40.懐事情
月の中日。村山警備ではこの日が給料日になっている。
表の警備会社も、裏の警備会社も同じ。ただ、違うのは渡し方であった。
「はい、今月の給料渡すぞー。藍太以外は好きな封筒取れ。」
「どれも中身同じなんでしょ。本当に好きなの取るわよ。」
全員の給料は決まっている。正規社員の三人は200万円、非正規社員の藍太は月に仕事を手伝った回数に一定の金額を掛けた金額を手渡される。まともな身分証明書がない真希やシェリル、普通に反社会的勢力としてブラックリストに記載されている龍二と全員銀行口座を持っていないし作れないため、このような形式での手渡しとなる。大体、非合法的な手段で集めている通常の警備会社ではありえない金の動きを銀行などでやりとりできるはずもない。
「しかし裏社会なのに給料制とはねえ。表社会みたいね何か月か経ったけど」
「代わりに上納金もないし仕事薄くてシノギなくても同じだけの額が貰える。悪い話じゃねえだろ。…あれ、そういや姐さん気にしたことなかったっすけど姐さんって上納金とか出してんすか?」
「誰にも出してねえよ。私はただの警備会社の代表取締役だぞ。なんでコミュニティに上納金納めねえといけねえんだよ。この街の世話になった人からは殺し以外は割安で仕事を受けてるだけで基本的にうちの会社はどこにも属してない。」
「だとしたらもう少し給料増えてもいいんじゃない?」
「ここの電気代とか武器代とか誰が払ってると思ってんだよ。生活費も基本的に全額私が払ってんだ、ペイにケチつけられる理由はねえな」
「成程ねえ。…で、この額の根拠は?」
「綺麗な額にしとかないと事務処理が面倒くさい。表面の事務処理とこっちの事務処理まとめてやってあっち側に不自然な金の動きがないように計算してんだぞ、手間なんか省ける所から省く。まあ100万じゃ流石に安すぎるだろうと思ってのこの額だ」
村山警備会社は、通常の暴力団組織ともかなり違う運営手法を取っている。通常の暴力団組員は自身で仕事を得てその報酬のいくばくかを自身が所属する組に上納金として納めることで組は利益を得て組員は組合内の立場を保ち、余った金で生活をしていくという生き方をしていく。一方、龍香達は龍香伝いに得た仕事による収入は全て龍香の持つ会社用の金庫に一旦入れ、給料として月の中日に200万円が手渡されるという形になっている。実質的にはお小遣い制のようにはなっているものの、非正規社員の藍太はともかく正規社員の三名は生活費や電気代、身の回りの品などを全て要望すれば余程の無茶ぶりか生活にも仕事にも不要な物品の要求をしない限りはすぐに手配してもらえるようになっており実質的には見た目の給料以上に金は得れていた。
「そういやシェリル、自腹切ってパソコン部屋の整理してるだろ。そんなもん必要経費だから紙書けばいつでも出してやる。」
「知ってたらいつでも書いてたわよ、最初に説明しといてほしいわ。」
「悪かったよ。んじゃ、今日はお前らに渡す仕事も今のところないから好きにしていいぞ。」
そう言うと、龍香は部屋に入って着替えるとどこかに出て行ってしまう。この足取りは、三人は誰も追えない。
「どこ行ってるのかしら」
「まあ大方裏カジノでポーカーか麻雀だろ。姐さん外でやるような趣味博打くらいしかねえからな。どの店かなんて興味もねえし後ろつける気もねえが」
「そうそう、休みに誰が何しようと自由ですよ」
2人の金の使い道は基本的に決まっている。龍香は博打と煙草、龍二は酒と煙草に自分の金を使っている。事務所にあるボードゲームの類は『福利厚生』として裏事務所の金で賄っていた。
「…そういえば真希って何に金使ってんだ?」
「お金?私に渡されてるお給料なら使ったことないよ。仕事のミスで罰金としてお給料減らされたことはあるけど。お金使わないから要らないですって言ったんだけど、労働に対して給料渡さないわけには流石にいかないって言うから貰ってるだけで」
「…一円も使ってねえのか?」
「だって何に使うの?仕事に必要なものは言えばすぐ工面してくれるし車も勝手に手入れしてくれるしご飯も出てくるし服とかも買ってもらえるし遊ぶものなんて事務所に全部あるじゃん。どう使うの?」
そう聞く真希の目は龍二の言ってることを本気で理解していないことを伺わせた。小学生の時には家の都合で遊べず、中学生としては普通の生活を送ることもできず、事務所に来てから今の年齢までは仕事ばかりで事務所での軽い暇つぶしのボードゲームに触れる事しかしなかった彼女は娯楽も趣味も、殆ど理解していない。
金が使えなかった人間というのは、いきなり巨額の金額を得ると反動で狂ったように金を消費してしまうか使い方がわからずそのままにしてしまうかのどちらかになるのだが大半の人間は娯楽を知っているが故に前者に大多数が寄る。真希のように本当に何も知らなかったが故にこのようになるのは、極めて稀であろう。
「…」
「困ったら私からお金貰おうとか少し思った?ダメだよ。」
「うっ」
ここは何年も一緒に生活していた真希で、龍二の考えは割とすぐに読めてしまった。そして、もっと長い間共に暮らしてるはずの人間の事に考えが二人とも行く。
「お金に困ったって龍香さんに言ってみたら?」
「…99%殺されますね、真希さんすみませんでした」
「うん、わかればよろしい。ところで仕事なくて暇なんだ、チェスでもやる?」
「いやバックギャモンにしてくれ、絶対勝てん」
そうしてこの日は仕事もなく、一日四人とも自由に過ごしたのだった。




