6.神崎真希(その1)
とある日の夜遅く。村山龍香は依頼を受け、暗殺に向かっていた。この日は夜襲をかけ、相手に抵抗どころか声をあげることさえ許さずに喉笛に刀を突き刺し片付ける。刀を引き抜くと大量の血が飛び散り飛散する。特別な清掃をしなければ、即座に事は露見する。それを防ぐためのメンバーが龍香の部下にはいた。
「もしもし...仕事自体は片付いた。今から撤収の準備をする。私の着替えといつもの清掃セットと偽装用のマットレスとシーツは積んである。近くの駐車場で待ってるな?すぐに来い。」
電話を切って程なくして黒いハイエースが来る。ハイエースからは美しい白髪の少女が降りてきた。普段のスーツではなく、黒い清掃着と頭巾を纏って。
「龍香さん、お疲れ様です。とりあえず片付けてからお着替えですよね」
少女の名は神崎真希。彼女の表向きの仕事は特殊清掃員、本当の仕事は龍香の助手兼暗殺者。実際に暗殺を行うことも肩書通りにあるが殆どは仕事に向かう龍香を送る自動車の運転手と事後の現場の掃除、直接的に書くと証拠隠滅である。
「いつも早くて助かる。見つかる方がヤバいからな。2人でとっとと仏さん片付けるぞ。」
そうすると龍香は死体を死体袋に詰め、真希は周りに飛び散った血液を薬品で落としていき、血で染ったベッドの敷物を取り清潔な全く同じ敷物と取り替える。ここにいた人物は急にいなくなったことになる、それが彼女たちが依頼を受けて立ち去ったあと。
「ズタ袋はどうしますかー?」
「いつもの焼き場だ。あそこ以外には絶対に持ち込むなよ。シーツとかカーペットとかその辺も同じだ。これは骨葬で敷物は遺品処理だからな。」
そうして死体袋と回収した血塗れの廃棄品を素早く黒いスモークのかかった後部座席に積み込み、2人は現場を離れた。殺しと清掃までに僅かに30分。凄まじい速度であった。
「相変わらずのスピードですね。大丈夫ですか?」
「いつも聞いてるけど大丈夫だよ。お前と私がやってんだ。それにろくでなしが1人か2人消えて死体も出てこずろくな話も出てこない。証拠は残さねえし億が1残ったとしても何にも動けねえよ。...着替える。安全運転で頼むぞ」
無事に死体も遺品も抹消し翌日。この日は全員オフだった。というより龍香が珍しくこの日は休むといい仕事を全てこの日に入らないようにしていた。
「電話線も引っこ抜いてと...事前に言ってた通り今日は完全休業にする。ここ最近仕事がありすぎて疲れただろう。雇用主の私としちゃあ労働者に休息を提供する義務がある、私も疲れた。今日は好きにしろ。言うまでもないが銃は置いていけよ。」
そう言う龍香は普段の黒いスーツと異なりジーパンに七分袖の白いシャツと極めて軽い服である。特段飾り立てることもないが元々の容姿もありストリートモデルにも見える。
「結構長い袖の服ですね」
「昇龍の刺青入ってるからな。肩と胸元は隠れてねえとどこにもいけねえ。私は少し外出るけどくれぐれもお巡りに目つけられねえように過ごせよ。」
そう言い、龍香はどこかへ行ってしまう。たまに珍しくどこかに行くがその時の龍香がどこに行くかは誰にも見つけられなかった。事務所に二人残された。
「どこ行くんだろうな、姐さん」
「詮索屋は嫌われるぞって、いつも言ってるよ龍香さん。でも一緒に働いてる人のことは知りたいよね。言われてるから聞かないだけで私龍二君のこと何も知らないしもっと知りたいよ?」
「俺はただの反グレだよ。家も普通、育ちも普通。ちっと掛け違っちまって戻らなくなったって簡単な話だよ。真希はどうなんだよ。」
「私?私はあまり細かくは言わないけど、多分龍香さんと同じだよ。だからこんなことしてるし、龍香さんは雇ってくれてる」
そういう真希は喋りこそいつもの調子であったが、思い出したくない話であったのは共に暮らしていればすぐにわかる話であった。龍香の過去は、自身の興味から本人から聞いたが自身とは比べ物にならぬ過酷な育ちと、そういうことでしか生きていけなくなった理由としても充分なものだった。
同じところで真希もその過去の話を聞いている。聞いた上で同じだというその過去はどんなものだったのだろうか。
夜になり、龍香が帰ってくる。
「戻ってきたぞ。」
「お帰りなさい、姐さん。何されてたんですか?」
「詮索屋は嫌われるって言ってるはずなんだがな。まぁ教えてやるがただ裏カジノで麻雀してただけだよ。勿論勝った。」
真希は仕事がないときは夜はすぐ寝てしまう。今日も例にもれず、龍二と夕飯を共にし一、二時間ほど将棋に興じてすぐに寝てしまった。それに限らず、真希はこの事務所に住む三人の中では明らかに気色が異なる。空いた時間は本を読んで学び、仕事がないときは朝早く起き夜も早く床に入り賭け事も好まず一般的な同世代と比較し金は圧倒的に多く持っているが派手に散財することもしない。龍香も龍二も当然のように未成年の時から飲酒も喫煙もしていたが、真希はルールだからと吸っていない。粗野な姿も見せたことは全くと言っていいほどもない。仕事を除けば、本当に何処にでもいるような少女であった。
「…なんで真希って、うちで雇ってるんですか?」
「能力があるから。簡単な話だろう。」
「いやそんなわけないでしょう。俺に前の組捨てたときに堅気に戻るように勧めて、入った後も俺を殺しの仕事には絶対に関わらせない姐さんが真希みたいな子に殺しの片棒担がせてるなんてよくよく考えたら変だなって。それに俺らがなんでこんな仕事してるかってお互いに言ったら真希の奴『自分は龍香さんと同じだ』とかなんとか」
「詮索屋は嫌われるぞ。…しかしそこまで知ってて共有したいというならまぁいいだろう。お前は同胞だからな。ただ本人にはこの過去の話はするなよ。」
そう言い、龍香はソファーに腰を沈める。
「一つ言っておいてやるがお前には戻る余地を与えてる。ここで色々仕事しているうえで犯罪行為は日常茶飯事だ。それはお前と言えど例外じゃないがあくまでそんなもんシャバでのルールに反してるってだけだ。チャカ持ってヤク売る連中のお守りしたとこで人としての道は決定的には外れねえ。お前は口は軽いが馬鹿じゃないし、うちから出てっても私らの事忘れて大学適当に入って資格なんか取ればいつだって真っ当に生きれるようになるだろう」
そう言葉を切ると胸ポケットから煙草を取り出し続ける。
「んでもってその通りだよ。あいつは私と同じだ。自分の意思で人を殺めて、二度と明るい道には戻れないところに足を踏み入れた。だから殺しの仕事にも関わらせてる。…こうやって同じように喋れる人間に突然の死って究極の理不尽を故意に突き付けた人間は普通の暮らしに戻れはしないのさ。たとえどんなに正当な理由をつけられてもな。あれは3年前だったな...」