42.買われた喧嘩
翌日、藤沢龍也は龍一門の事務所で目覚める。
「ハッ!...痛え!!畜生、あのクソゴリラ!」
「起きたかこのバカ」
龍也が寝ていた、というより運び込まれた場所は一門の総長、後藤龍一の部屋であった。
遡ること6時間ほど前。深夜1時程に一門の入口のインターホンが鳴らされた。
「なんだ、こんな時間に」
「ちーっす、姐さんの使いだー。ガラス割られたくなかったらここの鍵外せー」
「なんだ、お前か。んな事やったら龍香さんに殺されるぞ。開けてやるけど、用はなんだ」
「そっちの喧嘩大好きなバカちょっと伸ばしちまったから、総代のところまで運ばせてくれ。総代に許可は貰ってんだ」
龍二の顔は龍香の腹心として一門ではそれなりに知られているためか、要件を伝えるとすぐさま通される。夜中であるため軽い服装はしていたもののいつも通りの態度で龍一は迎え入れた。
「ご苦労さん。ソファにでも寝かせとけ」
「ほいよ。しかしこんな程度の実力の奴ちゃんと飼い慣らしとけよな。報復でやられた連中の一派が来たら俺と姐さんが対応するんだぜ」
「来たらうちの不始末だから金は出すさ。...しかしお前、その口調どうにかならないのか」
「俺が忠誠誓ってるのは姐さんだけだから。あんたはこの街の重鎮だけど単なるクライアント。俺が敬意を払う理由なし。」
「なるほどな、あいつが馬鹿という理由もよくわかった。まあいい、とりあえず龍也の折檻なんて汚れ仕事やってくれたことには礼を言う。何か欲しいものあったら労賃に見合うものなら今この場でやる。」
「あったらアメスピカートンでくれ。煙草切らしちまってねえんだ」
「龍香さんの手下かなんか知らねえが好き勝手しやがって」
「力量差もわからんのか馬鹿が!大体の経緯は聞いてるがお前2回やって2回とも龍二に勝ててないだろうが!それに殴られた箇所を見てみろ!」
そう言われ、龍也は殴られた箇所を見返し仰天する。あれ程の激痛を伴い、気を失うまで殴打されたにも関わらず出血どころか痣の一つも見当たらなかったのだ。
「あ、あれ?これどういうことっすか?」
「アイツがそれだけ喧嘩慣れしてるって事だよ。もし手加減無しでやりに来てたらお前の骨の一二本くらいは簡単に折ってただろう。とにかく、ああいう奴が街にいることがわかったら大人しくしろ。それに勝手に喧嘩売られてウチに報復に来られても面倒なんだよ。」
そう切ると、話は終わりとばかりに龍也を部屋から閉め出す。扉に鍵をかけると龍一は頭痛薬に手を伸ばす。実力は買っているのだが、彼のせいで心労の種になっているのもまた事実であった。
一方、村山警備事務所。
非正規社員を抱えるようになってからは珍しく、5名全員が事務所内に居並んでいた。東雲藍太は先日の龍也との喧嘩の罰として龍二の裏帳簿の下書きを命じられており、シェリルは事務所に置いてあるパソコンで周辺の情報収集を行っている。龍香と真希は同室でのんびりしているものの、真希はともかく龍香は電話の近くで何かを待つように腕を組んで座っていた。
「姐さん、何もしないなら自室で寝たらどうすか?」
「ん?ああ、勘って奴だよ。なんかあのバカのせいで私やお前が駆り出される気がしてならないからな。まぁ真希はやる事ねえなら部屋で休ませててもいいな。」
それを聞くと、真希は立ち上がり自室に戻る。証拠隠滅と自身の絶対優位を保証した状態での殺人を主としている彼女は複数人との格闘は決して得意ではない。
「どっかしらから報復が来るかもって事ですか?」
「来てくれても構わないさ。私らに関係あるのは基本的に誠意だけだ。来たらそれさえあれば喧嘩位ならいつでもやってやる」
「そういうのは仕事選ばないっすね姐さん」
「まあ力を見せつけるには簡単な仕事ってだけだよ。それに喧嘩の大義名分ができるからな」
「…喧嘩が好きなだけじゃないっすか」
「別に迷惑じゃねえだろ」
軽い調子で話してる一方で、シェリルの手は止まらない。やがて画面を大写しにし、二人に向き直る。
「そうね、近いうちに報復に来るわね。見てこれ…海外サーバー使ってちょっと嗅ぎまわってたんだけれどダイレクトメールとSNSで報復のための人員を集めてるみたいね。高報酬の肉体労働だって」
「こんな馬鹿な話に引っかかる奴が多くいるってのが中々だな。シャバの仕事でそんな仕事あってたまるかよ。死ぬほど過酷かうちらみたいな仕事しかねえって誰も教えねえのかね」
「まあそんなバカな話に引っかかってる奴もいれば治るような怪我で報復考えるような小っちゃい奴もいるってわけね。大体悪いことを企む時にメールを使うなって言われないのかしら?とりあえず一仕事にはなりそうね。」
「言った通り来たら来たで構わねえよ。仕事にはなるしバカ共や街のコミュニティの連中に実力もある程度は示せる。それに」
そこで斬ると、龍香は女性には似つかわしくなく指を鳴らす。人を殺す仕事をする時とは違う、好戦的に心の赴くままに何も気にせず暴れられることを楽しむ顔。その顔からは、自身の戦いの実力への絶対的な自身も垣間見える。
「私は報復する気も起きない程に張り倒す」




