1話 予感
何もない荒野の、均しただけの道の上を、3台の武装した輸送車が、砂埃を立てながら走っている。
「ここら辺は何にもないねー? 退屈になっちゃうよー」
「ここはアクルースとの戦いの最前線だからな。"外"に都市を広げようにも、そう簡単にはいかないんだろう」
柔らかな金髪に、翠色の綺麗な瞳をした少女が、つまらなそうに、ふーん、と呟いた。
「運転手さーん、あとどれくらいで着きそう? 疲れたんだけどー!」
「予定だと、あと15分ほどのはずなんですが……なかなか見えませんねぇ」
「もー! せっかくこの私が来てあげるんだから、ヘリでも用意して、迎えに来るべきじゃないの!? あの、サヨとかいうヤツは何してんのよ!」
駄々をこねる少女に、向かいに座っているソランが諭すように言った。
「ノア、そもそも今回は、ツアーのためにこっちから場所を提供してくれるよう頼んだんだから。さすがにそこまでしてもらうのは失礼にあたる」
「うぅ……。でもさぁ……」
ノアが、悲しげな表情を浮かべた。
この少女は、感情がすぐ顔に出る。特に、ソランといるときは、表情がころころとよく変わる。
「じゃあ、外の景色を眺めるのはどう? どうせゆっくりしか進まないんだし、もっと時間を有意義に使おう」
ノアがまた不機嫌そうな顔になって言った。
「何も見るものが無いから、退屈なんじゃない」
「そんなことないよ、ほら、あそこ」
ソランは窓の外を指さして言った。
「あんな形の足跡、テンカンじゃ見たことない。サフォーリルには色んな種類のアクルースがいるんだなぁ」
「そんなの見て何が楽しいのよ……」
そうこうしている間に、地平線の向こう側から、黒い外壁に囲われたサフォーリルが姿を現した。
安全を考慮して、地下通路を通ってサフォーリルに入るよう指示されていたため、ノアたちを乗せた3台の車は、門を通ってすぐ、地下へと通じる道を下っていった。
「思っていたよりも大きいのね、サフォーリルって」
「ね。俺もここまで大きいとは思ってなかったよ」
警備員の誘導に従って、地下の駐車場に車を停めると、地上へと上がるエレベーターに乗り込んだ。その間、ソランはきょろきょろと周りを眺め、怪訝そうな顔をしていた。
エレベーターを降りると、係員の女性が中を案内してくれた。
「ここは、サフォーリルの真ん中、中央区、と呼ばれる部分になっています。
これから、5階の会議室へと、ご案内致します」
ソランがちらりと横を見ると、不満げなノアの横顔が目に入った。その後、控室で待たされている間も、ノアはずっと不機嫌そうな顔で、貧乏ゆすりをしていた。
「ノア?」
「なによ」
「何かあった?」
「……別に」
ノアはこういうところがある。小さい頃からちやほやされて育った彼女は、人に何かをしてもらう、というのが当たり前になってしまっている。我慢をする、というのも嫌いなので、こうして待たされている状況が許せないのだろう。
ソランはずいぶん長いこと彼女の傍にいるが、ノアのそういったところは直さないといけない、とは思いつつも、それがノアの良さだとも思っている。つい、甘やかしたくなってしまうのだ。
「もうすぐ来ると思うから、もうちょっとだけ待ってよう? ね?」
「……んん」
相変わらず不満げな顔のままだったが、貧乏ゆすりはおさまっていた。
しばらくの間をおいて、そっぽを向いていたノアが、何かを思い出したかのように、ぱっとソランを振り返った。
「そういえば、ソラン」
「うん?」
「さっき、何を見てたの?」
「さっきって?」
言いたいことが上手く伝わらず、ノアは声を抑えつつも、苛立たしげな口調で言った。
「だから、車から降りたときよ。周りを見回してたじゃない」
ようやくノアが言いたいことが分かって、ソランは、あぁ、と頷いた。
「いやさ、やけに警備が厳重だな、って思って」
「ふーん……? "最前線"なんだから、それくらい普通じゃないの?」
「だとしても、監視カメラをあんなにたくさん設置するかね」
「まあ、それは思ったけど……。気にしすぎよ」
そのとき、ドアの向こうから足音が聞こえ、ドアをノックする音と共に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「失礼します」
ガチャリ、とドアが開き、慌ただしい様子で、長身の女性が入ってきた。手には分厚いファイルと、書類の束を抱えている。
「お待たせしてすみません。色々と立て込んでおりまして……。」
挨拶しようと立ち上がったノアたちに、座るよう手で促し、自らも柔らかな物腰で、ノアたちの向かい側に座った。
「こうして実際にお会いして話すのは初めてですね。改めて、自己紹介させていただきます。
サフォーリル警察局局長の小夜と申します。よろしくお願いします」
差し出された手を、ノアはおそるおそる握り返した。
小夜が部屋に入った瞬間、ソランは胸がざわつくのを感じていた。たぶん、ノアも同じなのだろう。
緊張した様子のノアを見て、小夜が笑顔で言った。
「あまり緊張なさらないで大丈夫ですよ。うちは緩ーい雰囲気でやってるので」
きれいで整ったその顔の裏に、こちらを探るような色が見え隠れしているのを、ソランは見逃さなかった。
こちらも自己紹介を終えると、小夜は資料の束の中から、クリップでまとめられた束を取り出し、こちらが見やすいように机の上に置いた。
「早速本題に入りましょう」
小夜が笑顔のまま、ノアの方を向いた。その目からは、さっきまでの触れれば切れるような鋭い光はすっかり消え、少女のような純粋な好奇心の色が浮かんでいた。
「ノアさん、私、あなたの歌、大好きなんです!」
「えっ……は、はあ」
身を乗り出して言う小夜に、ノアは思わず、拍子抜けした声を出した。
「あ、ありがとうございます」
「特に、デビュー後に出した『After My Lead』なんか大好きで!」
「本当ですか!? あの曲は、個人的に思い入れのある曲なので、そう言ってもらえて嬉しいです!」
そうして、しばらく談笑が続いたあと、小夜は、思い出したように咳払いをし、恥ずかしそうに言った。
「すみません、熱が入ってしまって……。話が逸れてしまいましたね。
ノアさんのマネージャーのエノマさんとは、事前に連絡を取り合って、会場の場所を絞っておいたんですが、最後は本人に決めてもらうのが一番良いかと思ったので、今から候補を見て回る予定になっています」
今から、候補を見て回る、と聞いた瞬間、隣に座るノアが身じろぎするのを感じた。小夜もそれに気付いたのだろう。
「ただ、長旅で疲れているかと思うので、今日は客室でお休みください。えっと……」
小夜が当惑した表情でソランをちらりと見た。
「エノマさんと打ち合わせをしたいんですが……」
ノアがこちらを見ているのを横目に感じながら、ソランは事情を説明した。
「ソランと申します。エノマは別の仕事があるとのことなので、私が代わりに話し合いに参加させていただきます。」
「なるほど、分かりました。では、続きを話し合おうと思うので、ノアさんはこちらが用意した客室へとご案内させていただきますね」
小夜の呼びかけと共に、部屋に入ってきた案内役の女性に連れられ、ノアが部屋を出ていった。
その様子に、ソランはなんとも言えない違和感のようなものを感じていた。