王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話
その人は教室に入ってくるなり、私を睨みつけて言った。
「――アンタ、なんてことをしたのよ!!!」
朝の教室に響き渡ったその声に、皆は動きを止めて声の主を見る。
(((((…………誰??)))))
クラスの皆がそう思っただろう。かくいう私も、その人が誰だか分からない。
しかし、その人は私を知っているようで私を指差して続けて言った。
「貴女よ!! レイチェルさん! 何知らん顔してるの!!!」
(((((――おいおいおいおい!!!)))))
クラスの皆の心の声が聞こえてくるようだ。皆の気持ちはよくわかる。誰だか知らないが、少なくともこの人が公爵令嬢である私を『さん付け』で呼んでいい身分の方とは思えない。
「……どなたかと間違っていらっしゃいませんか??」
公爵令嬢を怒鳴りつけて『さん付け』で呼んだ。今の時点で、近いうちにこの人の頭が胴体とお別れする事になる可能性は非常に高い。だけど、『誰か他の……平民のレイチェルさんと間違えてしまった』のだとすれば、ぎりぎりこの人の命を助ける事が出来るかもしれない。そう思っての言葉だったのだが……。
「間違えてない! 私はリチャード王子の婚約者だった貴女に言ってるの! レイチェル゠ドロイド!!!」
(((((……終わった)))))
言い逃れのできない暴言を吐いてしまったその人を、皆、憐みの視線で見つめる。何人かは、事態を収拾できる人を呼びに、教室を飛び出して行った。
(これは……もう、どうしようもありませんね)
その人の命を諦めた私は、仕方なく、その人と向き合う事にする。
「確かに私はドロイド公爵家の娘、レイチェル゠ドロイドです。ですが、貴女に名乗った覚えも、名前を呼ぶ許可を与えた覚えもありませ――」
「そんなの関係ない! 後輩の癖に偉そうにしないで!!」
((((ギャーーー!!!))))
今度はクラスの皆の心の悲鳴が聞こえた気がした。
(貴族の身分制度を真っ向から否定する発言……国家反逆罪に問われても仕方ないわね)
先ほどまでなら、この人の首一つで事態を抑える事が出来ただろう。しかし、国家反逆罪となると、この人だけでなく、この人の家族の首も必要になって来る。
「悪い事は言いません。言葉を謹みなさい。でないと、貴女の家族まで大変な事に――」
「うるさい!!! そうやって家族を人質にとれば私が黙ると思った? おあいにく様! 私はアンタなんかには屈しないわよ!! なんたって私にはリチャード王子がついてるんだから!!!」
((((………………はい???)))
クラスの皆が理解不能といった表情を浮かべる中、私には一つだけ心当たりがあった。
(リチャード王子がついている?? もしかして……)
「……まず、貴女はどこのどなたですか?」
「そうやって知らないふりして! いいわ、言ってあげる! 私はガーベル男爵家の娘、マリア゠ガーベルよ!」
(((誰だよ!)))
クラスの大半が聞き覚えのない名前に困惑する中、私と一部の生徒達はその名前に思いを馳せていた。
(ガーベル男爵家……確か、国の南端に小さな領を持つ家ね。特に特徴のない、普通の家だったはず……確か、今の当主は子供に恵まれず、どこからか養子をとったはずだけど……)
おそらく、この人がその養子なのだろう。
「……それで? 男爵家のご令嬢が私になんの用ですか?」
「――!! 私が男爵令嬢だからってそうやって馬鹿にして!! 何よ! 公爵令嬢なのがそんなに偉いっていうの!?」
((偉いに決まってるだろ!!))
((マリア様、大丈夫かしら……))
((あーあ。ガーベル男爵家の人達、終わったな))
((それにしても話が進まないなぁ))
マリアさんのためにも、これ以上は話をしない方が良いのかもしれない。そんな風に思っていたのだが、マリアさんは勝手に話を進めてしまう。
「ああ! もう! 話はリチャード様の事に決まってるじゃない!! アンタ! なんでリチャード様との婚約を破棄したのよ!!」
((((リチャード様!?!?))))
バラバラになったクラスの心が再び一つになる。
「私とリチャード殿下の婚約は、王命によって結ばれ、王命によって破棄されました。私の意思で破棄したわけでは――」
「何言ってるのよ!! アンタ公爵令嬢なんでしょ! なんで王様なんかの言いなりになってるのよ!! もっと必死になりなさいよ!!」
((((うわぁぁぁ!!!))))
(うんうん。やっぱりクラスの心が1つにまとまっていた方が良いわね……って、そんな現実逃避している場合じゃないわね。でも、これは、もう……)
公爵令嬢に王命に逆らう事を強いる。これはもう完全に国家反逆罪だ。言い逃れの余地はない。
正直、もはやマリアさんがどうなろうと知った事ではないのだが、ガーベル男爵家の人達まで斬首となるのは、気が引ける。何とかマリアさん一人の首で済ませる方法はないだろうか。
そんな事を考えていると、教室にリチャード殿下が入って来た。
「マリア!!!」
「リチャード様!!!」
(((((マリア??? え、リチャード殿下、今、『マリア』って言った!? この人の事知ってるの!?!?)))))
最初に教室から飛び出して行った人達や、その人達が連れて来た先生達含め、私以外の皆の心が一つになったようだ。
(残念……私だけ仲間外れになっちゃった。それにしても……そう。やっぱりこの女がそうなのね)
「リチャード殿下。この方がその方なのですか?」
「レイチェル……ああ、そうだ。彼女がそうだ。そして先ほど国王陛下の許可が下りた。私はもはや殿下ではない」
「――っ! ………………そうですか」
((((((!?!?!?!?))))))
『殿下ではない』。リチャードさんのその言葉は周囲に衝撃を与えた。
中でもマリアさんは、リチャードさんの言葉を受け入れられないようで、驚きに目を見開きながらリチャードさんに聞いた。
「あ、あの……リチャード様?? 『殿下ではない』とはどういう……リチャード様は将来、王様になるんですよね??」
((え、いや、それは……))
(((おいおい……)))
((え!? 何言ってんの!?!?))
一つだったみんなの心が、バラバラになってしまった。
(確かにリチャードさんは王位継承権一位だったけれど、それは、私との婚約があっての事。私と婚約破棄した以上、リチャードさんが国王になる事はないわ。そして、次期国王の選定ができるのは国王陛下のみ。マリアさんの発言は国王の権利の侵害。不敬罪で首が飛びかねない発言ね。まぁ、今更ですけど)
今までの発言を聞いていた生徒達からすれば、もはやたいした発言ではない。だが、今までの発言を聞いていなかった教師達の動揺は凄まじかった。
そんな教師たちの動揺をよそに、リチャードさんは話を進める。
「マリア……いや、俺は王位継承権を放棄したよ。王位継承権を持ったままでは、マリアと結婚できなかったからな」
「は? はぁぁあああ!!!???」
マリアさんの驚愕した様子に、リチャードさんがうろたえた。
「マリア? どうしたのだ?」
「どうしたもこうしたもないです! 一体、どういうことですか!? 王位継承権を放棄!? そ、そんな!! なんで!?」
「マリア、落ち着け! 何をそんなに慌てている? ありのままの俺が良いと言ってくれたのは君じゃないか。王位継承権を放棄すると言ったら父上もマリアと結婚する事に同意してくれた。だから――」
「――馬っ鹿じゃないの!!」
慌てふためくマリアさんを何とか大人しくしようとさせるリチャードさん。カオスすぎる状況に、皆が立ち尽くす中、マリアさんが最後の爆弾を投下した。
「リチャード様が王様にならないんじゃ……リチャード様と結婚する意味ないじゃない!!」
「………………え??」
シンッと静まり返る教室。誰もが声を発せずにいた。
(あーあ。言っちゃった)
そんな中、事態を正確に理解した私だけが、リチャードさんを憐みの視線で見つめる。
「マ、マリア??」
「知らない!!!」
かろうじて声を発したリチャードさんを置いて、マリアさんは教室から出て行った。
(あれ? いいの?? ああ、皆の目があるものね。捕まえるのは、後で、か)
ここは、王族貴族が通う学校。監視の目は、至る所にある。教室であれだけの発言をしたマリアさんが、お咎めなしでいられるわけがない。
後日、この国からガーベル姓の人間はいなくなったのだが、その責任は私にはないと思いたい。
2023/6/19 追記
たくさんの感想ありがとうございます!
作者の記載不足によりご質問が多かったので補足致します。
マリアがレイチェルさんに怒った理由は「私は王子の妾になる! 妾なら政務とかしなくていいよね? 政務は王妃になるレイチェルさんに任せて、私は王子の妾として贅沢に暮らそう! ………………って思ってたのに何でレイチェルさん、婚約破棄受け入れてるのよ!! これじゃ私が楽できないじゃない!!」という感じです。
また、リチャード殿下はマリアに好意を寄せてはいましたが、レイチェルさんという婚約者がいたため、節操のない行動は控えておりました。そのため、周囲はマリアの存在を認識していなかったのです。王子様は人を見る目はないものの、常識はちゃんと持ち合わせていたという事です。