4.斉藤龍二(その1)
「姐さん、ちょいと外出てきます」
「お前今日はオフだろ。勝手に行け」
ある平日の昼下がり。斉藤龍二は外出をしていた。龍香達のいる事務所は三人の宿舎も兼ねている。そのため、三人は買物と仕事以外では事務所から出ることは基本的にない。特に真希は趣味らしい趣味は、事務所内で完結するような遊びだけだった。
「電話もないですし暇ですね。囲碁でもやりましょうよ」
「お前弱いじゃん。なんでやりたがるわけ?まぁいいけど。」
そうして女二人、暇になった二人は盤を開き囲碁を打ち始める。
「電話か客が来たらやめるからな。」
「わかってますよぅ。ところで龍二君何しに行ったんでしょうね。」
「オフに何しようがパクられなきゃ自由だよ。何の関係もねえさ。」
真希は基本的に事務所からは休みでも出ない。龍香は基本的に一日完全に休むことはなく、待機時間をそのまま休みに充てている。外で一人の時間を持っているのは龍二くらいであった。
「あいつチャカは…置いてってるな。それなら気にすることはないな。あと真希、さっさと投了しろ」
「まあ拳銃見つかったら捕まっちゃいますもんね…え?」
「気づくのおせえよ、全死だ」
一方で龍二。龍二は元々居た組の経営するバーにいた。
「おう龍二。戻ってくる気になったか?」
「声でけえんだよ。一般の客はいねえだろうな?…俺も一応一般の客か。とりあえずジン寄越せ。割らなくていいからな」
「こんな昼にバー来る堅気の客がいるかよ。ほらよ」
「ほいよ。ぼるなよ」
「ざけんな。てめえからぼったくったらそっちの頭の女狐に何されるかわかんねえ」
その言葉に龍二の目が鋭くなる。
「おい、誰が女狐だコラ」
「悪かったよ。心底惚れ込んでんだな」
「あたりめえだ。あの人より仁義を重んじる人間はいねえよ」
龍二と龍香の出会いは5年を遡る。龍香は独立して間もなく、龍二は龍香の会社とは別の組極雀会に所属していた。この男が堅気から身を落とした理由は重いものではない。受験の失敗だ。
高名な国立大学への入学を厳命され、それを失敗し学業での実績を重んじる一家からは私大受験も許されず家を出て反抗心から極道になったのである。
経歴からして地頭は悪くない彼は要領よく自身の能力を最大限に活かせる、組の経理を任されるようになった。そんなある日。龍二は20歳、龍香は22歳。
「龍二、ちょっといいか?」
「頭、御用でしょうか」
「ちょいと人を呼んできてほしいんだ。別の組との取引があるからな、用心棒が欲しい。」
そういうと、組長は地図を呈示する。人も少ない、ほぼ無人の雑居ビルだがそこの住所には見覚えがあった。
「確かここ個人経営の警備事務所とかじゃありませんか?」
「ここのその正規の事務所の二つ上の階だ。フロア分けして全く同じ部屋に呼んでほしい人間がいる。…女だが腕は立つ」
そうして言われた通りその事務所の部屋のぴったり二個上、部屋に言われた通りのノックをしドアを開ける。桃髪に青と赤のオッドアイ、全身黒のスーツジャケットスタイル。その女の名は、村山龍香ということを聞いている。
「極雀会の使いの方ですね?一つ注文がありましてまず上がる前に拳銃はお預かりすることになっています。それと事務所内は禁煙ですのでご了承ください」
龍二は話は聞いているため、一見意味のない後ろの言葉は無視する。その禁煙であるという言葉に対し事務所内で一服できる場所を問う事は決してしてはならないとの伝言であった。
「チャカ召し上げですか。そちらも持っているのでは?」
「異存があるのであれば私も同じ金庫に銃は入れます。預けられない場合は仕事はお断りいたしますが」
「わかりました。お預けします。」
そういうと、龍二は自身の懐に入れている自動拳銃を差し出す。白布で受け取ると丁寧に包み、金庫に入れる。自身の銃も懐から取り出し同様に入れる。龍二のとは異なり、回転式拳銃だった。
「S&Wのリボルバー?自動拳銃じゃなくて?」
「一発あれば十分なので。それと私は銃はあまり使いません。どうぞこちらへ」
そう言い、龍香は事務所の中へ龍二を連れていく。
「確か商談の仲介人ということでお伺いしています。ただ一つお断りをしておくことがあります。私は仁義を守る人間です。私の意志に反する行いを確認できたら違約の払い戻しなしで仕事を打ち切らせていただきます。このことはご了承ください。煙草は吸われないようなので細かいことは伺いません。あとはそちらの事務所でお伺いいたします。」
そうして、龍香は龍二と共に極雀会の事務所へ向かう。長めの包みと拳銃を持って。
「村山さんよく来てくれた。」
「霧ケ崎さん、私は仕事で来ています。挨拶はこちらの方からしてもらっているので正式な契約書類の判だけでお願いします。」
「高くないかね?」
「ケチを言うのであれば他所へお願いします。それに4日も事務所を空けることになるので妥当かと」
武闘派であった組長に対してでも強気の姿勢で纏めていく。強気であるが、しかしそれが何故か無礼にも映らず凛とした顔と相まり惹きつける。その姿に龍二は人として彼女の事が気になり始めた。
「頭。この人の滞在期間の世話は私が。」
「面倒事を自ら請け負うとは珍しいな。いいだろう。」
来客用の泊まり部屋に連れていく。
「ここにいる間はここでお泊まりください。何か必要なものは?」
「灰皿があればいい。用があるなら明日以降のオフにしてくれ。煙草を吸って寝たい」
そう言って灰皿を受け取ると龍香は煙草を1本吸い早々に寝てしまう。龍二は床に入ったことを確認すると組長のところに戻った。
「頭、結局あの人なんなんです?警備会社の社長って言う割には妙に足軽いし裏の事情にも理解ありますし」
「なんだ、お前知らなかったのか。あの女はこの場所じゃ有名な人斬りだよ。辻斬り龍香って聞いた事くらいあるだろう。まぁ人を斬るには金以外にも相応の理由がなきゃ斬らないらしいがな。腕はここいらのどんな筋の人間よりも確かだが色々と気難しい人間だ。あまり深く関わらない方がいいぞ。」
翌日になり、一日目の仕事の為に龍香を呼ぶ。
「龍香さん!起きてますか!」
「昨日のアンタか。起きてるよ。わざわざご苦労さん。確か事前に荷物を運べかなんかだったな。暇なら付き合ってくれ。できるだけ手早く片付けるのに人がいるに越したことはない」
既にスーツに着替えている彼女は手早く車の鍵を借り、車に乗り込む。昨日とは打って変わって軽い調子の彼女に龍二は違和感を隠せなかった。
「あのー、昨日のは・・・」
「ああ?あれはお前が交渉役で来てたから『客として』ああいう態度取ったんだよ。今のお前は私の世話役だろう、一々敬語使うのもおかしな話だ。」
「辻斬りって言うのを聞いたんですが。」
そういうと龍香は一転して声を低くする。
「あのタヌキ親父に吹き込まれたか?一つ言っておく、物好きで人を斬るのが辻斬りで暗殺者は稼業だ。わかったらその通り名については二度と私の前で口にするなよ。チッ、火寄越せ。集中力が切れていけねえ」
通り名については多大な不満があることが伺える態度を取りつつ、左手で煙草を取り出し咥え火を要求する。
「いけねえ、そういえば煙草部屋に忘れたな。」
「ラッキーストライクでよきゃあるぞ。一本位勝手に吸っていい」
そうこうしているうちに目的の埠頭に着く。
「埠頭に置いてあるキャリーケースに物があるたァまた古典的だな。怪しまれて開けられたら一発アウトじゃねえか。まぁいい、とっとと積んで戻るぞ」