーコフは、船の上のシャンク達を見渡した。ミノタウロスたちは、角が折れているものもいたが、みな笑顔で女王陛下を見ていた。
◇◇◇
こうして、三人はユカリちゃんの待つまじない師の店に戻って来た。
「目隠しは変えなかったけど、満足してくれたみたいだし、成功だろ?」
「そうね、よくやってくれました、ありがとう」
ユカリちゃんは、カークに伝票を渡し、カークはそれにサインをした。
大福もちを食べながら、カークはユーコフに聞いた。
「女王様、美人だったじゃん、ユーコフどうだった?チューはお口にしたって良かったんだぜ?」
「うーん、あんまり言いたくないけど、なんつうか、『ふーんこんなもんか』って思っちゃったんだよ」
「ハハハ、まあ、そういうもんかもね?」
「なによ、そういうもんて。しっかりお口でチューしなさいよ!」
カナリアはちょっとエンディングに不満があったらしい。
「結局、目隠しをすり替えてたのは誰だったんだろうね?」ユーコフが言う。
「あ、すり替わってたかしら?」ユカリちゃんが目をそらす。
「どういうことだい?お前がすり替えてたの?」カークが問いただす。
「10歳までエウフローネに家庭教師をしていたのは私なのよね、女王になっちゃって、本人は喜んでたけど
私はどうしてもそれが許せなくて、目隠しをすり替えることで女王の力が無くなったらいいなって」
「そんならそうと先に言ってくれよ……」カークはうんざりした顔で言った。
こうして、ユーコフはかっこいい剣をゲットした。
三人は汐見小屋に帰った。
おしまい
お読みいただきありがとうございました。
神殿娼婦、クレタ文明、ミノア文明の謎、FF5ビッグブリッヂの死闘、ダライラマの転生、その他詰め合わせでした。
世界ミステリーch様、ありがとうございました。