49.善人の世と悪人の世
龍香の強さやとりあえず自分達に向ける殺意がないことは理解した凛は、誠一と共に龍香の後ろにつく。本物の極道と思いがけず話す機会ができた凛は、この機会とばかりに声をかけることにした。
「ねえ、貴女いつからこの仕事をしてるの?」
「さあな。忘れちまった。生まれた時からのろくでなしに何を聞いてんだ」
「じゃあ、もう1つ。貴女は暴力団員で誠一さんや私は警察官。貴女にとっての天敵よね?どうして助けてくれるの?」
「官憲が天敵ねえ、その時点でズレてんだよなぁ。はっきり言っておくが絶対的な悪党のうちらにとってあんたらは本来眼中にもない存在なんだよ、住む世界が違う。誠一からも聞いたと思うけどな」
駄弁りながら歩いていると、見張りの人間に見つかってしまう。しかし、龍香は一切慌てることも無く目にも止まらぬ速さの抜刀を行い、見張りを八つ裂きにした。人間業とは思えない剣術を見せたとは到底思えない静かさで刀についた血を払い落とし、すぐにまた納刀する。
噂には聞いていたが実際に刀を振るう所を見る誠一も、静止されなければ楯突いていた凛も震え凍えるような速さであった。特に龍香の脅しに歯向かおうとした凛は自身のあまりの見込みの甘さに顔の血の気が引く。
単純に至近距離での刀対拳銃で有利であるということ以上の圧倒的な力だった。こんな人間相手に武器も持たずに歯向かえば、どうなっていたかは明白であった。
「...仮にあそこから2人で逃げ出せたとて今私が居なけりゃもう一度2人で捕まって今度はバラされてドブ川に捨てられてゲームセットだ。誠一に止められないで私に歯向かっても同じこと。お前の判断の甘さがよくわかっただろう。出口までは案内してやるから抜け出せるまでは大人しくしておけ。本当はもっとさっさとできる仕事を金にもならねえのに助けてやって時間余計に使ってんだ」
実力まで目の当たりにした以上、最早従う以外に誠一たちが助かる道は存在していない。一方、いい機会であると踏んだ誠一は普段聞けない過去の出来事を聞くことにした。
「なあ、色々聞きたいことがあるんだが聞かせてくれるか?」
「別にいい、答えてやる。勿論自供とかそういう捉え方しないことを約束するならな」
「言われなくてもわかってるさ、大体そうしたら俺らが死ぬだろうが。…聞きたいことは二つだ。まず一つ。こいつの前の俺の相方を殺ったのはお前か?」
「今更そんなこと聞いてどうするんだ。イエス以外の答えなんかないしそうだって言えば納得するのか?狙われた理由位はわかってんだろうが」
「…そうか。もう一つ。俺の先輩の瀬川美鈴さん、覚えてるだろう。あの人はどうなった?」
「死んだよ。麻薬漬けになって見るに堪えねえ姿になってな。うちらの世界に土足で立ち入ろうとするのをやめなかった罰だよ、過干渉はすんじゃねえぞって良い手本だ」
凛は、その台詞に不満気な顔を隠せない。表情から心情をすぐに読み取った龍香は釘を刺す。
「お前、私の言う事が腑に落ちてなさそうだな。そういう奴から死んでいくんだようちらの世界ではな。私らは必要がなきゃ表の人間となんか関わらないしお前らは表に出てこない限りは私らには触れない。そしてそれができない奴がブタ箱ぶち込まれたり膾にされたりするんだよ。」
以降、気配を消し人のいない道を間違いなく選択した龍香の案内により見張りと会うことも無く3人は外に出る。
「...外か。」
「私が案内するのはここまでだ。ここに用があったんだろうが今すぐに戻ってきたらお前らだろうと膾にするぞ。後はどこかで適当に時間潰してまた来い。早く消えろ。」
「わかった。火野、暫くここを離れるぞ。」
「えっ、でも」
「そういう約束だ。そもそも、こいつがその気になったら俺らはとっくに死んでるんだぞ。」
龍香も誠一も強めに離脱を促し、凛も渋々ながらその場を離れる。それを見送り、龍香は建屋の中に戻っていった。
龍香に離脱を促された2人は時間つぶしのために24時間営業のカフェに入る。日が高くなった頃に再度入り込み、報告を行うという算段に切り替えた。
「誠一さん、いいんですか?あの人、多分あの店の関係者...」
「恐らく皆殺しにしてから死体全部どこかで始末するんだろうな。そのくらいは分かる」
「じゃあなんで止めないんですか?」
「あいつの言った通りだよ。もう1回言うがあいつらと俺らは住む世界が違う。殺人が悪だとかそういう世界で生きてないんだ、俺らのルールをあっちに求めるのはお門違いってもんだ。...それを再三言い聞かせたはずなのに正義感を空振らせたお前の前の俺の相方はどこかに行ってもう帰ってこねえ。それに良い奴がいれば世の中悪人もいる。悪党もいなきゃ世の中は回らねえのさ」
「...でも!私は!」
「だからそれが良くねえって言ってんだ。ここは悪人の街だよ、俺らは奴らが堅気の人間に迷惑をかけるような行為をしないように見張ることしかできねえんだ。それができないなら、大人しくここから去るしかない」
自らを悪と称し、薄暗い世界で生き続ける村山龍香とそんな彼女を悪人と知りながら接し続ける表の法の執行者たる誠一の事をこの女、火野凛はまだ理解ができなかった。




