39.不良と少年と極道
某日、宝星街の夜。
数人の不良が一人の気弱そうな少年を取り囲み、金銭を取り上げていた。
しかし、不良達にとって不幸なことにそこに更に自分より上の強さの人間が来てしまう。
「おい、お前らここで何やってんだ」
「あ?女は…」
引っ込んでろ、と言おうとした刹那声をかけてきた女は首を刈り込み迷うことなく股間を蹴り上げる。女優と言っても通じるような華奢な身体からは想像もつかない脚力での股間の蹴り上げを食らい攻撃を受けた不良のうちの1人は声も発することもできずに崩れ落ちる。
「何しやが…あっ…」
不良のうちの1人が女の風体に見覚えか聞き覚えがあるのか顔色を一気に変え、反撃を試みる手を下ろしてしまう。
「何女一人にビビってんだ!やっちまえ!!」
「馬鹿、やめろ!」
制止を聞かずに二人が襲い掛かるが、桃髪の女は一切の迷いなく二人の鳩尾、鼻柱と人間を一撃で倒すことが可能な箇所に自らの拳を叩き込む。あっという間に三人が戦闘不能に追い込まれ残っている不良達も目の前の女の異常な強さに目を白黒させる。
「…お前、私の事を知ってそうだな。もう一度聞いてやる、ここで何してた?」
「い、いやちょっと親切心で」
「親切心でこんなモヤシから金巻き上げてんのかよコラ!!うちのシマで何やってんだ、アァ!?」
「金に困っててだ、誰でもよくって」
「チンピラの常套句だな。誰でもいいなら私からでもカツアゲしてみろ!…もういい、こいつから巻き上げた金この場に置いてくなら今日は見逃してやる、とっととここから消え失せろ!!」
「ひっ、す、すんませーん!!」
顔色を変えた不良も残った不良も泡を吹いて倒れている仲間を見捨てて走り去ってしまう。小さくなっていく不良達を見送ると嘆息し、暴行を受けていた少年の方に女は向き直る。不良数人に迷うことなく食ってかかり、数の不利など一切苦にせず冷静に急所を突き尚且つ一撃で泡を吹かせて仰け反らせることができる女などそうはいない。この街の夜中に一人で出歩き、半端者の悪党に片っ端から喧嘩を売り無論喧嘩の腕は尋常ではない程立つと知られる女。女は、村山龍香だった。
「チッ。…おい、お前。これお前の金だろ。」
「あ、ありがとうございます。それは助けてくれたお礼に」
「こんなはした金で礼になるかよ。それにお前みたいな青臭いガキの金毟るほど金に困ってるわけでもねえ。ああいうクソ野郎が気に入らねえだけだよ。ちょっと話聞いてやる、どういうわけがあってああなった?」
少年が言うには自分は両親の締め付けへの反抗で家を出てしまい、ゲームセンターに夜遅くに入り浸っていたところ先程絡んでいた不良達に見つかり、継続的に金を毟られる様になっていったという。要求する金額が徐々に大きくなり、誰にも相談できずに今に至っていた。
「成程な、如何にもあの手の連中らしいこった。…ところでお前、家出したとか言ってたな。親とは和解したのか。」
「親には一日も経たないうちに呼び戻されて怒られましたけど帰してもらえました。でもあいつらのことは…」
「…んじゃあお姉さんがいい事を教えてやろう。一つはああいう連中に金は一銭たりとも渡すな。一度渡したらああいう連中はつけあがって要求を続けるしその額も徐々にデカくなる。実際お前もう誰かから金盗まない限り払えない額の要求になってんだろ、それが一つだ。もう一つはああいう連中は誰でもいいとか言いつつ相手を選んでやってる。私が軽くいなしただけであっさりと逃げてっただろ、ああいう連中は自分が相手をやることに慣れててもやられることには慣れてない。だから…ちょっと待ってろ」
そう言うと龍香は近くの雑貨屋に足を踏み入れる。出てきた時に持っていたのは彼女が吸うための煙草とバタフライナイフ。
「これ使え。それか鉄パイプかなんか転がってるところに逃げ込んで振り回してみろ。周りに見られたって当たったって構わねえ、お前みたいな素人から金カツアゲしようとしてる時点で反撃に正当性はある、目撃者がいりゃそれもわかるから補導もされない」
「えっ、でも」
「だからって、あんな誰でもいいだのなんだのほざきながら弱い人間だけ狙って恐喝してるようなクソ野郎に頭下げて生きていくのかよ。本気の目で一度やってみろ、あいつらは殺しに来るような奴には絶対に勝てない。」
「…わかりました。ただ、これは受け取れません。置き場所もないですし、何が目的で買ったのかも怪しまれます。自分のできることをやってみます」
「そーか。私は通りすがりの人間だ、お前がそういうなら止めはしない。この街にいるあんな連中から縁を断ち切れるように少しは祈ってるよ。…いけねえ、後一個言う事忘れてた。」
数日後。再び件の不良達は少年を取り囲み金品の強奪を試みる。
「この間みたいにはいかねえぞ!さあ金を出せ!」
「また喧嘩屋の姉さんに助けて貰えるといいなあ!」
今回は、確かに龍香はいない。しかし、今度は少年には明らかに違うことがある。それは、龍香が教えた教えがあるということ。
「…そのお姉さんに教えてもらったことがあってね。一つは強盗って怪我させても大丈夫ってこと。もう一つはね…」
一度言葉を切ると、今回は計画的に逃げ込んだ路地に置いておいた鉄パイプを抜き出す。
「喧嘩に卑怯もクソもないってね!!」
そう言うと持てる力の全てをもって不良の顔面に向けて鉄パイプを振りかざす。思ってもみない反撃に面食らい、そして少年の顔を見返す。
その少年の目は恐怖に怯え、自分たちに成すがままにされていた時の目ではない。今後二度と持たないであろう明確な殺意を持った自分達に歯向かう獣のような目つきであった。
「なっ、得物使うなんて卑怯だろ!」
「数の暴力を使ってるのにこっちが武器使って卑怯もクソもあるか!!全員叩き伏せてやる!!」
人殺しはまずいと中途半端にストッパーがかかっている不良達と最悪目の前の人間が死んでしまっても構わないとすら思って立ち向かっている少年とでは、いくら喧嘩慣れしていても勝負にはならない。
「こっ、こいつ目がマジだよぉ!」
「逃げろ、殺されるぞ!!」
脅かしで振り回す中途半端な速度の鈍器の振り回し方ではなく、明確に殺傷する意思を感じさせる振り回し方も合わさり、今まで獲物としか見てなかった少年への視線は一気に恐怖を持ったものに変わり、散り散りになって逃げて行った。その様子を見届けた少年は、一拍おいて笑みを浮かべ、鉄パイプを投げ捨てる。
「…あの人の言ったとおりだった。あんなもんじゃないか、あんな連中。」
更に数日後。少年は、龍香に感謝の言葉を述べるべくまた夜の宝星街にやってきた。今度は仕事中でスーツを纏っていたが、あの特徴的な雰囲気を少年が間違えるはずがなかった。
「あっ、お姉さん!」
しかし、今回は付き人がいる。
「あん?姐さんに何の用だ?」
「ちょっと、今仕事の移動中なのでやめてもらっていいですか」
大柄な男と白髪の自分と年がさして変わらぬようにも見える少女が止めに入ってきた。龍香は二人を制止するも、冷たい言葉を浴びせかける。
「…声をかけられる理由はねえな。私はただの悪党だ。お前を助けてやりたかったわけじゃない。ただ、ああいう連中が気に入らなかっただけだ。わかったら失せろ。私達みたいな悪党がのさばる街にお前はいるべきじゃない。二度と来るな。」
そういうと、少年からすぐさま目を離し、龍二と真希に少年がついて来ないように目配せしながら来るように合図を出し歩き去る。しかし、少年はわかっていた。話した時から、その女が真っ当な道を歩いてる人間ではなく暗い道を歩き、本来であれば絶対に関わることのない人間であることを。小さくなっていく三人に頭を下げ、本人には絶対に聞こえていないとわかりつつ小さく述べる。
「…ありがとうございました、ヤクザのお姉さん」
そう述べた少年は、それ以来二度とこの街に来ることはなかった。




