3.村山龍香(その2)
自宅を漏電火災を装い放火し両親の死体を焼き払い登校するふりをして街を離れた龍香は、転籍届けも出さずとある事務所に向かった。それは父親と話していた男の発信先に登録されていた事務所。暴力団の事務所だ。
「なんだいお嬢ちゃん。ここは嬢ちゃんみたいな子が来る場所じゃあ」
「この男を知っていますか?彼が今朝亡くなりました。」
そう年端も行かぬ事務所の近所では見ない制服を纏い、何かを思わせる頬の傷のある少女に告げられ、組の男たちといえど困惑する。しかし、事態を飲み込んだ男のうちの1人が奥から男を呼ぶ。どうやら、経理の担当らしい。
「お嬢さん、話を聞こうか。彼はうちの組でも癌になっていてね、今日にもクビを切ろうと思ってたんだ。」
「そうですね、しかしそちらにとっては都合良く彼は今朝焼死しました。私にとって都合が悪い人間も一緒にいたものでそっちが亡くなって都合が良かったのですよ。何の因果かは分かりませんが」
そういう少女に男は高笑いする。
「ハハハハハ!面白いお嬢さんだ。下っ端共は知らんようだが情報は回ってきてる。千葉の漏電火災で2人死んだ件、ありゃ君が火をつけたんだろう?奴が千葉に向かうと言ってこう言ってたんだ、『上玉の生娘連れてきやす』ってな」
その刹那、龍香の目が鋭くなる。
「まぁ死んだのは3人なんですけどね。で、成程それで?わざわざここに来た私を彼がやろうとしたみたいに売春宿にでも売り飛ばす気ですか?」
「あーいや、勘違いしないでくれ。一般人に手を出すなんてなぁ我々にとって御法度もいい所だ。確かに風俗店や裏カジノもうちは持ってるがそんな所に渡す気は無い。...お嬢さんが言いたいことは自分のとこの不良債権を処理してやったんだ、だから見返りを寄越せと。そう言いたいんだろう?」
「随分とまぁ私の言葉尻を捉えてきますね。そういう人は嫌われますよ。その通りですが」
そう龍香が返すと応接の机に肘をつき龍香の顔を改めて見る。ここで男は拳銃を抜く。しかし、それに対して龍香は声を上げることすらなく静かに銃口に目線を向ける。
撃つ気は最初からないことを、彼女は分かっていたからだ。
「つまらない試しはやめてください。撃つ気無いことくらいはわかりますから」
「なるほどな、チャカ持った極道に対してもその口の利き方がその若さでできるってこたァ高々1回人殺っただけじゃ済まねえ人生を既に送ってるってことか。良いだろう、義理立てしてやる。どうして欲しい。」
金ならいくらでも出す、と言いたげな男に対して龍香が返した言葉はとても意外な言葉だった。
「金は要りません。代わりにこの組のどなたかに私の身元保証人になってもらいたいんです。世話はかけさせませんし売春やタコ部屋での強制労働以外ならここの仕事もしますから」
そうして少女はその暴力団、龍一門に身を置くこととなった。中学には偽装工作を行い組から適度に離れた公立中学に転校し以前とは違い放課後にはすぐ帰るようになった。少ないとはいえ、仕事のためだ。
更に1年後。龍香は、無事に中学を卒業し本格的にヤクザとしての仕事を覚えだす。麻薬の取り引き、組の持つ裏カジノからのロイヤリティーの徴収、祭りの縁日の元締め。年端も行かぬ少女の左肩から腕には十字架に巻き付く昇龍が描かれた刺青が彫り込まれ、未成年にも関わらず煙草も嗜むようになった。
「龍香、お前もこれくらいはできるようになってもらわねえとな」
ある日、彼女を組に引き入れた男後藤龍一が一丁の拳銃を渡してきた。
「なるほどな。殺しの仕事かい?」
「いや、お前高校生の年齢だろうそんなことはさせんよ。銃くらい撃てるようにしとけってことだよ。」
その銃を受け取った龍香は、龍一と共に射撃訓練場に向かう。組の人間の何人かがそこでは銃の練習をしている。
「あの的を狙って撃て。見りゃわかるだろうがな」
「わかった。」
そう応えると、弾倉を装填し右眼を瞑り引鉄を引く。彼女が放った弾は全てが的に命中した。その初めて銃を撃つとも未成年とも思えない腕前に同室にいた男達も目を丸くする。
「...お前、センスあるな。」
「どうせ組で仕事するなら持つこともあるだろうとは思って勉強してきたからな。ところでオートマチックのベレッタしかないのか?」
「いや、リボルバーもあるが」
「リボルバーにしてくれ。自動拳銃のブローバックが私が思っていたよりきつい」
「...お前のことだろうからそこまでわかってるなら品名くらいは勉強してきてるんだろうな。S&WのM27とスターム・ルガーのブラックホークがある。」
「M27だ。ブラックホークは私の体格じゃ使えない。」
そう言われると、一丁の回転式拳銃を龍香に渡す。
「気に入ったら貰っていいか?」
「勝手にしてくれ。よく働いてくれてるお前の融通はある程度は効かせてやるよ。」
そう言うと、龍香はこう答える。
「今度は10点をぶち抜く」
そう言いまた引き金を引く。龍香の言葉通り、放たれた弾丸は熟練の男達でもなかなか命中は望めない10と書かれたど真ん中を貫く。
「気に入った。貰うよ、龍一さん。」
そして更に3年が経った。龍香は、日の当たらぬ暗い世界から出ることなく18歳を迎えた。その日、龍一は龍香を呼び出す。
「どうしたんだ?」
「いや、お前これからも組で働く気か?」
「そのつもりははっきり言っておくがない。だがあんた達には私をここまで面倒見てくれた義理がある。...裏稼業は続けるが独立する気だ。」
そうして、龍香は切り出す。人の道を極限まで外した、彼女が選んだ道を。
「悪党の世界にも義理もクソもねえ悪党としてすら失格の連中がいることは5年過ごしてよくわかった。そんな連中を悪党として私は許しはしない。...そういった連中を始末する暗殺者として、私は生きていく」
そう言い切る龍香に、龍一は問う。
「…本当に真っ当に生きていく気はないんだな?」
「何が言いたいんだ?えらく歯切れが悪いじゃないか」
「いや、いい極道になれるとは俺も思う。しかし、学力もあるし礼儀も覚えていけばそれなりになるだろう。興味はないと思うが男なんかいくらでも捕まえられる見た目もある。…明るい日の道を歩けばちゃんと生きていけるだろう。そう思うとな…。」
一門全員で五年面倒を見たが、一門衆全員の思いであった。龍香は学問も十二分に修める能力もあり、身内にはぶっきらぼうに接するものの客や他人に対しての礼儀を違えることもなく過ごしていた。そうしていく内に彼女に対して能力を認めるものの、こう言った思いが皆に募っていった。
この人は、本当に表舞台に出なくていいのか?、と。
しかし、その思いを龍香はありがたいと思いつつもこう返した。
「逮捕られてないとはいえ私がいくつ犯罪この五年でここでしたと思ってるんだ。麻薬の密売に恐喝も暴行も殺人も、日本刀と実銃の所持で銃刀法違反もやってる。…それにな、私は理由はどうあれ何人もの人間に殺人って究極の理不尽を突き付けたんだ。もう日の道を歩ける私はここに来る前から死んでる。そういう生き方以外はもうできないのさ。」
「…そうか。そういうならもう止めないさ。いつまでうちで仕事してくれるんだ?あと餞別はやる。何が欲しい?」
「餞別は私が使わせてもらってる回転式拳銃と日本刀一本あればいい。仕事は…二年だな。成人になるときにはここから独立する。」
…そして二年後。彼女は一門の極道として稼いだ金を元手に個人経営の警備会社を立ち上げる。
暗殺稼業の隠れ蓑として。