出会い
世界設定の説明
1991年、アイオワ州立大学の数学教授、アレクサンダーアビアンは、月を消し去ろうとした。
「ムーンレス地球論」である。
月がなければ自転と公転が安定する。それにより熱波や寒波がなくなり、食料供給も増え、資源を巡るあらそいも減る。という主張であった。
まことに馬鹿馬鹿しい主張もあったもんだ。
月があるから空気が淀まず雨が降り、月があるから水も腐らず草木も生える。
人々の営みはこの明滅する世界の鼓動があるがゆえに保たれている。
月を消したら幸せになれる、なんてのは、永遠を信じる若き恋人たちの空想に付き合わされているようなもんだ。
黒猫の猫獣人、カーク・ドゥマンドリは潮干狩りに興じていた。
潮干狩りといっても、浜辺でアサリを取るのではない。この世界は無数の平行世界のそばに存在している。空に月が輝くとき、それぞれの平行世界の潮流が混じりあう。
平行世界を行き来しながら、その平行世界特有の要素をピックアップして、別の平行世界へと持ち込むのだ。
平行世界が混じるのは、月の満ち欠けに影響があることがわかっている。実際に平行世界が混じるときは、潮の満ち引きのような音が聴こえてくるのである。
そのため、この満ち引きを、通常の潮汐とは区別して「特殊潮汐」と呼んでいる。
特殊潮汐が引くときに、しばらくその痕跡が残る。そこに異世界から取り残された漂着物が残ることがある。
カークは、自らの拠点である「潮見小屋」に、本日の成果物を持ち帰り、検品を行っていた。
◇◇◇
「いててて……ここはどこだい?」
変なやつを拾って来てしまった。俺と同じ猫獣人の少年と、人間の少女。
「あのう、お兄さん、誰ですか?」
俺は、異世界から流れ着いた漂着物を検品することが仕事なんだが、こうしてナマモノを検品するのは久しぶりのことだ。なにせ、異界渡りとなる「特殊波乗り」ができる人間というのは限られているからな。
「目が覚めたか、ここは俺の潮見小屋、お前たちは神隠しでここまで来たんだよ」さすがにコミュニケーションのできる人間を成果物として保管するわけにはいかない。帰ってもらおう。
「神隠し?」少年が尋ねる。
「神隠しと言えばわかる、というわけではないのか?正直なところ神隠しじゃないからなあ、ちゃんと説明してやらないといけないか」
「あの、お兄さん……お……ですけど…お家に…」聴き取れなかったが、何か少女も言いたい事があるのだろう。お家に?お家には帰ってもらいたい。
「こんな辺鄙なところに飛ばされて残念だったね、だけど悪いところじゃないよ、コーヒー飲める?クッキーとビスケットはどっちが好きかい?」
俺は潮見小屋での初めてのお客に少しウキウキしていたのかもしれない。
少年少女はそろって何も言わなかったが、テーブルに座れと言うと素直に従った。
少し休むと落ち着いてくれたようだ。
潮見小屋は低い山の上に立っている。灯台のある場所だ。浜辺から山頂まで3分程度。
海が広く見渡せる岬のはしっこに建っている。
遠目にコンテナターミナルが見えるが、あれはここの世界のものではない。ただの遠景なのである。ライトが着いているといっても、あそこまで行きつくことはできない。
ここは異世界と異世界の狭間のエリアなのだ。
コーヒーとクッキーを出して二人にこの場所の説明をした。
猫獣人の少年の名はユーコフ・ナナロ、人間の少女の名はカナリア・ルシバエ
種族は違いそうだけど、兄妹であるようだ。そんな異世界もあるのだろう。
「で、なんだって特殊潮汐に呑まれたんだい?記憶にある最も新しい情報はなにかな?」
「僕は家にいた、朝目覚めて朝食はパンに目玉焼きを乗せたものだった。あれを食べてたらここにいた気がする」
「ちがうよ兄ちゃん、お母さんが雨の花を取ってきてって言ってたから私と二人で出たんだよ」
妹はよく覚えているのかな?
「……雨の花ってのはなんだい?」
「雨の花は、沼に生える大きな花なんだ、雨の花にお祈りすると病気が治るので、お母さんはお父さんのためにお祈りを」ユーコフが説明してくれる
「で、なんでここに来たのかな?」
「わからない、雨の花の生えている沼が突然溢れて、二人で飲み込まれたんです」ユーコフも思い出したのだろう。
神隠し、特殊潮汐に飲み込まれる理由は様々だ。理由などないというのが正直な話だ。
これらの情報から、こいつらの帰る方法を見つけなければならない、
「じゃあ、帰る方法でも探そうか」
俺は手のひらサイズの水晶玉を2個取り出してひとつをテーブルの上の台座に置いた。
ひとつを左手に持っている。
「いいかい?台座の水晶がいまこの場所を表している。左手の水晶が、君たちが来た世界だよ」
俺は左手の水晶玉をテーブルの上、様々な場所に移動させた。距離、高さを変化させる。
……おかしい、見つからない、こんなことは初めてだ。
切り替えていこう。少年たちを不安にさせないように、テーブルの水晶玉を右手に持って、両手の水晶玉をテーブルの上で前後に移動させる。
やがてキラリと光るタイミングがあった。
最初の占いは、彼らのチャンネルを探すこと、今の占いは、次回の特殊潮汐の時間を測定することだ。占い自体は問題なく動作できる。困ったな、帰り道がわからない。
「……まあ、焦って帰ることないじゃないか」冷や汗をかきながら二人にそう伝えた。
「帰れないんですか?」ユーコフは質問するが、少女はもう涙目になってる。
「特殊潮汐にはわかっていない点の方が多いんだよ」
このままではこいつらの面倒を見なければならなくなるなあ。
◇◇◇
三人で生活を始めて1週間、わかってきたこと。
ユーコフは意外とお人よしだけどドジなとこもあるということ。
カナリアは無口なほうだが、ユーコフが大好きでいつもその後ろにいる。
さて、それがわかったところで帰れはしない。
この二人にも一緒に俺の仕事を手伝ってもらわなければな
「ユーコフ、カナリア」
「はい」
「次の特殊潮汐は明日の午後だ。お前たちも一緒に、潮だまりに行くぞ」
特殊潮汐を乗りこなさねば、お宝にはありつけない。特殊潮汐を乗りこなさねば、彼らは家に帰れない。
こうして、俺たち三人の異世界放浪生活が始まるのだった。
「特殊潮汐」を使用することが問題だったらマズイなあと思います、
わたしのオリジナル設定ではありません。
今後ともよろしくお願いいたします。